気がつくと。 柔らかいものに寝かされていた。それが一瞬どういうことなのか潤はわからない。 あまりにも長い間椅子に拘束されていた所為だった。 なにがあったかわからなかったのには理由があった。 目隠しを、されている。 他はどこもかしこも自由だったけれど目隠しだけが潤の視界を奪っていた。肌触りからしてそれはあの体を拘束していた赤い布らしい。 潤が見ることはかなわなかったけれどそこは寝室だった。 ノーブルな、シンプルさが気品を持ったようなそんなインテリアの寝室。 清潔な白いシーツに淡いベージュの柔らかい上掛け。シルクのそれは見えない潤にもしっとりとした肌触りでそれと知れた。 加えて。 暖かい、なにか。 肌。 「目が覚めたか」 嬲られていた間、決して脱ごうとしなかった吉広の、肌。 腕に、抱かれている。 ぬくもりに、包まれている。 「な……っ」 すっぽりと腕の中。 まるで仲のいい恋人同士のように、吉広が自分を抱きしめている。 似つかわしくない。 あんな事を自分に無理強いした、吉広。その彼がこんな柔らかい抱き方をするわけがない。 そう思いはするものの、声は確かに吉広のものだった。 「目が覚めたなら風呂、だな」 くすり、声が笑う。 そうして潤は気づいた。 体中が 「あの時のまま」 であったことに。 責め抜かれて絞り出た汗に体がべたつく。腹のあたりはなお汚れて、いる。かさかさと乾いたそれが引きつってうっとうしかった。 「あ……」 ふわり、体が浮いた。 「な、なにすんだよッ」 「なにって? 風呂場まで連れて行ってあげようとしているだけだよ、潤」 女の子のように抱き上げられて思わず抱きついてしまった。 吉広の首に絡められた、腕。まるで耳元でささやくような、声が笑う。 「じッ自分で歩けるッ」 「目隠しのままで?」 何度もこらえきれないような笑い声が、聞こえる。 「はずせよッ」 「だーめ」 からかい混じりの声のまま、体が運ばれて行く。 ふいに空気が変わった。 暖かい湿気を帯びた、空気。 浴室の、それ。 「つけるよ」 言われてなんの事か分らなかった。 わからないまま足先から下ろされ熱いものに浸される。 湯、だった。 「うわっ」 「だからつけるって言っただろう?」 「目隠しなんかしてっからだろッ」 「我慢するんだな」 甘い声が言い、その時にはもう潤は浴槽の中、自分の足で立っていた。 ちゃぷ。 音がして湯量が増す。 「え」 まさか、と思ってはいたけれどどこかで想像してもいた。 吉広が後に立っている気配。 狭い浴槽の中、手を惹かれては腕の中、ひきこまれ。 「や……やだ」 「そのままじゃ見えないだろう?」 「だから!」 「目隠ししたまま、私がきれいにしてあげる」 「そんな……っ」 かすかによぎった事が当たる。 薄いと思っていたあの赤い、布。 抵抗を奪うには充分の強度だった。 それがまるで吉広からは顔の飾りのように鮮やかに目元を隠し、装っているようにさえ、見える。 潤が抵抗するたび、赤い布の端が湯に浸っては湯の中でひらひら、泳いだ。 「潤」 声が、呼ぶ。 甘い、恐い、声。 抵抗を奪う気はないくせに、あらかたの抵抗を奪っていく、声。 いつしか肩まで湯に浸っていた。 湯の中で吉広に抱かれている。 温かい、湯。 体中の疲れが溶け出していく、そんな感覚。 とろりとろけて潤は気づかず彼の肩に頭をもたらせかけていた。 「潤」 どうしようもない、彼の声。 なぜだろう。 なにも見えない、その所為かもしれない。 なぜか吉広の声に哀しみを、感じた。 失って失って、失い尽くした、そんな男の声。 湯の中で腰を抱き腕に、呼ぶ声に。あいた片手で顎を持ち上げられくちづけられたその唇にさえ。 哀しみが、漂う。 見えない所為。 潤はそう思おうとして失敗した。 なにもそれに捕らわれたわけではない。 ただそのくちづけの、甘さに。 湯の、熱さに。 「ふ……」 「もう、のぼせたか」 「お湯が熱い……んだよ」 言い訳。 自分でそれがわかっていた。 「じゃあ……」 声がいつもの声に、戻った。 「あ……っ」 ひんやりと、冷たい浴槽の縁に体が持ち上げられる。 「な、なに?!」 見えない。 それが恐怖を誘う。 「潤」 呼びざま肩を押された。 「うわっ」 向こう側に倒れ落ちそうになっては慌てて見えない目の前に腕を伸ばし、すがる。 「そう、それでいい」 すがったのは吉広の肩だった。 「なにを……」 言いかけた唇が吉広にふさがれる。 唇が首筋に、肩に、胸に。 徐々に落ちていけばそれだけ潤の理性が剥ぎ取られていく。 「や……」 胸の先端を唇に含まれた時に理性は残っていなかった。 口先だけの抵抗に吉広が動じるわけもなくそれが舌先で玩ばれる。 「ふ……」 甘く吸われ、舌で押しこまれ。軽く吸われ。 そのたびに潤の体がビクビクと反応する。 膝下だけが湯に浸かっているのに体から汗が、ふきだす。 「ひッ」 突然。 吉広の体が離れ、そして。 半ば勃ちあがりかけた中心を口に、含まれた。 「な、なにっ?」 仰け反った体が向こう側に落ちないように腰が強い腕で巻かれて、いる。 そうして抱きとめられているにもかかわらず 「見えない」 それがなにをされるかわからない不安を煽る。 「やめ……」 ぴちゃ。 完全に勃ちあがったものから水音が聞こえる。 湯のような粘りのない音ではなくしつこい、人の体液の、音。 ぞくり、肌が粟立った。 どうしようもなく、感じている。 それを自覚して。 なにも見えない。 次になにをされるのかも。吉広がどこでどんな体勢でいるのかも。いや、どんな顔をしているのかさえ。 それに、煽られる。 「んあっ」 舌先が先端をつつく。 ふ、と。 吉広の唇が笑いの形にゆがんだ、そんな気がして潤の肌が湯の熱さだけではない羞恥に染まる。 「声が、響いてるよ」 吉広の声は、やはり笑っていた。 「だってッ」 狭い浴室。 不安定な形で足を広げられ、中心を咥えられている。 目隠しまでされた体は普段以上に敏感で。 嬌声が、硬い壁に反射した。 「もう、こんなにして」 先端を軽く唇に当てたまま吉広が言う。 唇の動きがもっとも感覚の鋭い部分に直に、伝わるそのもどかしい快楽。 「……んんっ」 もっと深い快感が欲しくて潤は自覚せずに腰を、突き出す。 欲しい、けれどもどかしい。 もどかしいのは体が満足しきっている、所為。 「はぁ……っ」 腰を深く、抱かれ。 中心が喉の奥まで導かれる。 熱く柔らかい、吉広の口の中。舌が中心に絡んでは蠢く。 なのに。 「も、だめ」 「なにが」 汗が吹き出るほどの浴室の空気。その中に唇から吐き出された中心がされされ。 後にも指が触れ、ぴくん。潤の体が跳ね上がる。 「も……出ない……ッ」 「でも……イイんだろう?」 「きもちいけど、キツ……ッ」 「じゃあ、休憩だ」 ふいに体が湯の中に引き戻され。 「あっ」 バランスを崩した所を腕の中に捕らえられた。 「ん……」 温かい湯の中。 温かい腕の中。 眠りの足らない体が急速にそこに引き込まれていくのを感じながら潤はそれを止める事はなかった。 |