かつん。
 コンクリートを打ち放しただけの階段を下って行く岡本吉広の口元に、わずかばかりの笑みが浮かんだ。
 地下室、である。
「ふ……」
 思わず声がこぼれ。

 思い出したのは他愛ない事から飛び切りの獲物を見つけたこと。
つい先日の事だった。
手元においていた
「ペット」
 をすべて手放した後、なんとなく虚脱して町を歩いていたのだった。
 そんな時、彼を見つけた。
 薄汚い格好に反抗的な目をした家出少年。いや、少年、というにはいく分とうが立っていもする。
 二十歳を少しばかり超えた所だろうか。
 投げやりな、諦め切ったような顔つきのくせ、なにかに喰らいつくような気配を漂わせていた。
 拾ってきたのは気まぐれではない。
 むしろ。
 彼、潤にしてみればついてきた方が気まぐれ、とも言える。
 岡本の、なにか親戚の小父でも思わせるような、そんなもの柔らかな物腰に、潤の警戒心も一時働きをやめてしまった。
 そんなものかもしれない。

 それが間違いだった。
 潤には。

 重たい音を立てて扉が開く。
 鉄の鋲を打ったいかにも重たそうな、ドア。
 外側に、あえて外側につけられた頑丈なかんぬきは潤の目になんどもさらされている。
 地下室も、階段と同じくコンクリートの打ち放しだった。
 殺風景なグレイの中、うごめく肌色の形。
 片隅にはなにか道具を積み上げた簡素なテーブル。そして大きな姿見が片付けてあった。
 天井から下がるのは味気ないただの電灯。
 無論、地下室のこととて窓はひとつもない。
 出入り口はいま吉広が入ってきた大きな鉄のドアひとつだった。
「おはよう、潤」
 のどかな、挨拶。
 吉広の声はおっとりと優しい。
 ちょうど学校の音楽の教師、とでもいうような声だ。
「んぐ……っ」
 閉ざされていた潤の目が開く。
 開いて睨みすえる。
 けれど。
「いい加減あきらめるんだね」
 淡い声で言うように。
 潤はつながれていた。
 なにもまとうことなく。
 椅子に座らされた格好のまま、背もたれに両腕を束縛され、頑丈な肘掛には足をかけられたまま縛り付けられ。
 ずるり、と落ちかけた姿勢がまるで婦人科医にかかる女のようだ。
 その上、鮮やかな赤い布がきつく猿轡をかませている。
 椅子に縛り付けたのもまた、同じ色をした柔らかい布だった。
 陽に当たった事のないような不健康な白さを持った肌にそれは、妙に良く似合う。
「強情だね、潤は」
 その言葉に潤が強く首を振る。
 否定、ではなく
「潤」
 と名を呼ばれる事への拒絶。
 連れてきてから丸一昼夜、こんな格好で縛りつけられていても彼の目の光は消えなかった。
 それが吉広の中の獣を煽る。
 その程度の事さえ気づかない、潤はぎらぎらした目を持ってはいてもそんな少年だった。
「あんまり強情を張っているのはつらいだろうと思ってねぇ」
 いい物を持ってきてあげたよ。
 浮かべる笑みの穏やかさが恐怖をそそる。
「なんだかわかる?」
 首を傾げて笑う姿は潤よりももっと年若な少年の、それ。
 潤がその酷薄さを知ったのはここに連れてこられてからだった。
 吉広の手にはちいさな壜。
 吸い込まれそうな濃い青をした壜の中には軟膏が見て取れた。
「あぁ……」
 そのままじゃしゃべれないねぇ。
 そう言って吉広が赤い布をほどいていく。
 口元にはくっきりと締め付けられた跡ができていた。
「ふざけんなっ。ほどけよ、全部!」
「ふざける? 冗談。本気だね」
 一瞬。
 ちらりと吉広の口元に冷たい陰がよぎり、なぜか潤は身をすくめ、すくめた事に嫌悪を感じた。
「わかる?」
 再びの、問い。
「知るわけねぇだろッ」
「そう……それは好都合……」
 口元が笑みの形に、作られる。
 ゆっくりと壜の口を開け、白っぽい半透明の軟膏を中指で掬う。
 吉広の体温でとろり、軟膏が溶け始めた。
「これをどうすると思う?」
「あっち行けっ。変態ッ」
「こうするんだよ」
 くすり、少しだけ聞こえた声をたてた、笑い。
 笑い、と思う間もなく誰にも触れさせたことのない、いや自分の目でさえ見たことのない場所に吉広の指が触れ。
「ひ……っ」
「冷たい? すぐに溶ける……」
「や、やだっ。やめろよ……っ」
 縛られたまま暴れる潤の体を軽く押さえる。肩先に触れだけで椅子の鳴動は止まった。
「な……っ」
 触れただけの片手の代わり、そこに薬を塗りこんでいた指が少し、体内にもぐりこんでいた。
「潤の中に指が入ってる」
 全部じゃないけどね。
 くく。鳩が喉を鳴らすような、笑い。
「や……っ出せよッ。抜けッ」
「こんなに……締め付けてるくせに」
 吉広は笑い、羞恥か興奮かに染まる潤の耳をそっと噛んだ。
「や……だッ」
「すぐにそうも言ってられなくなる。ココが熱くなって……もっと色々な事、して欲しくなる」
「変……っ」
 変態、そう言おうとした声が半ばから悲鳴に変わる。
 吉広が少しだけ埋めた指でなかをえぐっていた。
「ここにも」
 なかから抜かれた指にほっと一息つく間を与えず、軟膏を掬い取った指が潤の胸の突起に触れる。
「あ……」
 ぬるりとした、感触。
 思いもかけない甘ったるい声がもれた事に潤は愕然とし。
「ほら」
 もう一方にも、塗られる。
「や……」
 拒絶の言葉にもだんだんと力がなくなってきた。
「熱く……なってきただろう?」
 きつく首を振る。
 振りはしたものの、薬を塗られた部分がひどく熱を持っている、そんな気がした。
「じわって……熱い?」
 再び首を振る。
 けれど言われれば言われるだけ、ソコが熱い。
「こんなに……してるのに?」
 吉広の言葉に混ざったわずかな嘲笑。
 それが一層体を熱くした。
「あ……ぅっ」
 指が触れる、ソコに。
 自分でもぴくん、ソコが弾むのがわかり、潤の体の赤が深まる。
「ヤダ……っはなして……」
「こっちのオクチはそうは言ってないね」
「……っ」
「こんなにして、早く飲み込みたがってる……」
 くちゅり。
 わざと音を立てて先ほどと同じくらいだけ指を埋め。
「指だけじゃ物足らないかな……こんなに締め付けてちゃ」
「ぬ……抜いてッ」
「『抜く』? こっちのこと?」
 そうして触れられてそこが我慢できなくなっている事に、呆然とし。
 とろとろとぬめりを持った液体が縛られた自分の腹の上に落ちてきていた。
「はぁ……っ」
 少しだけ指は埋めたまま、吉広が中心にも触れる。
「このまま……イかせて欲しい?」
「やだっ」
 イかされて屈服するのは真っ平だった。
「……そう」
 酷薄そうな、笑い。
 じゃあ、そう言って吉広は中心から手をひいた。
「ひ……ぃっ」
 吉広が指を抜き、そして数を増やしてひと息に奥までのめりこませ。
「すごく、熱い」
「や……だめッ」
「なにがだめなの? 潤」
 なにがだめなのか潤にもわからなかった。
 ただどうしようもなくそこが熱かった。
 触れられてもいないのに中心が最後を迎えようとしている。
「う……くぅ」
 指が一瞬、触れて去った場所で思わず声が上がった。
 指はそこに戻っては執拗に責めたてる。
 責めたかと思えばしばらくそこにだけ、触れない。
「あ……や……」
 なにが嫌なのかわからなかった。
 わからない振りをしていただけかもしれない。
 もっとその部分を触ってほしかった。
「言ってごらん……潤」
 耳元で柔らかい声がする。
 あいた片手が胸を嬲り。
「ふ……」
 もう、意地もなにもない。
 ただひたすら快楽にだけ、没頭していた。
 喘ぎ始めた唇をしたがぴちゃり、舐め上げた。
「言ってごらん。どうして欲しい……?」
 耳を吉広の舌が舐める。
 くすぐったいようなどこかぞくぞくする感覚。
「あ……っ」
「言わなきゃ……」
 こうだよ。
 吉広が指をゆっくり中から抜き始める。
 思わず体が反応した。
「締め付けてるだけじゃだめだろう?」
 嗤い。
「う……」
「ほら……全部抜けちゃう……」
 中指の先端がもう、抜けかかっていた。
 ぬるり。
 あの軟膏が体液とともに流れる。
「イかせて……っ」
 潤の言葉とともに叩き込まれた指に翻弄され、待つまでもなく潤は自分の腹に白い液体を吐いていた。



「薬……卑怯だ」
 まだ腹を汚したまま潤が言う。
 息こそ弾んではいる物のもう、あのきつい目を取り戻している。
 そうでなくては張り合いがない。
 吉広は言葉には出さず胸の中でそう、笑う。
「薬?」
「あんなんでヤられたって絶対……落ちない」
 青い壜に入った半透明の軟膏。
 とろりと体温でとろける、白っぽい薬。
 ギリギリと睨みつける潤の視線を心地よさげに受けながら吉広はこともなげに言った。
「ただのワセリンさ……」




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