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「ダモン、何人か見繕ってくれ。探索に出る」 会議から戻り、ニトロは自分の言葉どおり探索に行く。一人で行ってもいいのだけれど、万が一のこともある。何より、そのまま姿をくらましそうな自分がいる。内心で溜息をつき、ダモンに同行を頼んだのは自らへの枷。 笑顔でダモンが諾い、五人ばかりの兵が選ばれた。ダモンのことだ、隠密行動に慣れているものに違いない。 一応ざっと見ただけのノイ村にまずは向かう。その後、村周辺に異常がないかを見てまわるつもりだった。さほど緊張するような場面でもない。ニトロとしてはラクルーサ兵は間違いなくセヴィルにいる、と思っているせいもある。もっともだからと言って危険が皆無と限ったものでもない。神経だけは尖らせていた。ダモンがいる以上、ニトロにその不安はなかったが。 「あの、ニトロさん――」 兵たちもニトロとダモン、という手練れが共にいるおかげで不安は少ないらしい。足跡を探しつつ歩くニトロとダモンを憧れの眼差しで見ているものもいる。 「なんだ」 常の態度になってしまったようだ、とダモンは少し寂しく感じていた。ニトロの悪口雑言を聞きたい、と思う日が来るなど想像をしたこともなかったものを。 「あの、その……。俺じゃ、ないんだけど」 もじもじと兵が口ごもる。不審げな藍色の眼差しに射抜かれた心地にでもなったか、一度びくん、と背筋を伸ばした。 「俺じゃないんだけど! その、親戚が、キアランさんだっけ、を……襲った一人で。その、本当に……すみません。怖かったんだって。魔物だって聞いたら、たまらなくなったって」 気持ちはよくわかるダモンだった。イーサウの街は旧シャルマーク国内にある。いまだに二王国より激しい頻度で魔物の襲撃を受ける。隊商に護衛がつくのは、盗賊の襲撃より魔物のそれを恐れてのこと。イーサウにとって魔物とはそれだけ身近で、だからこそ、恐ろしい。 「あなたがしたことじゃないんだったら、詫びる必要がどこにある? そもそも、済んだこと、終わったことだ」 肩をすくめたニトロの言葉。目的を求めた真っ直ぐな目。いまは敵兵の影を。ニトロの本心からの言葉とは、誰も思わないだろうなとダモンは思う。案の定、兵は肩を落として恨めしげにニトロを見ていた。 「先行偵察に出る。ダモン、頼む」 「わかった。気をつけて」 「――そこから、出るなよ。出なければ、喋っててもかまわない。音と気配は遮断しておく」 まるで言い捨てるようだった。ニトロが示した土の上にはいつの間にか小石が円状に。一度兵にもわかるようきらりと輝き、消える。 この期に及んでも仕事として兵を守ろうとするニトロ。放り出して逃げればいいだろうに。ダモンは彼の背中を目で追っていた。一人きりのニトロの背中。見たことのない背中をしていた。 「……責めてくれれば」 ぽつん、とした兵の声だった。先ほどの謝罪をした彼のもの。ダモンは静かに微笑んで彼を見て言う。 「楽になれるのに?」 あっと息を飲み、赤くなった頬。自分の考えに思い至った兵が恥ずかしそうに身を縮めていた。純朴で、真面目な人たちなのだ、とダモンは思う。かつて血で汚れた自分をイーサウに受け入れたのと同じ人々が、あのキアランを襲撃した。恐怖からであったとしても、ダモンはそれが寂しい。自分は人間で、キアランは人狼だった。恐怖の質が違う、と言えばそれまでなのか、人語が通じると思うぶん、暗殺者の方がましだったのか。ダモンにもそれはわからない。物の弾み、という可能性だとてある。自分が助けられたのも、キアランが襲われたのも。すべては物の弾みか。そうだとするのならばこんなに救われない話もなかった。 「そこまでは……言いませんけど。でも、その。もっと怒ってくれればいいのに、とは思います」 「いつものニトロだったら口をきわめて罵るのにね?」 「ですよね!」 普段のニトロを知っている男だった。明るく生を謳歌するよう魔法を行使し、師弟揃って無頼のようでいて楽しく生きている彼ら。いまのニトロとは似ても似つかない。それが逆に酷く責められている、と感じるのだろう。 「あなたにご家族は?」 ダモンはこれで神官だった。魔力のない在家神官ではあるものの、信者やそうでない人々からも相談を受けることは多々ある。そのおかげだろう、いつの間にか神官らしい笑顔、というものも上手になった。内心でそんな自分に肩をすくめていたとしても。 「妻と、子供が二人います」 「だったらね、お子さんの一人が取り替えっ子だって言われたとします。ご近所さんは、驚いて怖がりますね?」 それはそうだろう、と男も渋い顔。昔話の類ではあるものの、決してないとは言い切れない魔物との取り替え子。たとえ我が子であろうとも、否、そうであるのならばなおさらに取り替え子への忌避感は強い。 「殴る蹴るをされて、子供は大怪我です。――が、勘違いだった。お子さんは、紛れもなくあなたのお子さんだった。さて、どうしますか」 「……え?」 「死んでないのだし、怪我で済んだんだからいいか、とはならないでしょう?」 「それは、なりません」 硬い兵の声。他の兵たちも真剣な顔をして聞いていた。本当に、よい人たちなのに、ダモンは思う。すれ違ってしまっただけ、とは言わない。ニトロには他人の思いを汲むことができないし、それを彼らに言っても理解ができない。互いの傷が深くなるだけだった。 「私だったら、相手を責めます。どうしてこんなことをしたって。なんでだって。勘違いだろうと、人の子供を殴っておいてごめんはないだろうって」 そうしてくれればいいのに、兵の悔悟の顔。親戚だろうが、自分が手を下したような気がしているのかもしれない。ダモンは静かに微笑んで彼らを見ていた。 「ニトロは言ったでしょう? 詫びる必要はないって。あなたがしたことではないことを彼は知ってる。それを責める意味がない。だいたい……ニトロは誰を責める気もないでしょう」 「そんな、だって!」 「責めていますよ、自分をね。この上なく自分を責めています。一瞬でもキアランから目を離した自分が悪い、そう彼は責めていますよ」 「あ……」 「怒る、責める、というのはね、きっと。そのあと互いに許しあうためにあるんです。いまのニトロにそんな余裕はないでしょう」 他人相手に怒ってやるほど優しい男ではない、とはさすがにダモンも言いかねる。それほどニトロはいま怒りの中にいる。本人が気づいているのかどうか、それがダモンにもわからないことだったが。 「ニトロは元々あまり人付き合いのいい男ではありませんからね。その彼が大事に思った人を、それなりにいい付き合いをしてきた近所の人に襲われたんです。――怒りを見せられないほど、と思った方がいいような気が僕はしていますよ」 青くなった兵にダモンはそれでもあなたのせいではないのだから気に病むことはない、と言い添える。いずれにせよ、彼が詫びようが目の前で死んで見せようがいまのニトロが気に留めるとは到底思えない。 「僕はね、少し思うんですよ」 偵察に出て行ってしまったニトロの背中が消えた先。ダモンは見つめる。帰ってこなければいいのに、思うけれどニトロはきっと帰ってくる。つらいことばかりであるはずなのに。 「僕ら常人は、少し魔術師を便利に使い過ぎじゃないかなって。たぶんニトロは自分が行った方が早いし安全だから、という理由で一人で行きました」 ダモンが兵たちを見回す。彼の言いたいことがわかったのだろう彼らが視線を伏せた。誰一人としてニトロと共に行くとは言い出さなかった。ニトロが先行するのが当然、と見送った。 「魔術師は異種族ですよね。人間出身の魔術師も多いですけど、それでもなんとなく、よくわからない種族だ」 ダモンの笑顔に兵たちがうなずくでもなく顔を見合わせる。違う、と言うものはいなかった。 「魔術師も悪いんですよ? 彼らはあんまり理解されようっていう欲がないみたいですからね。研究だけしていられれば幸せ、とニトロも思ってるみたいですし」 「それも、よくわからないです。こう……仕事だったら金をもらったり、喜ばれたり、それが嬉しいっていうのがあるじゃないですか」 「魔術師の喜びはそこにはないんでしょうね。僕にもそれは、わからない。僕も常人だからね?」 くすりと笑ったダモンに兵たちの気配が和らぐ。ダモンは兵を責める気など毛頭ない。少し、考えてほしいだけだ。このままでは本当にニトロがイーサウから出て行ってしまう、そんな予感がある。出て行く彼を止める術はないだろうし、一度出てしまえばダモンは友人を失うことにもなりかねない。それだけはたまらなかった。 「わからない種族である彼らだけれど、彼らにしてみたら常人が、わからない種族なんだと思います。お互いに、なんとなく、一緒にやってきて、お互いに敬意を持っている間はよかったんでしょう。でも、最近は少し、便利に使いすぎですよ」 かつてフェリクス・エリナードが建造したという人造湖、女神湖。あれにはイーサウが大金を投じた、とダモンは聞いている。今後百年のために。当時の議長はそう言ったそうだ。魔術師も自らの利として受注し、イーサウのために、働いた。いまは、どうだろう。 「ニトロの大事な人が襲われた。誤解だったと誰もが悔いていたとしても。ニトロはキアランを捜しに行くことを止められ、こうして連盟のために出陣している。――僕はそれがちょっと悲しいんですよ、彼の友人として、魔術師に助けられたことがある常人として」 「……俺たち」 「ニトロさんが戦ってくれるなら、安心だって、思ってた」 「だよな。……ニトロさんが俺たちのために戦う理由なんて、どこにもない」 「それは誤解ですよ? ニトロはイーサウに恩がある。ニトロの考えでは、だからきちんと連盟を守るのは当然なのでしょう」 「……でも。それを俺たちが当然だと思っちゃ、だめだ」 「ラクルーサの二の舞だ、それじゃ」 星花宮の悲劇を忘れたか。誰からともなく出てきた言葉。魔術師ではない常人の兵の口から出た言葉。ダモンは静かに微笑んで彼らを見ていた。 ――ニトロ。君にはわからないだろう。でも、君は好かれてるんだよ、たいていの人にね。 だからこそ、「ニトロの自宅にいる魔物」を彼らは襲撃したのではないだろうか。ニトロが騙されている、とでも思って。自分たちがなんとかしようと。真相はわからない。けれどダモンはそのようなことではなかったか、と疑っている。それがあり得ないことだと、常人が忘れてしまっているのもまた哀しい。 ――悪人がいないっていうのも、救われないね、ニトロ。 生気を取り戻した兵たちの顔。彼らの口からできれば魔術師と常人の溝を埋める言葉が広がってほしい、せめてそれだけはとダモンは願う。 |