「起きたのか?」
 須田が、微笑う。
 手に、入れたと思っているのだろうか。
 いまこの瞬間にも違う名を呟きそうな旭なのに。
「ねぇ」
 そんな自分の思いを強いて振り払っては旭も、笑う。
 嗤って、言った。
「もう一回、しよ」
 まだなにも身につけていない須田の肌に唇を当て。
「旭……」
 戸惑う声は少しばかりの驚きとそれ以上のうれしさを含んで。
「須田さん」
 首筋、胸、脇腹……もっと下へ。
 旭の唇が須田の中心に、触れ。
 性急過ぎる動作への不満もその瞬間消えた。
「ん……っ」
 ぴちゃり、舌を絡ませては音を立て。
 足の間に埋めていた顔を疲れたのか須田の片足に乗せて旭は一心に彼を追い立てた。
「馬鹿、そんなにしたら……っ」
 聞こえるかすれた須田の声。
 目元だけで旭は笑い、先端のくびれた部分に舌を這わせた。
 びくん、須田の体が跳ね上がるように反応する。
 なんだかそれがつい面白くてそのやり方に熱がこもってしまった。
 あの人はこんな……。
 一瞬浮かんだ思いをぎゅっと握りつぶし、代わりに更なる熱をこめて中心を咥える。
「旭……奥まで」
 苦しそうに言いつつ彼の指が髪に絡まり、旭の頭を腰に押し付け。
「……っ」
 のどの奥の奥まで差し込まれた熱い塊に息が苦しくなる。
 両手で押さえられた頭を須田が自分の手でゆっくりと上下させ始め。
 じゅぷ。
 そのたびにいやらしい音が、する。
「旭……っ」
 頼りないほど切羽詰った男の声がなんだかこの時ばかりは妙にいとしくて、旭は自分から須田の腰をまたいでは中に導く。
「あ……っ」
 なんの準備もしていないそこに須田と自分の体液が混ざり合った中心を当て、じり、押し付ける。
 それだけで、ソコがきゅっと期待に収縮するのを感じて旭の体が赤く、染まっていく。
「ん……ふぅっ」
 くちゅ。ろくな準備もしていなかったはずのソコはもう、中心の先端を飲み込みはじめていた。
「あつ……いっ」
 中の熱さに須田が悲鳴めいた声をあげ。
 旭の細い腰をつかんで一気に、突き通した。
「ひ……っ」
 悦楽の波に翻弄されて旭の頭から不満も不安もすべてが流されていく。
「そんなしめるな……イっちまう」
 かすんだ苦笑いを漏らしながら須田がささやく。
「だって……」
「ほら……」
 そう言いながら今度主導権を握ったのは須田だった。



 存分に満足したはずなのに。
 心が不満に悲鳴をあげている。




「バイト、したい」
 あのまま。
 ずるずると須田の元に居続けている旭はある日そう言ったのだった。
「養われてるのなんか、やだよ」
 家にも帰らず、大学にも行かず。
 ただ須田にかまわれるためだけに自分がここにいるような気がして。
「バイトかぁ」
 人脈も顔も広い須田。
 どうして自分にこんなに興味を持つのだろう、旭はふと思う。
「昼がいい? 夜がいい?」
「夜」
 そう答えたのは、自棄になっていたからか。
 自棄。
 なにに、自棄になっているのだろう。
「じゃあ……」



 しばらく考えた後に須田が
「ここなら」
 と言って紹介してくれたのがこのバイト先だった。
 ヴァイスカッツェ。
 そんないいにくい名のバー。
 客層のいいショットバーで……いやむしろショットバーもどきであって。
 だから旭は二日目にしてシェーカーまで持たされてしまった。
「まぁ面白いからいいか」
 そんな苦笑が知らず自分の唇に乗っていて少し、驚く。
 シェーカーを振ってみてもっと驚く。
 案外、性にあっているらしい。
面白かった。
「須田さんってすごいかも」
 自分がこんな人間だと見抜いてここを紹介してくれたならそれは本当に感謝するべき事だった。
「ブルームーンを」
 彼が来たのは今日もいつもと同じ時間だった。
 彼、どこかで見たことがあるはずなのだがずっと思い出せなかった。
 思い出したのにはきっかけがあった。
 学校の先輩に当たる人だった。
 須田のもうひとつ上だからもう大学も卒業しているのだろう、彼……名は思い出せない……はたいてい一人できて、カクテルを一、二杯飲んで黙って帰った。
 きっかけはその彼が連れてきた客だった。
 背の高い、後ろ姿だけなら長身の日本人と見えたかもしれないその客は金の目をした外国人だった。
 それでもともとの客が自分の先輩に当たる人だったと思い出したのだった。
 それくらい、学校時代は有名な二人だった。
「今もつるんでるんだ……」
 それがなんだか不思議なような当たり前なような。
 二人は連れ立ってくる時でもカウンターに座り、内密な話ででもあるのか時折は外国語で会話をした。
 聞きなれない響きの言葉に旭が内心で首をかしげていると
「ドイツ語だよ」
 あとでマスターが教えてくれた。


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