遠吠えの正体を確かめようと進むと突然、がさり、大きな音がした。
 たじろいで立ち止まると目の前に大きな影が立ちはだかった。
「迷い人たぁ感心ねぇな」
 人影は体にそう動き易そうな衣服をまとった異形の者だった。
 ぎょっとして顔が強張るのを感じる。
 異形の者には獣の耳があった。
 動けもしないでいるその目にまた飛び込んできたもの、それは彼の尻尾。
 ――狼。
 逃げだそうとした時にはすでに遅く、背後にいち早く異形の狼に回りこまれ。
「こんなところにきたのを黙って還すと妖狐がうるさくってな」
 許せ。そう唇が形作った気がした。
 悲鳴をあげるまでもなく、喉笛に熱い息を感じる。
 かつり。牙が喉に埋まる。
 不思議と痛みはなかった。
 血潮の流れる感覚さえない。流れてはいないのだろう。
 確かめる術はなかった。
 次第に遠のく意識の中から異形の狼も、この森のことも記憶が薄らいでいく。
 血潮の代わりに流れたのはこの、記憶だったのかもしれない。


銀狼bad



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