アレクはゆっくり内腿に指を滑らせ、きわどい所で指を止めた。何度もそれを繰り返す。 「アレク……っ」 切なげに名を呼ぶ声に満足する。擦り付けてくる腰は、もう充分に勃ち上がっている。 「言えよ、続けて欲しいだろ?」 低い声が情欲に掠れた。自分でもおかしくなるほど昂ぶっている。シリルの腕を引き剥がし、乱れきった神官服を剥ぎ取った。それから自分もゆっくり服を脱いでいく。ベッドの上、身悶えするシリルを見るのが嬉しくてならない。 まだ明るい午後の光が窓から差している。それに気づいたのだろう、シリルが毛布を引き上げようとした。アレクはその手を止め光の中で充分、熱に染まった肌を見る。 「アレク、やだ……」 両腕で体を抱いて身をよじろうとするのを咄嗟に阻んだ。それから両足の間に入り込む。鋭くシリルが息を呑んだ。アレクが舌を這わせていた。シリル自身に触れないよう気をつけながら、内腿に唇を寄せきつく吸う。それからそっと後ろにも。 「ん……っ」 シリルの両手が伸びてきてはアレクの頭を抱えようとする。もっと上に、と促そうと。アレクは巧みに逃れ、執拗に後ろだけを舌で愛撫した。途切れ途切れの声が頭上から聞こえている。 「シリル?」 言ってしまえ、一緒に堕ちてしまえとアレクの残酷な声が言う。柔らかい内腿に歯を立てた。指先が、たっぷり濡れた後ろに触れる。じらすように円を描き敏感なあたりに軽く爪で触れた。 「気持ちいい?」 がくがくとうなずいている。そんなものでは許さない。指先を少しだけ、埋めた。シリルの背が反り返る。さらに促す。 「気持ちい……い……っ」 「どうして欲しい? シリル」 「もっと……」 「もっと、なに?」 大きく広げた両足の間でアレクは微笑む。埋めた指先をうごめかした。シリルの指が毛布をつかんで握り締める。 「もっとして。アレクが……欲しい」 溜息のような喘ぎと共に漏らした言葉。アレクは喜悦の渦にいた。快楽に流されただけでいい、それでも自分を欲しいと言ったシリルの言葉を決して忘れはしないだろう。 「いい子だ」 呟いてシリル自身に音を立ててくちづければ、シリルの体が跳ね上がる。体をずらしてシリルの上に圧し掛かればくちづけを欲しがった。唇も肌も重ねたままシリルの中、這入り込めば甘い痛みが体中を駆け巡る。今この瞬間だけは、自分のもの。 「アレク……アレク……」 うわごとのように名を呼ぶシリルの唇を塞いだ。腰を突き立て引き抜く。その度に絡みつくシリルの中のその熱さ。ゆっくりと楽しむ余裕など、なかった。 「アレク」 呼びかけに顔を上げれば熱に浮かされたシリルの目。 「気持ちいい?」 悦楽に歪みながら、少し笑ってシリルが言った。仕返しを、する気らしい。アレクは片頬で笑い、耳許に囁きこむ。 「すごくいい」 その言葉にシリルの中がきつく収縮し、アレクは歯を食いしばって襲い掛かる波に耐えた。それから片手でシリル自身を包み込めばまわされた腕に力がこもり、貪欲に腰が突き出される。 「だめだ、ごめん」 喉の奥からアレクは声を絞り出す。もうこれ以上耐えられそうになかった。 「僕も……早く……」 言ったシリルの声も掠れていた。アレクの中で何かが弾け、もうそのことしか考えられない。激しく腰を叩きつけ、シリルの中に注ぎこむ。と、シリルの喉からも最後の悲鳴が上がり、急激に中が狭まりアレクを締め付ける。目の前が真っ白になる。シリルの体に倒れこんだアレクは、しばらくの間ただ何も悩むことなく目を閉じているだけだった。 どれほどの間だろうか、そのままじっとシリルの肌に頬を寄せて彼の鼓動を聞いていた。激しく打っていた心臓の音が、次第に平静に戻っていく。たまらなく寂しかった。普段の速さになればもうシリルは弟に戻ってしまう。 のろのろと体を起こし、アレクは無言のまま服を身につけた。背後でやはり黙ってシリルが神官服を手にとっているのを感じる。 「アレク」 呼びかけに答えなければ、そう思う。けれど声がすぐに出てこなかった。いま、ウルフたちは何をしているのだろう。昼寝をすると言っていたウルフのそばにサイファはいるのだろうか。大切な人に見守られて眠るのは、どれほど心安らぐことか。自分にはありえないこと、そう思えば苦しさが募ってならない。 「アレク?」 気遣ってくれるシリルの声。が、それは弟の声で恋人の声ではない。体を重ねたあとのいつもの虚しさがアレクを襲う。 「なぁに」 努めて軽い声を出す。 「なんか変だよ」 それくらいのことは気づいてくれるのか、背を向けたままアレクは唇の端を歪める。 「そう? ちょっと激しかったかしらー?」 笑って見せた。顔を向ける自信はなかったから背を見せたまま深く息を吸ってアレクは「女」に戻る。 「茶化さないで」 「本気よ、本気」 「どこがさ」 「久しぶりだったからちょっと疲れたかもって、それだけ」 「嘘」 「お兄様の言うことを信じないわけー?」 「そういう言い方する時のアレクって信じられない」 「どこがよ」 「だって、いつもは兄さんって言うと怒るじゃないか」 「あら、それもそうねぇ」 わざとらしく顔を顰めてシリルに見せた。乱れた髪を手櫛で梳けば指に引っかかって痛かった。 「こっち来て」 「なによ」 「いいから、梳かしてあげる」 シリルが追及をやめたのを知ってアレクは内心でほっと息をついた。アレクが言わないとなったら頑固に明かそうとしないことをシリルはその人生の早いうちで理解している。そうなればどれほど追及しても無駄だということも。 ベッドに腰掛けたアレクはシリルが髪を梳かすのを黙って受けた。複雑な気持ちだった。言いたくない、知られたくないと思う反面、追及が厳しければ言ってしまうのに、とも思う。卑怯だな、心に呟いた。 自分で明かす勇気がないから、シリルのせいにしてしまいたい。シリルが言えといったから言った、そして失ってしまったそう思いたいのかもしれない。 こんな自分だから、思いを明かしたとしてもシリルが受け入れてくれることはない、そう思う。情けなくてみっともない。シリルが長い金髪が好きだと知った日、自分も髪を伸ばし始めた。茶化して好みだろう、とからかった。からかって、体だけは手に入れた。 悪辣なやり方だと自分でもわかっているのだ。だから本当のことを言えばきっとシリルは弟であることさえ、やめてしまうだろう。真実を知ったならシリルは自分を「定めし者」としたことを激しく後悔するに違いない。そうなればシリルの神殿での地位も出世も危なくなる。だから、言えない。そう考えては思わず笑った。 「どうしたの?」 「ううん、ちょっと思い出し笑い」 地位も出世も度外視していることは良くわかっているはずなのに。それなのにそんなことまでも気にしているふりをしている。弟のため、彼の人生のため。そんな言い訳をしてまで黙っていたい。それだけ。あまりの卑怯さに、いっそ笑えてしまった、それだけ。 「はい、できたよ」 いつの間にかシリルは綺麗に髪を編んでくれていた。いつもながら器用でアレクがしたのとは似ても似つかないほど美しく編んである。 「ありがと」 編んだ髪を手にとってはそれを褒め、シリルに向けて笑みを見せた。もう、いつものアレク、を演じるだけの余裕ができた。 「どういたしまして」 おどけてシリルが頭を下げる。もう大丈夫、そう思ったはずなのにきりきりと胸が痛んだ。シリルの顎先を捉えて軽く額に唇を寄せた。 「アレクってば!」 「なんでそんなに怒るのよ、シリル好みの美人なのに」 艶然と笑う。さあ反論するがいい、と。決してシリルが口答えしないことを知ってアレクは煽る。きっと言って欲しいのだ。アレクの顔が好みなのではなくアレクが好きだ、と。 そんな日が来ないことを知っているのに。 「これからどうするの?」 やはり、シリルは当然のように話をそらす。何事もなかったように立ち上がり水差しからコップに水を注いで飲み干した。 「飲む?」 「うん」 渡されたコップの水をあおった。その影に表情を隠せますように、と願いながら。 「どうしようかなぁ。どこかでチーズとハムの塊でも分けてもらおうと思ってたんだけど」 「行く?」 「でももう夕方なのよね」 ちらり、窓の外に視線を走らせる。シリルがびっくりして声を上げた。 「だから言ったでしょ」 笑ってアレクは立ち上がる。 「なにをさ」 少し赤くなったシリルの側に立ち、耳許に唇を寄せた。 「激しかったって、言っただろ?」 低い、男の声で笑って見せる。憤然とシリルがアレクの胸を突き飛ばしたときもまだ、アレクは目を閉じて笑っていた。 |