あたふたと言い訳をする自分の声をシェイティははたして聞いているのだろうか、と思う。覗き込んだ彼の顔はいつものよう、どこかを見ていた。 「薄情者」 途端に声が飛んでくる。どうやら、ちゃんと聞いてもらえているらしい。が、かといって嬉しくもない。 そもそも、釈明をすることが無駄なのだ、とタイラントは思っている。彼に、本当のことはとても言えない。 興味以上のものを持ってしまったなど、いったいどのような顔をして言えばいいのだろうか。惑った挙句、自嘲する。 言っても、受け入れてもらえるとは、やはり思えなかった。 「だからさー。薄情は薄情だと思うよ、私だってさ」 「そう言ってるじゃない。違うの?」 「あのねー、なんて言ったらいいのかなぁ……」 困るタイラントの声に、シェイティは遠い目をしたままくすくすと笑った。 シェイティの首にくるりと尻尾を巻きつけて、タイラントは彼の顔を覗く。普段と変わらない、表情の動きの少ない顔。 残念だ、と思う。なじってくれれば、もう少しなりとも嬉しい、とも。だからやはり自分は薄情なのだ、とも思う。 「姫はさ、なんていうかさ。好きってわけじゃなかったんだなってさ。今更だけどさ」 「ほんと、今更だね」 「うん。でも、正直なところそんな感じ」 「だったら……」 珍しくシェイティが言いよどんだ。何か、と思ってまた顔を覗いてしまう。 と、いきなり首を掴まれた。息が詰まって悲鳴も上がらない。じたばたすれば、よりいっそう苦しくなった。 「あ、ごめん。思いっきり掴んじゃった」 淡々と言って、離してくれた。おかげでようやくタイラントには彼の思いが知れる。どうやら、含羞んでいるらしい。珍しいを通り越して、おそらく初めてのことだった。 「もう、苦しいなぁ。で、なに?」 問い詰めるのも、中々楽しいかもしれない、とタイラントは話題にもかかわらずうきうきとしてくる。それを見透かしたよう、もう一度首を締められた。軽くではあったが。 「どうして、好きでもないのにあなた、助けようとするの」 「そりゃ……」 答えようとして、タイラントは絶句する。答えられなかったのではない。シェイティが、他人の関係に口を挟むとは思ってもいなかった。 いまもそうだ。薄情のなんのと言っているけれど、間違いなく彼は本気ではない。それなのに、いまはなぜ。ありえない希望を持ってしまいそうになる浮かれた気分をタイラントは引き締める。 「姫はね……そうだな、育ちの差ってやつかなー。私、この目だろ? はじめは片目を隠してたんだよ、姫のところでもね」 いつの頃からだろうか。その眼帯の下にあるのはなに、と尋ねられたのは。そして自棄になって外したのは。それを忌み嫌うこともなく受け入れてくれたのは。 「最初はさ、驚いてたよ。当たり前だと思う。強張ってたけど、でも……嫌われなかった。だから、そうだな、言ってみれば友達を助けたいってところ?」 精一杯に茶化して言った。照れ隠しだと思ってくれればいい。心の機微に疎いシェイティが、何も気づかずいてくれればいい。 嘘だった。まるきり嘘ではない。それでもタイラントにとっては、嘘だった。 姫を助けたいという情熱はすでにない。あわよくば、彼女の恋人と呼ばれたいと思ってはじめたこと。他に心を傾ける相手ができてしまったいま、姫は無意味だ。 「最低だね」 なんの気なしに言っただろうシェイティの言葉に、タイラントの反応が一瞬遅れる。 「ははははは、ほんとだねー」 相変わらずの虚ろな笑い声、とでも思って欲しかった。いい加減なろくでなし。最低なのは、真実だと自分でも思う。 「でも……友達ね。うん、その理由なら、悪くない」 「そう?」 「友達は、大事にしたほうがいいんじゃない?」 「……君に言われたくないな、なんて思うんですけど?」 「勝手に思えば? 僕だって、友達くらい……」 「いないんだろ」 軽く言ったが、シェイティの真実も突いてしまったらしい。それもまた、当然のことだろうとタイラントは思う。 これだけ他人を信用しない人間に友人が一人でもいるほうが不思議と言うもの。だが、シェイティが黙るとは思っていなかった。 「なぁ、シェイティ」 「なに」 「私さ、君の友達になれないかな」 せめてそれくらいならば。もしも人間に戻れるならば、そのときは友として側にいたい。竜のままならば、ずっと彼の肩にいたい。口に出せない思いの代わり、タイラントはそっと彼に頬ずりをした。 「あなた、馬鹿? なんだか、疲れてきたよ、僕」 「え……なに! なんか変なこと言った?」 「ねぇ、あなた。忘れっぽいの。それとも口からでまかせで約束するの」 拗ねた口調に呆れ声が混じる。その中にかすかな別の音を吟遊詩人の耳は聞き取った。寂しさにも似た、願い。 「わ……忘れてないってば! やだな、シェイティ!」 「そう? じゃ、なにを約束したのか、言ってみなよ。ほら、早く。ねぇ、言えないの。ふうん、いいけど。別に」 「言える言える言えるってば! だから、言うから、首締めんなって!」 首を締められていては、言うに言えないではないか、と抗議するより先に、きゅっと指先が締まった。なんだか頭がぼうっとして、目の前が暗くなる。 「あ、やりすぎちゃったかも」 悪いとは少しも思っていないらしいシェイティの声が頭上から降ってくる。どうやら肩からはすでに滑り落ちているようだった。 「シェイティー、あのさー」 ぼんやりと見上げれば、やはり彼の腕の中だった。ゆっくりと呼吸を繰り返せば、やっとのことで視界が元に戻る。 「ドラゴンも、落とせるんだね。あなたと会って僕はそれを学習したよ。唯一の成果かな」 普通、巨体を誇る竜の首を締めて気絶させようなどと考える輩はいない、とタイラントは思ったが賢明にも口に出すことは控えた。 「唯一って言うなー」 「なんで?」 「唯一じゃないから。だって、人間に戻ったら弟子にしてくれるって言った。魔法教えてくれるって言った。約束、したよな?」 「なに言ってるの。忘れてたくせに」 ふん、とそっぽを向いて勢いよく肩に放り上げられた。 タイラントは笑い出すのを懸命にこらえる。それでも体が揺れるのだけは抑えられなかった。 シェイティが、喜んでいる。約束したことを忘れていなかったと言って、喜んでいる。 まさか、彼がそれほど気にしていたとは、考えてもいなかった。それだけで胸が一杯になりそうだった。 「きっとあなたは、約束破るよ。別に、いいけど」 「そんなこと言うなよ!」 「別に、いいの。そうなるから」 肩の上、タイラントが抗議をしているのを、シェイティは聞いていた。聞き流していたわけでは、なかった。ちゃんと聞いていた。 いまはそう言うだろう。それを嬉しい、とも思っている。思いがけず、馴染んでしまった竜のタイラント。 人間に戻ったときには、彼は変わるだろう。まして魔法の習得を目指す、と言うならば。いつまでも、自分自身のことを隠しておけるものでもない。 「あ……」 「シェイティ?」 「なんでもない」 「そっか」 あっさりと、タイラントが引いた。そのことをシェイティは不思議にも思わなかった。この煩わしい生き物が、的確に自分の気分を読んでいるのに、慣れてしまっていた。驚くこともないほどに、あまりにも自然に。 シェイティは、自らの思いに囚われていた。隠しておきたい、と思っている自分の心を見つけてしまった。 自分自身を、恥じてなどいない。いまこうしてここにある自分が、すべてで何を臆することもない。 そう、思っていた。確かに隠し事はしている。それは、已むに已まれぬ事情、あるいは便宜的な手段だ。 だがシェイティは、それすらもタイラントに明かしたくない自分の一面だと、いま気づいてしまった。苦々しくなる。 「あなたなんか、嫌い」 こんな竜に会わなければよかった、と心底思う。そうすれば、自分をこれ以上嫌うこともなかったはず、と。 「だからシェイティ。そういうこと冗談でも言うなってばー」 「なんで」 問いかけたのは、答えが欲しいせいか。思ってシェイティはやはり苦いものを飲み込んだ。 「悲しくなるからに、決まってるだろ」 言いつつタイラントは自分の声が嬉々としていることを感じないわけでもなかった。 シェイティが、何か悩んでいるらしいことはわかる。ずっと彼の肩のいるのだ。肌身にシェイティを感じているのだ。わからないほうがおかしい。 「私は君が大好きだよ、シェイティ」 特別な意味ではなく。友として。そんな曖昧な口調が、はたしてシェイティに通じるのだろうか、タイラントは危ぶむ。 「勝手に言えば。ねぇ、働いて。のうのうとされてると腹立ってくるの」 「もうちょっと他にいいかた――」 「偵察。はい、行って!」 腕にすべり落とされ、投げ上げられた。タイラントは明るい悲鳴を彼の元に残して羽ばたく。 「すぐ戻るからねー」 少しだけ、通じたらしい。そうでなければ、シェイティがああも照れたりするものか。乱暴な彼の態度は、そのまま彼の感情。 「すぐ戻ってきたらなんのための偵察なの。食い扶持くらいは働いてから帰ってきて」 嘯くシェイティの声はいつになく明るい。さすがにタイラントは気づかなかった。失うとわかっているものだからこそ、深入りを避けている声だとは。 |