野の花を摘んできては花冠を作る。その間にも少女たちはずっと喋りっぱなしだ。それなのに次々と菓子が消えて行く。いったいどうなっているのやら。向こうでイメルと騒ぐ少年たちの声が聞こえていたけれど、あれに比べても優に倍は喋っている気がする少女たちだった。それでも彼女たちもメリリも楽しそうだ。うるさいが。とにかくエリナードはそれでいいことにする。 「あ、エリナードさん。もしかして見惚れてた?」 なのに目敏い一人がそうやってこちらを笑う。肩でもすくめてやり過ごせばいいだろうに、つい言い返してしまう自分を彼は笑った。彼女たちの年齢の頃の自分を思い返しては。 「ガキに見惚れるほど歪んでねぇよ」 案の定、きゃあきゃあと大騒ぎだ。何がそんなに楽しいのか。思ったけれどこの年頃には確かに自分もなにを見ても楽しかったような気がしないでもない。さすがに少女たちと興味の対象は違ったが。 「酷いなぁ。こんな淑女を捉まえて子供扱いはないじゃない」 「はい? ガキがなに言ってやがる。女扱いされたかったら女になんな」 「もう、女ですけどね」 にやりとして言い返すのはさすが星花宮の子供たち。面目躍如と言ったところか。エリナードとしては苦手な話題でもある。 「でも、ほんと……そろそろ。先のこととか。考えなきゃならないよね。私たちも」 一人が言えば全員が揃って溜息をつく。色々と考えることも思うところもあるのだろう。微笑ましいような気がしてエリナードは内心で笑みを浮かべていた。 「ねぇ、エリナードさん。エリナードさんって、迷ったり、しなかった?」 「何を?」 「だから、訓練終わったらどうしようとか。弟子になれるのかとか。星花宮に残ってその先はどうしようとか」 エリナード自身、いまだ弟子の身ではある。が、まず間違いなく自分はアイフェイオンの名を得て宮廷魔導師となるだろうと思っている。そして衆目一致して、彼はすでに名を得るだけの技量があると見ている。いかにエリナード本人が至らないと言い続けていたとしても。そのせいだろう、彼女たちの魔力も今現在の技術も、見てわかるのは。 「考えたこともねぇな」 「だって、不安じゃなかった? この先、どうなるのかなとか」 「あれでしょ、きっと。魔法が大好きだから、絶対続けて行こうとか。そう言うことなんじゃないんですか?」 茶化してはいるが、言葉の中身自体は真剣だった。そのぶん、彼女たちの迷いが手に取るようエリナードにはわかる。ちらりと見やったメリリは柔らかに微笑んで少女たちを見つめていた。 「別に大好きとかそんなんでもねぇな」 「魔法がなくちゃ生きて行けないとか、そこまで行っちゃってる?」 「それも違うな。あのな……。たとえばだ、息しなきゃ死んじまうから、ちゃんと呼吸は続けなきゃとか、思うか? 思わねぇだろ。俺にとっちゃ魔法ってのはそういうもん。続けて行くも行かねぇもない。俺が俺である限りは歩いて行くだけ」 ただ、それだけだったといまになってもやはり思う。フェリクスから弟子に、と言われた日にはただ喜びだけがあった。師に続いて行くことができる。まだまだ先がある。ただ、それだけ。 「いいよなぁ」 「なにが? いいなって思うんだったらそうすりゃいいだろ。羨むようなものでもねぇわ。星花宮の魔術師はみんなそういうもんだ」 「だからね、そこまで行けるのかなって、それが――」 不安。少女の一人が言ったことに、みながこくりとうなずいた。エリナードには、その不安が想像だけは、できる。実際には、わからない。彼は力ある魔術師だ、すでに。名ばかりの弟子であるだけ。彼女たちはおそらく彼ほどの場所には到達できない。それが見てとれていた。 「そう思うんだったら、やめとけ。びくびくしながら続けて行けるようなもんでもねぇぞ」 「でも、そうしたら今度はどうやって生きて行こうって、そういう話になるじゃないですか」 「だよね。正直嫁の貰い手もないって言うか」 「言わないでよ、もう!」 実感があるのだかないのだか。騒ぐ少女にエリナードは苦笑する。が、事実だとも思わないでもない。彼女たちは魔力があるからこそ、ここにいる。そして魔力を持つ人間を忌避するものは大勢いる。男ならば一人で生きて行くことが可能でも、女の身でそれはずいぶんな困難が伴う。 「嫁さんになりたかったら同僚とっ捕まえりゃいいだろうが。男ばっかなんだから腐るほどいるだろ。選び放題だろうが。まぁ、お前らが異性愛者だって前提だったらだけどよ」 「んー、たぶんそう。女の子といるのは楽しいけど、好きなのは違うかなぁ」 そうだそうだとまたもお喋りの嵐。誰がいい、彼が嫌い。エリナードとしては聞いていい話なのかどうか迷うところ。が、さほど真剣な話題でもないらしい。聞き流しながら手すさびに花冠を編めばメリリが楽しそうにこちらを向いて微笑んでいた。 「私……結婚に逃げるのもちょっと違うかなって、思う」 ぽつん、と一人が言った。メリリが興味深そうに、けれど優しい眼差し。慈愛とはこう言う目のことだな、とエリナードは内心で溜息をつく。できれば彼女たちが気づきませんように、誰に祈ってもいいのかわからなかったから本人に心の中で嘆願した。 「なら、とりあえず弟子になって、続けて行くのも手は手だぜ? ――ただ、お前らはまだ、いまなら常人の世界に戻れる。いまだったら、いつまで経っても若々しいって言われる程度で済む。この先魔道を歩くなら、お前らは魔術師の生き方をすることになるぞ」 「若々しいのは、いいと思うけど……」 「馬鹿言うんじゃねぇよ。俺を幾つだと思ってる。それこそメリリなんか末娘でもおかしくない年だぜ? それでも、俺は一生死ぬまでこの面だ。常人と恋愛なんざできなくなるぞ」 「あ……」 「自分一人、時間が止まったような見た目のまんまだ。連れ合い一人が老けてくぞ。そういう、生き方になるってのは、覚えときな」 「なんか実感ありそう……」 「あるっての。最近それで別れたばっかだっつーの」 幸い涙の別れではなかった。お互いに納得して、いまでもいささか奇妙な「友人づきあい」は続いている。それでも同じ道は歩けない、と悟った。 エリナードのぼそりとした告白に彼女たちは一瞬息を飲む。普段だったら寸刻おかず茶化されるものを。それだけ彼女たちにも思うところがあるのだろう。 「ま、だから捕まえるんだったら同僚がおすすめだ。俺の知ってるやつでも夫婦で薬草師と魔法の鑑定士してるのがいるぜ」 「それってなんか……。所詮女は薬草師ってことでしょ」 「馬鹿言ってんじゃねぇよ。薬草師なのは男のほう。お前な、仮にも星花宮で訓練しといてその言い草はねぇだろうが。男も女もねぇの」 「でも女のくせにとか、私たちさんざん言われてるし」 「言ったやつら、どうなってる? 思い出してみな。いまも残ってる野郎どもの中にいるか? その手の輩はとっくに星花宮から消えてんだろ。年下のガキどもが言うことだったらまた馬鹿がなんか言ってらって鼻で笑ってりゃいいんだ」 「ん……。ごめんなさい」 「謝るなっての。別に詫びられるようなことはされてねぇよ。まぁな、女のお前らは男の俺にはわかんねぇ不自由もあるだろうしよ。その辺は師匠たちに言えよ。理に適ってりゃ改善はしてくれる」 「我が儘だったらだめってことかー。厳しいよね」 くすくすと笑う少女たち。少し、気が楽になったらしい。エリナードもまた、ほんのりと喜びを覚えないでもない。自分の後輩に当たる彼女たちの力になれたかと思えば。もっとも、なにをどうしても苦手だったが。口数がいつもより多いのはきっとそのせいだ。 「ほんとね、男の子たちに色々言われるの、面倒くさいわ」 「ちょっとおめかししたらすぐ女は云々だもん。ただ自分で可愛い格好がしたかっただけ、とか思わないんだよね。あいつら」 「そうそう。すぐ嫁に行けとか俺の女になるかとか。そんなのばっかり。馬鹿じゃないの。ねぇ、エリナードさんはそんなこと……って男の人だったわ!」 女性に対して淡い夢など持ってはいなかったけれど、なにがしかの幻想はあったらしい。がらがらと崩れていく音が聞こえるほどげらげら彼女たちは笑う。 「いじめられはしたけどな」 小さな溜息。慰めるのか、メリリがそっと手に触れてくる。その口許が笑っていたから、少女たちに感化されているのかもしれないが。 「え、そうなの!? なんでなんで」 「そりゃ、俺が可愛い子供だったから? 女みたいな顔なんだからどうのって、お前らにゃ言えないようなことも言われたしよ。女みたいな名前って言われたこともあったっけなぁ」 フェリクスのせいではある。が、エリナードは彼が呼ぶ「エリィ」と言う名を拒んだことは一度もない。彼だけが、そう呼ぶから。無論、その愛称で呼んだ余人は一人残らず叩きのめしてきたエリナードだ。 「自分で可愛いって言う? でも、すっごい可愛かったかも」 「女の子みたいって言われたのも、わかるかなぁ。――そんなとき、どうしたの」 「言い返すだけだろ、当然。お前ら、それをうちの師匠に向かって言えって言うだけだ。あの人だって成人男性としちゃ立派に可愛い部類だろうが。師匠に言えるんだったら俺も殊勝に聞いてやるよ」 ふん、と鼻を鳴らした。いずれもフェリクス相手には決して言えないのだから。ならばそれは感想ではなく暴言だ。エリナードは自信を持ってそう言う。その頬が引き攣り、少女たちが笑いをこらえる。 「なに、僕がそんなに可愛いの? あなたに可愛いって言われるのはさすがにどうかと思うんだけど。可愛いエリィ?」 背後からおぶさるよう、フェリクスが首に腕を投げかけてきていた。すらりとした腕がまわってきているのに、エリナードは溜息をつく。わずかに振り返れば、猫のように笑うフェリクスがいた。 「話の途中だけで話題に参加しないでくださいよ。俺が可愛いって言ってるんじゃないですから」 どこからかフェリクスは見ていたのだろう。メリリとすごす間も師の眼差しを感じ続けていたエリナードだった。少女たちも加わって、ついに我慢できなくなったか、彼は。 「でもあなた、僕のことが大好きじゃない?」 「そう言う誤解を招くようなこと言って、楽しいですか?」 呆れたエリナードにフェリクスが莞爾とする。楽しいよ、と目が笑う。もうどうにでもなれ、と言う気分だった。何気なくつい、とフェリクスの腕を引く。 少女たちが歓声を上げた。意味がわからない。弟子の溜息など知ったことかと、すっぽりと膝の中に収まったフェリクスがエリナードを見上げて笑っていた。 |