聞けば、教えてくれるのだろうか。それよりもシェイティに、自分の寂しさを気づいて欲しいと思う。思うだけ、無駄だった。
 意を決して話しかけようとする。何も考えずに目を瞬いた。気づかなかった。薄く、涙が浮かんでいたことになど。内心で自嘲してタイラントは涙を払う。
「それって、なに?」
 恐る恐る尋ねれば、いつになく楽しげな顔をしたシェイティが答えた。
「魔法。圧縮した光の圧力と熱で敵を倒すこともできるんだけどね。本来はそれを目標に流星雨を召喚するの。一般的な用途としては、城壁の破壊かな」
 それのどこが一般的だ、とは尋ねなかった。それを人間相手に使いかねない人物がいる、と言うだけでタイラントは言葉をなくしていた。
「流星雨って……!」
「流れ星だね。あれはつらい。真剣に死ぬかと思った」
「って、シェイティ。やられたこと――」
「あるから言ってるの」
 淡々と言うシェイティが信じられない。いったいどんな師弟なのだろう、彼らは。半ば呆れて彼を見ていたら、リオンまでもが笑う。
「光だけで普通の人間だったら三回は軽く死ねますねぇ」
「本当にあなたっていけ好かない。平気で耐えたくせに」
「だって私、神官ですから」
 にこりと笑ってリオンは首を傾げて見せた。どうやらエイシャ女神の加護があるのだから普通の人間ではない、と言うことらしい。
 いずれにせよ、城壁すらも軽々と破壊できるような魔法を人間相手に使いかねない人物が存在している、と言うことだけはよくわかった。
「無茶苦茶だ……」
 思わずタイラントは呟いていた。聞かせよう、と思ったわけではない。それでもじろりとシェイティに睨まれては首をすくめたくなる。
「だって! そんなとんでもない魔法、普通人間に使う!? なんでだよ!」
「面倒くさい」
「後腐れがないから」
 リオンとシェイティが揃って言った。二人、顔を見合わせて苦笑している。タイラントの頭の中、シェイティの師と言う人がどこまでも恐ろしい怪物のよう、思えてきた。
「言いかねないよね、そのくらい」
「間違いなく言いますね」
「だから、僕が回収作業をしたほうが面倒じゃないって、理解した?」
「不本意ながら理解しました。が、早く帰ってきてくださいね、できるだけ。あの人の不機嫌をなだめる私の身にもなってくださいよ」
「好きでやってるんだから、いいじゃない。勝手にやりなよ、僕の知ったことじゃないし」
 ぷい、と顔をそむけたシェイティが、機嫌を損ねたのを感じる。タイラントはそっと首を伸ばして彼を見ようとしたけれど、いっそうシェイティはどこかを見やるだけだった。
「シェイティ……」
 わからないことが多すぎる。混乱は極まるばかりで、何がどうなっているのか少しもわからない。聞いて、答えてくれるのだろうか。ためらいがわだかまりとなって言葉にならなかった。
 突然だった。そんなシェイティが手を伸ばしてきたのは。彼の不意の動作はなぜかいつもよけることができない。
 シェイティは、タイラントの首根っこを掴んでは肩の上から引き摺り下ろし、自分の顔の前へと持ってきた。
 真正面から見据えられて、タイラントは眼をそらせなかった。そらしたいとも思わなかった。彼がいま、自分だけを見ている。どんな理由であったとしても。
「なに? 言いたいことがあるならいいなよ。僕が答えるかどうかは別の問題だけど、聞くだけ聞けばいいじゃない。うじうじされてると、鬱陶しいの。聞きたければ、聞けば?」
「シェイティ……」
 きゅっと胸が詰まった。答えてくれる保証はしなかった。それでも言いたいことを言ってもいい、とは言ってくれた。
 ある意味では、それは信頼の萌芽であるのかもしれない、とタイラントは淡い期待を持つ。冷たい口調も、自分にだけではない。リオンにだとて同じこと。
「じゃあ、聞くけどさ。話が混乱してて全然わかんない。君のお師匠様ってどんな人? 銀の星ってどんな人? リオン総司教様と君ってどんな関係なのさ」
 まるでシェイティのようだとタイラントは自らを心の中で嘲笑う。叩きつける語調がかすかに震えさえしなければ、本当に彼のようだったのにと思いつつ。
「シェイティはね、私の兄弟子ですよ」
 声は、リオンだった。柔らかい表情を浮かべ、あくまでも神官然とした男が何を言うか、とタイラントは声を荒らげそうになる。
「ちなみに、シェイティの師匠と私の銀の星は同一人物です。だから、私の師匠でもあるんですけどね。彼は」
「そんな……」
「あなた、本当に間抜け。気がつかなかったの。総司教って言うわりに若いと思ったんでしょ。これ、普通の人間じゃないから。魔術師だよ、リオンも」
「だって! 総司教様じゃ――」
「だから? 魔法も使える世にも珍しい神官。エイシャ女神も珍重して総司教にしたみたいだけど?」
「あ――」
 そういうことだったのか、と不意に悟った。タイラントは二人の顔を代わる代わるに見やる。にこにこと笑みを浮かべているリオンは、確かに若い。
 以前、シェイティが言っていたことを思い出す。彼の師に恋人がいること。武器も使える魔術師だ、と言っていた。武術に長けたエイシャの神官ならば、まして魔法を修めた人間ならば、ぴったりとその話に当てはまる。
「シェイティの話はわかりにくいですからねぇ。特に何かを隠そうとしているときには、ね」
「うるさいよ、だまんな。リオン」
「はいはい」
 兄弟子だと言うならば、シェイティのこの態度にもうなずける。彼にとってリオンはエイシャの総司教ではなく、自分の弟弟子なのだから。
「ところで、シェイティ?」
「なに。話があるんだったら早くして」
「私ではなく、あなたの話を待ってるんです。もう一つ用件があるようなことを言ってませんでした?」
 言われてシェイティはタイラントを肩の上に投げ上げた。慌てて体勢を整えて着地する。すっかり馴染んでいるせいで、落ちることはなかった。
 シェイティは、それをわかっていて投げたのだろうか、たぶんそうだ、とタイラントは思う。それが嬉しくてならなかった。自然、笑みが浮かぶ。
「……うるさいな。いま話そうとしたところじゃない。あなた、このあと帰るんでしょ」
「まぁ、帰りますよ?」
 特に用事もないですし、安否は確かめましたし。リオンはそう付け足してシェイティの表情とも言えない顔色の変化に首をかしげた。
「だったらこれ、預かってくれない?」
 言われたリオンは愚か、当人たるタイラントも彼が何を言っているかわからなかった。これ、と示されたのが自分だ、と気づくまでにしばらくかかる。
「シェイティ、そんな!」
 悲鳴じみた声になぜかリオンがにっこりとうなずいた。
「あなたは本当に優しいですねぇ」
「ほんっとに、気持ち悪いね。あなたは。僕相手に真面目にそんなこと言うの、リオンくらいだけど」
「だって、あなたは私の銀の星に似てますから。照れて暴力的な辺りがね」
 タイラントはそんなことを言ってのけたリオンをまじまじと見る。ぼんやりとした人に見えていたけれど、実はとても凄い人なのだろう、と思った。大真面目にシェイティを褒めている。
 タイラントだとて、シェイティを褒めなくはない。それどころか大いに褒めたいと思ってはいる。が、優しいの照れているだのとは決して言わないだろう。
 リオンはシェイティと同じだ、とタイラントは気づいた。たぶん、彼らの師も。自分とは圧倒的に物差しが違うのだと気づかされる。体の中のどこかが軋みを上げた。
「……呆れた。信じらんないね、あなたなんか。本当に大嫌い。勝手に言ってなよ、そんなこと。それで、預かるの、どうなの」
「預からないほうがいいと思いますよ」
「どうして。明確な理由があるなら考慮する。言うだけ言いなよ、手早くね」
「では手短に。彼を預かるとすると、必然的にあなたの師匠の目に触れます。彼はどうやら私が見るところ、元は人間ですね、なんらかの事情でドラゴン?」
「そう、あってるよ。続けて」
「とすると、こんな珍しい存在を、あなたの師匠が放っておくと思いますか、シェイティ? いい玩具にされますよ。あなたが帰ってきたときには、茶色のまだらになってるかも」
「別に紫と黄色の水玉だろうが、赤地に緑の花柄だろうがかまわないよ、僕は」
 シェイティの師にされかねないことを想像していたせいで、一瞬彼の言葉を聞き間違ったか、とタイラントはシェイティを見やる。間違ってなどいなかった。溜息まじりの吐息をつけば、なぜかリオンがふんわりと微笑った。
「それは、見た目がどうであれ、彼自身に変わりはないから関係ない、とそういうことですね。シェイティ?」
「そんなことは言ってない」
 珍しく低い声でシェイティは言った。ためらいではなかった。戸惑いでもなかった。含まれたのはかすかな怒り。タイラントは肩の上、悄然とする。
 不意にリオンの手が伸びてきた。額を撫でられる、と思ったそのときシェイティが身を引く。タイラントにシェイティの顔は見えなかった。が、にんまりとしたリオンの顔はよく見える。
 目顔でリオンが語っていた、シェイティ自身が認めないだけだ、と。そうであればどんなにいいか、とタイラントはうなずきながらも泣きそうだった。
「どっちにしろ、連れて行ったほうがいいですよ、どこに行くにしてもね」
「……タイラント連れて行くの、面倒くさいんだよ」
「もう、あなたってば本当に」
 リオンが何を言おうとしたのかタイラントは聞こえるようだった。優しいですね、そう続けるつもりであったに違いない。
 だが、一瞬早くシェイティの手がリオンの首に剣を当てていた。今度のリオンは武器を現してはいなかった。防御すらせず、薄く笑うのみ。
「できるものなら、やってみるんですね」
 笑顔は変わらないのに、すっと気温が下がった気がしてしまうほど、冷たいリオンだった。タイラントには、この男が彼らの師と対等に付き合うことができている理由が、わかった気がした。




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