夢のあとさき

 総会招集から三日目。幸運の黒猫隊の斥候が情報を掴んで戻った、とアイラが連絡をくれた。
「決まりみたい。目的地はラクルーサ国内じゃない、イーサウね」
 ラクルーサ海軍がやってくる。アイラは断言をした。が、いまだニトロには疑問がある。宣戦布告はなされていない。手順を無視する、と言うのならばそれもあり得るだろうが、若干の違和感は拭い難い。同時に総会の招集。
「きなくせぇな」
「なんか、気になるわよね」
「議長には?」
「十人委員会に報告済み。だからあなたに言ったのよ」
 そういう問題か、とニトロは苦笑する。報告後ならば情報を漏らしてもいいと思っているのか、この女は。その表情にアイラが片目をつぶって大らかに笑った。気にしても仕方ないことだ、と言われたかのよう。実際そうではあるが、やはり、気になった。
 総会招集から五日目。総会が開催された。ニトロはカレンと共に出席を求められている。カレンは大陸魔導師会の重鎮でありながら、役職にはついていない。「リィ・サイファの塔の管理者」は政治とは一線を引くべき、歴代の管理者はそう言って拒み続けた。通常の議会に彼女の姿がなく、総会にはあるのはそういうことだった。ニトロはその従者役、といったところ。大陸魔導師会所属魔導師としてここにいる。
 エイメは十人委員会の委員として、壇上に。議長や他の議員たちと並んで座る。議場はすでに議員たちで一杯だった。人いきれで暑苦しいほど。
「……帰りてぇ」
 人間が大勢いる。そう思うだけでニトロは逃げ帰りたい。自宅でキアランはどうしているだろうか、それも心配ではあった。
「んじゃ、行ってくるわ」
「えぇ、お気をつけて」
「あんたの方がな。島主一派が襲ってこないとも限らねぇんだ。身の回りには気をつけてろよ。外出すんな」
 わかっていますよ、笑ってキアランは送り出してくれた。手まで振って、まるでダモンとティアンだ。そう思った途端に身の置き所を見失ったニトロだったが。そんな二人を近所の人が和やかに笑って眺めていた。
「大丈夫かな」
「キアランか?」
「まぁ」
「警戒はしてるがな。断言はできん。とはいえ、この距離だろ?」
 本市街と狼の巣、転移すれば離れていると言うほどの距離ではない。共感魔術で異変の感知ができるようにしてある以上、問題はないはずだった。
「不安なんですよ、俺は。こんなこと俺が言うと妙でしょ?」
 笑えばいい。不思議そうな顔でもすればいい。ニトロは思うが、カレンはそっと微笑んだだけ。そちらの方がいたたまれなかった。
 こんこん、と卓上の槌を叩き、議長が静粛を求める。面白いほどすぐに静まった。議員たちも総会を求められて不安なのだろう。いまだ議題が明らかになっていないせいだった。
「商工会諸君、そして新たに加わった方々」
 議長の呼びかけは自由都市連盟の伝統的なもの。イーサウという街は商業主たちが率いてきた。そこに職人組合が加わり商工会が発足した。その後、自由都市連盟として、別の都市が加わった。今後もまだ門は開かれている。それを表す呼びかけでもある。
「お知らせがあります」
 前置きを一切省いた議長、フィッツ・サマルガード。さすがに前方に座っていた人々の顔色が変わる。若手の議長の切迫感を読み取ったらしい。
「連盟所属都市で魔法による犯罪が行われました」
 サマルガードはセヴィルの島主マイナー親子の罪を告発して行く。議員の中にはそんなことで総会を開いたのか、と不思議そうな顔をするものもいた。
「以上のことはエイシャ女神の神官ダモン殿と双子神の神官アーロン殿が確認しています」
「お待ちいただきたい」
「どうぞ、セヴィル代表」
 立ち上がった一人の男性。さすがにマイナーではなかったな、とニトロは横目で見やる。男一人だけが総会に出席していた。
「そもそもセヴィル島で該当の神官殿を招き入れた、という報告がありません。何かのお間違いでは?」
「報告があろうがなかろうが、こちらにはありましたので。神官の、報告が」
 若手、と侮ったのだろうか。男の顔が引き攣る。あのマイナーの下にいる男だな、とニトロは見ていた。マイナー親子は自分の意のままになるのが当然、と思っている節がある。男も同様なのだろう。
「ですが、議長。神官殿のご報告というだけでは」
「では証人を。お願いします」
 衛士にうなずけば、開かれる大扉。ぞろぞろと入って来た人々に議員が騒めく。一人は女。あとはすべて鎖に繋がれた男たちだった。
「呪師ドルシア殿。リィ・サイファの塔の管理者、エリナード・カレン師が招聘した呪師です。ドルシア師、お話しいただけますか」
 静かな議長の微笑みにドルシアは緊張しているらしい。だが事前になにを話すべきか打ち合わせは済んでいたと見える。ドルシアは娘が人質に取られたこと、呪詛をかけざるを得なかったことを淀みなく話していく。
「その男たちはドルシア師のお嬢さんを再び拉致しようとしたマイナー氏麾下の者です。幸い、その場に居合わせた大陸魔導師会所属魔導師が事前に事件を防ぎました」
 そしてイーサウの牢に拘束してあったもの、とサマルガードは言った。見る見るセヴィル代表の顔色が悪くなっていくのを横目に議長は男たちに問う。
「何か言いたいことはありますか」
「……我々は確かにドルシアの娘を拉致するよう、命令された」
「違う! 島主様の命令などではない!」
「確かに。島主の娘、エヴリルからの命令だった。金は島主からもらっていたがな」
 鎖に繋がれたままの男たち。セヴィルの男に向かって冷笑していた。大方、何らかの取引でもあったのだろう、とニトロは思う。生命の保全でも約束したか。生かしておきたくはないが、議長の判断ならば致し方ない。
「そもそも、そもそもだ! イーサウはなぜ、犯罪者を匿うのだ! 我々が大罪を犯した、としたものをイーサウは匿った!」
「それがいかなる罪なのかを問うことはいたしませんが、いかなる大罪であろうとも、致命的な呪詛はならない。それが連盟の法です。セヴィルも連盟の一員。知らないはずはありませんね」
 念を押すサマルガード、脂汗を滲ませたセヴィル代表。額のそれを拭い、男は口を開く。嫌な形に唇が歪んだ。
「そもそも、あなたがたが匿ったものは、人間ではない。魔物ですぞ! なぜ、ワーウルフなどという魔物を匿うのか、お聞かせ願いましょう、議長!」
 怒号じみていた。けれどそのあとの議員の騒めきのほうがずっとひどい。ニトロとカレンは顔を顰め、周囲を見回す。ざわざわとセヴィルの男の言うことに疑義を呈するもの、うなずくもの。議長に知っていたのかと問う声。
「あなたが言っているのがキアラン・ヒースリップ氏の――」
 突然だった。ニトロが肩に痛みを感じたのは。思わず呻いて押さえる傍ら、カレンが顔色を変えた。
「おい!」
「大丈夫……じゃねぇな。俺は――」
 ぐっと肩を握りしめる。それで少し楽になった気がした。痛みより、突然に与えられた痛みへの衝撃の方が強い。何より、この痛みはキアランの負傷。席を立とうとするニトロにカレンがうなずく。
 だが、しかし。
「議長! 申し訳ありません! 暴徒が……カレン・ニトロ師宅に魔物がいると知った住人たちが師のお宅を襲い、暴徒と化しております!」
「な……」
「住民の代表が、説明を求めてここに来ておりますが」
 お通ししなさい、うなずく議長も青ざめていた。それでも議長はセヴィルの男を見ていた。そしてその周囲を。ほくそ笑みが隠せない正直者がちらほらと。うなずき合う男たち。蒼白なニトロとカレン。ちらりと檀上を見やればエイメまでも顔色を失っていた。
「サマルガードさん! これはいったいどういうことなんですか! どうして魔物が!」
 入ってくるなり叫び声を上げた住人達。ニトロは出て行きたくてたまらない。肩だけではない、あちらこちらが痛む。キアランが、傷を負っている。こんなところにいる場合ではない。
「師匠、俺は」
 ――ニトロ。僕なら大丈夫。ニトロの方が心配。僕なら、大丈夫。あなたの方が。ニトロ。ニトロ。ニトロ。
「キアラン!」
 ――ニトロ……。
 何も見えない場所を見て叫んだニトロにぎょっとした住人たち、議員たち。立ち上がり、肩を押さえ、ニトロは呻く。また、一つ増えた痛み。そしてぷつん、と声は途切れた。
「ニトロ。座れ。無駄だ」
「そんな、師匠!」
「キアランは、逃げたな? 大丈夫だ。逃げられる。死んでねぇんだな?」
 ぎゅっと手首を掴まれた。共感魔術の痕跡に。ニトロはうなずく。かすかな感覚。それでも繋がっている。まだ、キアランは生きている。怪我をしていようとも。
「狼になって、いきなり飛びかかって!」
「それ、見なさい! やはり議長はご存じで魔物を匿ったのだ!」
「議長、ご説明を!」
 口々に叫ぶ人々。ニトロはゆらりと背を伸ばす。サマルガードがすっと顔色を変えた。こんなニトロを見たことはなかった。静かで、無表情な、人形のような男が立っていた。
「キアランは、魔物ではない。確かに狼にはなる。だが、ワーウルフではない。キアランは、人狼だ。それは事実だ」
「同じじゃないか!」
「どこがだ? キアランは、狼になることができるだけの、人間だ。形が変わったら、人間ではないと?」
 ゆっくりと肩をさすっていた。いまは、痛みだけが拠り所。キアランが生きている証。せめて、これだけは失いたくない。
「ある女が、確認されただけで十四人の乳幼児を産んで捨てて殺した。子供の父親の一人が、自分の子供をなんとしても助けたいと攫って逃げようとした。女は、男と子供を捕まえて、呪いをかけてじわじわ殺そうとした。どちらがまともな人間だ?」
「そんな、極端な……。話が見えないじゃないか」
「答えろ」
「……男の方が、まともに決まっている」
 吐き出す住人。セヴィルの男が拳を握ったのがニトロの視界の端に。
「女の名前を、エヴリル・マイナーと言う。セヴィルの島主の娘だ。――男は、キアラン・ヒースリップ。あなたがたが、魔物だと決めつけて襲った男だ」
 議場が怒号と騒めきに支配された。セヴィルの男に詰め寄る議員。周囲を囲まれ、逃げ出そうと。ばつの悪そうな住人達。ニトロはただ、立っていた。




モドル   ススム   トップへ