寝台の上、リオンに覆いかぶさられている。気づかないうちに両手首をまとめて握られてカロルは動けない。痛みはなかった。その分、リオンの体術の技量が思い知らされる。
「離せ――!」
 唇が離れたわずかな隙。カロルは咄嗟に顔をそむけ、荒い息をつく。まだ唇に彼のその感触が残っていた。
「聞こえません」
 いやにきっぱりととぼけて見せ、リオンは再び唇を近づける。そむけた顔はいつのまに離されたのだろう、両手首を拘束していたはずの手が頬に添えられリオンの方へと向かされている。妙に温かい乾いた手にカロルは身をすくめた。
「んんっ」
 逃れようと首を振る。けれど巧みに追ってくるリオンからは逃れきれない。離された腕を振った。どこかにあたる。
 カロルのすぐ側でかすかな呻き。どうやらうまい具合にあたったらしい。が、ほくそ笑む暇もなかった。
「く――」
 唇が、割られた。はっとして引き締める。けれど反ってリオンの舌を軽く噛んでしまう羽目になる。まるで甘噛みしているように。その驚愕に思わず力を緩めてしまったカロルの口の中、今度こそリオンの舌が入り込む。
 思い切り噛んでやろうとカロルは思った。舌を噛み切ってもこの際文句など言わせない、と。が、そのときリオンの手が動く。
 知らず体をよじった。何も考えられない。いまはこの手から逃れたいだけ。そればかりを考えていたカロルはリオンの手がローブの中に入っていることにすら今まで気づかなかった。
 彼の手が肌に触れている。ぞっとするかと思ったのに、いっそう逃れたくなっただけだった。口の中、緩やかに舌が動いている。忌々しくて噛んだ。なぜか噛み切れない。
「ん」
 かすかに笑いを含み、かつ咎めたような甘い声。リオンの唇が引き締まったのを感じ、カロルはやはり笑ったのだと知る。悔しくて再び噛む。やはり、強くは噛めなかった。
「カロル」
 やっと離された唇に、呼吸を繰り返す。執拗なくちづけが苦しかった。
「可愛いですね、ほんと」
「うる――」
 罵声も、最後まで言わせてはもらえない。軽くくちづけ、音を立てては離す。何度も繰り返す。次第に熱を、帯び始めた。
 信じられなかった。あの時の下手なくちづけは、なんだったのかと思う。この自分が、くちづけ一つに酔わされている。認めたくはないが、カロルは自分の肌が熱くなるのをすでに感じていた。
 その熱い肌を、乾いた男の手が這う。覚束ない純な神官の手などではなかった。妙に手馴れていて、そのことが反って苛立たしい。
「カロル」
 声が耳許でした。唇が、離れているのにも気づかない自分にカロルは震える。ゆるゆると這い回る指先。もどかしくなってくる。
「は……」
 上がってしまった声。まるで自分のものではないようにカロルは感じ、視線をそらす。それまでずっと視界に黒い目が映っていることを意識してもいなかった。
 リオンの目が視界から消える。目を閉ざせば彼の手が肌にある。再び見上げた。熱に浮かされてもいない柔らかく黒い光。
「テメェ」
 悔しくてならない。なぜ、自分だけ。罵った声にまで熱があるというのに。
「可愛いな」
 そのことを笑ったのだろうか、耳朶を甘噛みしリオンはカロルに囁きを返す。わずかに掠れた彼の声。
「最後までするつもりはなかったんだけど、ちょっと我慢できません。ごめんね、カロル」
 謝るくらいならばなぜこのような。疑問は口からは出てこなかった。唇から漏れたのは罵声でも疑問でもなく、上ずったリオン同様の掠れ声。
 剥ぎ取られたローブが床に落ちる。目の端でカロルはそれを見た。それから重い音、革鎧。軽い音、リオンの服。肌に触れるもの、リオンの熱い体。
「やめろ――!」
 唖然とするうちに逃れる機会を失った。逃れたかったはずなのに、自ら機会を潰した。リオンの唇が、胸の辺りを愛撫している。唇でたどり、舌が這う。
「は……」
 軽く、噛まれた。そのまま舌で強く押す。声を漏らしたくなくてカロルは身をよじっては粗末なシーツを握り締め顔を伏せた。
 それをいいことに露になった脇腹をリオンの唇が下がっていった。緩やかに、かすかに触れるだけ。肌の薄い部分をそうされるのが、カロルは苦手だった。シーツを握り締める爪が白くなる。
「ここが、いいんだ?」
 問いかけてきた声は、意地の悪い声だった。あのリオンと同じ男かと思う。そしてこういう男だったと再認識する。脇腹を舐め上げられた。認識が溶けていく。
 指先でそっと脇腹に触れながら、リオンはカロルの体を仰向けにと戻していく。そこに触れられないのならば、とカロルは荒い呼吸をつきつつされるまま。
「やめ……」
 声まで溶けていた。臍の窪みに舌を入れられ、カロルは引き剥がそうとリオンの頭を抱え込む。愛撫の指先。いっそう抱え込むことになった。
 思わずカロルはずり上がる。そのカロルの両腿にリオンは手をかけた。そしてその間に入り込む。閉じても無駄な足を閉じたことでリオンの髪が内腿に触れる。柔らかくて思わず呻いた。
「ここも、好き?」
 足の間から、リオンが目を細めて見げていた。カロルはきつく唇を噛みしめる。決して返答などしないと。
 それをどう取ったのか、リオンは触れるか触れないかの強さで内腿に指先を滑らせた。カロルの背が仰け反る。持ち上がってしまった腰に、リオンが息を吹きかける。
「テメ……」
「なんです?」
「さっさと……」
「やめていいんですか?」
 平然と、問い返してきた。カロルは顎を引き、答えない。リオンが微笑んだ。
「では、続けていいんですね。カロル?」
 にんまりとして軽いくちづけ、カロルの物に。体が跳ね上がる。
「やめ……っ」
「本当に、やめていいんですか?」
「うっせェ!」
 声が、途切れそうになる。苦しくて、目が潤む。瞬きを繰り返したのがリオンの目に留まったのだろう、内腿を噛まれた。
 上がったのは紛れもない嬌声。それからリオンはカロルの内腿に爪の先でかすかに触れる。ほんのわずかな接触が、今のカロルにはつらい。
「は。あ……」
 吐息だか、喘ぎだかカロルにはもうわからない。リオンには確かな喘ぎ声に聞こえていた。最後の理性をかき集め、リオンは呪文を紡ぐ。指先に薬。このようなことに使うものではないとどこかで最後の理性が言ったけれど、もうリオンにも聞こえなかった。
「なにを――!」
 揺るやかにカロルの後ろに指を滑らす。薬にぬめった指で慣らせば、カロルの苦痛も緩和できるだろうと。そこに触れたとき、カロルのそこが収縮するのをリオンは指先で感じ取る。
「楽しみでしょ、あなたも」
「なに言ってやがるッ」
「だって、ここ」
 ほら、とわずかに指先を潜り込ませれば反り返るカロルの背中。
「欲しがってるみたいですよ。ここも」
 そのまま指を入れた。熱いカロルの内部が絡みつく。逃れようとするカロルの物を唇に咥える。喘ぎにもならない声が上がるだけ。空いた片手で胸のあたりを愛撫すればカロルの体が強張った。
 咥えた唇を動かした。徐々に、飲み込んでいく。じれったいほどゆっくりと。カロルがつらいのだろう、首を振って堪えていた。その間も埋めた指の動きは止めない。一点に触れた。途端にカロルが喉から絞り出したのは悲鳴めいた嬌声。
「ここが、気持ちい?」
 何度もそこを行き来させれば耐え切れぬげに首を振る。
「カロル」
 呼べば素直に目を開けた。熱に潤んだ翠の目が見つめ返してくる。
「挿れていい?」
「いいわけ……」
「やめていいの?」
「うるせェ!」
「どっち、カロル?」
「さっさと――」
「欲しいって言ってほしいなぁ」
「誰が!」
 憎まれ口にリオンは指を動かした。苦しそうに寄せられた眉根。噛みしめてばかりの唇が血の色を透かして赤い。
「指、増やしちゃおうかなぁ」
「テメェ!」
「意地悪は、この辺で」
「ふざけん――」
 最後まで聞くことなく、リオンはカロルに覆いかぶさる。そっと耳を噛めばどこか安心したような吐息。肌が重なっているだけの今は、わずかながら安堵しているのだろう。追い込まれてはいないことに。
「カロル」
 呼んでリオンがくちづけをねだる。意外と素直に応じた。熱のせいに違いない。絡み合う舌が立てる水気を含んだ音。リオンはそっとカロルの膝を立てさせた。
「やめろ……」
「このままじゃつらいでしょ」
「どっちが」
「あなたが。私もね」
 耳許で聞こえた声に溶けそうになる。もう、溶けている。誰かが言った気がした。首筋に唇。くすぐったくて逃れては唇を捉えた。
「ん……」
 リオンの甘いような掠れ声。その声に、カロルは追い詰められそうだった。首筋を引き寄せる。深いくちづけ。酔ってしまいたい、この後に来る衝撃を知っている。
「く……っ」
 カロルの喉が仰け反った。思わず食いしばった歯を、必死で開ける。深い呼吸を繰り返し、力を抜こうと努力する。
 吐く息にあわせて、埋めこまれる熱い物。薄く目を開ければリオンの酔った目がそこにある。妙に、安堵した。その瞬間を狙っていたよう、リオンのすべてが入り込んだ。押し広げられる感覚に息を飲む。
「カロル」
 きつく抱きしめられた。みっしりと、けれど無駄な筋肉のついていないリオンの体。しっとりと汗ばんでいた。




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