柔らかい布に、目隠しをされている。
 あの赤い布。
 そう思うだけでじわりと背筋になにかが走る。
「や……」
 なにが嫌なのかわからないままに首を振ればさらさらとした布が頬を撫で。
「あ……」
 それが視界を奪われている、という感覚をさらに煽った。
「手がお留守だよ、潤」
 一瞬、なくしていた「見られている」という事実。
 それが嘲笑によって蘇る。
「糸、引いてる」
 吉広がまた嗤う。
 否定したくて中心に触れれば滴ったものは自分自身の体を汚すほどだった。
「は……ぁっ」
 羞恥に身をすくませれば中にもぐったままの指を締め付け。
「いやらしくひくついてるね」
 言われるまでもなく潤にはわかっている。
 中断させられた刺激を中が、中心が、もっと求めている。
「いつまで我慢できるかな?」
 吉広の声に。
 抵抗の無駄を悟ったわけではないけれど、自然と埋められた指が動き始めた。
「ん……あぁっ」
 見えない。そこにいる吉広は見えない。だから。
いない。
 いまはただこのどうしようもない欲望を鎮めるだけ。
 くちゅり。
 ワセリンに濡れたソコが音を立て。
 潤には見えないその場所は脂を塗りたくった好色な唇のようにぬらぬらと指を咥え込んでいる。
 ちろり、潤はひとつ唇を舐め。
「あ、や」
 自分の意思で抜いた指が掻きだしていった刺激に思わず声がもれる。
「もっともっと……」
 誰に、でもない。自分自身へのうわ言めいた喘ぎ。
 じらすように抜き出した指で入り口を撫でる。
 もう一方の手は中心の根元をきつく押さえ込んでは解放を自らの意思で妨げていた。
「はぁ……ん」
 鼻に抜けるような声が唇から漏れ、耳がそれを聞く。
 一瞬の半分ばかりの間、理性が戻ってきたけれどそれはすぐに消え去り。
 代わりに唇にはあの赤い布を含んだ。
「……うっん」
 喘ぎを抑えようとしたその唇からは堪えきれない声が漏れ、ほどなく布に唾液が染みを作る。
「あ……ぁっ」
 再びゆっくりと指がもぐりこんでいくのを吉広は満足げに見ていた。
「物足りないだろう? 潤」
 言いつつ彼が側に寄ってくる気配を潤は感じ、得体の知れない恐怖に指が弾めば腰が弓なりに反った。
「ほら」
 そう言って吉広は潤の腕をつかみ、埋めていた指を引き抜かせ。
「や……ぁっ」
 抵抗。
 快楽を中断させられる事への。
 抵抗。
 どくり、中心に新たな血が流れ込み、体は「最後」を迫っている。
「淫乱な体になったもんだ。足らないんだろう?」
 問いかけではなかった。
 嘲笑とともに手渡されたのは弾力を持った冷たい、物体。
「なに……」
 奪われた視界がもどかしく、目隠しを取ろうとすれば阻まれる。
「潤の大好きなものだよ」
 嗤いに、すぐにそれがなにかを潤は悟り。
「まずはオクチで濡らさないと、つらいのはお前だね」
 言った吉広が強引に潤の手をつかんでそれを唇の間に押し込むに至っては疑う余地もなかった。
「んぐっ」
 突然の事に呼吸を阻害されて喉が悲鳴を上げる。
「もう、なんだかわかっただろう?」
 嘲いながらつかんだ潤の手を動かし、生命のない玩具に口を侵させ。
「たっぷり濡らすんだな」
 その言葉を最後に彼はまた元に戻ったのか離れていった。
 冷たい玩具に徐々に体温が奪われていく。
 温もりが移っていくごとに、それは生命を持ったモノのように潤の血を波立たせ。
「ん……ふ」
 呼吸を整え舌先で確かめる。
 それは確かにグロテスクな形を持った玩具であるはずだった。
 血管までもが精巧に作られているのか舌先に触れるそれは、温かみを増していくごとに錯覚を与える。
 ぴちゃり。
 潤の舌が音を立て。
 唇から抜き出した玩具をゆっくり舐め上げた。
 羞恥もなにもない。今はただこれを自分の中に埋め込み、引き抜き、熱いものに解放を与えたい。
 そのときわずかな金属音がしたのだけれど、夢中になっている潤がその事に気づくはずもなかった。
「あ……うぁ」
 唇をこすり奥まで玩具を埋め込めば、後に埋めるのに似た、それよりもずっと淡い快感が走る。
 吐き出した時には充分な体液をそれに乗せ、命を持たないはずの玩具が猛々しくぬめる。
 精密に作られた先端のくぼみを舌先で嬲っても、それは自身のぬめりを吐くことはない。
「ん……っ」
 それに不満げな喘ぎを潤は漏らしていた。
 中心は根元を押さえつけているにもかかわらず、ひくひくと切なげにゆれている。
「もう、いいだろう?」
 どこか歪んだような吉広の声が、次の段階を促した。
 じわり、少しだけためらったあと、潤の手が唇の間から醜悪な玩具を取り出し。
 名残惜しむかに舌先が最後までそれについていった。
「さあ」
 もう促されるまでもなかった。
 きつく玩具を握った手が後に伸びていく。
「もっと足開いて」
 注文にも素直に応じた。
 大きく広げた足の間、中心を片手で握り締めつつ玩具を押し込んでいく。
「うぁ……ぁぁっ」
 悦楽に。
 赤い布で目隠しされたままの顔がのけぞった。
 とどめるものはなにもない。
 ぐちゅぐちゅと、そこがいやらしい音を立てるほどに激しく、玩具を潤の手が操る。
「ん……あぁっ、はぁっ」
 耐えがたい快楽に、首を振るたび布がゆれ。
「本当にいやらしいね、潤は」
「や……ぁっ」
「だってそんなオモチャを自分で使ってもだえてるじゃないか」
「だ……だって……っ」
「なにがだって、なものか」
 そう、吉広に嗤われる間にも手は休むことなく動いている。
 浅く埋め引き抜いては押し込む。
 そんな行為を自分自身の手でしている、その倒錯が直接快楽に結びついてはもう耐えがたかった。
「イク時はイクって言うんだよ、潤」
 ぞくぞくと背中に快感が駆け上っていく。
 言葉で、行為を強いられることで辱められている。
 それは逆説的な悦楽だった。
「は、はぁ……はぁっ」
 呼吸が浅く、早く。
「も……もう、イきそ……っ」
 わななく唇から、陥落の言葉を口にして、それが一層近くなった。
 最後の刺激を求めたくて奥深くまで押し込んだ玩具を持つ手は、ぬらぬらとワセリンに濡れ光っている。
「ひぁっ、あ、あ、あ……ぁぁっ」
 昂ぶる声とともに玩具を持つ手も中心を押さえた手も解放の一瞬を求め始め。
「潤」
 動きを止めるだけの力を持った声も欲望には抗し得ず、潤の行為が止まることはない。
「目隠し、とってごらん」
 もう言葉の意味もなにもない。ただ従ってそれから最後に突き進みたいだけ。
 玩具を突き立てていた手を離してはもどかしく結び目をほどいた。
「え……」
 目の前に座っているはずの吉広の姿が。
 ない。
 代わりにそこには。
「そう、ビデオさ」
 哄笑が響く。
「お前のいやらしい格好は全部映したからね」
 声に、突き立てられたままの玩具がびくり、跳ね上がり。
「あぁっ」
 それがもたらした快感が現実に帰した。
「ほら、もうイクんだろう?」
「やだ、やだぁっ……撮らないで、撮っちゃ……ぁぁぁっ」
 行為が、けれどその言葉を裏切っていた。
 元の位置に戻った手が、玩具に再び生命を与え、じっとカメラを見据える目は熱に潤む。
 なにより、カメラを意識したとたん全身に浮かび上がった血の色。
 さらに昂揚した快楽の色だった。
「我慢はよくないよ、潤」
 嘲笑より、自らの乱れた姿を映す機械の存在に。
「だめ……だめ……」
 うわ言めいた喘ぎが。
「あぁっ、イク……イク……ぅぅぅっ」
 カメラに向かって大きく足を割り、腰を突き出し。
 握り締めた中心から勢いよく白い体液があふれだす。
「あ、あ、あ……」
 潤の手は意識せず中心をしごきあげ、最後の滴までも搾り出していた。




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