数日後、時間の合間を見てエラルダが神人の館に民を招集した。
「国として起つならば、こういうものがあったほうがいいかと思いまして、みんなで修復していました。会議場に、使えませんか?」
 頬を赤らめて言うのは、照れたばかりではないだろう。若い国を背負って立つ、その気概が彼を高揚させていた。
 そして吹き抜けの広間は各部署を担う代表者たちの椅子で埋められ、二階や三階の回廊は民たちがずらりと並んで会議を見守る場となった。
 神人の館に特有の繊細な装飾が、彼らの子供たちによって現実味を帯びた形に直されている。人間の目にも、そして神人の血を引く者たちの目にも美しい形だった。
 けれどそのような美の中で持たれた初めての会議で決議されたのは、武力の増強。リオンは言う。
「ファネルをはじめ、物理戦力の使い手たちは大変に素晴らしい腕を持っています。が、なにぶん数が少なすぎます」
「だが、魔法で戦うのでは?」
「魔法の使い手がたくさんいるのが特徴ですから、それを主体にした戦術を考えてはいますが、それでも少なすぎるんです」
「では――?」
「私としては、傭兵を雇うことを提案したいですね」
 その言葉に議場がざわめく。リオンはゆったりと構えて笑みを崩さなかった。そのまま静かにフェリクスを見やる。発言を求められたわけではなかったけれど、彼はすらりと立ち上がった。肩の上、今はすっかり馴染みとなった銀の竜が今日ばかりはおとなしくしていた。
「リオンに同感だね」
「ですが、傭兵とは……」
「冒険者を募るというのでは、だめなんだろうか」
 口々に言うのを、リオンは好ましく聞いていた。こうして話し合いで方向を決めていく、と言うのはとても頼もしい、と。
「冒険者ですか。うーん」
 確かに冒険者は神人の血を引く者に比較的寛容ではある。広く世界を知っているだけに、その程度のことではたじろがない者が多い。それでもリオンは難色を示しフェリクスを見やった。
「とっても不本意だけど、それもリオンに同感」
「なぜです?」
「少人数を一々僕らの誰かが指揮するより、大きな集団になってて、そこに指揮官がいたほうが扱いやすい」
 その言葉に神人の血を引く者たちがはっとする。フェリクスは辺りを見回し、意外に思っていないのは自分の同族と言うべき闇エルフの子、あるいは半エルフの子ばかりだと知る。
「僕やリオンは間違いなく魔術師の先頭に立つことになる。だから物理戦力の面倒までみてられないよ。だから、指揮官がいたほうがいい。それが傭兵隊を雇うのを勧める理由」
 今度返ってきたのは呻り声だった。もっともだとうなずく者、あるいはいまだ納得できない者。それぞれが席を立ち、話し合いに散っていく。
 時間はかかるだろう、確かに王制よりは。だがフェリクスにとっても、リオンにとっても慣れた方法だった。
 そしてよい方法だと思っている。フェリクスはそっと目を閉じ、思い出す。カロルがいたころの、星花宮を。自分たち四人が、四大元素の使い手として話し合っては運営していたころを。
「いい国になるといいですね」
 いつ近寄ってきたのか気がつかなかったフェリクスは舌打ちをする。それを気にした風もなくリオンは笑った。
「戦争に勝てばね」
「勝てないとでも?」
 勝つ気があるからこそ喧嘩をするのだと言い放ったフェリクスの以前の言葉を蒸し返してまたもや笑うリオンを彼は睨んだ。
「おや、決まったようですよ。早い早い」
 いなされて、喉まででかかった言葉をフェリクスは飲み込む。肩の上、シェリが笑った。
「うるさいよ」
 小声で言って軽く撫でるよう背を叩けば、くすぐったそうに竜は身じろいだ。
「リオンの提案に賛成します」
 口々に言って、代表者たちが手を上げていった。そのたびに参観している上階の者たちからも拍手が沸き起こる。
「それで、リオン。あてはあるのですか?」
 そう言ったのはエラルダだった。いつの間にか彼は全体の監督官のような立場になってしまっている。本人だけがそれに気づいていないらしいのが、リオンにとっては微笑ましい。
「そうですねぇ。具体的にはないんですが、ちょっと教え子のところに顔でも出してみましょうか」
 その言葉につられたよう、エラルダは彼の弟子たちを見やった。が、魔術師たちは揃ってきょとんとしているばかり。
「あぁ、違いますよ」
 勘違いに気づいたリオンは軽く顔の前で手を振る。それからもっともらしく胸元の聖印を握って見せた。
「こっちです、こっち。我がエイシャ女神は、青春の女神ですから、戦いを本分としています」
「文脈に乱れがあるのは、きっと信仰で埋めることになってるんだね。気にしないでいいよ。とりあえずエイシャ女神は戦う者からの信仰も篤いってことだけわかってれば問題ないから」
「茶化さないでくださいよ、もう」
 フェリクスの差し出口にリオンは唇を尖らせて見せ、その実で感謝をしている。フェリクスが面倒な説明を引き受けてくれたことに気づいたのは、リオンとシェリだけだった。
「ですから、エイシャの本神殿にちょっと行ってみます。今の総司教は私の教え子ですから」
「協力してくれると思うの、リオン」
「なめられてますねぇ。したくないなんて言ったら、酷い目にあわせてやりますとも」
 にこにこと言うリオンの言葉が、ぜひとも本心ではないと信じたい神人の子たちだったが、彼の言葉は真実だった。
「あなたがた、この顔に騙されてるよ。こいつ、変人だから」
 真面目なフェリクスの忠告だったにもかかわらず、なぜか会場は笑いに包まれてしまって、フェリクス一人が不機嫌な顔をする。こっそりと笑ってから、シェリは彼をなだめにかかった。
「では、とりあえず出かけますが。同行の希望者は、いますか?」
「あなた一人のほうが話が早い。できれば一人で行って」
「まぁ、確かに。でも行きたい人がいたらどうぞ?」
 そこまで言われて是非にも連れて行け、と言うようなあつかましさを神人の血を引く者たちは持ち合わせていなかった。
「リオン」
「なんです?」
「連絡は」
「あなたは嫌がるだろうと思って提案しなかったんですけど」
「物凄く嫌だよ。絶対に嫌だって言いたいくらい嫌」
「では、シェリを通しましょう。それでどうです?」
「……許す」
「了解しました。では、行ってきます」
 にこり、リオンが笑った。と思ったらもう彼はその場にいなかった。呆気にとられる民たちだったが、フェリクスはむっつりと口をつぐんでいる。とても尋ねられる状況ではない。誰からともなくエラルダの背を押していた。
「あの、フェリクス?」
 いつもこうなるんだ、と内心で溜息をつきつつエラルダはフェリクスに呼びかけた。
「なに」
「リオンは。連絡とは?」
「あいつなら転移して行ったよ。本神殿だったら、場所は知ってるわけだし、転移したほうが楽でしょ。連絡って言うのは、向こうで不慮の事態が起きたときとか、あるいはこっちで決めて欲しいことがあったときとか、一々戻ってこないでいいように精神を繋げておきたいってこと。僕はあいつと繋ぐのなんかいやだから、こいつに頼んだの。これを経由して、僕に伝わる。それでいい?」
 滔々とまくし立てる口調が懐かしい、と弟子たちはフェリクスの声を聞いていた。そしてこんなものを懐かしがるほど、今は新しい生活なのだ、と実感する。
 妙な感慨に耽っている弟子たちにちらりと視線を飛ばせば、一様にすくみあがった。
「どうしてそうやって怖がるの。別にとって食おうって言うんじゃないのに。それで、エラルダ。他に決めることは?」
「今日は、特にないはずです。顔合わせと言うか、議場のお披露目と言うか。そんなものだったので」
「そう。だったら弟子ども」
 フェリクスの唇の端がつりあがる。弟子たちが、それぞれが立派な魔術師であるにもかかわらず、直立不動の姿勢をとった。
「さっさと働け」
 静かな声であるにもかかわらず、魔術師たちが揃って良い返事をしては駆け出していく。誰からともなく吹き出し、そしてフェリクスの視線に押されるよういそいそと働きに出て行く。
「ちょっと待て」
 出口になんとか到着していた弟子たちが、諦めて立ち止まった。背中に自分だけは言い付けを逃れたい、そんな思いがありありと表れていた。
「あなたがたの中で、火系の使い手で最も優秀な者を一人。それと……状況によっては風系を一人」
 言った途端、シェリが抗議の声を上げた。自分にも風の魔法は使える、と。
「わかってるよ。だから場合によってはって言ってるじゃない。僕とリオンが組むとどうしても力に偏りが出る。あなたが混じったら、よけい酷くなる。火系の使い手が吹っ飛ぶよ。それは嫌でしょ」
 肩を飛び立ち、目いっぱいの抗議をしていたシェリだったが、それには言葉もないのかそっぽを向いた。
「火系の使い手だったら、ミスティを推薦します」
 弟子の一人がそう言った。フェリクスは緊張も露に前に進み出てくるミスティと呼ばれた男に向かって小さくうなずく。眼鏡に適ったらしい、と魔術師たちがほっとした。
「風は」
 フェリクスの問いに彼らは困り顔で顔を見合わせた。どうやら誰もが似たり寄ったりの力の持ち主らしい。
「選んで」
 だから、フェリクスはそう言った。シェリがぱっと飛び立つ。確かに風を最もよく扱ったあの男の魂ならば、弟子の技量は確実に見抜くだろう。
「ふうん、そう。わかった、何かのときには使わせてもらうよ。――イメル」
 そしてシェリが選び出したのは、以前フェリクスを怒らせた、あのイメルだった。イメルは恐れることなくフェリスを見上げた。その目に確かなものを見たフェリクスはうなずく。
「必ずお役に立ちます」
「当たり前じゃない。あの男の弟子が無様を見せるなんて、この僕が許さない」
 言い放ち様、腕を伸ばした。嬉々とした銀の竜が、真珠色の翼をはためかせて舞い降りる。背を返して歩み去るフェリクスを、魔術師たちが感嘆とともに見送った。




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