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屈強な男たちが山をやってきた。娘の亡骸を抱えたドルシアが中心にいるのだろう。が、彼女の姿は男たちに隠されてしまって見えない。それほどの人数と優れた体格。男たちはそしてドルシアの洞穴の前、白金の髪をした浅黒い男を見る。 「ンだ、てめぇは」 一人進み出たのは隊長格、というところか。すっと男たちが列を直し、すぐさまにも戦える態勢へと。おかげでドルシアの姿が見えるようになる。亡骸を抱いたまま、きつく唇を引き結んでいた。 「ドルシアに用があってな」 「残念だったな。こっちの用が先だ。娘を出せ」 声を聞きつけたのだろう、青い顔をしたドルシアの上の娘アデリーンがやってくる。傍らにはクレールがついていた。 「お嬢ちゃん。こっち来な。あん? ババアはいらねぇよ、下がってろ。それとも死にてぇのか、え?」 抜き放った剣を振る先頭の男、言葉と態度のわりに剣だけはぎらぎらと砥がれていた。アデリーンは何を言うでもなく蒼白のまま列の奥にいる母を見る。ドルシアもまた答えなかった。妹娘の亡骸を抱く手にだけ、力が入る。 「こっち来いって言ってんだろうが!」 アデリーンが動かないのに焦れた男の声。踏み出し、剣でもって脅そうと。だがその前に浅黒い男が立つ。 「邪魔しようってのかい、優男さんよ」 「こっちのお嬢さんは嫌がってるみたいだがな?」 「関係ねぇな。来いって言ってんだろうが」 「……嫌です」 「ほらよ?」 浅黒い男の揶揄の声。隊長は顔を赤黒くして彼に向かって剣を突き出す。頬に剣の腹を当ててぴたぴたと叩けば冷たい音。 「やめてくれ」 そんな言葉は、言えば言うだけごろつき紛いの男たちを喜ばせるだけだろうに。ドルシアを囲んだまま、彼らはげらげらと笑っていた。 「なんだったらお前も島主様のお嬢さんに囲ってもらうか、え? そこそこ見られる面だからな」 「遠慮するよ。俺は行かない」 「ふざけんな! 面倒だ、てめぇら――」 背後に向かって隊長は言う。ドルシアの青い顔。アデリーンのそれ。クレールだけは平静のまま。浅黒い男の唇には笑みまであった。 「あんたらが何をしようが俺には勝てないよ。やめておきな」 「はぁ? ほざいてんじゃねぇぞ優男!」 「拒絶はした。警告もした。したよな?」 にこりと笑う優男に隊長は顔を真っ赤にしていた。だが部下の前、と思うのかにたりと笑ってみせる。嫌な笑い顔だった。 「あぁ、聞いたぜ? だからどうした?」 「なに、ちょっとした確認だ。じゃ、抵抗させてもらうかな」 飄々とした言葉。眼前にいる男など眼中にないと言いたげな態度。隊長は下げていた剣を鋭く掲げ、一息に切り伏せた。そのはず。 「な――」 弾かれていた。無手の優男に。見れば彼の手には青碧の剣が。見たこともないそれに知らず血の気が下がる。 「てめぇら!」 片づけてしまえ。言ったときにはすでに男たちは突進を開始している。だがそれも儚い。ぎょっとして立ち止まる者。足をもつれさせる者。かすかな悲鳴。隊長が振り返ったときには一様に倒れ伏した部下たちの姿。 「貴様――」 「てめぇと貴様しか言えねぇのかよ? 語彙の少ない野郎だな。で、どうするよ? おとなしく寝とくか? 俺はどっちでもいいぜ」 ふん、と鼻を鳴らした優男。隊長には何が起きたのかまでは理解はできない。ただ、魔法だとは思った。こんなことは戦場ではあり得ない。うっすらと微笑む優男の笑み。背筋が冷たい。 「ふうん?」 だが、だからこそ隊長は優男に切りかかる。剣の腕ならばこちらが上とばかり。相手が魔法を使うのならば、それを使わせなければよいだけ。 「甘いっつの」 今度は剣を使いもしなかった。優男は軽く体をひねって避けただけ。そして次の瞬間には隊長もまた膝から崩れ落ちる。 「こんな、こと、して――島主、様、に」 「残念でした。俺は島主がどうのなんて関係ねぇからな」 へらへらと笑う優男の癇に障る笑みを最後に隊長の意識も途切れた。どさりと地に落ち、苦悶の表情。握りしめたままの剣だけがいやに光っていた。 ドルシアが見たのは、そんなニトロだった。何事もなかったかのよう、これだけの相手を無力化して見せた。眠っているだけなのはドルシアも魔法の使い手、見ればわかる。だがしかし、自分にこれができるか、と問われれば考え込む。 「ドルシア」 ニトロに呼ばれ、はたと駆け寄る。腕の中の娘の体。いまになって重たい。アデリーンが息の絶えた妹の姿に息を飲む。こうなって戻るとあらかじめ言ってあったというにもかかわらず。肉親の情とはこういうものなのかもしれない、とニトロは想像だけはした。 「そのまま抱いてると落とすぜ? 刀自殿、ちょっと手伝ってやってくれ。そう、そんな感じ。よし」 力のないアリソンの体を二人して半ば立たせるよう支えていた。見かねてアデリーンも手を出す。そしてニトロがアリソンの額に触れ、一言を呟く。 「あ……」 アデリーンの小さな悲鳴。歓喜と、信じがたさ。妹を見つめ、ニトロを見やり。その間にもアリソンは息を吹き返しつつあった。ゆっくりと目を開け、そして自分の体を支えている人を知る。 「お母さん――!」 叫び出し、抱きつく。いまだ彼女は島主の館にいるつもりなのかもしれない。あの場で息絶えた彼女だったのだから。 「アリソン! ごめんね、ごめんね」 「お姉ちゃん! お姉ちゃんだ……お姉ちゃん……!」 母と姉に抱きついて泣くアリソン。ニトロはほっと息をつく。激しい情動を見せられるのは苦手だった。ちょうどいいとばかり意識のない男たちの体を集めておく。このあとにもまだ仕事は嫌と言うほど待っている。 「ニトロ。感謝する。あたしの娘を、無事に帰してくれた」 しばらく経ってからのことだった。ようやく事情を理解し、泣きやんだアリソンを腕に抱いたままのアデリーンを従えたドルシア。珍しくクレールの口許にもほんのりとした笑みが浮かんでいる。彼女もまた安堵したのだろう。 「約束しただろ? 俺はそのとおりにしただけだ」 無言でドルシアは首を振る。守られるとは思えなかった約束、相手は魔術師で、自分は呪師だ。たとえ彼の血を預かっていたとしても、信じ切れなかった。 「これを、返しておくよ」 ドルシアがアデリーンの手から何かを受け取る。そのままニトロに寄越すのかと思いきや、ドルシアはにやりと笑って娘から短刀をも受け取った。 「おい」 あの木の皿だった。ニトロの血が乾いて赤黒くなっている。その上に垂らされたドルシアの血。いやに禍々しい色合いだな、とニトロは顔を顰めた。 「これで貸し借りなしだ」 「律儀な女もいたもんだぜ。俺はあんたに頼みがあるって言ってんだろうが」 「それはそれ、これはこれ、だ。キアランたちのことはあたしの意志でやらせてもらうよ」 小さなドルシアの笑み。ニトロは肩をすくめて木皿を受け取る。こんな重たいものを預けられるのはいい気がしない。もっとも、先に預けたのは自分の方なのだが。 「とりあえず次の仕事にかかるか。アデリーン、支度はできてるのか?」 「えぇ、できています。大丈夫」 「んじゃ、呼ぶか」 ニトロの言葉にアリソンが不思議そうに姉を見やる。それで話していなかった、と気づいた姉が妹にイーサウに行くのだ、と告げていた。それを耳に、ニトロは精神の接触をする。耳飾りの魔法具はいまも容易くマーテルに繋がる。そして新たな人物が現れた。 「って、トリムさんか! ちょっと驚いた」 マーテルが来るとは思っていなかった、彼にはイーサウでやってもらうべき仕事がある。だがよもやトリムほどの魔術師が来るとは想像もしていなかったニトロは思ったより大事になっているな、と内心で顔を顰めた。 「カレンさんに協力を求められてね」 穏やかに微笑む魔術師だった。ほっそりとした、剣の鍛錬とは縁のなさそうな肉体。実際トリムはあまり剣が得手ではない。そのぶん弓の上手で、魔法と組み合わせた彼の射撃は魔導師会でも一二を争う腕だ。 「大陸魔導師会の魔術師、トリム・アイフェイオンと申します。我々とは異なる系譜の魔法を繋いできた方にお目にかかれ光栄です」 優しい笑みだった。その笑みの通りに優しい男でもあった。カレンより少し年上の水系魔術師で、ニトロの尊敬する魔術師の一人。その彼が優雅にドルシアに向けて礼をする。呆気にとられたのだろうドルシアたち。さすがに顔に出たのはアリソンだけだったが。 「……あたしがドルシアだ」 「はじめまして、ドルシアさん。こちらはお嬢さんたち?」 「……弟子でもあるよ」 「なるほど。いさか大変な事態になってしまいましたが、お嬢さん共々骨休めのつもりでイーサウ観光を楽しんでいただければ」 本気で言っているのか、とのドルシアの疑いの眼差し。ニトロははじめから監禁などという話にはならないと言っているだろう、と肩をすくめる。 「イーサウでは我らが総帥、エリナード・カレンがあなたをお待ちしています。魔法談義ができるとそわそわしておりましたよ」 「あたしは――」 「どうぞお気を楽に。お嬢さんがたも観光を楽しんでください。イーサウは山に劣らず美しいところですよ」 本当に、招かれている。呪師ドルシアが悟ったのはこの瞬間だった。ゆっくりとうなずき、そしてトリムに向けて手を差し出す。嬉しそうに微笑んだ魔術師はその手を取ってしっかりと握った。 「トリムさん。なに師匠、待ち構えてるの?」 「もう、どうやってもてなさそう、なにがお好みかと大騒ぎだよ」 「あー。ったく、あの女は……」 がりがりと頭をかきむしったニトロにドルシアが唖然とする。態度より、その言葉に。魔術師の総帥、エリナード・カレンとは女なのかと。魔術師は男しかいないと思っていた。 「これも、時代なのかね」 ぽつりとしたクレールの呟き。そのとおりだ、とドルシアは知らずうなずく。イーサウに行く、と聞いてアリソンが姉に話をせがんでいた。 |