ゆるりとリオンの首に腕を回した。その腕が滑る。自分のそれもまた、汗に濡れているとカロルは知った。耳許で声。
「動いていいですか」
「一々聞くんじゃねェ!」
「大丈夫かな、と思って」
 いつもと同じとぼけた声音。けれど今は切迫した色合いがわずかに滲む。カロルはかすかに笑った。それを咎めるようリオンは彼の耳朶を噛み、体を揺する。荒い吐息が返ってきた。
「テメ……!」
 乱暴に揺すられた体が悲鳴を上げる。痛みではない別のものに。
「だから聞いてるでしょ」
 カロルの快楽を感じ取っていないはずはないというのに、平然と言い返してきた。いや、だからこそかもしれない。リオン自身が追い込まれるのを避けようと。
「余裕……」
「ないです」
「嘘つけ!」
 言い様、そっとリオンの耳朶を噛む。喉の奥でこらえたような音がして、カロルの口許に笑みが浮かぶ。ほんのわずかではあってもリオンの喘ぎを聞いた。彼もまた、快感を覚えていないわけではないのだ、と。自分だけではないのだと。
「そう言うことをすると」
「なんだよ」
「いじめます」
 きっぱり言ったリオンはカロルの返答を待たなかった。ぐいと体が持ち上げられる。なにを、と問う間もなかった。繋がったまま、リオンの膝の上に抱え上げられた。
「な……」
 真正面で、リオンの目が笑っていた。思わずそらせば首筋に唇。舌先で舐め上げられてカロルは呻く。
「カロル」
 深いくちづけ。入り込んだ舌が絡み合う。首に回した腕でリオンの頭を抱え込み、カロルは彼を貪った。
 すべて、リオンに塞がれている。そう思った途端、カロルのそこが収縮する。体内でリオンの熱が増した気がした。
「カロル……」
 わずかばかり苦しげな声。囁きの大きさで聞こえたそれにカロルは身をよじる。
「そんなに……」
「なんだよ!」
「締め付けないで。もうちょっと楽しみたい」
「テメェ――!」
「怒鳴らなくっても聞こえますよ。ほら、こんなに側にいるんだから」
 リオンの手が腰を掴む。そのまま強く引き寄せられた。これ以上ないほど、繋ぎあわされているはずなのに、いっそう押し付けられたそこが苦しいほどの快楽を生む。
「は……」
 吐息に混じる熱いもの。軽く唇を合わせれば、カロルのほうから唇を開く。そのまま離した。うっすらと開いた翠の目に睨みつけられ、リオンはかすかな笑みを漏らす。
「舌。出して」
 ふっと伏せられた目。それから挑むよう見開かれ、柔らかい舌先が唇から覗く。翠の目が蕩けた。
 唇を合わせはせず、ただ舌先だけを絡み合わせる。もどかしいくちづけに、苛立ったのはカロルだった。
「もっと」
 掠れ声に促され、リオンは彼の唇を奪う。いつの間にか肩にすがっていたカロルの指に強く掴まれ痛みを覚える。
 ゆっくりと腰を動かした。揺すり上げはしない。あのようなくちづけより、さらにいっそうもどかしいことだろうとリオンは思う。自分だとて、そうなのだから。
「んっ」
 耐えるよう、カロルが唇を噛んだ。噛み切ってしまったように赤い。それを舐めれば睨まれる。
「カロル?」
 意地の悪い問いかけに、カロルは答えない。ただ少し、ほんのわずか自分で動いた。
「物足りない?」
「うっせェ!」
「動いてもいいですよ、自分で」
「誰が!」
「このままじゃ、つらいでしょ」
「誰のせいだよ!」
 悲鳴まじりの罵声が可愛くてならない。もちろん、リオンのせいに他ならない。そして今の所リオンはすぐさま責任を取る気は毛頭なかった。
「そんなこと言うとやめちゃいますよ?」
 喉の奥で詰まった声を立て、カロルは唇を噛む。硬く勃ち上がった彼自身を柔らかく手の中に握りこむ。息を飲む音。
「やめてもいいの、カロル?」
 答えはなかった。ゆるゆると首を振っている。そう意識してもいないだろう。与えられる快楽の強さに、カロルは言葉もなかった。
「いかせて欲しいでしょ」
 かすかに首を振る。縦に。リオンは唇を緩めて彼の頬にくちづけた。上気した頬に淡い金の髪が張り付いている。指先でかき上げて、あらわになった耳許に唇を寄せた。
「なら、自分で動いて」
「や――」
「カロル」
 否やを言わせずリオンは畳みかけ、彼の腰に両手を添えた。
 カロルは一度きつく唇を噛む。それからリオンの肩に乗せた手に力を入れる。腰を浮かせた。ずるりと体内からリオンが出て行く。熱いものがそこを擦る。声にもならない息を吐き、浮かした腰を今度は沈めようとしてカロルは一度止める。
「あ」
 埋めようとした腰は、けれどリオンの手に阻まれた。わずかに先が埋まっているだけ。たまらなかった。こんな半端な所で止められてはつらいだけ。
「テメ」
 その手を離させようと体をよじっても、強い腕がそれを阻む。動いた拍子に襲ってくる快楽。カロルの喉が仰け反った。
 そのカロルの白い喉にリオンはくちづけ、そして一気に彼の腰を引き寄せた。声にならない悲鳴が上がる。腕の中、カロルが震えていた。強すぎる刺激に、全身を粟立てている。
 何度か揺すりたてれば掠れ声が哀願を帯びた。熱い彼の中は、疾うに蕩けきっている。
「いかせて欲しい?」
 耳許で問うた。そのリオンの声も掠れている、快楽に。はっきりとカロルがうなずいたのに、リオンは仄かな笑みを浮かべる。
 そのまま押し倒した。カロルの足が、リオンの腰に絡みつく。離すまいとするように、強く。腕は首に回され、唇を求めた。
 リオンが腰を引く。絡みついてくるのは、腕だけではなかった。押し入れば上がる声。
「カロル」
 額に浮いた汗を片手で拭えば薄く目を開けた。その瞼にも唇を落とし、リオンは腰を突き入れる。もうカロルは何も考えていない。ただ最後だけを求めている。
 その目にそれを見て取ったリオンはそっと枕の下に忍ばせておいたものを手に取った。あの銀珠。すでに準備のできていたそれは、淡い香りを放ち始める。
「カロル。あなたも」
 そこまでして、リオンも耐え切れなくなった。最後を促す。かすかにカロルが笑みを浮かべたような気がした。
「あ……」
 中で熱を持つリオンが、いっそう激しさを増す。翻弄されて、すぐそこにあるものしか見えなかった。リオンの目。
「く」
 かすかに聞こえたリオンの喘ぎ。それに触発されて、カロルは彼の腹に放つ。その瞬間の強さに、リオンも最後を迎えていた。

 目を開いたカロルは、何を見ているのか一瞬、理解が出来なかった。自分が粗末な寝台に横になっているのだとわかるまでに数瞬かかる。体を起こせば、まだ裸のままだった。そのおかげで一気に記憶が蘇る。
「起きましたか?」
 身じろぎに、リオンが気づいたのだろう。そっと覗き込んできた。彼はすでに身なりを整えて半身を起こし、カロルはその膝に頭を乗せていたらしい。
 ゆるりとカロルが体を起こす。口許にも目にも笑みがある。無論、楽しんでいるのではないことは一目瞭然だった。カロルがリオンの襟首を掴んで引き寄せた。と、その手にはすでに炎の剣が握られている。
「いっぺん死んでこい」
 低い声。怒りのために聞き取りにくかった。押し当てられた切先が、リオンの首筋に血の玉を浮かばせる。
「そのまえに」
「うるせェ!」
「カロル」
「聞く耳もたねェ。腐れ外道!」
 皮膚を食い破る音がした。けれどリオンは顔色ひとつ変えない。そのことがカロルの怒りに火を注ぐ。その怒りに水をかけたもの。それはリオンの言葉だった。
「体調はいかがですか、カロル?」
 はっとして自らの体を見下ろした。いたるところにくちづけの跡が残っている。幻覚でも妄想でもなかったのは忌々しいが、ならばこの体に漲る生気はなんだと言うのか。
「……どれくらい寝てた」
 それしか、思いつかなかった。最後に失神させられ、そのまま正体をなくして眠ったのだとしか。思い起こせば思わず頬に血が上る。
「たっぷり一晩は眠ってもらいましたよ」
「おいコラ」
「あなた、疲れてましたからねぇ」
「疲れてる人間、襲うか普通!」
「だから、最後までするつもりはなかったんですってば」
「言い訳無用。きっちりしたくせになに言いやがるボケ神官」
「あれは……」
 わずかに言いよどんだのにカロルはきつい視線を向け、無言ですべて話せと促した。
「あなた、魔法耐性が強すぎです。まったく、どこかで半エルフの血でも入ってるんじゃないかと思ったくらいです。本当にああでもしないとかからない」
「あん?」
「眠りの魔法をかけさせてもらいました」
「テメ」
「だって、カロル。ちょっと休憩するだけのつもりだったでしょう? それくらいで取れる疲れだとでも思ってたんですか。自分の体なのに?」
 ならば、そのために抱いたと言うのか。わずかな隙を突くために、精神の防御が緩む一瞬のために。それはそれで非常に不愉快だった。
「なら言えよ、ボケ」
「言って聞く相手ですかねぇ」
「テメェ」
「あなた以上に、あなたの体調は見て取れました。多少、手段に無茶があったことは認めますが、謝りませんよ」
 言ってかすかに笑う。その視線だけで、リオンは詫びた。言葉とは違う行為にカロルはわずかに唇を歪める。それから剣を消した。
「それに……悪くはなかったでしょ?」




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