降臨祭当日になってもエリナードは働いていた。なにぶんこちらはすでに大人だ。子供たちのよう休暇休暇とはしゃぐ気はなかったし、元々子供が苦手なエリナードのこと、イメルのよう彼らと一緒になって遊んでやる気もない。
 結果としていつもと同じようでいて少し違う仕事に励むことになる。それがどこか休暇気分で本人はこの上なく楽しんでいた。
「おう、お前もいたのかよ」
 星花宮に数多ある部屋の一つ、作業室だった。さすがに魔術師たちの離宮だけあって簡易結界こそ張ってあるものの、呪文室とは違い大規模な魔法には耐え得ない。ここは手仕事を主にするための部屋だった。
 そこで見つけたのはオーランド。大きな机の前に構えて仕事をしている。肉体的に優れたオーランドがそうしていると魔術師には見えなくて少し、おかしい。そんな彼がエリナードを認めて目だけで笑った。
「何してんの?」
 手元を覗き込んでエリナードは笑ってしまう。これからするはずのことをすでに彼はしていた。なるほどな、とうなずいてエリナードも準備をする。
「エリナードさん、なにするの?」
 作業室は魔法をほとんど扱わないだけあって子供たちもいた。あれこれと手仕事をして遊んでいたらしい。休暇だというのに熱心なことだった。
「ちょっと付与系の練習で使いすぎたからな。宝石類の補充」
 言いつつオーランドの正面に腰を下ろしエリナードも仕事を広げる。各種宝石の粒がきらきらと光った。それにうっとりとした声を上げるのはやはり女の子が多い。
「あ……綺麗」
 が、そう言ったのは先日街までつき合わされた子供たちの一人、名は確かトリムだったかとエリナードは思い出す。馬車人形を買って喜んでいた男の子だった。
「だろ?」
 オーランドもまたうなずいていた。地系のオーランドにとって宝石貴石は遊び道具のようなもの。いまも磨いたり削ったりと大きな手で忙しい。
「付与?」
 滅多に口を開かないオーランドの短い問い。エリナードは驚くとともに小さく笑う。オーランドの訝しげな感情が伝わってきたせい。そこまでできるのになぜお前はまだ弟子でいる、そう問われた気がした。
「最近はなんでみんなしてさっさと一人前になれって言うかね? 俺は俺で好き勝手弟子でいるってのによ」
 ふふん、と鼻で笑ってエリナードはオーランドから視線を外す。励まされているのかもしれない、ふと思う。イメルは三歳ほど年長だが、オーランドとは一歳しか違わない。違ううちにも入らない彼だったが、実はエリナードと仲のよい同期四人のうち、名を得たのはイメルに次いで早かった。それを誇るでも謙遜するわけでもないオーランド。彼は彼の魔道を。だからこそ、自分は自分の魔道を。互いにそれを確認するような無言のやり取り。
 どこかくすぐったい思いをしつつエリナードは手を止めていない。小粒の宝石を片手に持ち、一言呟いたときにはそれに穴が開いている。飾り玉のできあがりだった。
「付与系は何かと飾り玉、使うからな。できるときに作っとかないと後で誰かが苦労する」
 子供たちに言うような気分だった。聞いていたのだろう、手元を覗く彼らがこくん、とうなずく。これはエリナードが趣味で作るものではなく、星花宮の物。練習で使った分は自分で作り直して足しておく、それが決まりだ。いずれここにいる子供たちもそうやって補充をすることになるだろう。オーランドがそんなエリナードを見やっては喉の奥で笑った。
「ねぇ、エリナードさん」
 手の空いた隙を見計らったトリムだった。ちゃんとそれを見てとれるならば彼の学問は進んでいることになる。そんなことを考えてエリナードは内心で顔を顰める。自分はまだ弟子で、子供たちのそんなことを考える身分ではないというのに。
「おうよ」
 なんだ、と小さな子供を覗き込めば恥ずかしかったのだろう、ぽ、と頬を赤らめる。にやりと笑うオーランドを一睨み。こんな子供に何かを思うような外道ではないとばかりに。こらえきれなかったオーランドがまた声をかすかに上げて笑う。彼は彼で休暇気分を満喫しているらしい。
「ここね、上手に穴が開けられないの。錐で練習してみたんだけど、馬の足だと折れちゃいそうで」
 先日の馬車人形に細工をしたいらしい。どうやら馬の足に穴を開けて可動式にして動力は魔法で、というところか。
「だからね、エリナードさん。手伝ってくれないかなって」
 先ほどの飾り玉を見ていたトリムらしい言い分だった。宝石に穴が開けられるのならばこれくらいどうと言うことはない。
「いいぜ。ここか?」
 トリムは魔法そのものについては問わなかった。なにか考えがあるのだろう。一生懸命になって考えたものを試したい、けれど技量が足らない。ならば補うのは大人の役目、だろうか。
「あと、ここと……ここも」
 それでエリナードにはトリムがどう動かしたくてどのように魔法を組み立てるつもりなのかも見当がつく。言われた通りひょいひょいと穴を開けてやれば感嘆の眼差し。
「いまの……水?」
 さすがに星花宮の子供だった。エリナードの、目視できないはずの魔法がきちんと見えている。確かに水だった。指先に集めたほんのかすかな水滴。それを高速で打ち出し、目標を撃ち抜く。元をただせば戦闘呪文なのだが、意外と生活の役にも立つ。
「すごいな……いつか僕もできるかな? ていうか、絶対やる!」
「ま、頑張れよ」
「うん!」
 今のところは危ないからまだ試すな、とはエリナードは言わない。いずれトリムにも先輩格の魔術師がついて面倒を見ているし、トリムが危険な魔法に手を出そうとすればすぐさま感知して飛んでくる。加えて言えばやっていいこと、できないこと、できてもやってはいけないこと、この区別ができない子供は星花宮にはいない。
「俺もお前もこんな風だったかなぁ?」
 そうだっただろうな、と思いつつエリナードはオーランドに言う。試したいことがいくらでもあって、これから先にやってみたいことで世界は満ちていた。
「――いまもだ」
「あぁ、だな。そりゃそうだ。ガキん時と大して変わってねぇな。やりたいことばっかで手のほうが追いつきゃしねぇよ」
 技量も、時間も。寝る間も惜しんで魔法に励みたい。その先にあるものに気づいたオーランドがにやりとした。
「別に師匠がどうのじゃねぇっつの」
 語るに落ちる、とオーランドの目が笑う。言ってしまってからエリナード自身そう思ったのだからここはもう肩でもすくめるよりないというもの。照れ隠しに空気でも入れ替えようかと窓を開け放てば。
「なんだこりゃ」
 否、見当はつく。今日は降臨祭当日だ。この昔話の魔女の大鍋もかくやとの臭いは間違いなく。エリナードは首を振って何も気づかなかったふりをする。
「エリナードさん、これって?」
 が、子供たちは容赦ない。顔を顰めているもの、笑うもの。いずれも、それでも楽しそうなのが救いと言えば救いか。
「ま、そうだろうな。お前らの想像どおりってやつだ」
 笑いながらまたも肩をすくめる。オーランドが不思議そうな顔をしていた。何を、と問うまでもない。言いたいことはわかっている。
「別に俺は平気だぜ? 中身知ってるし」
 それでもこの臭い。なにをどうしたらこのような臭いになるのかだけは、見当がつかなかった。それからしばらくの間魔法を組み立てるのに苦労するトリムを横目で見つつオーランドと二人仕事に励む。ふとオーランドが目を上げた。
「あぁ、これは趣味の分」
 すでに補充を終え、エリナードは別の宝石を手にしている。逸早く気づいたのはさすが地系というところか。
「なにしてるの、エリナードさん。あ、煙水晶だ。地味だけどそれ好き」
「え、可愛くないよ!」
「そこがいいんじゃん!」
 きゃいきゃいと騒ぐ子供たちに苦笑し、エリナードは煙水晶の一つを手に取る。かすむような揺らめきのある水晶の一種だった。
「ちょっと個人結界の強化に使えねぇかなと思ってよ」
「強化」
「おう。寝てる間でも発動するっつか、常時発動型の個人結界用魔法具の研究ってとこ」
「なら」
「星花宮の道具使えって? 趣味だって言ってんだろうが。趣味って言うより……自衛?」
 首をかしげたエリナードにオーランドが咳き込んだ。笑いすぎたらしい。なんのことだと言わんばかりの子供たちに、これは言っていいことだろうか。ためらった挙句に好奇心の眼差しに負け、エリナードは言葉だけを濁す。
「……俺のベッドに乱入してくるやつがいるからよ。俺は一人で静かに寝てぇの」
「わかった! フェリクス師だ!」
「……おい。いや、あってるけどよ」
 こんな子供にまでそう思われている己の師とはいったい何者なのだろう。エリナードは少し儚い気分にもなる。
「別におとなしく寝ててくれるんだったら隣で寝ようが乗りかかって来ようがいいんだけどよ」
「……いいのか?」
「寝かしてくれんならいい。でもな、オーランドよ。そう言うときの師匠が俺を寝かしてくれると思うか?」
 遺憾ながら、とオーランドが首を振る。その口許が笑いに痙攣しているのだからエリナードもたまらない。実際エリナードの寝台にフェリクスが入り込んでくるとき、と言うのは漏れなくタイラントと喧嘩をして愚痴を言いたいときだ。どうせならば叩き起こしてくれればいいものを、遠慮がちに横で眠るものだからそちらのほうが質が悪いとあの師はいったいいつになったら学習するのか。
「だからか」
「おう。結界張っときゃ、いくら師匠でも――」
「ふうん、僕が何?」
 この悪魔はどこから出現した。たぶん、問うても無駄だ。だからエリナードは引き攣りがちな笑みを浮かべたまま振り返る。
「なんでもないですよ、師匠。秘密の練習中です。だからまだ内緒」
「別にいいけど、エリィ。僕を叩き出そうなんてあなたもいい度胸だね。まぁ試してみたらいいよ。あなたの結界ごとき僕の魔力で破壊するから」
「……わかってんならやるなよこのクソ親父!」
「可愛いエリィ。何か言った?」
 にっこり笑う悪魔にエリナードは力なく笑い返す。タイラントは偉大だと真に思うのはこんなとき。それでもフェリクスはたぶん、励ましている。エリナードの結界の強度向上に貢献してくれてもいる、たぶん。ならばいずれ師が破壊できないだけの結界を作りあげるのが弟子の恩返しかと。




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