ロレンスが進み出たことで竜騎士団は合意した、と星花宮の弟子と名乗った魔術師たちは解釈したらしい。一つうなずいて目を見かわす。 「今後の段取りをまず。このあと私も意識を失くしておきますので、この不逞の輩共々縛るなりなんなりして運んでいただけませんか」 「なぜだ?」 「今のところ私もまだ身元不明ですから」 にやり笑ったエリナードに逞しさを見たワイルドだった。そのせいだろう、きっと。信用したわけでは断じてなかったけれど肩をすくめる。 「意識を失くされるのは迷惑だな。乗馬の経験は」 「あります。従軍経験があるので」 「ならばこの不審者を運ぶのはお前にやってもらおう。我々はその周囲を囲む」 「……一応は申し上げておくべきかと思いますが、それだと私は逃亡が可能ですよ」 「逃げるのか? なんの意味が?」 不思議そうに言われてエリナードは苦笑する。信用されていないのは当然にして感じている。従軍経験があるのは事実だ。だからこそ、騎士たちのそんな態度には慣れている。 「ではワイルド。行こうか」 「待て、ロレンス――」 「星花宮に話を通したのが誰か忘れたのか。私がいたほうが話が早い。同行させてもらうぞ」 返す言葉のないワイルドにロレンスは無言のまま。じっと紫めいた目がワイルドを見ていた。しばしの後、溜息が一つ。ワイルドが疲れたようにうなずく。 「ベイコン、あとを頼むわ。警戒を厳にしといてくれ。後――」 「団長に報告するのはこっちでやっとく。さっさと行け」 「悪い」 「お前に頭下げられるのは気分のいいもんだな」 にやりと笑うベイコンをミスティと呼ばれていた青年が小さく笑う。いかにも彼の容貌に相応しい言葉、と感じたらしい。 「ミスティ。残ってくれ」 そこにエリナードの声が飛ぶ。訝しげな騎士たちにエリナードはまたも苦笑していた。それからミスティを目で示す。 「人質、ですね。閣下がたがお戻りにならなかった場合はその男を煮るなり焼くなりお好きになさってください」 「お前の友人、と言うことだな?」 「とんでもない。私個人としてならこんがり焼いていただいた方がいいような男なんですがね」 念を押したベイコンにエリナードは臆せず言い返す。それに彼の副官、デクラークが吹き出す。睨み据えられて慌てて背筋を伸ばすのがおかしかった。 「では行こうか」 ロレンスが足を進めれば、とっくに用意の調っていた彼の愛馬が引き出される。もちろんワイルドと配下の数騎の分、エリナード用にも一頭連れてこられた。その馬の上、エリナードは捕縛した男を押し上げ自分も馬上の人となる。一同を確かめたのち軽く走らせはじめたワイルドはわずかな驚きをエリナードに感じていた。 「従軍経験がある、と言うのは事実らしいな」 ちらりと呟く。思わずだった。ついマケインがいるつもりで話しかけてしまった自分に苦笑が漏れる。当然のこと、とでも言うようマケインは騎士団に残っていた。隊長不在の間は自分が守ると。 「そうらしいな」 だが返答は返ってくる、ロレンスより。ちらりと横目で見やってワイルドは苦笑する。彼はじっとエリナードの姿を見ていた、そんな気がしたせい。 「なんだ?」 二人の注目を浴びてしまったエリナードだったが、不意にぎょっとして飛びあがりそうになる。おそらく馬上でなかったならは飛びあがっていたことだろう。それほどの勢いに再び止まっていたはずの血が片腕を伝った。 「なにかあったのか?」 ワイルドは馬を彼の横へと進める。何を言わなくとも指揮官の動きにつれて騎士たちは隊列を変えて行く。それがワイルドには誇らしい。そしてエリナードを挟んだ反対側、ロレンスが進み出てきたことが今度は苦々しい。 「いえ、たいしたことでは。――うちの師匠に怒鳴られまして。怪我をするな未熟者、というところですね」 「怒鳴られた? ここで、か?」 「魔術師の師弟なので。精神の接触、と言う言葉にお聞き覚えはありませんか」 ロレンスにはあった。実はワイルドもある。二人してうなずくのにエリナードもまたうなずき返す。それによっていま叱責されたのだと。エリナードは氷帝フェリクスの弟子、と名乗った。ならばその叱責を加えたのはフェリクスと言うことになるのか。考えてもわからないな、とロレンスは肩をすくめるに留めていた。 そうこうしているうちに郭門を二つ越え、王城の門すら越えた。もうここは城内だった。さすがに下級騎士たちばかりの竜騎士団だ、騎士たちはいささか緊張している。エリナードに言われたところで足を止め、下馬する。 「ここからはすみませんが歩いていただきます。あと――。あぁ、来たな。これも、ここで預けて行きます」 これ、と評された不逞の魔術師はいまだ意識を失ったまま。ぐったりとしたその体を支えるでもなくエリナードは足元に置いていた。そこにエリナードが言ったよう、一人の青年がやってくる。受け取りに来た、というところなのだろうがロレンスは眉を顰める。 「歩くのはかまわん。が、一つ尋ねたい」 「はい。なんでしょうか」 「私が知る限り、星花宮は方向が違う」 言った途端だった。ワイルドをはじめとした騎士たちが一斉に抜刀したのは。驚いたはずのエリナードは、けれど少しばかり嬉しそうに笑う。 「仰せの通りです」 「それは――」 何かを画策したのと同義と解釈する。ロレンスの厳しい眼差しがまたも横にそれて行く。その場は更にもう一人の人物を迎えていた。さすがにロレンスは見当がつく。面識を得たことはない。それでも容貌に聞き覚え。 「ここから先は星花宮の結界内だからだよ。そんな男が入れるわけない。入ろうとしたらとんでもないことになるからね」 つかつかと歩いてきたのは氷帝フェリクスその人。なぜかエリナードが天を仰いで顔を覆う。ついで受け取りに来たはずの青年に目を向けてはすさまじい色で睨んだ。 「……師匠は抑えとけって言っただろうがよ」 「俺だって命は惜しいんだって。無理に決まってるだろ!?」 「……了解」 はぁ、と長い溜息。思わず同情したくなってしまうような姿だ、とワイルドは苦笑して剣を引いた。無論、同情ゆえにではない。ロレンスの態度が変わっていた、そのせいだ。ちらりと見ればその人物が誰か彼は知っている、とうなずき返してくる。それに剣を収めれば、部下たちも従った。金属の、それでもぞっとするような響き。エリナードは気にした風もなかった。 「あー、我が師でいらっしゃいます、カロリナ・フェリクス師です」 「なにそれ、エリィ。その嫌そうな態度。誰に似たんだろうね。ていうかね、あなた。どうして怪我してるわけ? 可愛い僕の息子がなんでそんな馬鹿な怪我をしてるの。それほどいい腕の野良魔術師だったわけ?」 「いや、まぁ、その。油断したわけではないんですが。えぇと。師匠! あとでお説教は聞きますから。いまは勘弁してくれ!」 「そうだね、勘弁してあげるよ、可愛いエリィ。その代わり、あとで三倍にして説教するからね」 げっそりとしつつも笑うエリナードに受け取りに来た青年が同情もあらわな目を向ける。これで騎士団の用事は済んだも同然だった。彼が氷帝フェリクスであることは疑いない。そしてエリナードが彼の弟子であることも。ならばミスティもまた。とはいえ気にかかることがないわけでもない。 「フェリクス師。お尋ねしてもいいだろうか」 「なに? あなたが、ロレンス参謀長? そっちの大柄な人がワイルド隊長であってるの。そう、よかった。続けて」 「その不逞魔術師のことだ。あなたはこれをいかがなさるおつもりか」 「尋問するよ。できれば拷問は避けたいところだけどね」 「ならばどこに連れておいでになる」 「あぁ、そういうことか。さっき言ったでしょ。別に有耶無耶にするつもりはないんだけどね、ここから先は星花宮の結界になる」 そう言ってフェリクスは足元を指さす。何も見えない騎士たちは訝しげな眼差しをするばかり。だがエリナードが足を止めたのもまたここだった。 「エリィ」 「なんすか、師匠。――って師匠、なにするんですか! やめ――」 ひょい、と伸びてきた腕がエリナードの隙をついて不逞魔術師の襟を取る。そしてあろうことかこの小柄な魔術師は不逞魔術師を腕の力だけで前へと振る。――騎士にはそう見えた。が、魔術師の弟子たちには違うものが見えている。一瞬で発動した魔法がフェリクスの腕を支えているのが嫌と言うほど鮮やかに見えていた。感嘆するのが馬鹿らしくなる技の冴えだった。 けれどエリナードはすぐさま立ち直る。そして聞くだろうと予想したことを耳が捉える。騎士たちですら顔色を失くすほど苦痛に満ちた絶叫。 「こういうことになるわけ。だから結界内には連れて行けなくてね。一々尋問のために解除するわけにもいかないし。これでいいかな?」 悲鳴を上げると同時にエリナードの封印が弾け飛ぶ。そして意識を取り戻してしまったがゆえに魔術師は更なる苦痛に苛まれる。その視界に映るもの。氷帝フェリクスの笑み。息すら止まり、そしてこらえきれずに絶叫する。 「師匠……。何も実演しなくってもいいでしょうが」 「説明するより見せた方が早いじゃない。イメル、あとは頼んでいい? じゃあ、これは任せたから。さすがに悲鳴が耳につくよ、連れて行って。……そうだね、ちょっと話が聞きたいから、お茶にでもご招待しようか。お二人は応じてくださる?」 これほどのことをしでかしておいてフェリクスは何事もなかったかのようだった。エリナードもまた苦笑で済ませている。つまりこれが星花宮の日常であり、魔術師としては特記するほどのことでもないのだとロレンスは納得する。いずれ自分たち魔力のない人間と魔術師とでは確固たる違いがあるのはわかりきっていることだった。 「お招きありがたく。――お前はどうする」 「ここで置いて行ったら俺は部下どもに袋叩きにされる」 「ふうん、珍しい隊長さんだね。部下のほうが立場が上なの?」 「上なのは私ですがね。我が配下たちは暑苦しくこの参謀殿を慕っていますので」 にやりとしてワイルドはフェリクスを真っ直ぐと見やった。ロレンスに不都合があれば一番に立ちはだかるのは自分だとばかり。それにフェリクスもまたにやりと笑い返していた。 |