「こっちも……」
 耐え切れなくなって自分で片足を胸に引き寄せる。
 人目に触れるはずのない場所がひくひくと息づいていた。
「どうして欲しい? 旭」
 顔を上げた彼が片手で唇をぬぐう。
 卑猥でさえあるそんな姿にも欲情した。
「指……」
「指がなに?」
 一瞬の戸惑い。
 戸惑いは情欲に消えた。
「指、挿れて」
 ぴちゃり、唇を舐めたのは旭だった。
 その唇に英司は自分の指を含ませる。
 熱く柔らかい唇は別の場所を想像させて彼の体までも熱くする。
 充分に滴った指を引き抜いては旭の目の前へ。
 わざとこれからこの指でなにをしようというのか見せ付けられ旭の体の緋色が一層深まった。
「……あぁっ」
 期待に高まり尽くしたソコはいとも簡単に指を飲み込んでいく。
 くちゅ。
 抜き差しし始めた指に音がする。
 旭の体が反応する。
「そんなに締めちゃダメだよ」
 くくっ。英司の喉の奥で笑いの音がする。
「あ、だっ……」
 だって、そう言いかけて声が途切れる。
 反り返った喉が快楽の強さを英司に伝えていた。
「ここがイイ?」
 聞きながらくいっと指を中で曲げ。
 不自由な熱い内部で旭の感じるその一点を指は探り出す。
「……っ、ひ……ぃっ」
 まるで悲鳴めいた喘ぎ。
 逃れようと蹴った足がシーツを乱した。
「ダメ……っでちゃうぅ」
 指だけでイかされそうになる屈辱めいた感覚に体が抗議する。
 達してしまいたい中心を必死に抑え抵抗し。
「英ちゃん……っ、欲しい……ィ」
 くく。喉の奥で英司が笑ったような気がする。
 それもすぐに消えた。
 圧倒的な熱さと量感に、体の奥から引き裂かれそうになって。
「あ……ぅっ」
 苦しいのかイイのかわからない。
「旭……?」
 訝しげな声に気づけば目の端から涙が落ちている。
 苦しいのかもしれない。
「あ。……すご」
 最後まで言わせない英司に唇を奪われて。
 息も体も苦しい。苦しいけど、イイ。
 最後の瞬間を早くこの手に抱きたくて、苦しい。
 英司が刻む速いピッチの息遣い。
 旭の体がそれに触発される。
 熱の塊が奥まで打ち込まれ、引き抜かれ。
「……っも……ぅっ」
 ばたん。
 ドアが開く。

 ばたん。
似つかわしくない音がしてドアが開く。
そこには女がひとり。
「あな……た?」
「美咲っ」
 叫び声を上げたのはどちらが先だったろう。
「ひ……っ」
 二度目の悲鳴は美咲のものたった。
「……旭」
 旭は。
 まだ貫かれたままの体を隠すすべもなく、両腕で顔を覆っては震えていた。
 いつかばれる。そう思っていた。
 ちらりそんなことを冷静に考えている自分が嫌になる。
「あなた……なになさってるかわかってるの?」
 妙に冷え冷えとした美咲の声。
 重なった男のものが力を失っていく。
 悔しくて思い切り締め付けた。
「お、俺じゃあ……」
「あなたじゃなかったら誰だって言うのっ。自分の息子の上にいるのは誰だって言うのよっ!」
「あ、旭が誘ったんだ。俺じゃ俺じゃない……っ!」
 アサヒガサソッタンダ。
「お父さん……」
 冷静な、声。
 美咲譲りの妙に冷静な、声。
「な? な、そうだよなっ」
 自分の上にいるこの男はなにをしているんだろう。
 力を失ったものがまだ自分の体の中にあるというのに必死になって妻に抗弁している。
 効きすぎのクーラーが、寒い。
「あ……は、は」
 乾いた嗤い声が堰を切ったように溢れ出す。
 絶望。
 振ったらカラカラと音がしそうな嗤い声。
「……くぅっ」
 なにも見ていない目で旭は嗤い続ける。
 嗤い続けながら旭は精を吐いていた。



 体中が、冷たい。
 なんでこんなに冷たいんだろう……。
 旭は不思議で。
「あぁ、雨か……」
 どうしてこんなところを歩いているのかわからない。
 しのつく雨の中、真っ暗な大学を歩いていた。
「何時かなぁ」
 呟いた声は我ながら嫌になるほどおっとりとしていて。
 樹木の多いキャンパスにただ、雨の音だけが響いている。
「……っ!」
 どこかで呼ばれた気がした。
 気のせいだ。
 旭は振り返りもせず歩いている。
 前髪を伝った雨がつ、と目に入った。
「旭っ」
 今度は本当に声が聞こえて。
 英司以外の男の声に呼ばれても何もうれしい事なんてないのに。
「おい、旭」
「あ……」
「あ、じゃないだろう。さっきから呼んでたろうが」
 真っ暗なキャンパスで。
 ただひとり。
 須田直人だけが光を帯びていた。
「須田さん……」
 須田は旭の先輩に当たる。
 大学だけではなく、中学からの先輩だった。
 とは言え、中学は紅葉坂学園、というエスカレーターの学校だったから
「先輩」
 と言えるのであって年自体はみっつ、離れている。
 だから同じ校内で学ぶのは大学が最初だった。須田は一年留年していたからどちらにしても大学では会ったのかも知れない。
「須田さん、じゃないだろ。そんなに濡れて……」
「あ……」
 わかっていたことなのに須田に言われて旭ははじめて気づいたように自分の姿を確かめた。
 まるでバケツに落っこちた猫の仔みたいだ。
 そう、自分で笑った。
「おい……とにかく」
 家帰って着替えろ。
 須田が言う。
 旭は。
 急にぞくりと身を震わせてそれを拒絶した。
「嫌です!」
「おい」
「あ、すみません……」
「いや」
 不審げな須田に旭はどうしていいのかわからなくなる。
 まさか事実を言えるわけもない。
 自分の父親とベットにいたところに母親が帰ってきたなんてとても、言えるものではない。
「じゃあ、ウチこい」
「え」
「アパート、すぐそこだから」
 須田が、笑った。


モドル   ススム   トップへ