それからもしばらくの間、季周は一人、酒を飲んでいた。帳台に入ったのは月が山の端に沈んでからのことだった。 横たわり目を閉じればふと、月の下で舞う鬼の姿を思い出す。 「美しいものだ……」 知らず笑みがこぼれる。 不意に気配を感じて、季周は半身を起こした。 「去んだのではなかったか」 鬼が、いた。 帳台の中、片隅に座り込んでじっと季周を見ていた。 「ぬしが呼んだのよ」 「呼んだ……」 「おうよ、わしのことを思うたろう」 にたり、笑った口元から躍り上がる炎がちらちらと帳台の中を照らした。 と、避けるまもなく鬼は季周の体に覆いかぶさっていた。 「何を」 ふうわりと体を覆う鬼。間近に炎。 「食ろうてやるのよ」 雪白の蓬髪が季周の頬を撫でる。言葉もなく、しかし恐怖に強張るでもなく、それをただ見ていた。 「もう我慢ならぬわ」 再びにたり笑った鬼の唇がいつの間にかはだけた季周の首筋に吸い付く。 「なっ……」 抗議の声は唇の中に呑まれた。 鬼の牙が首を噛む。決して傷はつけない様、けれどしっかりと。 そしてそのまま舌を這わせた。 「……っ」 びくり、体が震える。 鬼は季周を抱きかかえ、身につけたものをすべて剥ぎ取る。 身じろぎひとつ、出来なかった。 鬼の目に、魅入られていた。 柑子色の目がひたすらに季周を見ていた。それだけなのに、指先さえも動かせない。 「竜胆よぉ」 季周を呼び、鬼はその肌に指を滑らせる。とがった爪が傷をつけでもしないか、とためらうように、そっと。 ぬくもりもなく、かといって冷たくもない鬼の裸の胸に抱きしめられて、季周は恐ろしいとも思えずにいる。 鬼の指がもたらすものにこそ、怯えていたせいかもしれない。 その指がわずかに胸の辺りに、触れた。 「く……」 噛み締めた唇の間から声が、漏れた。 「竜胆」 鬼の唇が季周のそれに重なる。ふさぐ。這入ってくる、舌。 ぴちゃり。水気を含んだ音。 季周は逃げ出せない。魅入られたのだ、そう諦めはしてもどこかでそうではない、とささやく声がする。 「なぜ……」 唇が離されたすきに、問う。呼吸が乱れていた。 「ぬしに惚れた。そう言うたわ」 言った鬼に再び唇を吸われた。 心づいたとき、季周は鬼の首を抱きしめその舌を貪っていた。 絡み合わせた舌に陶然とする季周の肌に鬼は指を這わせる。 そのたびに跳ね上がる体を片腕でしっかりと抱きとめ。 「竜胆……」 掠れ声で鬼が呼ぶ。薄く目を開ければ眼前に炎。炎は少しずつ下に動いた。 動きもままならず季周はそれを見守り、鬼の赤銅色の逞しい腕が己の足を抱えるにいたってはじめて動揺した。 「なっ」 鬼は答えず両足を開かせてはその間にもぐりこみ、内腿に頬を摺り寄せた。 ちろり、舌先が柔らかい肌を捉える。 「は……」 漏れる声を抑えようと自らの腕に歯を立てれば、鬼の手にあっさりと腕を引かれ、両手の指が鬼に絡めとられた。 そのまま鬼は季周自身に唇を寄せようとする。 「やめ……」 逃れられぬとわかっていても季周は首を横に振っていた。 かまわず先端に舌が触れた。 声もなく、のけぞった。絡んだ指が折れんばかりにちからを入れる。 それでも浮き上がる腰を抑えようもなかった。 舐めあげる、内腿を。その甘い刺激に身を震わせれば鬼の牙が軽く歯をたて。 それさえも、甘い。 唇が彼自身に寄せられ、飲み込む。途方もない快楽に知らずずり上がって逃れようとする季周の足を鬼はしっかり巻き締め放さない。 「……くっ」 柔らかい唇が追い立てるように上下する。淫猥な音がした。鬼の唇が立てる音。 それを知覚したとき、例えようもない羞恥に襲われては逃れようと声を上げた。 「あ……や……っ」 けれどそれは悦楽にとろけた喘ぎ声。 己が声を耳にして季周の心もとろけた。 指を振りほどき鬼の髪に埋める。もっと深く、とばかりに抱き寄せる。 「ふ……」 のけぞる喉の白さに鬼は目を奪われいっそう季周を攻め立てた。 唇を離せば切なげに揺れる腰。笑ったものかぽっと炎が舞った。 鬼はゆっくり唇を自身に近づけ、けれども触れずに舌を伸ばす。 長い舌だった。 それがちろちろと先端を舐め始めた。 「ひっ」 先端のくぼみを舌で掘られて思わず季周は声を上げる。 なにを、と思うまもなくその舌が自身に巻きついては蠢き始めた。 「あ……あぁ……っ」 舐めあげるでもなく、締め付けるでもない。その人外の快美感に季周は身も世もなく悶えた。 長い舌が根元からこすりあげては季周を追い詰める。 「やめ……」 たっぷり濡らして締め付ける。粘った水音が耳に入るたびに季周は声をあげ。 「ふ、あ……」 意味を成さぬ声。すでに何も考えてなどいない。 ただ口の中に含まれたい、と鬼の頭を抱き寄せる。 「や……や……」 しかしそれはかなわず鬼はしつこいほどに自身に舌を絡めた。 季周の肌に汗が浮かんでいた。 「竜胆」 ひたすらに快楽だけを追う季周の耳に届く鬼の声。苦しげに寄せられた眉根を鬼は見た。 ちろり、先端を舐めればまた身を震わせる季周。それに笑みを漏らして鬼の舌は別の場所に、伸びた。 「ひっ……やめ……っ」 体の震えは悦楽ゆえではなかった。舌が触れるべきではない場所に、触れている。 「や……」 逃れようとする季周の汗ばんだ肌を鬼は尖った爪でそっと撫で。 「あ」 他愛もなく背がしなる。そのすきに再び後ろに舌を伸ばした。 長い舌で後ろから自身へ、と舐めあげればあがる嬌声。 たっぷりと水気を乗せてそこをほぐしだす。 身をよじらせはじめた季周の、自身を手の中に包み込めば声さえ途絶えてのたうった。 「あ、あ、や……やめ……っ」 恐ろしいほど快楽に襲われ、季周は思わず身を起こした。 鬼と目が合う。 己でさえ目にした事のない場所を鬼の舌が愛撫している。羞恥にいっそう刺激が強まる、その恐ろしさ。 体の中を掻き回されでもしているような快美に倒れこんではくぐもった声をあげていた。 「ん……ん……っ」 鬼の舌は、季周の体の中を舐めていた。 長いそれが後ろから侵入を果たし、ほぐし、水気を含ませ、とろけるまでに舐めていた。 ずるり、舌が抜き出されるときには危うく失神しそうな悦楽にみまわれた。 「竜胆よぉ」 身を起こした鬼が季周の顔を覗き込んでいる。放心して動けもしない季周の上に覆いかぶさり、膝を割る。 びくり、身をすくませた季周にくちづければそっと応えた。 「ひっ」 侵入される、その痛みを予想して季周は悲鳴を上げ、鬼の背に爪を立てた。 が、しかし痛みなどなかった。 ゆっくりと、這入ってくる。 「く……」 汗ひとつかかずにいる鬼の肌に、季周の汗が移る。 |