しっとりと汗ばんだ肌が触れ合う。腕枕、というよりアリステアの胸の上に半ば乗り掛かるように息を弾ませるリーンハルト。静まっていく呼吸を聞きつつ、アリステアはその体を抱きしめる。薄暗がりの中でも明るい金の髪を片手で撫でれば、くすぐったそうにリーンハルトが笑った。 「ところで、ウィリア殿のことだが――」 ふと目を上げたリーンハルトは真顔だった。思わずアリステアは片手で顔を覆う。どうしたのだ、そんな気配が胸元から。 「従兄上……それはない」 「うん?」 「せめてもう少し浸らせてください!」 それは気づかなかった、と大らかに笑うリーンハルトだった。くつろいで、だからこそ執務の話をはじめるリーンハルトをアリステアは理解はできるつもりだ。 「ですが従兄上。いくらなんでも睦言まじりの話題ではありませんよ」 「完全に仕事の話のつもりだったが」 アリステアの頭の両側、リーンハルトが肘をついては笑顔。覗き込むようなその眼差しに射抜かれでもした気分が、だがアリステアは心地よい。 「そういうことを仰せになりますか?」 にやりとして彼は体を起こす。リーンハルトの目が驚いた。人ひとり、それも成人男性はおろか、王国で一二を争う剣士の肉体を乗せたまま、アリステアは反動もつけずに起き上がったのだから。 「ちょっと、待て……」 アリステアの上に乗りかかっていたのが災いしていた。リーンハルトはそのまま起き上がった彼の膝の上をまたぐように座ってしまっている。それも裸形のままで。さすがに肩を押しては逃れようとするリーンハルトをアリステアはがっしりと抱えて離さなかった。 「逃がすとお思いですか?」 耳元で囁けば、ぱっと耳に朱が差す。美しいものだとアリステアは目を細めてそれを見ていた。そのせいか、悪戯を一つ。反対の手でアリステアがつるりとリーンハルトの尻のふくらみを撫でたのは。 「……なっ」 身をよじるから、よけいにやりたくなる。くつくつと喉の奥で笑いながらアリステアは愛撫を続けた。必死になってもがくリーンハルトであったけれど、指先に、掌に、普段の力が入らない。 「ん……っ」 アリステアの指先が、触れてはならないところに。リーンハルトの肉体が緊張を孕む。それでいて、どことない期待も。 「その、なんと言いましょうか」 「そこで戸惑うな」 「いえ……まぁ、一応の手ほどきを受けてはいるのですが」 さてどうしたものか。アリステアの言葉は続くことなく、にっこり笑うリーンハルトが眼前に。昏い蒼の目がいやな輝き方をしていて、思わず笑みを返すアリステアだった。 「ほう? 手ほどきとな。誰に。いつ。どこまで?」 「違いますから! 従兄上がお考えのようなことではない!」 「私は何も考えていないぞ。疑問を質しているだけだ」 ふふん、と笑うリーンハルトがアリステアの顔を覗き込む。先ほどまで羞恥に身をよじっていたのと同じ男なのだから困ったものだった。それがまた喜びに繋がる自分も困りものだ、内心でアリステアは笑う。 「従兄上のお体に傷をつけるわけにはいかないでしょうが。どうすればいいのか、聞いただけですよ」 「ほう? 誰にだ」 「旅の神官です。我が国ではほとんど信仰されていない双子神、と言う神々がおいでなのですが」 ご存じか、問うアリステアにリーンハルトは首をかしげる。さすがに聞いたことがない。汗が冷えては、と気遣うアリステアが両腕でリーンハルトの体を抱いては温めた。 「愛と欲望を司るのだそうです。よって、人には聞けない愛の技術にも長けているらしく」 ちょうどよかったので尋ねた、とアリステアは言う。なぜか奇妙に弁解している気分。否、完全にこれは弁解だ、と額に汗が滲んだ。 「なにもしていませんから! 従兄上に万が一でも怪我をさせたくなくて」 「お前は神官だろう。問題があるか」 「……確かに傷を癒すことはできます。――ですが従兄上、考えてください! こんなところで負わせた傷を我が神に請願してよいものでしょうか!?」 確かに、とからからリーンハルトは笑った。双子神なる神々を奉ずる神官ならばともかく、軍神の神官にそれをさせるのはあまりにも無理が過ぎる。 「と言うわけで、技術的なことを教えられただけですから」 「まるで武技の訓練を受けたような言いぶりだな」 「座学ですよ、訓練だというのならば」 ぎゅっと抱き締めれば、納得してくれたのだろう。リーンハルトの体貌から険が取れる。その肩先に額を寄せてアリステアは小さく笑った。 これが嫉妬だと、思う。テレーザが、あるいはエレクトラが感じていたもの。アリステアの心に気づいたのだろうリーンハルトが抱き返してきた。 「従兄上」 「よけいなことを考えている暇はあるのかな、従弟殿?」 にやりと笑ったリーンハルトの愛撫の手。アリステアは喜んで受ける、返す。互いを貪る。それが歓喜に繋がる。再びリーンハルトのそこに触れたとき、彼は拒まなかった。 「……従兄上にも心得がありそうなんですが」 「私も聞いただけだぞ?」 「ほう?」 目の前で互いににやりと笑う。同じことの繰り返しになりかねない話題は挙げなかった。代わりにアリステアは寝台の下に蹴り落とされたままの衣服に手を伸ばし、隠しから軟膏を取り出す。 「アリステア?」 熱に潤んだリーンハルトの声音。くちづければ、甘い舌が絡む。そのまま器用に容器の蓋を開けては、指先で掬いリーンハルトのそこへと。 「んっ」 「申し訳ない。冷たかったですか?」 「……多少な」 「気をつけましょう」 真摯な言葉に笑いが滲む。鼻で笑ったリーンハルトがアリステアの唇を奪う間にも、彼の指がそこを何度も行き来した。円を描くように、何度も、何度も。もどかしいほどに。 「……アリステア。それは」 「感覚を多少鈍らせる軟膏です」 「鈍らせる、のか……?」 「緊張すると、痛みますから」 そのわりに、アリステアの指を目の当たりにしているかのよう。どう動いているかまで、まざまざとリーンハルトは思い描くことができる。思わず漏れた溜息と共に、指先が。 「あ――」 潜り込んできたそれに上がる声。自分でも驚くほど艶めいていた。勝る羞恥に身悶えれば、力強い腕が抱きすくめてくる。 「妙なものは……入っていないのだろうな?」 「妙、と言うと?」 耳元での囁きが掠れていて、アリステアの期待を感じる。それが、言うに言われぬざわめきを体の芯に呼び起こした。 「媚薬、というものがあるだろう」 「そんなものがなくとも酔わせてみせますよ、従兄上」 「言ったな」 揶揄したはずの声音は掠れていた。入り込んだ指が、中をまさぐる。何度となく軟膏を足し、そのたびにほぐれて行く部分をリーンハルト自身が知覚している。指が、増えた。 「アリステア……!」 もう大丈夫だ、示唆したはずが首を振られる。まだだ、と首筋を甘く噛まれれば上がる声。自分でも制御できない声だった。 ぬるつくそこから、指が引き抜かれるまで何度アリステアを呼んだことか。そのたびに無情に首を振られ。あるいは甘いくちづけをくれ。 「従兄上」 膝の上、改めてアリステアに抱え上げられた。思わず視線を下に落とせば、アリステア自身がそこに。見慣れていないわけではないが、これが己に、と思えば怯みもする。 「痛かったら、言ってくださいよ」 「言わない。言うとお前はやめるに決まっている」 「そういうことを仰せになると、しませんよ?」 「言うから。アリステア」 懇願の口調に、リーンハルトは自分で驚く。やはりあの軟膏は何かが入っているに違いない。リーンハルトの目にアリステアは再び囁く。 「酔わせる、と言ったでしょう?」 耳元での言葉と同時に。抱え上げられた体が落とされた。ゆっくりと、けれど着実に。アリステアが、自分に。 「あ……う、アリ、ステア……」 痛いのではない。そうではない。わかってくれるだろうか。首を振るリーンハルトをアリステアはしっかりと抱き続けた。体を落とし切るまで、最後まで。 「あぁ……」 アリステアが、自分の中にいる。喉をそらすリーンハルトはたとえようもない充足を覚える。引き戻され、揺すられ。そのたびにこれ以上なくアリステアを感じた。 肌を合わせるのみならず、肉体の奥深いところで番う。こんな充足を感じていたのか、と思う。誰か、とは考えない。ぐい、と引かれた肉体。両腕でアリステアの胸の中に抱き込まれた。 「従兄上は俺のものです。誰にも渡さない」 その言葉が聞きたかった。同じ言葉を返した。うわごとのように。それでもアリステアは紛うことなく聞いた。唇が笑う。悔しくて貪れば、より深いところが蠢く。 「アリステア――!」 耳元で弾むアリステアの呼吸。彼もまた、己を貪っている。自分もまた、彼を喰らっている。その思い。アリステアの背中に気づけば血が滲むほどの爪痕。どちらも気づかなかった。 荒い呼吸が平静に戻るまでしばし。ぎゅっと抱き合いながら、互いの鼓動を聞くともなしに聞く。耳朶を悪戯のよう噛む。首筋にくちづけ。小さな笑い声がリーンハルトから漏れたのを機に、アリステアは彼の体を浮かせる。 「……ん」 かすかに寄せられた眉根。情欲の名残のそれに艶を見る。白い喉にくちづければ、さすがに眠気が勝るのだろうとろりとしたリーンハルトの眼差し。寝台の上に横たえ、汗と残滓を拭ってやれば、心地よさそうに目が笑う。 「アリステア」 腕が伸びてきては引き寄せられた。アリステアは上手にその中に納まり、けれどリーンハルトが気づいたときには彼こそがアリステアの腕の中にと。 「……ウィリア殿のことだが」 またか。アリステアが笑ったとき、リーンハルトはすでに夢の中へと。心地よさそうに寝息を立てる従兄をアリステアは大らかに笑った。 |