スタンフォードの家は貴族としては破格に風変わりなだけあって、本来ならば晩餐に子供の同席などあり得ないというのに当たり前のよう、メリリの席まで用意してあった。そもそも当主のキャラウェイからして上座ではなく双子で並んで客の正面にいるのだからこういう家風だと言い張ってもいいのかもしれない、エリナードは思わず笑みを浮かべる。 「切れるか?」 イメルとエリナードに挟まれたメリリだった。さすがにまだ小さな女の子だ。上手に食器を操る、と言うわけには中々いかない。セルマが心を砕いてくれたのだろう、大人よりずっと少なく小さく切られた料理が皿に乗っていたけれど、それでも難しそうだった。 「貸してみな」 不作法ではある。が、エリナードの向かいでは双子がくすくすと笑いながら互いに食べさせあったりしているのだ。星花宮の魔術師としてはいい加減に見慣れた景色でもある。おかげでエリナードも気にせずメリリの肉を切り分けてやったりできる。皿を彼女の前に戻せば、イメルが笑いをこらえて肩を震わせていた。 「なんだよ?」 言いたいことがあるならば言えばいいだろう、と鼻を鳴らすエリナードにこらえきれなかったのはユージンだった。双子に並んであれこれと世話を焼いていた彼なのに、メリリのことも気にかけてくれていたらしい。心底世話好きな男だと思う。 「いや……、意外と手慣れているな、と思ってな。すまん」 「あれですよねー。エリナードが小さな子の世話焼いてるとか、ありえないでしょ。意外とか、もうそう言う問題じゃない」 実に面白そうに言うイメルに物でもぶつけたい。さすがにエリナードも慎んだが。こんな食卓ではあったけれど、室内の下座では騎士たちが食事をしている。星花宮の遠足がはじまった当時には考えられないことだったけれど、今ではこの男爵家にも騎士たちが数人いた。あまり出世や何やらに興味がない者たちばかりなのだろう、和やかで大らかだ。その彼らの前で醜態をさらしたいとはエリナードも思わない。 「師匠のせいですよ。……おかげ、かな? 俺だって子供の時にこうやって世話焼かれたんだから。覚えてますよ、色々と」 メリリがじっと見上げてくる。それからことり、と首をかしげた。まるで幸せだった、と尋ねているかのよう。 「……メリリの想像に任せる」 ぼそりと言えば子供相手に何を言っていると笑うイメル。真実が暴露されたとき、彼がどう反応するのか、今から非常に楽しみなエリナードだ。そうでも思っていなければ正気が保てそうにない。 双子はイメルとエリナードをもてなそうとしてくれているのだろう、様々な話題が食卓を飛び交う。そのいずれもが軽い話題で、深刻なものなど欠片もなかった。エリナードはなぜか自分一人メリリの世話を焼きながら時に答え、時にイメルの補足をする。キャラウェイもディルもそれを楽しく聞いてくれていた。 「あちらに移ろうか。少し酒でも付き合え。……あぁ、メリリはそろそろ眠った方がいいか?」 キャラウェイが居間へと誘うのにメリリは首を振る。それからきゅっとエリナードの服を掴んだ。そして彼を見上げては顔を窺う。 「まぁ、いいんじゃないか。眠くなったら部屋まで連れて行ってやる」 言えばふんわりと彼女は笑った。この世の幸せは自分のもの、そんな表情で笑われてしまったらエリナードですら危ない。イメルなどもうとろとろに蕩けていた。 「お嬢さんにはこちらがよろしいわね。お菓子もありますよ」 居間にはセルマが酒の支度をしてくれていた。メリリに、と言って特別に温かい牛乳と甘い菓子まで添えてくれている。それにも彼女は嬉しそう。エリナードに大きな椅子に座らせてもらっては菓子を手にしてご満悦。 「まるで女王陛下だな、メリリは」 小さくキャラウェイが笑ったらしい。大袈裟に一礼するのはディルのほう。苦笑して寒くないように、とユージンが彼女に薄い膝掛けを広げてやった。 「あぁ、そうだ。忘れてた」 注いでもらった酒を手にエリナードは呟く。キャラウェイの好みらしい少しばかり強い酒は非常に甘い。まるで食後の菓子のよう。 「キャラウェイ卿。これ、うちの塔で見つけたんですが、お家で使えませんかね」 そう言ってエリナードはどこからともなく幾葉かの紙を差し出す。そこにはびっしりと書き込まれた文字と図案が。キャラウェイはなんのことだと首をかしげ、ディルはさすがに銀細工職人だけあって興味深そうにそれを見つめる。 「物はこれなんですけど」 続いてエリナードが差し出したのは星花宮の二人の部屋でイメルが見たあのレースに似たものだった。さすがにもっとずっと小さくて、一枚一枚が手のひら大。それでも精緻な模様が編み出されていた。 「あぁ、綺麗なものだな。これを?」 「元はうちの前世代の魔術師の連れ合いが編んでたものらしいんですが、卿のところは羊毛用の牧羊が盛んでしょ。レースの編み手にうまいのが何人もいるって聞いてましたし。だったら使えないかな、と」 「それは確かに何人もいる。だが、いいのか?」 「魔術師の塔にあっても頻繁に使うわけでもないですしね。だったら必要な人に使ってもらった方がいいだろう、と師匠が」 フェリクスの指示だ、と言ってエリナードは小さく笑った。少しばかり照れくさげで、彼がどれほどその師を尊敬しているのかが誰にでも伝わってくる。小さな小さなメリリにまで。 「ちなみに半エルフの模様ですが、気にします?」 そう、エリナードは言いながらちらりとイメルを見やった。まるでもう答えはわかっているのだからお前もきちんと見ておけと言うように。現にキャラウェイは彼にしては珍しく大きく声を上げては、笑い飛ばした。 「気にする? なにをどう気にすればいいのか、私にはわからんな、エリナード。そもそも半エルフに知り人がいない。知り合いでもないものを嫌うことはできないぞ」 「もしいたらどうします?」 「それはそのときだろう。気の合う相手かもしれないし、そうではないかもしれない。そんなものは人であっても同じこと」 「エリナード君はわかってると思うけど、キャルはお父上と死ぬほど折り合いが悪いからね。会えばお互いに心の中で死ねって言いかねないような仲だし」 そんなことはしてほしくないのだけれど、ディルは言い添えたけれどキャラウェイは目で笑ってはそのとおり、と同意してしまっている。ユージンは処置なしと肩をすくめるが、だからこそ行動に移していないとだけは理解できた。 「別にキャルとお父上は異種族でもなんでもない。同じ人間で、しかも親子だ。それでもこうやってお互いの間には色々ある。だからね、種族がどうのではないってキャルは言いたいんだと思う」 「そう言うことだな。さすが私のディル。よいことを言う」 「――双子ども。その辺に! 小さな子供が見ていると言うことを忘れないように!」 ユージンの制止がなかったならばどうなっていたことやら。はらはらとするエリナードとは打って変わってイメルは実に楽しそうに笑っていた。 「だったら、使ってください。模様としては珍しいでしょ。チエルアットの特産品にまでなるかどうかはわかりませんけどね。綺麗だし、そこそこ人気は出るんじゃないかな」 精緻な手仕事と言うのはそれだけで非常に価値がある。しかもレースのように時間も手間もかかる仕事となれば更にだ。美しい模様で珍しいとなればいくらでも人気は出るだろう。 「ありがたいな、エリナード。感謝して使わせていただこう」 「塔にあったのは昔の言葉で書いてあったんで、一応翻訳しときました。下に図解してありますんで、編み手ならわかるはずです」 「……エリナード君、もしかして君がこう言うの、やるの?」 見本に、と持ってきた小さな編地を指してディルが驚く。あまりにも驚いたのだろう、何度も瞬きをしていた。 「ですよねー、俺も見たとき我が目を疑いましたから! だってこいつ、これだけじゃないんですよ。もっとずっと大きな膝掛編んでたんですからね! しかもフェリクス師に!」 「だから、試して編んだもんを人様に差し上げるわけにいかないだろうがよ」 「でも絶対お前、これはフェリクス師に似合うーとか思って編んだだろ」 否定がしにくかった。思わず言葉に詰まったエリナードをメリリまで笑う。小さなくすくす笑いがそれでも優しく響いて彼は肩をすくめるに留めていられた。 「そもそも俺は師匠から習ったんです。だから、師匠の弟子である俺ができてもそれほど不思議でもないんですよ」 双子に言えばフェリクスが、とまたも驚く。ユージンはそんな双子の酒杯に酒を注いでやっていた。いるか、と目顔で問われたエリナードもありがたく注いでもらう。 「フェリクス師が? 意外だな、それも」 「魔術師ですからね。――魔術師ってのは、服なんかも自分で作るもんなんですよ、特に武装は」 「そう、なのか?」 「はい。糸紡ぎって言うのは、原始的ではありますけど、非常に魔法的なんです。魔法的に細工をした糸って言うのは、魔術師の手にかかると途轍もなく強力な魔法具になり得ますし。それこそ具体例を上げると聞かせちゃいけないくらい、危ないものが作れます」 悪戯っぽく笑うエリナードではあったが、こんなとき魔法は危険な力たり得る、と貴族は思う。けれどここにいたのはキャラウェイ・スタンフォード。かつて星花宮も騎士も陛下の御為に存在しているのならば同じもの、と言い切った男だった。エリナードは何も言わずただ微笑むキャラウェイにまた、笑みを返す。 「なので俺たち星花宮の魔術師は危険を排除するって言う意味で、最初から自分たちの手で、魔法的に汚染されていない糸で布から作るんですよ。俺は機織りは好きじゃないですけどね、イメルは布づくり、好きだよな」 「楽しいからねー。物が形になっていくって言うのはいいものですよ」 「だから子供の時にやるんです。呪文を構成して発動させる。それが形になる物作りって言うのは、目に見えますから。どこで間違ったかすぐわかる」 色々やったよな、とイメルと二人笑いあう。さすがにいまでも続けているのは趣味になるが、訓練時代には玩具の類から作ったものだった。ふとエリナードは思いたつ。手を閃かせればそこには余り糸の束。再び呟けばするするとひとりでに糸が動き出す。 「やるよ」 メリリに向かって動き出した糸は次第に細長く編み上がり、リボンへと。気紛れを起こしたエリナードをイメルが肩を震わせて笑っていた。 |