ロイのところから去ったあとでも大騒ぎは止まらない。さすがは城下町。いくらでも露店が出ている。そしてさすがはラクルーサの、城下町。人々があれは星花宮の子供たち、と気づいている。おかげで止めることなく騒ぎが大きくなるのだから引率している大人二人はたまらない。 「ま、いいことではあるけどよ」 「どこがだ!」 「なぁ、チェスター。お前もこうやって育ってきたんだろ?」 にやりと言えばチェスターが黙る。彼にも当然に覚えがあることだった。星花宮があるせいだろう、城下町の人々は魔術師に好意的だ。それは生家を出ざるを得なかった子供たちからしてみれば驚異的なほどに。これが王城であると多少は事情が違うのだが。相手が貴族であると権力闘争が絡むせいか魔術師は排斥され易い。庶民にとって魔術師は「便利な道具を作っている人たち」だからかもしれない。魔術の華開くラクルーサの王都ともなれば庶民の間にも魔法具は普及していた。 「俺だってそうだった。お前だってそうだった。あいつらだっておんなじだ。――師匠の努力がわかる気がするよ、俺は」 ごく少数、生家との繋がりが切れていない子供もいる。彼らは後数日もしないうちに一時帰宅をする。待ちに待った降臨祭、年に一度だけの、家族との再会。 けれどここにいる子供たちはいずれも星花宮に残る。生家とはなんのことだと早その年齢にして冷笑する彼ら。エリナードも実感がある。 「……どういう?」 フェリクスの努力、と言われてもチェスターにはぴんと来なかったらしい。そしてそのことにまた苛立ったのだろう。目許が険しい。 「別に俺だけが師匠の秘密を知ってる、とかじゃないぜ?」 意地悪く笑いながら言えばちらりと嫌な顔をした。それでも今年の春先を思えばチェスターも丸くなっている。彼の修行が進んでいる成果なのだろう。いずれ同じ弟子の身、偉そうなことは言えないとエリナードは自戒する。 「いっつもあの人、言ってんだろ? 星花宮が子供たちの家になるようにって」 「それは、言っているけど」 「そう言うこと、だ。家ってのはそれ一軒あってもだめだろ? 社会の中にちゃんとあって、その中に受け入れられてはじめて家なんだろうさ。師匠が星花宮を子供たちの家にするってのはそう言うことだろうと俺は思ってる」 もっともそれをフェリクスに言えばまだまだ考えが甘いね、と笑うことだろう。エリナードは思う。まだなにかは足らない、きっと。それでも外れてはいない確信。あるいは言い当てられて、それでフェリクスは照れくささを隠すためにそう言う。そんな想像までした。 「星花宮が家、か……」 チェスターにも生家はない。もちろんそうらしいというだけでエリナードもよくは知らない。が、降臨祭の時期に生家に戻らないとはそういうことだ。 黙々と歩きはじめたチェスターとは対照的に子供たちはいまだ熱狂し続けている。これでは星花宮に帰ったあと熱でも出すのではないだろうかとエリナードは苦笑してしまう。それほど虚弱な子供はいないが。 「あれ見たい!」 ぱっと走っていくのは男の子。仕方ないな、と笑って追いかける女の子。いずれもが楽しく買い物をしている。 「やっぱ女どもは甘いもんが好きだよな」 帰ればいくらでもあるのに、とエリナードは言わない。言っても無駄だし、たぶん買い物をするという行為そのものが楽しくてたまらない彼ら。大人が水を差すこともない。 「男の子は玩具か。覚えがあるな。……お前も?」 「あるある。んで、あいつらとおんなじことしたわ。やっぱ育ててるのが一緒だしな。ガキも似たような育ちになるか」 「お前と一緒ってのは嫌だな」 いままでは吐き捨てられていた台詞。チェスターは笑って言った。少し彼も変わっている。きっと自分も変わっている。ほんの一年であっても。魔術師としては瞬きのような一年であっても。 「でも、やったろ?」 男の子の一人が買い求めたばかりの玩具に見入っていた。ためつすがめつして真剣な眼差し。二人の大人たちにも覚えがある。 常人の子供ならば買ったばかりの玩具だ、なにより最初に遊びはじめる。けれど星花宮の子供たちは違う。ましてエリナードが見るところ、今ここにいる子供たちは遅かれ早かれ星花宮に正式参入することになるだろう。いまだ訓練中の子供ではあるけれど、いずれは魔術師を目指す子供たち。 「おーおー、真剣な顔しちゃって」 新しく手に入れた玩具。彼らはこれを元にどう工夫するかを考えはじめてしまう。馬車の玩具ならば馬を動かしてみようか、動力はどこから取ろう。御者人形だって鞭を振ったり手を上げたりさせたい。それらを魔法で行うにはいかにすべきか、と。 「ねぇ、エリナードさん」 見れば先ほどロイに頬を染めていた子供だった。そのせいだろう、エリナードに親しみを見せるのは。なんだ、とばかり気安く首をかしげればやはり仄かに嬉しげな顔をする。 「エリナードさんだったら、どうするの?」 「御者人形? 俺だったらこうするかなぁってのはあるけどよ、それをここで教えちまうのはちょっとずるいからな。行き詰ったら教えてやるよ」 「別に参考になんてしないもん!」 「だったらまずお前がどうしたいのかを言えって」 「あ、そっか……」 こくん、とうなずいて考えはじめてしまった子供。チェスターが呆れ顔でこちらを見ていた。 「なんだよ?」 「お前、子供の相手が苦手だ嫌いだ言いながら、けっこううまいと思った」 「げ……。お前に褒められるとすっげぇ気持ち悪い」 「別に褒めてない!」 これでは目の前の子供と同じ、と気づいたチェスターが赤くなった。意外と可愛いところがあるな、とエリナードは感心してしまう。いままでは何くれとなく突きかかられていたおかげで当然にしていい印象がまるでないチェスターだ。 「そんな目で見ても俺は異性愛者だからな!」 「あのなぁ。人を痴漢みてぇに言うんじゃねぇよ。ロイ見ただろうが。俺は面食いだ」 「俺が不細工ってことか!?」 「だからな、チェスターよ。俺に褒められたいのか貶されたいのか、どっちなんだよお前!」 からから笑うエリナード。何事かと振り返った子供たちが一斉に駆け寄ってくる。あっという間に馬車を買った子供が飲み込まれた。 「ほれ」 その腕をひょい、と引いて助けだせば周りの子供がわっと騒ぐ。ずるいずるいと忙しい。今のいままでこの子を忘れて買い物に勤しんでいたとは思えない調子のよさだ。 「どこがだよ? お前ら加減しろっての。こんなちっちゃいの押し退けるやつがいるかよ」 「そんなにちっちゃくない!」 「ん? あぁ、悪い。気にしたか?」 「……エリナードさんは背、高いから……」 「俺だってお前の年頃にはそんなもんだったぜ? 伸びたのは二十歳前だ」 そうなんだ、ときらきらとした子供たちの眼差し。これが実は一番苦手なエリナードだ。こんな無垢な目に見られると居心地が悪くてかなわない。 「そろそろ買いもん、終わったのか? 俺はもう帰りてぇよ。疲れた」 えーだのまだだの文句を垂れながらも子供たちは満足げだ。チェスター一人、疲れ切った顔をしている。不思議だった。 「……お前と話してると疲れるんだ!」 見やった眼差しにさも忌々しげに言われてしまった。それに言い返すより子供が笑いだす。これにはチェスターも観念したのだろう、長い溜息をついていた。それをまた楽しげに子供たちが笑う。くすくすがやがや、忙しいことこの上ない。星花宮に戻る道々もあちらに寄ったりこちらを覗いたり。 「全員揃ってるか? 迷子はいねぇな?」 いるはずがない。だらしなく喋りながら歩いているようできちんとエリナードは周囲を気にしている。なんの拍子に飛び出すかわからない子供たちだ、これほど大勢いると精神の指先でも引っかけておかないことには危なくてかなわない。そんなエリナードにチェスターも評価を改めたらしい。 「いないもん!」 輝かんばかりの明るい声。馬車の男の子だった。近々相談に乗ることになるだろうな、とエリナードは思う。それを厭う気持ちはなかった。自分もそうして育ってきたのだから。 「んじゃ、解散な。ほい、お疲れさん」 「ありがとう、エリナードさん」 「楽しかった!」 「チェスターさんもありがと!」 「また一緒にあそぼ!」 口々に言いながら子供たちがまたも駆け出す。城下町であれほど騒いだというのに元気なものだった。思わず笑い出してしまえばチェスターの不審げな眼差し。顎をしゃくって駆け去る影を指せば納得したのだろう、彼もまた小さく笑う。 「別に一緒に遊んだ覚えはないんだけどな」 「ま、楽しかったんならいいんじゃね?」 「俺は巻き込まれたんだ、お前に」 細かいことを気にするなと言い放つエリナードを冷やかに見やるチェスター。その間にエリナードはフェリクスに帰着の思考を投げておく。あちらからは了解、とほっとしたような気配が返ってきた。 「意外と心配性だよな、師匠も。いや……意外でもなんでもねぇな、うん」 自分で言って自分で笑うエリナードにチェスターが真剣な顔。首をかしげれば一度むつりと彼は唇を噛みしめた。 「ちょっと、聞きたいことがある。……いいか?」 何か真面目な話らしい。道理で子供の引率を嫌がらなかったわけだ、と今更エリナードは納得した。何か機会がないか、狙っていたのだろう。 「ここでいいか?」 この時期、中庭は子供であふれている。正式な降臨祭休暇にはまだ数日あるのだけれど、そわそわとした子供たちを椅子に座らせて学問に励ませるのは非常な困難を伴う。結果としてあり余った元気を発散させるため、中庭で体を動かさせることになる。おかげでリオンをはじめ、肉体の鍛錬に長けている魔術師はこの時期、体重ががくりと落ちる。 よって、いまの星花宮で最も静かな場所の一つが図書室だった。嘆かわしいことこの上ない、と魔術師のエリナードは笑う。 「あぁ」 硬いチェスターの声。平素ならば図書室で談話など人の迷惑でしかないけれど、いまならばなんの問題もないだろう。見渡す限りほとんど人がいない。いてもすでに個人的な結界を張っては外部の音を遮断し研究に打ち込んでいる魔術師ばかりだ。 「少し……聞きたいことが……って、言ったな」 どうしたものか、と苦笑するチェスターと言うのも珍しかった。いままで知っていた彼ならばこれでもかとばかりエリナードに食ってかかってくるものを。 「なぁ、チェスター。今更お前が俺相手に言葉を繕う? 無駄だろ、無駄」 「お前な。それだと俺が――」 「四六時中、顔合わせりゃ贔屓だずるいだ言われてきた俺だぜ? 今更なに言われたって驚かねぇよ」 言えよ、とひらひら顔の前で手を振るエリナード。なぜかほっとしたようなチェスターの吐息。自分でそれに気づいたのだろうチェスターが顔を顰めた。 |