夢のあとさき



 「闇の手」と呼ばれる暗殺結社がイーサウの魔法学院を襲った。事件そのものは発覚と同時に解決してしまっていたようなもの。たった一人の犠牲をもって。
 けれど魔法学院の教師たちのみならず、イーサウ在住の魔術師にそれは衝撃をもたらした。暗殺結社などというものが存在するのか、と驚いた魔術師は少数。大多数の魔術師は暗殺者が幼い子供であり、それを利用した結社に憤りを持つ。
「舐められたもんだな」
 さすがに魔法学院だけの問題ではなかった。アリルカ在住のイメル、エリナード、ミスティまで呼び寄せての大反攻がはじまる。魔術師の大同盟、最初期の四導師が勢揃いした形だった。
「暗殺者は魔術師がいるからイーサウでは仕事がしにくい、と言った由。結構。あなたがたの存在はこれ以上ない安全保障ということになる」
 エリナードがイーサウに住まいするようになってから築き上げてきた関係が効いていた。イーサウ首脳部は全面的に魔術師を補助する。物資、資金、いずれもほぼ使い放題だった。
「こっちで面倒見れるとこはやる」
「では我々は表立って潰しましょうか」
「猫の手、使わせてもらうぜ」
 エリナードは少し申し訳なく思いつつ傭兵隊「幸運の黒猫」を巻き込んだ。隊員が二人ばかりアリルカで暮らしている。その縁もあってのことだった。アリルカに暮らして数年は経つその二人も喜んで手を貸してくれることになった。
「カレンに借りを返せるいい機会だ」
 貸したなど思ってもいないだろうカレンに彼はそう言ったらしい。結局、二人は傭兵隊に復帰し、情報工作に後方支援にと大活躍だった。
 イーサウ首脳部はその情報をもって魔術師が手を出せない、表の顔のある人間を潰して回った。
「暗殺しちまえば早いんだけどよ」
「師匠!」
「やったらこっちが堕ちるからな。やらねぇよ」
 ふん、と鼻を鳴らしたエリナード。本当だったらやりたかったのではないだろうかとカレンはいまもまだ疑っている。子供が被害に遭った、それにエリナードは激していた。
「できることなら一人ずつぶっ殺してまわりてぇけどよ。それをやると今後の魔術師が迷惑するからな」
「私も迷惑ですからね?」
「お前が迷惑こうむろうが知ったことかよ」
 そんなことを言いつつエリナードはカレンの言葉は容れる、とその場の誰もが知っていた。ここには最初の四導師、結局は星花宮の同期であった四人がいる。エリナードの過激発言もそのせいだった。
「できれば、全部潰したかったがな……」
 猫の情報網をもってしても本拠地がわからなかった。こんなことは非常に珍しい。そもそも「闇の手」は昔から聞かれている暗殺結社の名だ。
「いい加減、本拠地くらいばれてそうなもんだけどな」
「ばれていないから、いままで存続している、とも言うだろう」
 ミスティの言にエリナードが嫌な顔をする。本当のことを言うな、というところか。カレンはそっと忍び笑いを漏らしていた。性格が合わないと言いつつ、相性は悪くない二人だった。
「お前、覚えがあるだろう?」
 ミスティの仄めかしにエリナードははっきりと顔を顰める。思い出させるな、と。それにイメルが不思議そうに首をかしげた。ついでのよう、オーランドも眼差しを向ける。話していい話ならば聞かせろ、と。
「俺とミスティがかかわった暗殺未遂事件があってよ。それもたぶん、動いてたのは闇の手だろうさって話」
「未遂ではない、エリナード。実行はされた」
「あぁ、そうだったな。こっちで処理して未遂で誤魔化したんだったっけ」
「ちょっと待って、なんの話!?」
 イメルの悲鳴にオーランドがぽんぽん、と彼の肩を叩く。本拠地こそ見つからなかったものの、ようやく沈静化した騒ぎがそんなくつろいだ雰囲気を生んでいた。カレンは四導師の給仕をしつつほっとしている。体の自由が利かない師だというのに、こんなときは率先して働く師でもある。心配だと言えば馬鹿にするなと言い返されるだろう、それでも。
「他言無用……じゃなくてもいいか。関係者は全員墓の中だしな」
「まだお前たちだけがアイフェイオンを名乗っていたころだな」
 それはずいぶんと昔の話だ、とイメルはオーランドと顔を見合わせる。少し年上のミスティはともかく、他の三人はまだ三十代のころではないだろうか。
「我々二人で騎士団に出向したことがあってな」
「そこに先代国王の庶子の子って騎士がいてよ」
「……は?」
「ちなみに当時の王子の名前はアレクサンダーって言うんだけどよ。はい、イメル。この騎士さん、どうなると思うよ?」
 悪戯っぽいエリナードの問いにイメルが青くなる。オーランドは相変わらず無言のまま自らの手指で首を絞めて見せた。そのとおり、とエリナードとミスティがうなずく。
「で、また具合の悪いことにな。この騎士さんの無二の友……っつーか、結局この二人は後々くっつくんだけどよ。お友達の騎士ってのが」
「公爵家の嫡子だった」
「そろそろ理解を放り投げてもいい?」
「別にいいぜ?」
 にやりとすればイメルの慌てた顔。吟遊詩人だけあって話は聞きたいらしい。もっともイメルも分別を身につけた。これを歌にすることは決してない。
「しかもな、嫡子殿の母親ってのは国王の妹君。さて?」
 再びオーランドが同じ仕種をする。嘆かわしいことだったけれど、それが当時の事実だった。そしてイメルとオーランドは顔を見合わせる。少しも知らなかった二人だった。
「この二人が狙われててな。師匠が騎士団との訓練をいいことに俺を護衛につけたんだ」
「私は完全に巻き込まれたが」
「別にいいだろ? 腕は上がっただろうが」
「問題はそこではないと思うんだがな!」
 声を高めたミスティに、カレンは内心で同意してしまっていた。時折自分の師がわからなくなる。が、呆れていると言った方が正しいような気もした。
「庶孫さんが殺されたのは――殺された体にしたってことだけどよ、近衛との訓練の最中だった」
 事のあらましを語れば、オーランドが顔を顰める。彼には何があったか見当がついたのだろう。そちらにエリナードはうなずく。
「魔剣が使われたからな。そっちから調べててよ。それがたぶん、闇の手絡みだ」
「師匠が身元を洗ったらしいんだがな。養子養子養子、と経由してて本来がどういう身分だったのか、わからなかったらしい」
「――近衛」
 オーランドの短いにもほどがある問い。それでも長い付き合いの彼らには通じた。そんな四人を見ているのがカレンは好きだ。時折はじまる魔法談義を聞いているよりずっと楽しい、そんなことまで思う日もある。
「だよな? 近衛騎士の身元がわかんねぇってなあり得ねぇだろ」
「だが、事実あった。なぜか。絡んでたのが――ホーンウィッツ伯爵家だったからだ。イメルは、覚えがある名ではないか?」
「……ある! あるよ!? なに、そこに来るの!」
「まぁ、師匠が教えてくれなかったからな。憶測の類ではあるけどよ。ホーンウィッツが闇の手に依頼をしたってとこだろうよ」
「アレクサンダー王子を玉座に押し上げるためだけに」
「ほんと、殺っとくんだったわ」
 ぼそりとしたエリナードの言葉。冗談のようで何より重い言葉。エリナードはアレクサンダーのせいで故郷を失っている。親を亡くしている。イメルが無言で彼の手に自分のそれを重ねた。
「まぁ……師匠はあんな男だったからよ。本拠地を知ってりゃカチコミかけてたのは間違いない」
 後悔のようエリナードは首を振り、イメルの手に気づいたのだろう照れて引き抜く。それにイメルの方が恥ずかしそうな顔をした。
「……やりそうだな、それは」
「だろ? で、やってない。つまり師匠にもわからなかったってことだろうさ」
「それってさー。けっこうな無茶じゃない? フェリクス師に見つけられなかったもんを俺たちが見つけるのってさ」
「んなもんは時の運ってこともある。師匠は万能じゃねぇぞ?」
「お前からその言葉を聞くとはな。大人になったものだ」
 しみじみと言うミスティをエリナードの拳が打つ。カレンはとっくに顔を覆っていた。はじめの教導をしてくれたミスティと、己が師とが子供のような殴り合いをはじめてしまっては弟子は目をそらすくらいしかできない。
「ほら、エリナード! カレンが微妙な顔してるだろ! 子供の前で喧嘩はよしなって!」
「あー、イメル師。まったくもっておっしゃる通りなんですが。私も子供と言われて素直にうなずける性格ではなく」
 にやりとするカレンの表情にエリナードとの相似を見てしまってイメルは身を震わせる。水系と風系と。相性は悪くはないはずなのだが、どうにもこの水系師弟三代には敵わない。ひょい、とオーランドが肩をすくめた。
「んー、だな」
 その仕種にエリナードがうなずく。四人の間ではそれでよかっただろうが、カレンにはさっぱりだ。さすがにオーランドはイーサウ在住とはいえ、己の師ほど深い付き合いをしているわけではない。
「お前だ、お前」
「はい?」
 にやにやとするエリナードにカレンは嫌な顔をする。こんなときこの師は決まって面倒を言ってくる。その表情にイメルが懐かしそうな顔をした。かつてフェリクスと共にあったエリナードがよく浮かべていた顔。そして弟子は文句を言いつつ師の言いつけを聞くのだ。どちらの「弟子」も。
「つまりな。師匠が見つけらんなかった本拠地だ」
「それをこれから師匠方が探すって話だったんじゃなかったんですか」
「いままで探してだめだったんだぜ? そりゃ続けるがな」
「だから次の世代に先送り、ということだな。カレン」
「ちょっと待ってください、ミスティ師!?」
 フェリクスにもエリナードにもできなかったことを自分ができるか。問われてもカレンには答えられない。できないとは言いたくない。だが、それにしても。
「言ってんだろうが、時の運ってもんもある。時代ってもんもある」
「あ――」
「気づいたな? そういうこと、だ。魔道を歩いてるとよくある話だろ?」
 どれほど研究を重ね実験を繰り返しても成功しなかったものが世代が変わるだけで結果を見せることがある。大きな差ではない、画期的な方法ではない。微妙な、ほんの少しの差。




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