静かな森の中、互いの息遣いだけが聞こえる。シリルの胸に置かれたアレクの手に、革鎧を通してでは伝わってこないはずの彼の鼓動が幻のように感じられた。
「やめ……アレク!」
 聞こえないふりをして、引き剥がされた体をもう一度元に戻し首筋に唇を寄せる。
「聞こえるってば……!」
 身悶えして逃れようとするシリルを押さえ込んでアレクは決して放さない。
「アレク……っ」
 緊張した呼び声にアレクはようやく顔を上げ、真顔で正面から見つめた。
「騒ぐと聞こえるよ」
 そしていたずらのよう、笑って言った。ごくり、シリルが息を呑んで黙る。それをいいことに首筋に軽く歯を立てた。
 びくり、シリルの体が硬くなる。アレクを押し返そうとしていた手が諦めたよう、背中に回る。首に顔を埋めたままアレクはひっそり、笑った。
「くっ」
 シリルがこらえきれない声を上げた。何度も首に唇を寄せ、舌で舐め上げる。そっと吸って、耳に歯を立てる。剥がそうとしていたはずの手は、きつくアレクの背を抱いていた。
「シリル」
 呼べば目が答える。沈んだ茶色の目が、熱を持っていた。胸が高鳴る。何度体を重ねても、中々見せてはくれない顔。体だけではなく、シリルのすべてが欲しい。欲しいけれど、決してそれを口に出せないからこそ、シリルの熱だけでも欲してやまなかった。
 シリルが自ら唇を求めてくる。あまりに嬉しくて少し、じらした。
「アレク」
 責める声。熱に掠れてアレクの体を昂らせる。かすかに笑ってわずかに触れるだけのくちづけを。と、背中の腕が首裏にまわり強引に引き寄せられた。シリルの舌が這入ってくる。絡めた舌が、甘い。
 唇を合わせたまま、アレクの手が這い下りる。腰まで覆う革鎧の下から、下肢を覆う神官服の紐を解く。そのときだけ、シリルがまたわずかばかり、抗った。
「シリル」
 けれど名を呼ばれ、くちづけられてシリルの抵抗はあっさりやんだ。解いた隙間から、アレクの手が這入り込みシリルの肌に触れる。
「……ん」
 仰け反ったシリルの喉に唇を寄せ、軽く吸う。
「アレク、だめ」
 熱に浮かされた声が拒む。
「どうして?」
「あとが、つく……」
「つけないよ」
 囁く声のその甘さ。シリルは決して気づかない。ほっと一つ息をつき、またアレクに身を任せたのだから。彼に見えないよう、アレクは苦い笑いを浮かべ、それから無理に鎧を引き下げて、鎖骨の辺りを強く吸う。
「アレク!」
 驚いて見上げる目には力がない。その間もアレクの手は休まずシリルの肌を愛撫していたから。
「ここなら見えない」
 薄く笑ってアレクは言った。
「見えない?」
「あぁ、見えない」
 アレクの言葉にシリルが軽く目を閉じた。それに安堵してアレクはまた動きを続ける。シリルの肌もまた、熱を持ち始めていた。うっすらと汗を浮かべている。掌にそれを感じたアレクはシリルを引き起こし、木の幹に背中をもたらせかける。
「アレク?」
 声にはかまわず、神官服を引き摺り下ろし、放り出したシリルの足のむき出しの肌に唇を触れさせる。
「あっ」
 喘ぎをあげる前に、口を押さえようとしたのだろう、見上げたアレクの目に自らの手で唇を塞いだシリルが映った。
 シリル自身がそうしてくれるのを良いことに、アレクは抵抗のない足を左右に開かせ、その間に横たわる。それから疾うに勃ち上がったシリルの物を口に含んだ。
「く……っ」
 押さえた手から漏れ出すくぐもった声。シリルの片手がアレクの、彼自身の手で編んだばかりの髪を掴み乱していく。
 ぴちゃり、わざと卑猥な音を立てて見せた。髪を掴む指の力が強くなる。痛いはずなのに、少しも痛くなかった。
「シリル」
 先端を含んだまま名を呼べば背を弓なりにそらせて耐えている。愛しくてたまらなかった。今だけは、体に触れている今だけは、少なくともこの体だけは自分のもの。シリルのごくわずかな部分であったとしても。
 舌先で、先端の窪みをつつく。声のない嬌声が頭上から降ってくる。唇を離して温かい息を吹きかけ、下からそっと舐め上げた。
「アレク……っ」
 訴えかける目をしてシリルが見つめている。アレクは目許のみで笑い、それから再び深く彼自身を吸い込んだ。
「は……」
 うっとりするような溜息。両の膝がアレクの頬を締め付けた。片足にまとわりついている神官服のざらりとした肌触りさえ、心地いい。
 たっぷりと自らの唇で濡らしたシリル自身にアレクは手を添える。膝の力が強くなる。ゆっくりと擦り上げた。先端を唇に含んだまま。
「だめ、アレク! だめ……っ」
 激しく首を振るシリルの声にアレクは耳を貸さない。シリルの先端からあふれはじめた雫と自分の唾液を、擦りながら掌に移しかえる。その度にびくりびくりとシリルの体が震えた。
「アレク……ッ」
 無理やり引きずり上げられた。捕らえられた左手が、シリルの手で彼の首に回される。
「もう、だめだって」
 欲情に、途切れ途切れの声だった。アレクはシリルの首に頬を寄せ、彼の目からは隠されたその顔で笑みを作る。
「もうちょっと」
 アレクの声もまた、掠れていた。唇をシリルが求める。あわせて貪るその間に、シリルがアレクの下肢の着衣を剥ぎ取ろうとしていた。不器用な手が、それを果たせずにいるのを感じたアレクが自ら片足を抜き取る。
「アレク……」
 求める声。それを再び唇で塞いで、アレクは濡らした片手をシリルの後ろに回した。
「ふ……」
 外気に冷えた指が冷たいのか思わず離れた唇から漏れた声を逃さないとばかりに、舌を吸う。
 ゆっくりと、後ろに濡れた指をなすりつける。触れただけでそこは指を飲み込みそうになる。欲しくてたまらないのはアレクのほうだった。
「アレク」
 それを悟られたかと、アレクの頬に血が上る。が、そうではなかった。こらえきれないよう、シリルが腰を抱えていた。
「待って」
「だめ、待てない……っ」
 引きつけようとする手を押さえてアレクは後ろをほぐした。這入り込んだそれが指だとわかっていても体の内が熱くなるのか、シリルは知らず身をよじっていた。
「アレク、お願いだから」
 シリルが掠れ声で訴えて、アレクの片手を引き寄せた。無理に抜かれた指が、体の中にかすかな痛みとそれに倍する快感を残すのだろう、仰け反りかけたシリルの喉が強張り、それから我と我が手で口を押さえて仰け反った。
「アレク……っ」
 熱がある。自分の生み出したものではない熱。シリル。引きつけられた腰が深く彼の中に埋まっている。
「は……っ」
 あふれた溜息はシリルに呑まれた。あわせた唇から、吐息も喘ぎも全部、飲み込まれていく。
 シリルの中に穿った腰をアレクは止め、ゆっくりと体を浮かせた。少しずつ、抜けていく。それを嫌がるようにシリルの中が収縮しているのがわかる。彼もそれを知るのか、羞恥に血を上らせた頬さえ愛しい。シリルが欲しい、もっと。望みに逆らって引き抜く快楽もたまらなかった。
 不意にシリルの手に力が入り、逃れられないよう押さえつけたかと思う間もなく腰が突き上げられた。
「あ……く……っ」
 シリル自身の手で奥まで深く突き込まされた。体のすべてに熱が染み透る。シリルの手から、触れ合った頬から、シリルの体の奥から。
「きつ……」
 呻いたアレクにシリルが微笑む。それが悔しくて腰を揺らした。その度にシリルの喉から喘ぎが漏れる。そらした喉に唇を当て、アレクはシリルの悦楽を感じていた。
 向かい合って抱き合ったままの、不自由な体勢で互いを貪った。アレクから発した熱はシリルに移り、そしてまたアレクに戻る。
「アレク」
 シリルの手が鎧越しにアレクの体を撫でていた。肌に触れないのが物足りない、とばかりに。それから渋々と素肌をさらした腰に戻っては掌をきつく押しつける。その感触を忘れまいとするのだろうか。アレクはそんなシリルの唇を吸い、彼を追い立てていく。
 くぐもった喘ぎがシリルの最後が近いことを知らせていた。耳朶に舌を這わせ、腰を揺らして追い詰める。
「う……あ……」
 こらえきれない声があふれてシリルはアレクの頭を抱え込む。さらに悦ばせようと、アレクの手がシリル自身を握った。
「くっ」
 仰け反りかけた頭はアレクに抑えられて動かない。柔らかく握られたそれであっても追い立てられる。
 腰の動きと共にアレクの手が動く。声もなかった。気がつかなかっただけかもしれない。最後だけを求めていた、二人とも。
「アレク……アレク……っ」
「いいよ、出して」
 アレクが笑った。シリルが見ることはなかったけれど。息を吸い込みシリルの喉が鳴る。ひときわ強く腰が振られた。と、シリルの体が痙攣し熱い物がアレクの手の中に注ぎ込まれる。
「く……」
 それと共にアレクはシリルの中に放っていた。

 しばらくそのまま二人、脱力していた。互いの肩にもたれかかったまま息を整える。先に口を開いたのはいつもどおり、シリルだった。
「信じられない、アレク」
「なにがよ」
「こんなとこで襲い掛かる? 普通?」
「アタシのどこを見てアンタ普通だって言うのよ」
「……そういう逃げ方はずるいよ」
「なにが言いたいのかわかんないわぁ。とりあえずご馳走様。大変おいしくいただきました」
 からからとアレクが笑った。溜息をつき、それからシリルはかすかに眉根を寄せて体内に埋めたままのアレクの物を抜き出した。名残の快楽にわずかに開いたアレクの唇を、シリルの唇が掠めた。
「あら。珍しい」
 華やかに笑うアレクにシリルが聞こえるぎりぎりの小さな声で呟く。
「おまけ」
 と。それをどう聞いたか。アレクは笑ったまま顔を背けて一瞬だけ泣き出しそうだった。




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