けらけらと、こればかりは若者らしくライソンがまだ笑い転げていた。
「だったらよ、あんたはなんで隊長の注文、受けるんだよ? 魔法剣つくんの、すげぇ手間らしいじゃん?」
「あ? んなの、決まってんだろうが。手間だから実入りがいいんだよ、実入りが」
「またまた、言っちゃって」
 知りもしないだろう、お前は。言いかけてエリンは口をつぐむ。いい加減帰ってほしかった。だがライソンときたら剣にうっとりとした眼差しを注ぐばかりで帰りそうにもない。
「魔法剣ってさ、どうやって作るの?」
 若い傭兵の興味津々な声にエリンは溜息をつく。説明してわかるのか、と問いたい気分ではあったが万が一わかる、と言われてしまった場合には説明しなければならない。ならば先に説明したほうが早い、のかも知れない。
「魔法で、だ」
 だがエリンは憎まれ口を叩くばかり。そんな自分の態度に内心でふ、と笑ってしまった。かつて身近にあった荒い言葉の数々が蘇る。その懐かしさ。
「そんなのはわかってるんだっつーの。あんた魔術師だし」
「お前が傭兵なのは見ればわかるしな。――とりあえずは」
「うん、見えると嬉しい」
「皮肉だ。傭兵に魔法のなにがわかる。説明してわかるのか。一応説明してやらなくもないが、試しに――」
 エリンが怒涛のように話しはじめた。いままでの会話の面倒ぶりが嘘のような、立て板に水、ではなく立て板に土砂降りの勢いだ、とライソンは呆気にとられる。
「――と言うことだ。わかったか」
「あんたさ、それでわかると思って喋ってる?」
「理解させる気があったらもう少し噛み砕いてる」
「だよな」
 うなずいて、それなのにライソンは笑っていた。さも楽しげに、うきうきと。何がそんなに楽しいのだろう。
 ふと思う。まだ二十歳にもなっていないこの若者にとって、世界とは常に新しい事物に満ちているのかもしれないと。知らないことをただ聞きたい。見てみたい。味わってみたい。それで痛い目にあおうとも、まだ笑って済ませられる年齢だった。いい思い出だと笑える年齢だった。
「帰れよ」
 エリンが唐突とも言える態度で顔をそむけるのに、ライソンはまたも驚く。いままで面倒だと態度で示しつつも付き合ってくれていたというのに。
「だったら最後にもう一つ」
 指を顔の前で立てて見せれば、見えているのかどうか。エリンは口もきかずにうなずいて見せた。それでもライソンは微笑み返す。
 笑い顔は、人を幸せにするよ。ほんの子供のころに言われた言葉がライソンの胸にはいつもある。幸せな人は、優しくしてくれるよ、とも言われた。
「なにが、聞きたい」
 この魔術師には驚かされどおしだ、とライソンは思う。いま自分が少しばかり感傷に浸ったのに気づかれた、そんな気がする。それを案じてくれたような気すらした。
「剣だよ、剣」
 言っていまだ机の上に放置されたままのコグサ隊長の剣を指さす。使い込まれた鞘の傷も見慣れたもの。柄に巻かれた革は黒ずんでいる。コグサの汗と血が染み込んだ革だった。
「これってさ、どれくらいすんの」
 漠然とした質問ながらエリンにわからないはずがない。と言うより誰にでもわかるだろう、ライソンの顔を見れば。
「欲しいのか」
「俺にはまだ無理――だと思うけど? 付与魔術って言うんだよな、それ。仲間に聞いたけど、すげぇ難しいんだろ。あんたは平気なんだとしてもさ」
 魔法の工芸品を発見することそれ自体が困難極まりない。それは新しく作り出すことも難しいと言うことを意味していた。
 ライソンは知っている。かつて同僚の魔術師と話したことがあった。魔法の工芸品を作る魔法を、彼らは付与魔術、と呼ぶ。それは生半の腕ではなしえない技術なのだと。
「俺ら一門には当然の技術だとしてもな、付与魔術が使えるって言ってみな。ミルテシアあたりだったら即座に宮廷魔導師だぜ」
「ミルテシア?」
「あそこは魔法が遅れてるからな」
「へぇ、ラクルーサは?」
「お前、黒衣の魔導師の噂話の一つくらい聞いたことないのかよ?」
 聞いたことは、あった。が、事実ではないと思っていた。噂話などそんなものだ。話半分の半分程度に本当にあったことに尾鰭がついたものが含まれているかもしれない、そう思っておかなくては危なくてかなわない。
「ところがどっこい。黒衣の魔導師に関してはたいてい事実だぜ。暴れられた日にゃ、災害だぞ、あれは。ついでに言えばその連れ合いのリオン総司教も笑顔で切れるらしいしな」
「止めろよ!?」
「ちなみに弟子筆頭の氷帝ときたら黒衣の魔導師に匹敵する過激さで知られてるぜ? それにあれがいるしな」
「あれ?」
「世界の歌い手だよ。氷帝に向かって悪口の一言でも言ってみろ。その場で死ぬまで踊らされるって話だな」
「マジかよ」
「さすがに殺したことはないみたいだけどな。寸前までは確定らしいぜ。――それがラクルーサの宮廷魔導師団だぞ。付与魔術くらいだったら鼻歌まじりじゃねぇの?」
 それは二国間で技術差があるとかないとか言うような問題ではすでにない気がするライソンだった。もっともライソンは魔法がまったく理解できない。だからエリンが言ったことがその程度で済ませる事実なのかも判断がつかない。
 かつて同僚ともそんな話をしたのを、ライソンは覚えていた。同僚魔術師の一人とは話があって面白い、そのせいもある。が、大部分は嘘のようで本当らしい過激極まりない宮廷魔導師団の話が面白かったせいだった。そしていまここで同僚とエリンが同じようなことを言う。ならばある程度は事実と言うことか。とすれば、やはり無理だ、と呟いてしまう。
「わかってるじゃないか」
 付与魔術のかけられた剣など、とてもライソンの懐で賄えるものではない。そう言った若き傭兵にエリンはうなずく。中々物のわかった傭兵だ、と。
「そりゃね」
「傭兵どもはどういうわけか魔法は楽にかけられるものだと思ってる節が多々あるからな。こっちはこっちで苦労してんだ。見合った額は気分よく払えってんだ」
「だから俺は無理だと思うって言ってんだろ」
「ぜってぇ、無理」
 力強く宣言されてしまった。と言うことは、もしかしたらエリンが言わなかった何か、追加効果とでも呼ぶべき魔法がかけられているのかもしれなかった、コグサの剣には。
「なに笑ってんだよ、小僧。あぁ、お前が想像したようなことはないからな。コグサ相手だったらふんだくるだけふんだくる。それだけだぜ」
「おいおい、マジかよ」
「いいんだよ、コグサなら。あの野郎もわかってて俺に注文出すんだ」
 何か隊長とこの魔術師の間には口で説明されても理解できないような絆なのか因縁なのかがあるらしい。気づいたライソンはそこで言葉を止めた。代わりに小首をかしげて問う。
「だったら俺に払える程度って、どれくらいよ?」
「お前みたいなのが可愛い振りしたって気持ち悪いだけだろうが、よせよ、それ。気色わりぃな」
 ぞわぞわとした肌をなだめるようエリンが腕をさすっていた。それにライソンは笑い声を高らかとあげる。奇妙なところで面白い男だ、と思った、この魔術師は。
「だいたいよ、俺はお前の財布の中身ってのを知らねぇっての」
「普通だよ、普通。若造の傭兵の普通」
 言った途端だった。目の前にコグサの剣がある。喉元に突き付けられた鋭い切先にライソンが目を丸くした。
「小僧。俺を試すなよ。俺はてめぇの昔を探られて喜ぶような人種じゃねぇぞ」
「あ……」
「ふん。考えなしに言っただけか。気をつけろよ、ガキが」
 言葉と共に切先が遠のいていく。ぎとぎととした刃の光がまだ目に焼きついていた。何度か目を瞬いて、深呼吸をする。
「あんた――」
「なんだよ、早く帰れって」
「あんた、すげぇな。俺、一応は傭兵だぜ。十六の時からもう三年、隊長の下で働いてる。三年、死なないで戦ってきた。その俺がって言うと口幅ったいけどな、でも俺があんたの剣が見えなかった」
「抜く手も見せずってわけじゃなかったぜ。お前が油断してただけだ。コグサに言ってみな。魔術師相手だからって気を抜くなって怒鳴られるのはお前だ」
「だよな。本当にそうだよな。あんた、すげぇな」
 ひょい、と腕が伸びてきた。咄嗟のことで今度はエリンが動けない。ライソンがなんの気なしに捕まえて撫でさすっている自分の腕を無感情に見やる。
「野郎になでなでされて嬉しがるような趣味は持ってねぇぞ」
「そんなんじゃねぇよ。――ほら、こうやって触ってみりゃわかるんだよ。見た目は細っこい魔術師の腕のくせに、なんだよこれ。がちがちに鍛えた腕じゃねぇかよ」
「どこがだっての。こんなの鍛えたうちに入るか」
 すげなく言ってエリンは腕を取り戻す。本当に、そうだった。鍛えたうちになど、とても入らない。どれほど鍛錬を怠っているかは、自分自身が一番よく知っている。それとなく腕をさすれば、肉が落ちているのを嫌でも感じた。
「ほんと、すげぇなぁ」
 馬鹿の一つ覚え、という言葉どおりの有様だとしか思えないライソンだった。それでも純粋に感嘆しているのは、わかってしまう。エリンが咳ばらいをした。
「――で? お前に払える程度か……。だったら、短刀にしとけ」
「たんとー」
「嫌そうに言うな。お前も傭兵だったら補助武器の大切さがわからないなんてぬかしたりしないよな?」
「言わない言わない。そんなこと言ったら隊長に殴り飛ばされる。でも短刀は――」
 通常、補助武器のうちにも入れない。携えているのが当たり前の道具でしかなかった。縄を切ったり食事の肉を切ったりするための、道具。それがライソンの考える短刀だ。
「あって当たり前の道具。だからそれは、お前の最後の武器だ。わかるか、小僧。命を繋ぐ最後の道具には、こだわっとけよ。――死にたくなかったらな」
 それでも無駄な時はある。何をどうしても死んでしまうことはある。殺されることも、殺してしまうことも。エリンの言葉にライソンは神妙にうなずいていた。




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