苦しそうに喘ぐくせ、懸命なアケルだった。たどたどしい舌使いも、迂闊にも立ててしまう水音も。ラウルスを煽らずにはいない。 「アケル――」 呼んだ自分の声の掠れにラウルスは小さく唇を歪める。そして自分自身にも、感じた。 「いま、笑っただろ?」 ちろりと舌先で先端を舐め、アケルは眼差しをあげた。青い目が、仄かに笑みを含んでいた。それからなんのことだ、とでも言うよう首をかしげれば、ほどかれた赤い髪がラウルスに触れる。思わず身をよじった。 「いいですか、ラウルス? 感じないなんて言っても、僕には聞こえますけどね」 言葉の合間に、指がラウルスを愛撫する。ほっそりとした、狩人にはあるまじき指。いまは吟遊詩人の指か、とも思った。 「ほら、ここだって」 反対の手が、脇腹に伸びてきた。つるりと、触れるか触れないかのかすかな接触。ぞくりとしてラウルスは息を飲む。 「……ったく」 「なんですか?」 「ちょっとよけいなことを教えすぎたな、と後悔してるところだ!」 「よけい? なにがです?」 無垢な笑み。唇だけが赤い。柔らかく微笑んで、ラウルスを煽り立てる体は悪魔のように美しい。背筋に這い上がってくる腰の熱。耐え難かった。 「いいから、来いよ。アケル」 ぐい、と強引に腕を引いた。それくらいで言いなりになる体ではない。戦う者の体。それなのにアケルの体はあっさりとラウルスの腕の中にあった。 「なんですか、ラウルス。よもや、僕に自分でして見せろ、なんて言うんじゃないでしょうね?」 「言っちゃ悪いかよ。いいから来いって」 「欲しいからください、の間違いじゃないんですか?」 くつくつと笑いながら、アケルはラウルスの腰にすらりとまたがる。後ろ手に伸ばした手が、ラウルスを掴んだ。息を飲むその瞬間を、目の前でアケルが見ている。そむけた顔は、片手ですぐさま戻された。 「ちゃんと、見てなくっていいんですか、ラウルス?」 かすかに寄せた眉根。自らの手で、ラウルスを後ろに導いていくアケル。ほんのりと開いた唇。欲望か、舌先がちろりと唇を舐めていた。 「アケル――」 純でこの上もなく綺麗なもの。それなのに、たまらなく煽り立ててくるもの。同じ男の見せる、違う顔。 「我ながら趣味が――」 悪い。言いかけたとき、またもや息を飲む羽目になった。一息に、ラウルスは飲み込まれていた。熱いアケルの中に。 「なにか。言いましたか。ラウルス?」 優勢を保とうと話しかけてくるくせ、途切れかけた声。にやりと目だけで笑えば、仄かに目許を染めた。 「そんなことすると」 どうすると言うのか、アケルは。答えは体できた。知らず、きつくアケルを抱く。 「待て。おい――」 またがったまま、半ば腰を浮かせ、落とし込み、また上げる。繋がったまま、ラウルスを追い詰めようと揺すられる腰。 「聞いてあげません、お願いなんて」 耳許で囁かれた声にも、ラウルスはくらくらとした眩暈を感じていた。すでに抱きしめる、と言うよりすがりつく体。引き寄せた腰。自分の体と彼の体の間、アケルの物が熱かった。 「アケル――、待て。頼む」 「聞いてあげないって、言いましたよ。だからラウルス。そのままで聞いてくださいよ」 ぎゅっと、腰を落としこみ、咥え込む。そしてそのままアケルは足をラウルスの腰へとまわした。これ以上ないほど強く繋がっているのに、ラウルスはほっとした。少なくとも、いままでのよう自在に動けはしない、と。 「――僕は、ここにいますよ、ラウルス」 囁きが、体中に染みた気がして、ラウルスは顔を上げそうになる。気づけば知らずうちにアケルの胸に埋めていた顔。それなのに、アケルの腕に阻まれた。強く抱きしめてくる彼の腕に。 「……何を」 「泣き虫で、寂しがり屋のあなただから。僕はここにいます。他の誰かがみんないなくなっても、僕だけはここにいます。僕は――決してあなたを一人になんてしませんから」 こんなときに言う言葉ではない。このときにこそ言う言葉でもある。顔を見ては言えなかったから。正気では、羞恥が勝る言葉だから。 「誰が……」 「だって泣き虫じゃないですか。この二年、僕は何度あなたを泣かしたかな?」 わずかに笑うアケルの声。冗談めかした本気にラウルスの唇が歪む。悔し紛れにアケルの首筋に唇を寄せ、軽く噛んでは跡をつけた。 「――お前くらいだぞ、俺をそんな風に言うのは」 「それはそうでしょう。僕が知ってるのはラウルスだ。他の人が知ってたのは?」 彼の、王としての顔。一人の男ではない、王の顔。泣くことも、寂しがることもない、毅然と、傲岸と立つアルハイドの王。 「アウデンティース王も、好きですけどね」 「嘘つけ。俺の正体知って、どれほど怒ったのか、お前。忘れたんじゃないだろうな」 「いつの話です、いつの!。もういいです、そんなこと言うと」 再び体勢を整えようとしたアケルの足にラウルスは触れた。触れただけ、そう思ったのに気づけば掴まれて動けなかった。 「ラウルス!」 「誰が泣き虫だ誰が! そういうこと言うとな、アケル。なかすぞ」 ぐい、とラウルスが体を起こした。振り落とされそうで、咄嗟につかまってしまったアケルの、だからそれが負けだったのだろう。 「ちょっと待ってください! 言葉の意味が違ってる気がするんですけど!」 「さすが世界を歌う導き手。いい耳をしてるよ。さぁ、いい声で鳴いてもらおうか、アケル?」 起こした体もそのまま、片手で抱かれてアケルは寝台へと押し倒される。繋がったままのそこに、強烈な刺激。息を飲むのは、今度はアケルだった。 「いや、だめ……ですって!」 「せいぜい可愛く鳴けよ。とはいえ。あんまり鳴くと外まで聞こえちまうぞ?」 にんまりとしてラウルスが圧し掛かってきた。猛禽色の目が、すぐそこで笑っていた。 呼吸を整えるのもそこそこに、転寝をしてしまったらしい。ちらりと見れば、自分の体は綺麗に清めてあって、アケルは小さく笑う。 「起きたか?」 まだ寝ててもいい、夜明けは遠い。いつもならばそう言うはずのラウルスだった。それなのに、声は来ない。 「ラウルス?」 背後から自分の体を抱いたラウルスの腕が、胸にまわっていた。ぴったりと、背に重なる彼の熱い体。心地良いより、ときめく。 「いや、な……」 逡巡だっただろう、普通ならば。あるいは、余人ならば。だがラウルス。そしてアケル。胸にある彼の腕に手を添えて、アケルは微笑む。 「それで?」 顔も見ずに話していた。ラウルスはこっちを向け、とは一言も言わない。それどころか、言葉の向こうでそのままでいて欲しい、そう告げていた。顔を見ながらでは照れるから、と。 「もう、やめたよ」 アケルでなければ身のすくむような言葉だった。理解していてすら、アケルでさえ胸が弾んだのだから。 「もう、悩むのはやめた」 「……カーソン卿のことですか?」 「他にも。ティリアのことも、息子たちのことも。他の全員のことを。忘れられてもお前がいる。口ではそう言っちゃいたがな、一応これでも悩んではいた」 「知らなかったとでも?」 見えもしないのに眉を上げれば、くつくつと背中に笑い声が伝わった。重なった肌のかすかな汗ばみですら、快かった。 「もう、仕方ないことだと割り切るよ。いつまでも悩んでちゃ、それこそお前にまで愛想尽かされそうだしな」 茶化した言い振りに、ラウルスの深い苦悩を感じる。だから、付き合う。ちようど具合のいいところにあった彼の腕を叩いてわずかに振り向いては、睨んだ。 「人のせいにしないでください!」 「悪い。いや、でもな。お前どうこうは置いといて、だな。もうこれは致し方ないこと、と思い切る。そう決めた」 「……ラウルス。本当は、あなたが誤解しかねないから、言いたくないです。でも、聞きますか?」 「誤解? せいぜい努力はするがな」 口調とは裏腹に真剣な腕だった。抱きしめてくる腕に、アケルは安らぐ。そっと息を吐き、言葉を紡ぐ。伝わるように、せめて真意だけは伝わりますようにと祈りながら。 「あのね、ラウルス。カーソン卿も、姫様も王子方も、元気で生きてらっしゃるじゃないですか。たとえ忘れられたとしても、みんな元気です。それで、いいことにしませんか?」 「あ――」 「だから、ラウルス! 誤解」 「してない。悪い、すまん、アケル。俺は――」 「だから、人の話はちゃんと聞いて! 子より先に親が逝くのはこの世の道理と言うものです! 狩人仲間なら、どこかで生き延びたのがいるかもしれませんし。僕だって、一人じゃないんです。もし誰もいなくても」 「お前には、俺がいる」 「そういうことです」 ずいぶんと偉そうに言い切ったアケルにラウルスは声を上げて笑った。ゆっくりと腕を引いて自分のほうを向かせれば、すんなりと従う体。 「愛してるよ、アケル」 北の海の色をした彼の目。覗き込めば、それなのに温かい気持ちになる。精一杯の努力で忘れよう、思い切ろうとしていた事実。それなのに、彼のこの目を見つめているいまだけは、何より簡単なことのように思えた。 「何事もないふり。平気なふり。全然気にしていないふり。大丈夫だって言うあなたが信用できないのを、僕はもう知ってるんですけどね」 「……否定はしないがな」 「だからね、ラウルス。好きなだけ、悩めばいいと思いますよ。悩み性で泣き虫で寂しがり屋のあなただって、僕はちゃんとここにいますから」 「……時々お前の愛情を疑うよ、俺は。まったく、人のことをなんだと思ってるんだか」 さあね、とでも言うようアケルの青い目が煌いては笑っていた。 |