抱き上げられたままのサイファが戸惑っている。もしかしたらウルフと帰るつもりだったのかもしれない。 「サイファ？」 　お前は本当はどうしたい。無言の中に問いをこめれば仄かに笑ったサイファ。黙って首に腕が絡みつく。 「じゃあな、若造」 　にやりと笑ったリィはそのままサイファを連れ去った。サイファが自分の肩に顔を埋めているのを感じつつ。 「よかったのか、可愛い俺のサイファ？」 　昔も今も変わらない自分の寝台の上、サイファを横たわらせればそのまま引かれた。サイファに圧し掛かればうっとりとした溜息。 「帰ると思ってたの、リィ？」 「思ってた」 「私も、帰るんだと思ってたけれどね」 　だからウルフが迎えにきたのだと思っていた、そうサイファは言う。それでも強引に連れ帰ろうとはしなかったウルフを思う。 「もう少し一緒にいるか、可愛い俺のサイファ？」 　そんな甘い言葉にサイファが笑う。何度言ってもたぶん、何度でも嬉しそうに笑うだろう、その確信。不意に途轍もなく幸福だと思う。 「リィ？」 「幸せだな、と思ってな」 「よかった――」 　自分一人が幸福なのではない。愛しいリィもまたそうなのだと知り安堵するサイファがそこにいる。それがまた、たまらなく愛おしかった。 　頬を寄せ、ちゅ、と音を立てた戯れめいたくちづけ。先ほどはあれほど嫌がったのに、いまのサイファはと思えばどことなくおかしい。 「笑わないで、リィ」 　目許に仄かな艶。子供時代にも浮かべていた無自覚な、けれどだからこそ何より抗いがたいそれ。リィは苦笑してサイファの瞼にもくちづける。 「おいで、可愛い俺のサイファ」 　それなのに体を起こしたリィにサイファは疑問を浮かべ、しかし黙って従った。直後に悲鳴。ひょい、と膝の上に座らされていた。 「ちょっと待って、リィ。何するつもりなの――」 　背後から抱きかかえられていて、リィの表情が見えない。それがこんなにも不安だとは思わなかった。それに応ずるよう、リィはぎゅっと彼を抱きしめる。たったそれだけ。それだけでサイファが力を抜く。 「嫌だったら早くに嫌って言えよ？」 「言わない」 「言っても止めないと思うけどな」 　耳元でリィの声がした。ふ、とうつむいたサイファの喉元にリィの手。見えない、ということがこれほどのときめきを生むとはサイファは知らなかった。 「人間が不安で、知らなくて怖いって、こういう感じなの、リィ？」 「かもな」 「私、嫌いじゃないと思う」 　首をかしげたサイファにリィは笑う。それは相手が自分だからだ、とはリィは言わない。サイファが感じるおののきを楽しいものにしておきたい。 　ゆっくりと着てるものを剥いでいった。少しずつさらされて行く肌にサイファが身震いをする。寒いのではなく、羞恥に。 「恥ずかしいか、可愛いサイファ？」 「あなただから――平気」 「そうか」 　嘘だな、とリィは思う。我慢しているのだろうサイファがいつになく愛おしい。内心での思いに苦笑して背中にくちづければ甘い悲鳴。 「ほら、サイファ」 　長衣から腕を抜かせ、わざわざ遠くに放り投げてしまう。そんなリィにサイファが苦笑した気配がした。 「あ――」 　その隙に、と言うわけでもなかったのだけれどリィはサイファの肌に愛撫を加える。すでに彼の肌は知っている。どこをどうして欲しがるか、リィはもう覚えている。 「……そういうところ」 「なんだ、可愛い俺のサイファ？」 「――なんでもないの！」 「なるほどな。妙なことに上達が早いのは血筋かねぇ」 　くつくつと喉の奥で笑えばサイファは無言。今度は狙って胸のあたりを愛撫する。息を飲み、漏れ出たサイファの吐息。 「可愛い俺のサイファ」 　ゆるりとしたリィの手が、サイファの足を撫でた。抱えている自分の膝まで使ってサイファの足を開かせる。 「ん……」 　恥ずかしそうに身じろいだサイファではあった。けれど吐息一つでサイファは従う。充分に開いた足の間、手を伸ばせばサイファが首だけ振り向けてはリィの胸元に顔を押しつけた。 「恥ずかしくなっちゃったか、可愛い俺のサイファ？」 　そんな格好で愛撫をされて恥ずかしくない人間は普通はいない。まして神人の子。肌をさらしている、触れられている。それだけで耐え難いはずなのに。こうして言葉で弄ばれてすら、サイファは拒まない。 「平気、私のリィ」 　見上げてきた目が潤んでいた。そして顰められる眉。リィの手から与えられる刺激に開いた唇。貪るように、蕩けるようにくちづけた。 「……リィ」 　体を半分ひねったサイファだった。リィの首に腕を絡め、縋りつく。片手でサイファを抱いたリィはその背をなだめるように撫で、けれど反対の手は容赦なく。少しずつ早くなっていく呼吸。時折背中に立てられる爪。 「いいか、可愛い俺のサイファ？」 　そんな言葉を注がれるたび、跳ね上がるサイファの体。充分に蕩けたサイファの肌を確信し、リィはサイファの奥へと手を伸ばす。 「……あ、リィ。待って」 「待たない」 「――でも」 「嫌か」 　卑怯な聞き方だな、と思いつつリィは笑っていた。サイファが拒むはずはないと知っていて、そう尋ねるのだから。そしてサイファ自身、拒みたくなどないのだから。リィの思ったとおり、寸時のためらいの後、サイファがこくりとうなずいた。嫌ではないと、続けてほしいと。 「だったらもっと楽しませてやるからな、可愛い俺のサイファ」 　さすがにサイファだった。数百年を共に暮らした。千年の時を経てなお、互いの思いは薄れはしなかった。その、サイファだった。 「リィ？」 　不審そうに見上げてきた彼にリィは微笑んでくちづけをする。背中を撫で、彼自身をこすりあげ、後ろに触れ。 「――え」 　何かおかしなことがあった気がしたサイファだった。手が多い。リィを見上げ、答えはないと知って自らの体を見下ろす。息を飲み、呼吸が止まった。 「な……なにを……待って、リィ。どう言うことなの!?」 　足の間、にんまりと笑うウルフがいた。勃ち上がったサイファ自身に悪戯めいたくちづけを。それからほんのりと血の色を浮かばせた肌に手を滑らせる。 「そりゃまぁ。こういうこと？」 　ウルフと似たような顔をしたリィが笑う。がっちりとサイファを抱きしめて、逃げ出せないように、笑う。 「一応言っとくけど。誘ったのはお師匠様であって俺じゃないからね、サイファ」 「どう言うことだ！」 「だから、こういうこと」 　もう一度そこにくちづけられてサイファは言葉を失う。跳ね上がりそうになる体を必死に抑えれば、リィからのくちづけ。強張りが解けたころ、ウルフからの愛撫。 「お前は――！」 　どうしてそう勘がいいのだ、と言わんばかりのサイファだった。ウルフは笑って答えない。胸元に伸ばした指で愛撫をすれば息を飲むサイファ。 「ほら可愛いサイファ。そうじゃないだろう？」 　同じよう、リィが愛撫をする。唇の間から漏れ出た吐息、艶のある声。ウルフが不満そうに唸っていた。 「ほんっと、サイファってお師匠様の前では素直だよなぁ。俺にはそんな声聞かせてくれたことないじゃん」 「どうだ、羨ましいか若造」 「こればっかりは素直に羨ましいね」 「だったらもっと聞かせてやろう」 　ふふん、と嬉しそうにリィは笑う。いまだ混乱しているサイファだった。これほどの好機はない。ウルフにはわからないだろう。いまのサイファは素直なのではない、なにが起こっているか理解していないだけだ。 「可愛い俺のサイファ。口を開けてごらん」 　言われた通りに動いたサイファ。ウルフを見やれば自慢げな顔でもしていたのだろう、肩をすくめられてしまった。それを横目にリィはサイファに舌を差し出させ、ウルフに見せつけるよう互いの舌先を絡め合う。 「黙って見てるだけかよ、若造」 「いい眺めだよなぁと思ってさ」 「見てるだけで満足かよ。年寄りじみた趣味だな」 「ご冗談。どうしたら喜ぶかなって考えてた」 　聞こえてもいないサイファだった。どうやらウルフも理解したらしい。いまはよほどのことをしないとサイファは何が起きているかわからないと。 「この状態だとな、普段だったら怒るようなことしても平気だぜ」 「へー。あんたもサイファ怒らせることがあるんだ？　意外だな」 「その辺は神人の子の一般論だ」 　にやりと笑ったリィだからウルフは肩をすくめる。思えばサイファと肌を重ねたことはなかったはず。ならばこんなサイファはリィも知らない。ウルフはにやりとして体をかがめる。 「――ひ。あ」 　サイファが跳ね上がった。眼差しはそれでもまだリィを捉えていたけれど。そのリィはじっとウルフを見ていた。サイファ自身を口に含んだウルフを。少なからず羨ましそうだ、と思ったのはウルフの気のせいではないだろう。 「お師匠様、代わってあげようか？」 　にやりとして言えば、ようやくサイファが正気づく。なにが起こっているか、理解して、そしてまた気を失いそうな顔をした。 「リィ……どうして」 「この方がお前は楽しいだろうなぁ、と思って。お師匠様、気を使ったんだけどなぁ」 「でも！」 「いやだったら若造は叩き出しとくぞ？　どうする、可愛い俺のサイファ」 　その間もウルフは愛撫を休まなかった。見つめ合う二人を目の端で見上げ、口許でウルフは笑う。サイファはウルフを見もせずにこくりとうなずいた。それでも意識が自分を向いている、とウルフは確信していたけれど。

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