朝食を終えた一行は、火の始末をして立ち上がる。アレクのたっての願いで階下の探索を再度することになっていた。 「なんかありそうなのよね」 「どうしてそう思う?」 サイファの問いにアレクは不適に笑って言った。 「アタシの勘」 それに朝から非常な疲労を覚えた気がしてサイファは額に手を当てる。それで思い出した。 「持っていろ」 言って渡したのは例の小剣。 「もう平気なの?」 「問題ない」 「ありがたいわね。シリルの援護ができるわ」 華やかに笑って受け取る。言葉の裏にサイファはアレクの、シリルへのどうしようもない思いを見て取る。人間と言うのは笑顔でこんな悲しいことを言うものか、とサイファは思う。 「坊やにも感謝」 サイファの思いなど知る由もなくアレクは笑みを浮かべたままウルフにも礼を言う。失敗をしているウルフはどことなく恥ずかしそうにそっぽを向いただけだった。 階下に降りた一行は、昨日調べた部屋をもう一度回る。が、しかし収穫はない。だんだん不機嫌になっていくアレクをシリルがなだめていた。 「あ、そうだわ」 「どうしたの」 「階段の後ろ。調べてない」 さも重大な事に気づいた、と言いたげにアレクは胸を張りシリルを率いて階段裏へと足を進める。ウルフはサイファを不思議そうに見やり、黙って兄弟に続いた。 かつかつ、とアレクが壁を小剣の柄で叩いている。耳を澄ましいてるのだろう、一行に黙っていろ、と手振りで知らせた。 こつり。壁が今までとは違う音を立てる。 「あたり」 にんまりとアレクが笑いそっと壁に手を滑らせた。ごく当たり前の石組みの壁だった。上から漆喰を塗っているのだろう、すべらかで白い。いや、かつては白かったはずだ。いまは雨漏りや黴に侵食されて当時の輝きなど推し量る術もない。 それにアレクは手を当て、時折じっと耳を済ませている。指先で叩いては微妙な音を感じ取っているのだろう。すっと、すべり降ろした指先が一点で止まる。 「あった」 壁に向かって微笑んだ。指をずらさないよう、かがんでまたその周囲を探る。罠の有無を調べていたのだが、一行にはそれがわからない。無言で見守るよりなかった。 「シリル」 声に応えてシリルがアレクの横に立つ。そっと剣を抜き、うなずいた。アレクがそれを見てその場から離れる。シリルがウルフを振り返り、ウルフも前に出る。サイファの横にはアレクが立った。 準備ができたのを見るや否やシリルが何もない壁を蹴る。と、そこにぽっかりと穴が開く。いや、穴ではなくそれは扉だった。 飛び込んだシリルとウルフが窓ひとつない暗い部屋に何者かが潜んでいないか警戒を厳にする。不意に部屋が明るくなった。振り向くまでもない、彼らにはサイファが後方から明りの魔法を放ったのだと知れる。見回す一行の目に、どんな生き物の姿も映らなかった。盗賊は昨日倒したものですべてだったのだろう。 「あ……」 声を上げたのはウルフだった。兄弟は驚いて声もない。その部屋は確かに厳重に隠されてしかるべき部屋だった。高い天井は、二階まで吹き抜けになっているせいだ。壁にしつらえられた棚には所狭しと武具が並んでいる。盗賊の襲撃用だろう。 だが彼らの言葉を奪ったのはそれらではない。武具とは言え、いま一行が身につけているものより上等なものなどないことを一目で見取っていたから。 それは無造作に投げ出してあった。床の上にあったのは三つのチェスト。頑丈な鍵がかかっている所を見ると中に入っているものの貴重具合が良くわかる。 「やったわね」 アレクが莞爾と笑った。 彼が鍵の解除をする間、することのないウルフとサイファは荷物をまとめ始める。すでに大方は準備してあるからさほど時間はかからない。何かが跳ねるような音がして、一つ目の宝箱が開いたことがわかる。続いてもうひとつ。さらに最後が。見事な手際に一時サイファは手を止めて見入った。 「陰険だわぁ」 言いながらアレクの声は嬉々としている。そして二つめの箱を掲げて見せ、 「空っぽな上に鍵には毒針の罠つき。最低な人種よね」 そう、笑った。間違いなく盗賊の蓄えだったのだろう。それを奪い取っているのだから、最低よりさらに低いことになるのではないだろうか、と少しだけ思ったのだが賢明にもサイファは口にしない。横を見れば同じことをウルフが思い、そして吹き出すのをこらえているのが目に入る。 「笑うなよ」 「……ん」 声をかけた途端、ウルフが笑いそうになった。じろり、アレクが睨みつけ、思っていたことが知れてしまったようだが、機嫌のいいアレクは気にしないことに決めたようだ。 「シリルはこっち。サイファはこれ。お願いね」 そう言って一つ目と二つ目に入っていたものを渡す。サイファの手に乗せられたのは三個の装身具だった。指輪がひとつ、首飾りが二つ。あまり品のいい物、とは言いがたい。耳を傾けるような仕種の後、サイファは首を振る。 「あら、残念。期待はしてなかったけど」 「サイファ、なに?」 「魔力を帯びたものかどうか確かめた」 「そっか」 言ってウルフが手の中の装身具を物珍しそうに見た。 「けっこう高そう?」 「どうかしらね。ものすごい貴重品ってわけでもないわ」 「ふうん、これどうするの?」 「アタシたちのご飯代に化けるのよ」 「え?」 「アンタねぇ。次の町で、これ売っ払って飯代宿代にするの、わかった?」 「あ。なるほど」 物事を知らないにもほどがある、と言いたげな目をしてウルフを睨むけれど、相手がウルフだと思い出したのかアレクは溜息をつき、彼の肩にぽんと手を乗せた。 「わかったよ」 そんな彼らを見ていたのだろう、シリルが笑いを含んだ声をでアレクを見、手の中の物を振っていた。 「傷薬が三つ。毒薬が二つ」 「毒薬はちょっと嫌ね」 「処分しようか?」 「そうして」 アレクの頼みにシリルはうなずき、傷薬を手渡してから毒薬を流して捨てた。 それから一行は、一夜の宿にした神人の館を後にした。ウルフだけが扉を抜け外に出た後、振り返る。 「待って、サイファ」 置いて行かれそうになって慌ててあとを追った。サイファは振り向くこともなく歩を進めている。 「ちょっと面倒はあったけど」 言ってアレクがちらり、ウルフを振り返って笑い、ウルフはその視線に面目なさげな顔をする。 「でもかなりの収穫があったわよね。金貨が三袋、光物が三つに傷薬。悪くないわぁ」 一人くすくすと笑い、昨夜の金貨の感触を思い出してでもいるのだろう、目がとろりとしている。 「ねぇ、アレク」 「なぁに、坊や」 「綺麗なものが好きなんでしょ?」 「そうよ」 「じゃあ、なんであれ売っちゃうの?」 当面どころかしばらくの間は金貨で充分なはずだった。ウルフが不思議に思うのも無理はない。 「だって……」 珍しく言いよどんだアレクを見てはシリルがこらえ切れなかった笑いを漏らす。 「ちょっと、笑わないでよ!」 「だって……ごめ……」 「ねぇ、なんで?」 めげもせず聞くウルフもウルフだとサイファは溜息をつきたくなってくる。 「趣味じゃないの!」 「え?」 「あんなごてごてした首飾りなんて絶対に嫌! アンタあれがアタシに似合うと思うわけ?」 逆に問われてウルフが息を詰まらせる。目を白黒させて答えに困っている間にアレクから追い討ちが飛んだ。 「あの指輪だって! この美しいアタシに似合うものなんて、そうはなくってよ!」 あまりの脱力感に、うっかり膝をつきそうになったウルフが隣のサイファの片腕にすがる。すがられたサイファは迷惑だった。自身、気が抜けて仕方なかったのだから。シリルが力なく拍手をしている。 「いやぁ、すごいねぇ。アレクの破壊力は大陸一だ、うん」 そして乾いた笑いを放った。後ろを歩くサイファにシリルの顔を見ることは出来なかったが、明らかに遠い目をして景色を見やっているのがわかる。 「ちょっと、それどういう意味よ」 「どうもこうも、そのまんま」 「ふーん、そう? へぇ」 これからいかにも何かしでかしそうな声でアレクが様子をうかがっているのを知った途端、シリルは地図を引っ張り出してアレクの前に突きつけた。 「次の町、五日くらい離れてるみたいだけど、どうかな!」 「いいんじゃない?」 せっかくの機会を潰されて不満げではあったが、アレクはすぐにうなずいた。どうも金にはなるが下品な装身具に我慢ならないようだ。 「二人もそれで?」 振り返って問いかけるシリルの引きつった顔に、サイファはうつむきウルフは声を上げて笑い出していた。 |