騎士たちは顔を見合わせ、ばつの悪い表情をしていた。それを見てはアレクが嫌な顔をする。 「ちょっと、なにも言えないとか言うんじゃないでしょうね」 詰め寄りかけたアレクをシリルが引き戻す。ウルフがそれを見てはかすかに笑ってサイファの目を覗き込む。 「いや、そういうわけではないのだが……」 「じゃあ、なによ」 「情報、と言えるほどのことはなくてな」 「特別に珍しい話でなくともかまいませんよ」 言い募ろうとするアレクを制し、シリルが口を挟む。明らかにほっとして騎士は息をつく。 「騎士殿はあちらからおいでになったわけですから……」 シリルが前方を指す。振り返った騎士はどこか恐ろしげな顔をした。 「お前たちは向こうに行くつもりか」 「えぇ」 「シャルマークの奥だと、知っているのだな?」 「知っています」 淡々と答えるシリルに、はじめて騎士たちが嘆声を漏らした。あるいはそれほど恐ろしい目にあった、と言う証拠なのかもしれない。 「我々は、実のところ逃げ帰ってきたのだ」 苦い声。騎士たる者が逃げてきた、と言うのだからよほどのことなのだろう。はっとシリルが息を詰めた。 「ウルフ」 囁き声でサイファが呼ぶ。兄弟も騎士たちも、いまは円陣を組んで座っている。ならばいつまでも立っている必要はない、と見たのだ。軽くウルフの腕を引き隣に座らせた。 「話し、長引きそうだね」 座りながらウルフは飽きたようにそう言った。まだ、片手は剣にかけている。万が一にも騎士たちが不穏な気配を示せばすぐに抜けるように、と。それを頼もしく感じる自分を不可解に思いながらサイファは黙ってうなずく。 「では、そこは渡れないと言うわけですか」 シリルが困ったよう、顎に手を当てて考えている。 騎士たちは前方に湖がある、と言った。広大な、まるで海と見まがうばかりの湖だった、と。その湖の中に島があるが、渡ろうにも船はなく湖を迂回しようとした途端、魔物に襲われた、と言う。 「ねぇ、どうして渡ってみようとしたの?」 「廃墟が、あったように見えたのだ」 「廃墟!」 聞いてアレクが嬉しげな声を出す。遺跡荒らしとしては聞き捨てならない情報、と言うところか。 「だが、渡れんぞ」 「それは困ったわねぇ」 言ってアレクが振り返る。サイファはかすかに首をかしげることであるいは方法が見出せるかもしれないことを伝えた。 「ま、なんとかなるみたいよ?」 にんまりと笑う。なる、とは言っていないサイファは溜息をつく。これではどうしようもなかった場合、責められるのは自分ではないか、と。 「アレク。決め付けないで。どうなるかわかんないってよ」 口に出してもいないのに、ウルフがアレクに苦情を言う。サイファの代わりに。驚いて見れば少し、照れた顔をしていた。 「いいの、いいの。行ってみればわかるから」 ひらひらと手を振ったアレクはまったく意に介する様子もない。振り返ったシリルが諦めたよう、肩をすくめた。 「じゃ、行ってみることにしましょうか」 シリルに向かってアレクが笑顔で問う。無論、問いかけなのは形だけだった。 「はいはい」 呆れ声でシリルが答えれば騎士が笑う。このような場所まで来ているのだから騎士たちもかなりの使い手なのは確かだろう。だが、やはり騎士と冒険者の性格の差、と言うものだろうか。明らかに冒険者の方が好奇心が強い。 「なぁ、お嬢さん」 と、今まで黙っていた騎士の一人がアレクに声をかけた。 「なにかしら?」 「どこかで、会ったことないか?」 サイファは見た。アレクが一瞬、体を硬くしたのを。見間違いであったかもしれないと思うほどの短い時間だったが、確かにアレクは何かに驚いたのだ。 「……ものすごく使い古された口説き文句ねぇ。びっくりしちゃった」 それを言い訳めいた、と聞くのは穿ちすぎだろうか。もちろん、サイファは兄弟の過去を穿鑿する気などさらさらない。だから気にもしていないのだが。 「ばっ馬鹿な! そんなことは言っていない!」 「あら、そうなの?」 「当然だ」 「ちょっと残念。好みだったのに」 言って喉の奥でアレクが笑う。シリルが肩を落とした。サイファはフードの奥で笑いを噛み殺す。が、こらえ切れなかったのだろう。ウルフが忍び笑いを漏らしてしまってた。 「違う!」 ウルフをじろり、見て騎士は声を荒らげる。心底、不満そうだった。 「そこまではっきり言うのも、失礼よ?」 「あ……すまない。だが、やはり……」 「どこかで会った?」 「そう思うのだが」 「うーん。あぁ……。騎士さま、ラクルーサの人よね?」 「そうだ」 「じゃあ……王都にある、乙女の祈り亭、知ってるかしら?」 「あぁ、知ってる」 「じゃ、そこよ。アタシの従妹があそこで働いてるの。アタシも時々手伝いに行ってたから」 「……と言うより飲みに、だね」 「ちょっと!」 「あそこで何回飲み潰れたか、覚えてる?」 「……三回」 「惜しい。もう十回は足してくれないと」 「それは、酷くない?」 「全然。そのたびに迎えに行く僕の身にもなって欲しいね」 騎士そっちのけで言いあいを始めてしまった兄弟を、あっけにとられて騎士たちが見ている。一瞬、間が空きそして爆笑が響いた。シャルマークに魔族がはびこるようになってから、ついぞここで聞かれたことのない響きだったに違いない。 「なるほど、思い出した。確かに金髪の美女が飲み潰れていた気がするよ」 「嫌な覚え方ね」 言ってアレクが顔を顰めて見せる。もっとも気分を害しているわけではなさそうだった。口許が笑っている。 「情報交換はこのくらいでしょうか」 「そうだな。急ぐのか?」 「そういうわけではありませんが、仲間が飽きていますから」 シリルが言ってわずかに振り返って見せる。騎士たちは静かに座っている残りの二人を失念していたのだろう、改めて緊張した素振りをする。 ウルフが剣を握る手に力を入れた。また、サイファはそれを抑える羽目になる。重ねた手を騎士たちが見ている。兄弟に見られるより、格段に不快だ。 何か、生理的な嫌悪をかきたてるものでも見るような目つきをする。フードの奥、唇を噛みしめてサイファはそれを面に表さないよう努力する。悟られればウルフがなにをするかわからなかった。 「わかったよ」 騎士たちに聞こえるよう、ウルフが声を出す。そして自分の反対の手をサイファのそれに重ねる。ウルフの手の中、挟みこまれたまま彼の膝の上に手を置かれてしまった。騎士たちは、どう見ることだろう。思ったが、どうでもいい、そう思いなおした。今後、関わりあうことのない人間が自分たちをどう思おうと知ったことではない、と。 「これ以上は、お互いのためになりませんね?」 「そのようだ」 「では、情報に感謝します」 「有意義な時間だった」 強張った、騎士とシリルのやり取りを聞くともなしに聞いていた。人間の、半エルフを見る目など所詮あのようなものなのだ。仲間たちのよう、平然としている方がおかしい。 彼らに慣れすぎてしまった。人間から、どう見られているか忘れてしまった。思い出すのは、嫌な気分だった。 足音が、完全に立ち去るのを座ったままサイファは聞いている。まずない、とは思うものの人間なのだ。恐怖に駆られて切り殺そうと戻ってくることがありえないわけではない。 「行ったね?」 息を詰めているのだろう、兄弟も黙っている。ウルフが問いかけてくるまで、誰一人として口を開かなかった。 サイファはまだ黙ったままうなずく。口を開けばウルフを傷つけかねないことを言いそうだった。人間など嫌いだ、と。 「よかった」 ほっとした声。彼は彼なりに緊張していたのだろうか。つられたよう、兄弟が笑い声を上げた。 「坊やったら」 「なにさ」 「実はドキドキしてたの?」 「まぁね」 「人に会ったから、こんな所で?」 「というか。うっかり剣、抜きそうでさ」 呆れたことをさも当然のようウルフは言う。何度その手を抑えられれば気が済むのだろうか。 「抜いちゃってもよかったかもねぇ」 「だよね」 「アタシも癇に障ったもの、あの態度」 「でしょ!」 「アレク。そそのかさないで」 そう言ったシリルも目顔でやってもよかった、とウルフに言っているのだから始末に悪い。呆れを通り越してサイファは笑ってしまった。 「サイファ」 「なんだ」 「鬱陶しいでしょ」 うなずく間もなかった。手を伸ばす間も止める間も。ごく自然に伸びてきたウルフの手がフードを跳ね除ける。そのまま指が髪を梳いていった。 |