同盟発足から五年。当初はタウザントの森を切り開き、学院関係の建物があるだけだったここも、商店が増え、居酒屋ができ、いつの間にかタウザント街とまで呼ばれるほど発展した。 魔術師がイーサウで受け入れられている成果だな、とエリナードはそれが嬉しい。フェリクスたち四魔導師が目指してきた場所がここにあるような、そんな気がして。 そしてイーサウでも都市連盟の発展に寄与した魔術師たちの同盟を祝いたい、と言っている。五年経って、同盟本部もそれなりに見られる程度の建物になっている。魔術師たちが暇を見ては手を入れているせいだろう。放っておくととんでもないものになりかねなかったから、エリナードは目安として建物の概案だけは出しておいた。それに沿っているのならばあとは好きにしてくれ、と言ってある。おかげでかなりなところ好き勝手をされているのだけれど、元々魔術師とはそういうものだ。かえって面白い建物になっていて、エリナードとしても文句はない。 「で、どうしてそういう話になるよ?」 いつからか四大属性の指導者たちは四導師、と呼ばれている。星花宮のよう、四魔導師とはエリナードが呼ばせなかった。その四人が揃っているのは同盟本部。いまはエリナードが使っている水属性指導者の執務室だ。 「だからさー、サキアさんも言ってただろ? ちゃんとした夜会にするってさ」 「だいたいそれがなんでなんだよって思わねぇのかよ?」 「いいのではないか? イーサウの意地、というものでもあるのだろう」 口々に言うイメルとミスティの言葉を補強するようオーランドがうなずく。三人がかりで説得されてはエリナードも諸手を上げるしかない。 「まぁ、わかるけどな」 二王国に比べれば格段に歴史の浅いイーサウだ。まともな社交界などないに等しい、そう笑われているのがサキアは気に食わないのだろう。別のところで勝っているのだからいいだろう、というのは魔術師の勝手な言い分だろうか。常人には常人の意地と争いがあって、それに負けたくないとサキアが、イーサウが望むならば同盟としても協力するまでだ。 「おい。カレン」 執務室にいたのは四導師だけではない。普段から師の手足に、と公言しているカレンだ。いまもここで給仕を務めていた。 「なんすか」 四導師を前にしても態度が変わらないカレンをエリナードは誇らしく眺めている。言いたくはないが、アイフェイオン一門でもまだ若い魔術師たちや他流派の魔術師となれば殊更に四導師の前では緊張した顔を見せる。自分たちは偶々ここにいて、指導役をやっているだけだ、と四導師は口を揃えて言うのだけれど、どうにもうまく行かない。 「ついでだ。お前も着飾れよ」 ちょうどいいとエリナードは思っていた。いまだ手元に置き続けているカレン。酷い中傷をされているのもエリナードは知っている。今現在、エリナードは独身だ。そしてカレンもまた独り身。そして彼らは誰が見ても美男美女、と言うだろう。いまだに時折エリナードの家に泊って行くこともあるカレンだ。謂われないことを言い放たれてもいる。自分は同性愛者でカレンが男でない限り何の興味もない、と常々エリナードは言っているのだが。 「はぁ!? なんの冗談ですか。それにしたってタチが悪いや」 「俺が恥かくんだからよ、お前も付き合え。なんてったって師匠の手足です、だもんな?」 「師匠!」 赤い顔をして怒るカレンをミスティがほんのりと笑う。以前の師に笑われてばつの悪そうな彼女にエリナードは隠し事を一つ。弟子は気づかなかったらしいけれど、さすがに同僚たちは感づいた。無言でオーランドがカレンの腕を取る。 「ちょ……! オーランド師!? 何するんですか!」 「そりゃ、採寸だよねー。オーランド、衣装作るの得意だもんな。と言うことで俺は布の用意をするかな。オーランド、あとで意匠を教えてくれよ。それに合わせてなんかするから」 了解、とうなずいて小さく笑うオーランド。ずるずるとカレンを引きずって出て行ってしまった。呆気にとられたカレンの顔など中々見られるものでもない。くつくつと笑うエリナードにミスティが呆れる。 「酷い師匠だな。庇ってやればいいだろうに」 「なんのことだかな。いいだろ、たまにはあいつだって着飾ってみりゃいいんだ」 「それでも、褒めてやる気はないのだろう?」 「よく聞け、ミスティ。俺はうちの師匠と違うんだ。そんな四六時中歯が浮くようなことが言ってられっかよ!」 「言っていたな。……懐かしいよ、とても」 タイラントには言わないくせに、なぜか弟子には言っていた。甘くて蕩けるような言葉の数々。たぶん一言も忘れていないのではないだろうか、エリナードは思っては苦笑してしまう。 カレンの抵抗も空しく、同盟発足五周年を記念したイーサウ主催の夜会に彼女は盛装することになってしまった。 「ちょっと待て!? 俺もか!?」 当たり前だろう、とイメルに一刀両断されたエリナードもまた、着飾る羽目になって、どうにも同僚たちに嵌められた気分。もっとも三人もそれなりに着飾っているから、これは僻みだろう。 「……うわ」 オーランドに手を取られ、控えの間にカレンが入ってきた。幸いなのかイメルの画策なのか、この控えの間にはアイフェイオン一門ばかりがいる。その彼らにして驚愕の声。 「師匠ー。助けてください。もう、嫌だ。だめだ。死んじまう」 深い深い夜空の濃紺。肩も腕も剥き出しでいっそ寒々しい。しかもドレスははっきりと体に添い、その肉体の線まで露わになった形。エリナードは内心で顔を顰める。客観的に見て、カレンには似合っていた。さすがオーランド、そしてイメルと褒めたい気持ちは充分にある。だがしかし。なんと言ったものか、師として――あるいは父としては――あまり褒めたものでもない。 「師匠ー」 はじめて聞くようなカレンの情けない声。よほど心細いのだろう。駆け寄ってきた裾がきらきらと煌めいて、イメルとオーランドの凝りように頭痛がしだした。見れば剥き出しの腕にはミスティの作品だろう、銀色に輝く線画が描かれている。まるで星空に降る雨のよう。髪にも銀粉が振りかけられ、目許は藍に唇は暗い紅に染めたくっきりとした化粧は、人間を誘惑する悪魔にも似た。 「諦めろ。あいつら意外とこう言うことするの好きだったらしいわ。俺も知らなかったがな」 溜息まじりのエリナードにカレンはようやく目を見張る。いままで自分のことにかかりきりで気づかなかったのだろう。そこにオーランドとイメルがやってくる。遅れてミスティも。 「――氷の王子と夜の女王だ」 ぼそりとしたオーランドの珍しい発声。エリナードはそうだろうと思ってはいたけれど口に出されて肩を落とす。 「まだ俺は王子様かよ?」 氷帝と渾名されたフェリクスの後継者なのだから。オーランドがにやりと笑う。いつの間に採寸をしたのやら、イメルが用意したエリナードの衣装は澄んだ水色に銀糸の総刺繍と言う豪勢さ。水というより氷めいていて、エリナードはもうそのときにはこういうことだろうと覚悟ができていた。 「まぁ、しょうがねぇな。お祭り騒ぎは付き合ってなんぼだからよ。行くぜ、カレン」 つい、と腕を差し出せば、驚いて目を丸くするカレン。いつもは手櫛で整えただけのエリナードの金髪も今夜ばかりは艶やかに撫でつけられていて伸びた背筋といい佇まいといい、どこから見ても確かに「氷の王子」様だ。それをまたイメルが笑っているのが癪に障る。 おずおずとカレンがその師に手を伸ばし、軽く腕に触れる。どことなく気持ちのわかるエリナードだった。着飾った師はいつもの師と違うように見えてしまって、なぜか触れるのがためらわれる。そんな気がしたことが自分にもあった。 会場はいつもは大講堂として使用している部屋。何かと人数が多い同盟だから、こんな部屋が必要だろうと思って用意したものの、まさか夜会を開くことになるとは思いもしなかったものを。四導師の登場にイーサウの関係者がささやかな歓声を上げる。めでたいことだと本心から祝ってくれているその声。ミスティが軽く瞑目したのがエリナードから見えていた。そして違う声も、また。エリナードが伴っているカレンのその美しさ。平素はところどころ焼け焦げたりほつれたりしたままの魔術師の長衣か、そうでなかったら作業着。町に出かけるときだとてカレンは平気でエリナードのお下がりを着る。師が大雑把の雑のと笑うから、誰もそれを疑っていなかったものが。 「うぅ、師匠」 「せめて演技はしろよな。お前ももう小娘じゃねぇんだからよ」 「……師匠に言われたくねぇわ」 その調子だ、と小声で言えば睨まれた。これほど迫力のある美女に睨まれるのはどうあっても遠慮したいエリナードだ。しかも娘となれば背筋がざわざわとして落ち着かないこと甚だしい。あとで絶対にオーランドに文句を言おうと思う。 「――やっぱり」 どこからか、声が聞こえた。カレンが聞き取ったのだろう、体を固くする。わずかに外れそうになったカレンの手。エリナードは何気なくカレンの手を留めた。 「お美しいですね、見違えました」 気にするな、と言ってくれたサキアにカレンは固いまま。思えばカレンは星花宮育ちとはいえ、王宮には縁がなかったらしい。このような場に気後れしているのだろう。 「よい機会だから、我が後継者の披露目にとも思いましてね。サキアさん」 何を言い出したかこの馬鹿親父は。カレンの目がまざまざとそう言っている。エリナードは吹き出さない用心をしつつ同僚たちを見やった。三人ともがわかっていたよ、とにやにやしている。 「継承式はまだですが、彼女はすでにエリナード・カレンと名乗ってよいでしょう」 言い放ったエリナードに会場がざわつく。愛人を後継者に据えるなど、そうした非難。エリナードは鼻で笑って答えない。隣でカレンが蒼白になっていることのほうがよほど気がかりだ。 「だってお前、だからずっとカレンを手元に置いてたんだろ?」 「自分の手でみっちりと完璧に仕込む。これぞ師の愛情というものだな」 「――お前の精進の結果だ、カレン。おめでとう」 オーランドにまで言われ、カレンが震えている。どうやら師の冗談ではないらしいとその目が語る。 「お前ね、馬鹿弟子よ。冗談でこんなこと言えると思うか、え?」 「だからって!」 師弟が小声で言い合うのを横目にサキアが如才なく会場を取り仕切っていく。申し訳ないな、と思いつつも魔術師はあまりこう言うことが得意ではない。四導師揃ってありがたいと頭を下げるのにサキアが笑った。 |