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そこには四人の魔術師が待っていた。カレンと弟子のデニス。アーウィン・エイメとその弟子マーテル。勢揃いの魔術師たちにニトロが皮肉な笑みを浮かべた。 「なんか御大層だなぁ」 鼻で笑えばカレンがにやりとする。彼女にはそれで弟子の感謝と知れている。甘えているな、一瞬にも満たない間、ニトロは感じたけれど強いて見ないふりをした。 「どう、ニトロ?」 マーテルの問い、準備はできているのかとの。ニトロはそれに笑みを返すだけ。笑顔にマーテルがうなずいた。 「ニトロ君、悪いわね」 ふ、とエイメが言った。なんのことだ、と首をかしげるニトロ同様、キアランまでそうしている。首をひねる狼が面白かったのかシアンが笑った。 「アーロンをお願いするわ。面倒をかけてごめんなさいね」 「なんだ……そんなことか。気にしないでください。巻き込んだのは俺の方ですよ。むしろエイメさんに謝んなきゃって思ってたのに」 くい、と袖口が噛まれた。傍らのシアンも同じように見上げてくる。親子してそんなことをしなくとも、とニトロは笑う。妙なところで似ているな、とも。 「言ってなかったか? アーロンはエイメさんの息子だぜ」 「え……そうなの? お母さんに……見えないね。あ……ごめんなさい」 「あら? 気にしないで。私は魔術師だもの。息子といまでは同じくらいに見えちゃうものね」 くすりとエイメが笑う。母というものが彼にとってどのような存在か、エイメは知っていてあえてはぐらかす。カレンの親友、として紹介されているエイメだ。シアンも慣れはじめている。おかげでそれだけで済んだ。 「お母さんは心配性だから。私がニトロを守りますよ、大丈夫」 「はぁ? おとなしく守られとけよこの暴走神官!」 「誰が暴走神官だって?」 にこりと笑ったアーロンにキアランがそっぽを向く。なんのことだと不思議そうだったのがティアンで、なるほどと納得したのがダモン。ニトロはまったく気づかなかった。 「神官二人と学者がセヴィル島の調査と布教ってことにして行くのよね?」 「の、つもりですが」 「心配はないんだと思うけれど……無茶はだめよ、ニトロ君。あなたにもしものことがあったらカレン様が悲しむもの」 「そんな可愛い女でもないでしょうが」 「憎まれ口を叩いちゃって。可愛いものね、ニトロ君」 「お前から見るとこれも可愛いのか? 私はむかつくだけだけどなぁ」 「そんなこと言って。カレン様だってほんとは」 くすくすと笑うエイメに気力が持って行かれそうなニトロだった。が、生憎と慣れている。思わずマーテルと顔を見合わせてしまった。 「まぁ、私たちは大丈夫ですから。マーテル兄さん、母を頼みます」 「あいよ、任せて」 頭を下げたアーロンにマーテルが頼もしくうなずく。みなして旅立ちの確認をしているだけだった。デニスが何やかにやとニトロに言い、いい加減にうなずくニトロを叩いたり、ティアンがダモンとの別れを惜しんだり。そんなときだった、キアランが無言で再び袖口を噛んだのは。 「うん?」 ――呪師を、探しにも行くんですよね、ニトロ。 「その予定だけど。っつか、それが俺としては主要目的だけど?」 ――でしたら。 一度キアランは言葉を切る。迷っているようでもあった。ちらりとシアンを見上げ、まだ彼は迷う。いまは魔術師がごろごろといるおかげでシアンを気にせずにニトロと会話をしていられた。デニスがキアランの声を中継し、シアンに伝えている。さすがに会話をしながら同時に通訳はできないニトロとしてはありがたい。 そのぶん、シアンに伝わる懸念か、とニトロは気づく。大丈夫だ、と何気なく狼の頭を叩いた。決心がついたのかどうか。諦めたのかもしれない。 ――山に、祖母がいます。小屋にいるかどうかは……僕にもわからないけれど、探してみてください。 「あんたの祖母ちゃんを?」 ――狼にとって山は住処です。呪師ドルシアがどこにいるかも、わかるはずですから。 「なるほどな。そりゃありがたい」 「ね……父さま。父さまのお祖母ちゃん? 僕の曾お祖母ちゃん? なんで元気だって、教えてくれなかったの?」 シアンのぽつりとした言葉。キアランが息を飲んだのを感じていた。言葉を探しているのではない、言いたくても、言うべき言葉を持たないキアランと気づいてしまったのはニトロ。溜息をついてシアンを抱き寄せる。 「親父さんはな、お前が仲間外れだって寂しがるんじゃないかって気にしてたんだよ」 「僕が狼になれないから?」 「親父さんはそっちの方がよかったって思ってるんだぞ?」 「僕は父さまと一緒がよかったのに」 「――だ、そうだが?」 にやにやとするニトロをカレンが意外と優しい眼差しで見ていた。気づいたエイメがそっと寄り添う。本当に子供には優しくできると思っているのかもしれない。 ――僕は、シアンには元気でいてほしい。そう思っているよ。 「僕は父さまと一緒に山を走ったりしてみたかったよ」 ――いずれできる。心配しないで、ニトロたちにお任せしような。 「……ん」 晴れやかに微笑むシアン。ニトロは何も言わずに笑っていた。ダモンも、アーロンも。みながシアンを見守っていた。視線に気づいたのだろうシアンが恥ずかしそうに目を伏せるまで。 「シアン。お前、可愛いなぁ」 つい言葉が零れてしまった。ぎゅっと抱き締めてしまったのをカレンが耐え切れなかった様子で笑い出す。 「笑うこたぁねぇでしょ!?」 「いやいや、お前がガキを可愛がってんのを見るとな、色々とな」 「ちゃんと一門の教えは守られてるって、カレン様。嬉しいのよ。ニトロ君」 ひょい、と狼が見上げてくる。たいしたことではないのに、こうして改めて言わねばならないと妙に気恥ずかしい。 「アイフェイオン一門はね、子供たちを大事にするんだ。子供は一人では生きてはいかれない。生きていかれるまで育てるのは大人の役目だってね」 デニスの偉そうな言葉をカレンが笑う。それでいて立派になった弟子を喜んでもいる風情。中々面倒な女だ、とニトロは内心で肩をすくめた。 「私らはアイフェイオン一門氷帝派なわけだがな。いまのは氷帝フェリクス師の言葉さ。誰よりも子供たちを慈しむお人だったらしいからな」 「別にフェリクス師がどうのじゃねぇですよ。みんな知ってるでしょうが。俺は酷い目にあってるガキが大嫌いなだけです」 だからそんな子供をなくしたい。できることならばこの世から失くしてしまいたい。そうはできないから、せめて手が届いたときだけでも救い上げたい。子供本人のためではなく、完全に自己満足だ、ニトロのそれは。過去を思い出すせいで、そんなものを見たくない、それに過ぎない。 「ま、お前の思いがどうであれ、助けられてるやつはいるからな。それでいいだろ」 「別に助けてるつもりもないですけどね! そろそろ行きますよ、もう!」 「あ……待って、ニトロ」 まだ腕の中にいたシアンだった。ニトロの腕に包まれて、まるで兄と共にいるような気がするのかシアンは心地よさげ。旅立ちに押し戻され、不満げなのかと思いきや意外にも年相応の顔をしていた。 「あのね……忙しくって大変だとは思うの」 「気にすんな。なんだ、兄ちゃんに言ってみな」 悪戯っぽいニトロの言葉にデニスが我が目を疑うと言わんばかりの目。そちらを一睨みすればアーロンが片目をつぶる。 「あのね、僕のおうちを、見てきてくれないかなっ……て」 それは島主の屋敷、という意味ではないだろう。そもそもシアンは母と共に暮らしたことは一度もない。 「廃坑道の行き方はきっと、誰かが知ってると思うから」 うつむいたシアンにニトロは言葉もない。言いたいことがわかってしまった。だからこそ、あえて笑う。大丈夫だ、心配するなと。内心では激しい怒りのやり場を持て余しているというのに。 「時間? そんなもんは作るし心配なんかするんじゃねぇよ。子供は大人に甘えてな。いい子で親父さんと遊んで待ってろよ?」 「……うん、ありがと。ニトロ」 もう一度抱き締めればほっとしたシアン。儚いような笑みがニトロは怖い。だからこそもう一度抱き締める。 「……なんだ? おっさんも抱っこしてほしいのかよ?」 ――ニトロ! 僕は! 「父さまもニトロが大好き? 僕も大好きなの!」 なんとも言いがたげな狼、という世にも珍しいものを見てしまったニトロは思わず吹き出す。おかげで少し、気分がよくなった。 「ほれ、シアン。父さまをぎゅっとしてやんな。親父さんは俺ばっかりシアンと遊んでるから拗ねてんだよ」 「なんだ、そうだったの? 父さま!」 床に膝をつき、狼を抱き締めるシアン。険しい顔をしてニトロを見上げているのに、尻尾だけは喜びに打ち振っていては台無しだった。 ――ニトロ。 「悪い、笑いすぎたわ」 ――気にせずに、とまでは言いませんが。そうではなく。僕の毛を持って行ってくれませんか。 「ん?」 ――祖母のクレールに渡してください。それであなたと僕が知り合いだとわかるはずです。あと道順ですが。 キアランがシアンの腕に喜びを隠そうと必死のまま話していた。淡々としたふりをしているものだから普段より思考が乱れがちでニトロも苦労をする。が、おかげで漏れ出るものも多いからキアランの言葉以上に道順がはっきりと理解ができたのはありがたい。 「あいよ、了解。婆様に伝言は? あと、島の親父さんも元気なんだよな?」 ――祖母には僕らは元気だ、と。父は、そっとしておいてやってください。島の男とはそういうものです。 再びわかった、とニトロはうなずく。それで旅立ち前にすべき話はすべて終わった。まだまだ話していたい、そうキアラン父子が感じていたのだとしても。 「じゃ、行ってくるわ。師匠、よろしくお願いします」 あいよ、と片手を上げたカレンの前、ニトロの詠唱と共にダモンもアーロンも姿を消した。 |