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小さな頭骨だけでも十三体、半ば風化しかけている骨もあったことから、実際はもう少し多いかもしれない。成人女性の骨らしきものも三体ほどあった。それらを三人は丁寧に集めて行く。 「……帰ろうか」 ぽつん、とアーロンが言ったのはすべてを見回ったあとのこと。泣いている魂のいなくなった廃坑道はひどく静かだった。かつてここでシアンが生きていた、その形跡すら窺えない廃坑道。シアンの言った「丸いお空」の場所も見た。天井が崩落した、シアンの遊び場。舞い落ちてきた枯葉が朽ちているだけだった。 「ニトロ。ちょっと、いいかい?」 ダモンの静けさを破る声。ニトロは顔を顰める。彼の提案がわかるようだった。それと気づいたのだろうダモンの笑み。意志は曲げない、語っていた。そうできるようになったダモンにニトロは敬意を払う。長い道のりだった。ダモンがいまの「自分」を獲得するには。だからこそ、ダモンの提案を拒むことはできない。拒みたいのだとしても。 「シアンのことか?」 「うん。そう。……帰ったら、僕がエイシャにお願いをしてみようと思ってる」 「でも、ダモンさん。あなたは――」 「確かに僕に魔力はない。でも、女神のお力を感じた。最愛のエイシャご自身がシアン君に手を差し伸べてる、そんな気がする。だから、僕は我が女神のご意志のままに、シアン君に手を貸したいと思う」 「……言うと思った」 「だったら認めてくれるだろう?」 ダモンはどうなるのか、それをすれば。確かにシアンは痛めつけられ、呪いを解けばどうなるか、この場の三人には自明のことだ。だがダモンがシアンを助けようとすればダモンもまた。 「言っただろう、ニトロ? エイシャのご意志だよ。僕の女神は僕自身をも助けてくださる。だから、心配はいらないと思うよ」 「ティアンに怒鳴られんのは俺だぜ?」 「怒鳴らせないよ」 ふふん、とニトロのように笑うダモンがそこにいた。この強い意志にニトロは負ける。そうできるように、見守ってきた年月。見守られてきたのはどちらなのだろう、ふと思った。 「ニトロ。私も聞きたいことが――」 「キアランに、俺は話せねぇよ。この惨状をあいつに話してどうなるよ? どうにもならねぇし、そもそもシアンはこんな環境だったって父親に知られたくねぇんだよ」 「どうにもならないって……」 「なるか?」 厳しいニトロの藍色の眼差し。アーロンは目を伏せる。ならないとは、思う。が、ならないからと言って黙っていていいのだろうか。 「君は、優しいね、アーロン」 ダモンの声こそ。アーロンが視線を上げれば声のままのダモンがそこに。アーロンは黙って首を振る。 「さっきも、そうだったね? 子供たちの骨を集めている間、君は泣いていた。大人の骨でもだ。時々、吐きそうになってもいたね?」 あまりの悲痛に。こんな残虐を働ける人間がいるのだという事実に。 「僕は死体に慣れ過ぎている。ニトロは元々共感能力が異常に低い。君の方がまともなんだよ。君のその感情は、とても大事で、正しいものだと僕は思う」 「お前見てると何がこの世の常識か、俺にも理解ができるからな」 ふん、とニトロが鼻を鳴らした。ニトロもまたこの状況に興奮はしているのだとダモンは思う。アーロンの前で自分の欠陥とも感じている事実を肯定するとは思ってもいなかった。実際アーロンはニトロのそんな言葉に愕然とした顔をする。 「俺はな、可哀想だとは思ってるぜ? この元凶は誰だよ? あの女が生きてる限りまた起きる、だから徹底して叩き潰す。ただ、お前みたいに人として許せない、なんて気分じゃない。俺が、嫌、だから、だ」 「それでもニトロは社会の中でなんとかやって行こうとしてるしね、実際なんとかなってるしね。それはそれでいいんだろうと僕は思ってるよ。ただ、君の方が社会の中では正しいんだろうな、と僕も思う」 「ま、死体に慣れ過ぎた神官ってのもどうかと思うよな?」 「本当だよね。よくぞ我がエイシャは僕をお認めになったものだと僕ですら思うから」 「面白ければ何でもありな女神だからなぁ」 からからと笑うニトロと苦笑するダモン。アーロンは彼らを見ていた。ニトロを知らなかったのかもしれない。ダモンも知らなかったのかもしれない。 「私は、大人の仲間入りをさせてもらったのかな?」 いままで子供扱いされていた、たぶん、きっと。異常事態の中であったとしても、認められたからニトロは失言をした、そんな気がする。子供には、過去のこともあって我が身を投げ出さんばかりに優しい男だとアーロンは知っている。いままでそうして庇われ、守られてきたのかもしれない。 「ま、よく働いたからな」 にやりと笑ったニトロの少し照れくさそうな顔。アーロンは小さく笑う。そして両頬を思い切りよく叩いて気合を入れ直せば、優雅な聖娼に似つかわしくない、とダモンが笑った。廃坑道の中、三人の笑い声がうつろに響く。 「とりあえずはクレール刀自んとこ寄って……ん? あぁ、帰りは俺んちじゃなくて本部だってよ」 「カレン師かい?」 「いや、マーテル。報告しろってよ」 長い溜息をニトロはつく。疲れているのだろう。魔法だけではない、精神的な疲労も拭いきれないはずだった。死体には慣れていると言い放ったダモン自身、ひどく嫌な気分になっているのだから。 「よし、行くぜ」 このままここにいても事態は改善しない。嘯くニトロを強いと思う。ダモンとアーロン、眼差しをかわし、そして二人、ニトロの傍らに。かすかな詠唱、そして三人はここから消えた。 一旦クレールとの約束を果たすために右腕山脈中に寄り、そこからイリオ隧道側の転移点に跳ぶ。あとは転移点を利用しての転移だった。山から直接跳ばなかったことでニトロの疲労が窺える。ダモンは感じたけれど口にはしなかった。勘づいたのだろうニトロが小さく笑う。 「……なんだこの大所帯は」 出現したのはマーテルに言われた通り大陸魔導師会本部にあるカレンの部屋。普段ならば研究資材だの魔法具だのがこれでもかとごろごろしている部屋なのだけれど、いまは人の方が多い。 「よう、帰ってきたな」 部屋の中央でカレンが座ったまま片手を上げる。精悍な笑みに力づけられ、疲れている自分を知るニトロだった。 「ただいまかえりましたよ。へーへー」 投げやりに言ってしまうのはやたらと人がいるせい。カレンは部屋の主だからしているのは当然。伝言をしてきたのはマーテルだから彼は仕方ないだろう。が、その師のエイメ、ついでにデニス。ドルシア親子三人にいまは狼のキアランとシアンの姿まである。その後ろ、所在なくティアンが佇む。伴侶の姿を認めてぱっと顔が輝いていた。 「ニトロ!」 駆け寄ってきたシアンに、けれどニトロは疲れた顔を見せなかった。飛びつくシアンを抱き留め、抱き返す。ふわふわの金の巻き毛が顔の側。知らず笑みが口許に。 「いい子にしてたか? おばちゃんたちと仲良くしてたか?」 「してたよ! ここ、楽しいね。いっぱいご本、見せてもらったの」 「そりゃよかった。って、おっさんもかよ?」 足元を見ればキアランが鼻面を摺り寄せている。帰着の歓迎、というところなのだろうが。シアンを離し、冗談半分にキアランの首を抱き締める。 「あー。もこもこだ。和むわー」 狼の強い毛が、それでも温かくて心地よい。キアランが無言で笑っているのを感じた。言いたいことがありすぎて、言葉にならないらしい。とにかく無事は喜んでくれているらしいのだけは伝わった。 「あの……」 神官二人がカレンに挨拶をしている傍ら、進み出てきたのはドルシアの下の娘、アリソン。膝をついてキアランの頭をがしがしと撫でていたニトロはきょとんと見上げる。それほど重たい声をしていた。 「なんだ?」 「あの、ごめんなさい。あたし……酷いこと言った」 「はい?」 まったく記憶になかった。何か言われただろうか。首をかしげてダモンを見てしまえばティアンの嫌な顔。くつくつとダモンが笑った。 「魔術師だからって……」 「あぁ、それか。気にすんな。そうやって教わってきたんだろ?」 「でも、助けてくれたの、あなただったのに」 「こっちの都合だ。言っただろうが? おふくろさんに用があったのは俺だからな」 肩をすくめるニトロにアリソンはもじもじとしたまま。どうやら留守の間、シアンの姿を見て思うところでもあったらしいが、ニトロとしては最も苦手な分野でもある。そんな彼を師が笑っていた。 「で、ニトロ坊やよ。報告しろよ」 「その前に、師匠。なんか綺麗な箱かなんかねぇですかね?」 「箱? こんなの、どうだ」 ひょい、と手を閃かせれば飛んでくる色鮮やかな小箱。小さすぎると文句を言えば大きくなった。唖然としているらしいドルシアに、いまはかまってやる気力がないニトロだった。 「もう一つ。そっちはもうちょっと大きめで」 「あいよ。これでどうだ?」 ニトロの言いたいことがわかっているのだろう。カレンは大きい方の箱は華美ではなく、優しい色合いのものを選び出す。それにうなずき、ニトロはダモンにもうなずいた。 「拝借いたします」 丁重に言い、ダモンは携えてきたものを小箱に移す。アーロンもまた、大きい方の箱に。ドルシアが目をそらし、娘たちが息を飲む。ニトロがぐいとシアンの頭を抱き寄せた。 「お願い、聞いたからな?」 「……うん。ありがと。ニトロ」 「おうよ」 ――ニトロ。それは。 「骨だよ。廃坑道に散らばってた」 キアランの短い問いは理解しているからこそなのだろう。シアンが横目で父親を見る。キアランはそっとシアンに鼻面を寄せていた。 「ダモンさん。お預けしてもいいかな。うちの神殿より、そちらでやっていただいた方がいいと思う」 「わかった。預かるよ。僕から司祭様に双子神との共同祭祀ができないか、提案してみる」 「……ありがとう」 アーロンの沈痛な声。ドルシアは声もなく神官を見ていた。知っていたのだろう、少なくとも悟っていたのだろうとニトロは思う。責めたくなった。しても無駄だと感じたから黙ったけれど。その無言こそがドルシアには痛かった。 「さて、手早くやりますよ。俺は寝てねぇんだ。帰って一晩くらいは自分の家で寝たいんですよ」 ニトロのすべてを切り離す声音。ドルシアは真っ直ぐと顔を上げる。後悔も贖罪もすべては後に。まだなにも終わってはいないのだから。 |