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イーサウの議長を巻き込む、と決めたときに大事になるだろう予測はしていたが、まさかトリムほどの大物魔術師が出張ってくるのは予想外だ。ニトロは内心で顔を顰める。自分の起こした事件が想像以上に広がったのをこの瞬間にまざまざと理解した。 「ったく。トリムさんが出てきちゃだめでしょうが」 「ん? どうして? 僕だって魔法の使い手だ。いままで知られていなかった魔道を歩む人に出会うのは嬉しいものだからね。――何よりあちらに行ったとき、エリナードさんに面白い話を聞かせてあげられるじゃないか」 「まだそんな年じゃないでしょ!」 「何を言っているんだい、ニトロ。僕はそろそろ寿命なんだよ。最後のご奉公だ」 「いまだに憧れのエリナードさんって言ってるのもどうかと思いますがね」 肩をすくめたニトロにトリムは笑う。ニトロとトリムの年齢差、というものかもしれない。トリムはエリナードの偉業の数々を肌身で知っている世代だった。 「まず、なにはともあれ彼女たちの安全を確保しよう」 「あい、了解です。で?」 いやに子供じみた返事をしてしまったニトロがほんのりと顔を赤らめる。ドルシアとクレールが揃ってにやりと笑うのが視界の端に映って、ニトロはまるきり無視をした。 「地下牢はマーテルが待ち構えてるよ。そっちを先にしようか。本部はカレンさんがいるしね」 カレン本人が向こうの目標になっているのか、とニトロはげんなりとする。これから行う大規模転移のことだった。さすがに十数人の男たちを一度に転移させるのはニトロだけでは無理だ。よって魔法陣を構築した大規模転移を行うことになる。 以前は四大属性が揃わなければ難しい大規模転移だったが、現在では研究が進み、転移点型を改良したものになっている。とはいえ転移点を設置しただけではまだ難しく、到達点側で魔術師が誘導する必要があった。 「なにをするつもりだい?」 ドルシアは聞くに聞けなかったのだろう。彼女にもまた呪師としての意地がある。だがクレールにはそのようなものがない。 「あぁ、言ってなかったか……。こいつらをイーサウに移送する」 「移送……? 魔法で、ということなのかい」 「だな。ドルシアたちもそれで送るけど。目的地が違うから二度にわけて行使することになる」 ニトロの説明にクレールは理解できない、と首を振る。理解したのはドルシアの方。いささか顔が青かった。 「技術は確立されています。ご心配なきように」 にこりと微笑むトリムにドルシアは渋々とうなずく。若干ニトロは感謝しないでもない。自分よりトリムの方がよほど説得力がある。 「ニトロ。はじめるよ」 「ういうい」 投げやりな返答をしながら集めておいた男たちの元に魔術師二人は立つ。はっとしたときには魔力の流れ。ドルシアには視認できるほどの強い魔力。精緻な文様を描いて行く彼らの魔法。 「綺麗な……ものだとはじめて思う」 娘たちもまたうなずいていた。ドルシアの手ほどきを受けている彼女たちにもまたどことなく見えたのだろう。 ドルシアはいままで語り継がれてきた魔術師と彼らは違うのだ、と納得する。無理にでも納得をする。そう思ったのだけれど、意外と嫌な気分にもならなかった。 「行くぜ、マーテル」 軽く耳飾りに触れたニトロの言葉。そして魔法は発動する。発動したのだろう、とクレールは思う。少なくとも、男たちは影も形もなかった。 「地下牢まで一直線、と。さて、ドルシア、次はあんたがただ。刀自殿、あんたはどうする? 向こうにゃキアランもいるが」 「……あたしは山で生きるさ」 「了解。なんか伝言があったら伝えようか? 俺はもう一仕事あるから、後になるけど」 「――シアンに伝えておくれ。土に還るその日まで、あたしの目は空行く鳥を見ていると」 わかった、とニトロはうなずいた。ドルシアがそっと顔をそむける。ただ、それだけ。そして次の転移に。ドルシアがクレールにひとたびの別れを告げていた。 「覚悟、と言うようなものかね、これは。魔術師のすることを見てみようと思う」 「いいんじゃないのかい。あんたも新しいもの、古いものをまだまだ吸い取りたいのだろうさ」 「それが呪師だからね。――あんたたちに、あたしは」 トリムを振り返ったドルシアの目。言葉ほどに覚悟は決まっていない。そんな彼女にトリムがほんのりと微笑む。 「どうぞゆっくり見学をなさってください。本部を訪れる魔導師会に所属していない魔術師、というものはまだまだいるんですよ」 「本部に滞在してイーサウ観光しながら大陸魔導師会を見学するってやつ、けっこういるからな」 トリムとニトロ、口々にたいしたことではない、と言う。娘たちはやはり年頃なのか、イーサウという街に憧れがないわけではないらしい。興味が抑えがたそうな顔だった。 「どうせ滞在費は本部持ちだ。遊んでくりゃいいんだ」 「ニトロの言い方はよくないですね。魔導師会は見学者の滞在費をすでに予算計上してあるんですよ。イーサウは商人の街、この手の仕事に長けた人間が大勢いて我々も助かっています」 トリムに先に言われてしまった。金がかかる、とまではドルシアは思い至っていなかったらしい。その不安をトリムに潰され、ドルシアは力なく笑う。わかった、とうなずきクレールを振り返っては一度だけ強くその手を握った。 「じゃ、ニトロ。僕も帰るよ。あとは任せた」 ドルシアと娘たちを送るだけだ。ましてイーサウ側ではカレンが誘導している。トリムほどの魔術師ならば易々と転移ができる。笑顔で手まで振って消えたのはそういう理由だった。 「これでまず一仕事っと」 肩の荷が下りた、とは言わない。次の仕事の方が大事になるだろう。そして帰れば嫌になるほどの事件が待っているに決まっている。それでもニトロの口許にも笑みがあった。何はともあれ、アリソンは救えた。 「これからどうするんだい?」 「島に戻るよ。あいつらが時間潰して待ってるはずだ。島主の館にご訪問、と行くさ」 「……シアンの」 「廃坑道、だっけ? 本人から頼まれてるよ。僕のおうちに行って来てって」 「おうち、か……。哀しい言葉だ」 誰も来ない寂れた坑道を我が家と呼ぶクレールの曾孫。老婆は自然と眼差しを大地に。ニトロは一度考え、そして口にする。 「――島の用事が済んだらそのままイーサウに帰るつもりだったけど。こっちに寄ろうか?」 「なんのために」 「シアンのために」 即答したニトロを老婆の目が射抜く。老いた目ではなく、厳然たる山の獣の目。ニトロは怯まず見つめ返した。 「――そうしておくれ」 「あいよ」 それだけでニトロは片手を上げる。老婆も片手を上げる。互いに振り返りもせず背を向け、そしてニトロは消える。クレールもまた山にと消えた。 一方ちょうど地下牢が異常な混雑状態になったころのこと。イーサウ自由都市連盟議長の応接室では商談が白熱していた。 「いいや、それは飲めませんな」 首を振るシオドア・マイナー。セヴィル島の島主だった。恰幅がいいと言うよりは頑健な体をした六十代になろうかという男性だ。対するはフィッツ・サマルガード連盟議長。傍らには甘い琥珀色の髪も優雅な美女が。秘書だろう、とシオドアは思っている。 「金鉱石を精錬した金と同じ価格で引き取れ、とは暴利でしょう。取引にもなりませんよ」 苦笑するフィッツはいまだ若い。それを侮るかシオドアの唇には傲慢な笑みがあった。その口許がにんまりと嫌な形になった。 「そういえば、手の者からイーサウに我が裁きを受けた者が逃げ込んだ、と報告が来ていましたな。なにゆえにイーサウは罪人を庇うのか」 「さて?」 「おとぼけになっては困るな、議長殿。キアラン・ヒースリップなるものは我が裁きを受けたにもかかわらずセヴィルから逃亡を図った大罪人ですぞ」 「そのことに関しては私から。よろしいかしら?」 にこりと笑うのは美女だった。美しい女には目がないシオドアの唇がだらしなく緩む。それが見えていないのか美女は笑みを崩しもしなかった。 「こちらは大陸魔導師会から議会の顧問にお出で願っている、アーウィン・エイメ師。ご存じでしたか?」 蕩けた眼差しのシオドアが一瞬にして顔を引き攣らせる。魔術師に思うところがあるのか、嫌悪が隠しきれていない顔だった。最近の連盟圏内では珍しい態度、と言わざるを得ない。 「いや……魔術師か。ふん、なにかな?」 「ヒースリップ氏ですわ。彼は重大な犯罪に巻き込まれた可能性があります」 「巻き込まれたのではない、あれが――!」 「いいえ、違います。ヒースリップ氏は致命的な呪詛下にあります。これは大罪と言わねばなりません」 「魔術師にとってはそういうことにもなるのでしょうな、だが」 「いや、マイナー氏。勘違いをなさっては困ります。魔術師にとって、ではない。イーサウ自由都市連盟において、致命的な呪詛は法に触れるのですよ。まさかご存じないわけもないでしょう。我々商人は他人を出し抜こうとするもの。一線を定めておかなくては秩序が乱れる元ですから」 だからこそ、致命的な呪詛は犯罪だ、フィッツは言い切る。真っ直ぐとシオドアを見たままに。そしてエイメが同じように微笑む。 「ですから魔導師会は厳正なる調査を行っております。ヒースリップ氏を保護し、何者にもお渡しすることはありません。呪詛を解呪するまで、そして誰が呪詛を行ったのか、あるいは更に誰かが命じたなどの理由があるのかどうか。すでに多くの魔術師が各地にて調査を行っておりますの」 シオドアは表情を変えなかった。目を動かしもしなかった。そしてじろりとフィッツを睨み据える。 「なるほど。連盟は我々をそのように扱うか。セヴィルを舐めないでいただきたい」 席を蹴立てて立ち上がる、と言うほどの勢いはなかった。だがこれで商談は決裂、ということか。無言で去って行くシオドアの背にエイメは溜息をつく。 「よろしいの?」 「よくは、ありませんね。セヴィルの島民が……大変な思いをすることになる」 ぐっと握られたフィッツの拳。エイメはどういうことだ、と訝しげな目で彼を見ていた。 |