サイファの唇から、ウルフが聞いたためしがないほど甘い声が漏れている。呻き、身悶えし、リィに縋りつく。ウルフなど、意識に残っていないかのように。 「強情張ってるのもいいけど、そういうあんたも可愛いな」 ちろり、先端を舐め上げて呟けば悲鳴のような声。リィの胸元に顔を埋めたサイファは体を震わせていた。こちらを向かせたくてウルフは一度だけ、強く吸う。鋭い声と愕然としたようなサイファの顔。ようやくこちらを見た、ウルフは目許だけでにやりと笑った。そこに聞こえる鳩のような笑い声。 「お師匠様?」 「馬鹿じゃないお前に可愛いサイファが驚いてるぜ」 「知ってるはずなんだけどね」 言いつつ指先でサイファのそこを弄う。跳ね上がった体と睨み据えてくる眼差し。ウルフとすごすいつものサイファがそこにいる。――はずなのに、リィのほんの一撫で。何をしたわけでもない愛撫とは言えない手つきにサイファは蕩けた声を漏らす。 「知ってても、だ。その上、腹立たしいことにな、けっこうときめいてたりするわけだ。ほんとむかつくわ、お前」 「リィ! ――やめて、そんなこと……」 言葉が途切れたのは愛撫のせい。ウルフではなくリィの。ウルフには何をしたようにも見えなかったけれど。そのことではたと気づく。 「お師匠様。サイファのそっち触ってるね?」 「そっちってどっちだよ?」 ふふんと笑うリィの胸元に手を伸ばしてウルフはつつく。その指先が邪魔だったのだろう、サイファが嫌そうに顔をそむけた。 「照れてるな、可愛い俺のサイファ?」 「ほんと、可愛いよなぁ」 「色々腹立つんだけどな、そこは同感だ」 にやりと笑ったリィとウルフ。リィはいま、サイファの精神に触れているとようやくウルフは気づいた。半エルフにとってはたぶん、そちらのほうがずっと刺激的なのだろうとウルフにもわかっている。それがいまだ巧くできない自分が少し、悔しい。 「ま、だったら俺はこっち担当ってことで」 いずれサイファが愛しいことに違いはない。方法はだから二の次。ウルフは割り切ってサイファの肌を愛撫する。途端に上がった悲鳴はたぶん間違いなくリィが聞かせてくれたもの。 「そろそろ真面目にやれよ、お前」 鼻で笑ったリィが何かを放ってよこした。サイファがそれを眼差しで追う。そのまま顔をまた伏せた。だからウルフは受け止めるより先、なにかわかってしまう。 「また喧嘩になりそうだけどね」 嘯いて掌に収まる小瓶の蓋を外す。ぷん、と香り立つ高貴な香り。王宮の一室で香ったとしてもなんの不思議もないようなそれ。 「お師匠様、これどこで買ったの」 そもそも買うようなものなのか、買うような場所があるのか、ウルフは知らない。そんなウルフにリィは呆れ顔を隠さなかった。 「いままでお前、どうしてたんだよ、え?」 「そりゃ、サイファが調合してたに決まって――って、いってぇな、サイファ!」 「いまのは完全にお前が悪い」 リィに断言されてウルフは額を押さえてはサイファを見上げる。快楽に染まった体でここまで的確に拳を当ててくるなど、それでも魔術師かと言いたくなってしまう。文句ではなく、感嘆として。二人で過ごしてきた時間を思うからこそ。 「へらへら……するな、馬鹿!」 ウルフが思ったことがどうやら伝わってしまったらしい。こちらに来て精神の技を習い覚えたけれど、ウルフにはいまだ上手に操ることができないでいる。時折、用もないのにサイファに考えていることが筒抜けになって困ったものだった。 「でもそんな俺が好きでしょ、サイファ?」 「うる――さい!」 「ふん、そういうこと言う?」 「言っては――あ、よせ。ウルフ……!」 「やめるはずないでしょ。せっかくの機会なのに」 純真な笑顔でウルフは言ってのける。リィは少なからず呆れていたはずなのに、気づけば大きく笑っていた。このような場面で、まして三人で寝台の上にいるという奇妙な状況で上げるとはとても思い難いほど大らかに。 「楽しそうだね、お師匠様?」 言いつつウルフはたっぷりと指に香油をまぶす。つるりとサイファの肌に滑らせれば、性格が悪いと罵る声。聞こえたふりも見せないでサイファの後ろに手を伸ばせば体をすくめられた。 「そりゃ楽しいさ。可愛い可愛いサイファが楽しんでるからな?」 「楽しくない! 全然楽しくなんてないの! ……あなたが、リィが、勝手に……。あ」 「ほら、楽しいだろ、可愛い俺のサイファ?」 性格が悪いのはどちらだ、とウルフは内心で笑っていた。根性が気に入らないだの人格に問題があるだの散々なことを言われている自分ではあるけれど、そんな自分だからこそ、サイファは選んだ、リィを見ているとそんな気がしてしまう。 「ウルフ」 はっとするほど鋭い声。何気ない顔を装ってウルフはサイファを見やる。騙されない、と眼差しが語り、伸ばした手に引き寄せられた。 「私は、お前がいい。何度言ったらわかるんだ、この……鳥頭」 いつもならば派手な蹴りと共に放たれるサイファの言葉。いまだけは、甘かった。驚くウルフを更に驚かせたのもやはり、サイファ。ためらいがちな唇がくちづけをくれた。それだけで、不安がすべてなくなっていく。 「今のはちょっと羨ましかったなぁ、お師匠様。ずるいぞ、可愛い俺のサイファ」 うっとりとした気分が台無しだった。それなのにウルフは先ほどのリィに負けまいとするかのよう、盛大に笑っている。心底から、楽しくて。 「だってリィ。ずるいん……だもの。いつまで、私一人なの」 ん、とこらえるような声音。引き締められた唇。間近で見ることになったリィは笑みを隠せない。ウルフの指先が、サイファの中に潜り込んだ瞬間を、眼前でリィは見た。 「ん、何がだ? 可愛いサイファ」 恥ずかしそうに顔をそむけたサイファの形のいい耳朶が朱に染まっていた。思わず唇で挟み込み、軽く噛んでは舌先で嬲る。吐息が蕩けてサイファが縋りついてくる。その足の間、ウルフがにんまりとしていた。 「いつまで――」 再び言いかけて、声が止まる。身悶えて、唇を噛む。それから声は出さない、と決心したかのようサイファは体を起こす。 「そんなに動いたら、大変なことになるんじゃないの、サイファ?」 指を埋められたまま身を起こしたサイファをからかったウルフに彼は一睨みをくれ、深く息をする。それから腕を伸ばしてはリィの長衣へ手をかける。 「あぁ、なるほどなぁ。これは気がつかなかったな、お師匠様」 自分一人裸に剥かれて、それが嫌だったか。思った瞬間、流れ込んでくるサイファの心。違うと。リィの肌が恋しいと。無言で微笑むリィを見上げたウルフがかすかに嫌な顔をした。 「――お前もだ、若造! 私一人、恥ずかしい思いを甘受する気はないからな!」 「ほんと素直じゃないね、サイファ。そういうとこも可愛いけどさ」 「うるさい――若造! そういうところだけ、上達……するな、馬鹿!」 リィの衣服を剥ぎながらウルフに声を荒らげるサイファ。その体の奥を愛撫するウルフ。途轍もない状況なのに、ウルフはどうにも笑いが止まらない。 「はいはい、わかったから怒んないでよ」 あ。と声が聞こえた。あげるはずも、つもりもなかった声。サイファが悔しそうに唇を噛んではリィの素肌に顔を埋める。半ば強引に引き抜いた指に与えられた刺激、リィが小さく苦笑していた。 「ほんとあんた、それでも魔術師かって言いたくなるよね」 水浴びをするのではないのだからもう少しなんとかならないのか、とリィは思う。それほどどうでもよさそうに脱いでいくウルフ。いずれサイファは見ていないのだから同じことかもしれないが。 「なにがだよ?」 脱ぎ捨てたウルフが再び同じ場所に戻る。今度はサイファも素直にいいようにされるつもりはないらしい。リィに縋ったまま足首を交差させる、というその仕種にウルフはそっと笑う。 「そういうことしても無駄なんだって、サイファ」 後ろは触りにくくなったけれど、そのぶんさらされる場所がある。はっと気づいたサイファが身をよじったときにはウルフはサイファ自身にくちづけ、逃れる一瞬をついては足首を捉えて大きく広げていた。 「あんたのその体。鍛えてるなと思ってさ」 それなのにウルフはサイファになど関心がないかのよう、リィの裸体を惚れ惚れと眺めていた。実際、戦士のウルフから見ても無駄のない体だ、と感嘆したくなるほど素晴らしい。それなのにリィは無造作に肩をすくめただけ。 「別に鍛えてねぇよ。俺は魔術師だ、そんな暇があるかよ」 「なくってそれかよ。嫌になるね、ほんと」 からからと笑ってサイファの足を肩へと抱え上げたウルフ。ようやくどういう体勢にされているのか理解したサイファが今度こそは激しく抗う。 「リィ! ……どうして? どうしてウルフの味方するの?」 愕然としたサイファがリィを見上げた。改めて背後からサイファを抱えたリィの手は、あろうことか彼の太腿に。 「そりゃ、可愛いお前を楽しませたくって?」 ウルフの前、リィの手で大きく広げられた己の足。サイファは見ていられないとばかり目をそらす。その視線を捉えようとでも言うよう、ウルフがわざとらしく足首にくちづけた。 「若造!」 「ん、何?」 「――触り方がいやらしい!」 ウルフのみならず、リィまで喉の奥でこらえたような笑い声。サイファは唇を噛んでは目をそらす。それを狙っていたかのよう、リィは彼にくちづけていた。くちづけの合間、くぐもった声が漏れだす。ウルフの指先が再びサイファの中に潜り込む。引き抜かれては、数を増やして。 身悶えするサイファの動きに合わせるよう、長い髪が生き物のようにうねっていた。透き通る肌にさらさらと黒髪がまとわりつく。意図せず隠れる肌にウルフは煽られて行く。思わず舌なめずりをしたのをリィに見られた。 「若いね、小僧。サイファも我慢できないんだろう? 挿れてやれよ」 鼻で笑ったリィだから、意地がある。にやりと笑い返し、ウルフは息をつく。少しかがんでサイファの内腿に唇を落とせば、彼の呼吸が乱れる。 |