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「おや、物々しい」 屈強な男たちが十数人、港へと向かっていた。 二人はすでに朝一番の船でセヴィルに渡っている。違う神を奉じる神官が肩を並べて布教の旅、というのが面白がられて順調に溶け込んだところだった。 「あれは?」 何食わぬ顔のアーロンだった。集団の中心にいるのだろうドルシアがいまは見えない。それほどの人数で囲まなくとも、と内心で顔を顰めてしまう。 「島主様のところの若い衆さ」 漁師たちはなんでもないことだ、と笑う。その口許が痙攣しているのを二人は見逃さない。なにもはじめから漁師たちの集落に来るつもりはなかった。が、いかにも警戒が厳で鉱山には近づけない。特段に喧嘩を売る必要もないからダモンは漁師たちに話を聞こう、と提案してここにいる。 ――危なくて。 鉱山でも警備の兵でもない。ダモンの腕があれば、正直なところいまの現役を退いた肉体であっても十人や二十人、無力化は容易い。危険なのはアーロンだった。 少女たちを見舞った不幸に双子神の神官は怒りを募らせている。彼が暴走すればニトロの計画が、延いてはすべての計画が泡となる。それだけは避けたいダモンだ。たった一人の正義感で壊してしまうには人命がかかり過ぎている。 「おい、そこの。見かけない顔だな!」 若い衆、と漁師は言ったけれど、どう見ても傭兵崩れだな、とダモンは見てとる。気づいた素振りも見せずに微笑んだ。 「えぇ、朝の船で渡ってきました。エイシャの神官です」 「私は双子神の神官。なにかお咎めがありましょうや?」 アーロンの優雅極まりない態度。街の人間、と見做したのだろう用心棒らしき男が嫌な顔をする。いまアーロンは双子神の神官として、つまり聖娼としての技術を存分に発揮していた。 「……神官殿か。島には面白いものなど何もありませんよ」 「おぉ、なんということを仰せか。ここにはこれほど多くの人々がいるというのに。人ほど愛すべきものはありませんよ。興味深い人々の営みこそ、神々が愛おしむもの」 大仰なアーロンの言葉に男は肩をすくめる。何をしている、と船の方から怒鳴られて、男は慌てて走って行った。これから本土に渡るらしい。 「ここは大勢の人が行き来しますからね、アーロン。みなさんの邪魔になる、ということなのでしょう」 「おや、確かに。それはいけない。移動しましょうか」 「そうですね、漁師さんたちにはお話を聞けましたから、今度は鉱山の方に行ってみませんか?」 芝居上手だ、とアーロンの目が笑う。前歴を考えれば下手なはずはない、とダモンもまた目で笑い返す。 「いや、鉱山の方は……ちょっと」 「ん? 何か問題がありますか? ご迷惑はおかけしないつもりですが」 「いや……あっちは島主様のご家来衆がいらっしゃるから。あんまり近づかない方が」 「いやいや、島主様のお屋敷に先に行かれたらいいんじゃないかね」 「そりゃいいな。お許しをもらってからだったら話でもなんでも大丈夫だ!」 「何せ神官様がたは美男におわす。お嬢様とお話しなすったらええ」 茶化して笑った風な男の声。周囲から上がる笑い声。痙攣するようだ、とダモンは感じる。どこからともなく「そうすりゃあそこの次男坊は帰ってこれるかも」そんな声が聞こえた。二人は聞こえなかったふりをして礼を言う。誰かが呟いた女をたしなめたのだろう、背中を打つような音がした。 「でしたら散策をして、それからお屋敷に伺ってみましょうか」 「それがいいですね、行きましょう、ダモン」 穏やかな、何も知らない神官の顔。漁師たちがばつの悪い顔をして目をそらし、散って行った。 「あの人たちは悪人じゃないんだよ、アーロン」 「わかってはいますよ。気に食わないだけだ」 「そんな態度でどうする。君も神官だろう」 「神官だからこそ、ですよ。どうして他人の不幸を見過ごしてしまうんだ」 嘆くアーロンにダモンはそっと微笑む。その不幸が自分を見舞わないように身を縮めているのだと、アーロンだとてわかってはいる。わかった上で、それでもほんの少し手を差し伸べてほしい、そう願うのはやはり神官だからこそ。 「とりあえず怒りは抑えてくれ。ニトロも暴走するな、とりあえず一度本土に戻るから時間を稼いで合流を待てって」 「……はい!?」 何気なく言ったダモンにアーロンは目を剥く。ゆったりと散策を楽しむ神官を装いつつ、アーロンは口を開け閉めしていた。 「い、いつ!? だって、昨日はそんなこと、言っていなかった!」 アリソンの下から一度ニトロは戻ってきた。一応の無事は確かめた、とドルシアに伝え、翌日の算段を彼女に授けるために。もちろんその場に二人もいたのだが。 そして再び島へと戻った。転移だから一瞬。なにもいま戻ることはない、とは誰も言わなかった。せめてアリソンの近くにいてやりたい。そんなニトロの心を汲んで。 もっとも、ニトロとしては目的はそれだけでもない。ドルシアが娘に会うとき、エヴリルが同席するのは慣例になっていると聞く。ならばその場で少々思考操作をするつもりだった、彼は。相手方に魔法の使い手がいないのならば気づかれる危険も最小限。 だからこそエヴリルはあっさりとドルシアを帰したし、すでにドルシアが姉娘を諾々と差し出す必要がないことにも気づかないまま。ドルシアには逆らわずにいてくれ、と言い含めておいた甲斐がある、とニトロが安堵していたのはまだ誰も知らない。 「違うよ」 ダモンはのんびりと首を振る。アーロンとて若い、と言うような年齢ではないのだが、さすがに自分と比べれば若さが立つ。そんな彼が可愛いと言えばきっとアーロンは怒るだろう。 「今だよ。さっき、用心棒風のが近づいてきただろう? あのときニトロもいたらしい」 どこにだ。アーロンは愕然とする。姿が見えないのは気にならない。どうせそのような魔法があるに決まっている。アリソンのところにもそうして潜入したに違いないニトロだ。 だがしかし、自分に気づかせずにいたとは。姿を隠しただけではないのか。気配まで消えているものなのか。まったくわからなかったアーロンは唖然とするばかり。 「ダモンさんは、気がついた?」 「そりゃね。僕は異常には敏感であるように鍛えているから」 昔も、いまも。以前は暗殺者として。いまはエイシャの神官として。魔力のない平神官であるダモンではあるけれど、エイシャの神官である以上、ある程度以上の戦いはこなす。 「もっとも、どこにいるかまでは、わからなかったな。ちょっと悔しい。気がついたら袖口に伝言が入ってた」 「はい!?」 「アーロン。そんなに驚くものじゃないよ。せっかくの美貌が台無しだ」 からかうダモンにアーロンは感嘆し続けていた。鍛錬が違う。この旅においてそれは感じていた。が、いままた。無言で首を振るアーロンにダモンは微笑んでいた。 「適当に時間を潰していれば合流するって言ってきてるから。僕たちは普通に布教をしていればいいと思うよ」 「でも、ダモンさん。どうやって、合流を?」 狭い島とはいえ、足で歩けば結構な距離があるのは当然というもの。まして場所も時間も決めていなくては行き違ってしまわないとも限らない。懸念するアーロンにダモンは軽く右袖をめくって見せた。 「これを作ったのはニトロなんだよ。知ってた?」 美しい腕輪だった。ダモンが肌身離さず大事にしているのは知っていたが、製作者がニトロとまでは知らなかった。少し、妬けてしまう。友人、と言い合う二人ではある。ダモンにはティアンという大切な伴侶がいる。それでも。 「そんなんじゃないよ? これは鞘なんだよ」 「鞘?」 「そう。鞘。中にはちょっと言いにくい武器が入ってる」 「ダモンさん……。私はあなたを知らなすぎたのかな?」 「どうだろうね? 暗器なんか人に言うものでもないし。別にいいかと思うけれど」 肩をすくめたダモンに暗器だったのか、とアーロンは目を瞬く。腕輪に偽装された鞘に入っている、というのだから紛れもなく暗器だというのに、今更だった。 「見たこと、なかったから。さすがにちょっと動揺しますよ」 「見せたことないからね。見た人はたいてい死んでるか、死んでも口を開かない気分になってるか、どっちかだから」 「……それ、笑顔で言わないでほしいな。ちょっと怖いから」 「あぁ、ごめん」 「こんな時、ダモンさんがニトロの友達なんだと私は思う」 「ニトロは怖くないだろう?」 問題は実はそこにあるのだ、とニトロではなくダモンの方が気づいている。誰にでもそれなりに優しく、誰にであっても変わらない態度。率直で、ぶっきらぼう。それでいて約束は絶対に守る。意外と誠実な男、と周囲に思われているニトロ。違うと、ニトロ自身とダモンは知っている。現象として間違ってはいない。が、ニトロがそうありたいとしてやっているわけではない。「それが人間社会の通例だ」としてニトロが選んできた選択の結果が、周囲に評価されているだけ。 「ニトロは、虐げられた子供が嫌いと言うでしょう? あれは彼の優しさの表れなんだと私は思う。本人はそうじゃないと言うけれど」 くつくつと笑いながらアーロンは満足げ。これではニトロが苦い顔をするのも当然だとダモンは思う。それでもなおアーロンを突き放すことができないニトロ。それこそが彼の弱さで優しいところだ、とダモンは思う。 ――生きるのに苦労する男だよ、君も。 この自分にそんなことを言われるニトロという男を思う。知り合ったころは頼もしいばかりであった友人。いまはできる限り支えたいと思う。人間嫌いで社交が苦手な彼のため、せめて心を知る自分が側にいてやりたい。 「あぁ、女将さんたちがいっぱいいるね。少し話をして行こうか」 アーロンに提案をして、話題から離れた。ニトロのいないところで彼の話をし続けるのはよくはないだろう。気づかずアーロンは女たちのところへと向かって行く。 ――せめて、僕がいるよ。ニトロ。君がその意味を知らなくとも。僕は君を支えるよ。君に助けられた僕だから。 内心に呟きつつ、それでも誰かが彼の傍らにあってほしいと願うのは神官だからではなく、たぶんきっとティアンという最愛の伴侶がいるから。ダモンは小さく笑ってアーロンを追った。 |