目覚めた部屋は魔法灯火も消え、暗かった。眠ったくらいで魔法が解けてしまうとは、これは本格的に疲れている、エリンは内心で小さく笑う。手を伸ばせばそこに温かい体。もう一度眠りに引き込まれそうになる。
「……ライソン」
 漏れ出した声が、自分でも驚くほど幸せそうだった。思わず体をひねり彼に背を向ける、その寸前。ライソンの笑い声が密やかに響く。
「……なんだよ?」
「別に。今度は間違えなかったな、と思って」
「――根に持ってやがる」
 降臨祭の晩、泊っていったライソンをエリンはフィンレイと間違えた。ライソンにはもう笑い話にできるようなことなのだろうか。いまだに忸怩としているエリンは違う。呟いて、やはり背を向けた。
「当たり前だろ。あんたに言えなかっただけで、すげぇムカついたもん」
 くすくすと笑いながら伸びてくる腕が、背後からエリンを抱きしめる。ゆったりと抱かれた体のぬくもり。肌と肌が触れあう。
「でも――。いまのでチャラな」
 耳元で、囁かれた。自分が誰か、忘れてはいなかった。ここにいるのは過去の亡霊ではなく、現在の恋人だと認識している。だから、それでいい。ライソンの言葉にしなかった声にエリンは無言だ。言うべき言葉が、何一つ見つからない。黙って胸の前にあるライソンの腕を抱きしめる。
「ほんと、妙なとこで妙に可愛いよな、あんた」
「うっせぇ。どう言う意味だおい」
「意味も何もねぇっての。可愛いなって思っただけ。ぜってぇ年上に見えねぇし」
「お前の親父より上だぜ、たぶん」
「だよな。でもなんでかな、気になんねぇや」
 こだわりのない、ただの感想のようなライソンの言葉。比べるつもりはないし、あれはあれで楽しかった思い出ではある。が、フィンレイとあまりに違う。そしてふと気づく。口には出せないものの、比べられるようになっただけ、フィンレイが遠くなっている。遠い向こうで彼が仕方ないやつ、と笑っている気がした。
「エリン」
「なんだよ?」
「いま、絶対他の男のこと考えてた。誤魔化しても無駄だからな」
 真面目に問い詰められれば返す言葉のないエリンだ。が、ライソンはからかうよう、笑っていた。詫び代わり、エリンはその腕を甘く噛む。
「痛ぇだろ。――そう言うことする?」
 ならば自分は。省略された言葉を問う意味はない。それより早くライソンの体が実行している。肌を撫でる手。すり寄せられる体。はっとした時にはもう高ぶったもの。
「いくら若ぇってったって、さっきしたばっかだろ!?」
「甘い。若い傭兵の体力ってのを舐めてるぜ、エリン」
 それはよくよく知ってはいる。が、反論の間もない。そもそも反論したいと思っているのかどうかすら、我ながら怪しいとエリンは思う。す、とライソンが覚えたばかりの場所に指を伸ばす。
「ちょっと待て!」
「って言われて待ってたらなんにもできねぇし? まだぬるぬるしてる」
「お前な!」
 香油塗れの後ろに指を滑らされ、それだけで息が上がりそうになる。跳ねそうになった体を隠したくて身をよじれば、がっしりとした腕に阻まれる。
「いいよな?」
 続けてもいいかと尋ねたのか、それとも感じるかと問われたのか。エリンにはわからない。理解の努力を放棄するくらい、息の弾みを隠すのが難しい。ライソンが小さく笑った気がした。
「あ――」
 笑い声に気を取られた瞬間、指が中に入り込んできた。ライソンのあの大きな手が、その指が自分の中にある。ぞくぞくとした。
「こっちも。あんただって、勃ってんじゃん」
「うっせぇ。先に硬くしてんの、誰だよ」
「俺だけど?」
 図太い恋人は若さに似合わぬ調子を滲ませて鼻で笑う。戯れに、エリンは逃げようとする。もっと欲しかった。
「だめ」
 言い様、指が増えた。それこそを望んでいたエリンの誘導とライソンは気づいたのかどうか。内部で蠢く指をエリンは貪る。
「すげぇ……。さっきより、すげぇかも」
 熱くて、痙攣するよう締め付ける。耳元で囁かれた下卑た俗語にエリンは身を震わせる。もっと欲しかった。
「このまま、あんたに入りたい。いい?」
「だめだって言ったら?」
「このままイかす」
 無情に断言した声に、エリンは崩れそうだった。溜息が漏れる。熱いそれにライソンは返答を知る。彼の腕がエリンをうつ伏せに。そしてそのまま腰を高々と。
「……ライソン」
 首だけ振り向ければ、煽られた若い傭兵がにたりと笑う。それにすら、体の奥に熱を感じた。再度、煽る必要もなかった。
「……あぅ、お前……っ、乱暴なんだよ!」
「でも、いい?」
「うっせぇ! は……いいに、決まってんだろうが!」
 満足げなライソンが、さらに腰を突き込んだ。エリンの悲鳴のような嬌声。引き抜けば、エリンの中が絡まり引き留めようとするかのよう。快美に舌なめずりをすれば、見えていないはずのエリンに微笑まれた気がした。
「なんか、余裕じゃん。さっきみたいにもっと、もっとって言ってよ」
「言わせてみろ、馬鹿」
「じゃあ」
 ふふん、とライソンが笑う。背中から伸びてきた手が、エリンの胸元をまさぐる。摘ままれて、捏ねられ、潰される。そのたびに、様々なエリンの響き。まだだ、と言わんばかりに一息ついたエリンの前、ライソンは触れた。
「ライソン……! 待て、だめ……。そこ、だめ!」
「なんで? やっぱこっちでしょ」
 片手でしごきあげ、反対の手で逃がさないと腰を掴む。穿ったそこすらさらに抉れば、悲鳴。
「……やめ。ライソン……、そこ、だめだって。――悦すぎて、つらい」
 息を荒らげたエリンは気づいているのだろうか。呟きごとに、自ら腰を使っていると。ライソンこそ、エリンに翻弄されていると。
「だめ。出ちまう……」
「出せよ」
「やだ……俺だけ、やだ……」
 首を振る。腰も振る。どちらが彼の思いか。ライソンは深く腰を進め、引き出す。もう一度。抉り、叩きつけ。手の中で、エリン自身が熱を増し、跳ね上がる。
「あ……あ、あ、あ――。ライソン、ライソン」
 まるでうわ言。エリンの中が窄まって、ライソンを絞り尽そうとした。こらえきれず熱いものを注ぎ込み、エリンからも搾り取る。背をそらし、痙攣した体が敷布の上に崩れ落ちた。
「もちろん、まだだよな、エリン?」
 背中から覆いかぶされば、まだ入ったままのものが深く穿たれ、エリンが震える。握った手の中のものも、立ち上がる。声もなく、繋がったままの愛撫に応えるエリンは、この晩若い傭兵の体力とやらをその身で実感する羽目になった。喜んで。
 うっすらと窓の隙間から陽が射し込んでいる。どうやら朝らしい。それも昼に近い。この時間にだけ、寝室は陽が当たる。エリンはぼんやりと目を開け隣を見やった。そこにはにやにやとするライソンが。
「……ほんと、無駄な体力だな」
「付き合ったくせによく言うよ」
「お前が付き合わせたんだ」
 そっぽを向くエリンの頬にライソンは軽くくちづける。腕の中、まだ包み込まれていた。あるいは中にすら入ったままなのかと錯覚するほど、ライソンが身近にいる。
「喉乾いた。水汲んでこい」
「あいよ」
「素直に従うな。我儘言う甲斐がねぇだろ」
「なんだ、我儘だったのかよ? 気ぃつかなかったわ」
 本当に水が飲みたいのだろう、と思ったライソンだ。さすがに疲れていると言っていた恋人を更に疲れさせた自覚はある。とりあえず脚衣だけ身に着けて台所へと向かった。
 自分の肌に、エリンの匂いが染みついている気がした。とてつもなく幸福で、ひとりでに頬が緩んでしまう。
「なんだよ、結局追いかけてくるわけ?」
 手近な器に水を汲み、気配を感じたライソンは振り返る。そのまま硬直した。器を落とさなかった自分を褒めたい。が、落とす余裕もない、が正解。
「ふうん。そう言うこと、ね」
 万物を凍りつかせる冷ややかな声で氷帝が呟いていた。どうしてここにいるだとか、どこから入っただとか、その手の問いは無意味だろう。フェリクスはエリンの師で、氷帝だ。
「リオンの匂いがする」
「って、ちょい待ち、氷帝さんよ! それはない、それだけは絶対にないから!」
「なに勘違いしてるの? それ、リオンの調香した香油の匂い。カロルもつけてるし、タイラントも使ってる。あいつの香油、匂いに癖があるからすぐわかる」
「あ、あぁ……そう言う……」
「ほんと、あの子。どんな顔してリオンに頼んだんだろうね? 普通、香油って言ったらちょっと肌につけて香りを楽しむものだけど、僕の周りじゃどういうわけか用途外使用ばっかり。ねぇ、ライソン?」
 たらたらと、裸の背中に冷や汗が滴る。親しげに呼ばれたからと言って、フェリクスが朗らかな気分でいる、と思うほどライソンも馬鹿ではない。
 新婚初夜が開けた朝、花嫁の父と顔を合わせれば、それも結婚を反対していた父と顔を合わせればかくのごとき気分にもなろうか、とライソンは思う。そんな馬鹿なことでも考えていなければ、額にまで脂汗が浮きそうだった。
「お前、水汲むのにどこまで行って……。師匠――」
 間が悪いと言うべきか、具合が悪いと言うべきか。素肌の上に長衣だけ羽織ったなんとも扇情的な姿のエリンが寝室から出てきてしまった。
「一応ね、呼びかけにも答えないし、僕としては心配したわけ。わかる、エリィ? 元気なら、別にいいけど」
「いや、その、師匠。元気では……」
「ふうん、そう。僕の可愛い弟子をライソン、あなたは元気じゃないのにどうしてくれたわけ?」
 天井を仰いだライソンが顔を戻しては降参だとばかりフェリクスに両手を上げる。腰に手を当て、そんなライソンをフェリクスが詰っている。笑いだすしかないエリンだったが、本心から楽しいと不意に気づいて、再び本格的に笑いだした。




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