「ここに」 冷たい指が光重の後ろに触れた。ぞくりと背筋を走る悪寒。 「恵弘のここに、己がものを入れたかったのであろ」 薄く笑った目が見える。金に光る目が見える。光重は口をきくことも出来ず、ただがくがくとうなずいた。 「恵弘は望んでなどおらなんだ」 嫌がっていたことをしたがった報い。従わなかったがために殺した、報い。存分にその体で味わうがいい。言葉にしなかった胡蝶の声が、光重の心に響き渡る。 つ、指が動く。冷たさがそれに従う。身を震わせた光重など知るげもなく、胡蝶は放り出したままの山吹の枝を手にした。ほっそりとした枝ながら、頑丈なそれ。 「が――ッ」 光重の喉から、人のものとは思われぬ悲鳴が上がった。のたうつ体は悦楽ではなく痛みのため。光重の後ろに山吹の枝が突き立てられていた。鮮血が床に滴る。それでもなお光重のものは固さを緩めるでもなくそそり立っている。胡蝶はまるで楽しみはこれからだ、とでも言いたげにそれを見つめて先端を口に含んだ。 「ふ、あ」 途端に光重の口から喘ぎが漏れる。いらうよう、舌先で先端の窪みを舐めれは上がる嬌声。刺さった枝を動かせば轟く悲鳴。 「恵弘にしたかったことをされるのは、どうだえ」 口を離した胡蝶が笑んだ。ゆっくりと枝を動かす。光重は声も出ない。ねじ込み、そして引き出す。ねっとりと、光重の後ろが収縮していた。 「ほう」 からかうかの胡蝶の声音。わずかに正気に戻された光重が羞恥に顔を背ける。再び胡蝶は同じ動きで枝を動かし。それから一気に突き立てた。 「あぁ……っ」 上がったのは、悲鳴ではなかった。あからさまな喘ぎ声。耳にするものがいたとしたらその声だけで目をそらしたくなるような。 「よいらしい」 愛らしい稚児の顔のまま、胡蝶は嘲笑する。光重は唇を噛み、必死に声をこらえようとするもののかなわない。光重の腹は己が出した透明な粘液でぬるついていた。胡蝶がそれに指を滑らし、腹に広げる。ついでとばかりに光重のものを指ではじいた。のけぞった喉が、こればかりは貴族風に、白い。 「恐ろしかろ」 睦言のようなささやき。 「好きでもない男に抱かれるのは、嫌であろ」 その間も手は枝の責めを休めない。 「それを恵弘にしようとした……」 枝をぎりぎりまで引き抜く。光重の後ろが期待するようすぼまるのを胡蝶の指は感じている。 「挙句、殺した……」 奥の奥まで、えぐりこんだ。新たな血が、床に血溜まりを作る。 「許さぬ。決して」 息も絶え絶えの光重が、胡蝶の言葉を理解しているとは思わなかった。それでなくとも人の心のわからぬ男。胡蝶は枝を引き抜く。物欲しげな光重の目が胡蝶に注ぐ。 胡蝶は何も見ず、光重自身の根元を縛っていた紐を解く。ほっと息をつく気配。触れたならば達するだろう。それは許さぬ。にたり、胡蝶が笑った。 「許さぬよ、決して」 その言葉にかぶさるよう、悲鳴が上がった。今までとは比べ物にならない、重たい悲鳴。光重の腹にはあの山吹の枝が刺さっていた。どくどくとあふれる血を呆けた目で光重が見ている。胡蝶は満足げに両手の縛めも解く。慌てて光重は腹を押さえるが、その指の間からも血が流れ。抜こうとした枝はびくともしない。 「痛かろ」 甘い声。快楽に酔っているのは胡蝶のほう。復讐の快楽に。ずぶずぶと、光重には動かせなかった枝を動かし腹に埋める。耐え難い痛みを、さらに増させる動かし方だった。 「ひっ、あっ、わっ」 言葉にならない苦鳴を上げて光重はのたうつ。が、動けばそれだけ苦痛が増すと知ったか、ついに動きを止めてじっと腹を押さえるのみ。目には死の恐怖が表れていた。 「恵弘はもっと、痛かった」 ぞぶり。腹の傷に指を入れては引き裂いた。かっと目を見開き、光重の喉は潰れる。 「もっと、もっと痛かった」 熱を帯びた声の持ち主が覆いかぶさったと思いきや、冷たい指が首筋に触れ。そして一息に切り裂いた。 「ぐ……」 喉に絡まった声。悲鳴ですらない。血の道が断たれたのか、あたりかまわず血が飛び散った。光重の体は血塗れだった。体といわず床といわず。室内すべてが血だらけだった。あの、白い碁石が血に塗れたように。 「死ね」 冷たくも甘い声が宣告する。胡蝶は両手を光重の腹に突っ込み、ずるずると腸を引きずり出し、それだけでは飽きたらぬか光重自身の手に絡めた。そのまま光重の両手を持ち、再び頭上でひとつに束ねた。縛りはしない。もう、抗うことなどできぬゆえ。両手の動きにつられて、ずるり、腸が引きずられた。己が腹の上を、己が腸が這いずるのを光重は呆然と眺めている。その目に生気はない。血の気を失った白い顔に浮かぶのは、なぜ、そんな問い。なぜ、死なねばならぬのか、光重にはまだわからなかった。最後まで、わからないだろう。 命の炎の尽きるまで、胡蝶は遊ぶ。一寸試し五分刻み。恨みの炎が消えるまで。脂でぬめる腸を、両手に持って舞い踊る。知らず燐光が胡蝶を取り巻いていた。さながら舞い飛ぶ蝶のように。 すでに死んだ目をした男に胡蝶は笑った。ぞぶ。腹の傷に足を刺し入れかき回す。びくりびくりと体だけが跳ね回る。胡蝶は腸を放り出し、再び山吹の枝を手にしたかと思うまもなく、光重の後ろに突き立てる。また、跳ね上がった。そして沈む。それから動かなく、なった。 「ふん、あさましい」 しばし光重の、死んだ体を眺めた後、胡蝶は吐き捨て。光重のものは、最期の瞬間に放っていた。血だらけの腹にそこだけ白い粘液がわだかまっている。 部屋は血だらけだった。体中に腸を絡みつかせた光重の体が、苦悶もあらわに横たわる。そこだけ一点、曇りもない黄金が。散ることもなく、血に穢れることもない山吹が、光重の後ろに咲いていた。 ふ、と瑞治が顔を上げた。真夜中であった。丑三つ時ごろであろうか。眠っていたはずの往周もまた、その気配に体を起こす。 「外に」 言葉短かに瑞治は言い、往周を促した。そろって門前に姿を現す。二人とも、単に直衣を羽織ったばかりのしどけない態だった。 「あ」 往周が声をあげた。いつから立っていたものか、現れたとも見えずあの猫の変じた稚児がいた。瑞治は知らない。往周もまた知らない。つい先程まで、その稚児が腸と戯れていたなどは。今はわずかな血の跡も残っていない。否、腸に頬ずりしたときだとて、血などつきはしなかった。汚らわしいものに染まるなど嫌だとばかりに。 「済みましてございます」 残虐の跡も留めぬ稚児が深々と頭を下げた。慎ましく結った総角が、さらり直衣に触れて音を立てる。 「お力添えに感謝いたしまする。ありがとう存じます」 再び頭を下げた胡蝶の影が、薄い。はっと往周は瑞治の顔を見、それに対して胡蝶が微笑む。 「我が力、使い果たしてございます」 言葉通りに、胡蝶が薄れていく。もう、向こう側が見えるほどに。 「瑞治」 何とかできないのか、と問えども瑞治は黙って首を振るのみ。それで良い、と胡蝶も微笑を深くした。 「恵弘亡き後、生きる甲斐などなきことゆえ」 それだけを残し、稚児の姿は空気に溶け込むよう、掻き消えた。あとに残るは小さな屍。夜の道に黒猫がゆったり、眠るように死んでいた。 往周は、そっと膝をつく。黒猫の、死んだ体をいとおしげに撫でていた。在りし日の、愛しい人が彼にしたように。そればかりが死出の手向けと。 りん。鈴の音がした。目を上げれば僧侶の姿。夜目に見えるはずもないほど小さな鈴が、手の中にあった。驚く二人の目の前で、すうと黒猫の体から薄いものが抜け出した。それはたちまち黒猫の姿になり、そして僧侶の、恵弘のもとに走り寄る。 愛しげに黒猫を見やり、その手で猫に鈴をつければ、猫は嬉しげに喉を鳴らしつつも恵弘の足に擦り寄った。 それから黙って僧侶は頭を垂れる。猫もまた、二人を振り返って一声、鳴いた。歩き去る、その一歩ごとに僧と猫の姿が薄れていく。五歩と行かずに夜の闇に溶け消えた。 往周も、瑞治も声もなく立ち尽くし。僧と猫の道行きを、その果てを見つめるばかり。それからどちらともなく体を寄せ合い、門の内へと入っていった。軋みをあげて門は閉まり、そしてそのまま。もうしばらくは平穏な夜が続くだろう。 左馬頭光重は祟り殺されたのだ、と言う。竜造寺の恵弘が死んだのは光重のせいであったと人は噂した。碁の争いで恵弘を殺したのだと。そして恵弘が可愛がっていた黒猫がその恨みを晴らしたと、人は言う。 白い肌が見えなくなるほど血塗れになった光重の死にざまに、都中のものが慄いた。わけても山吹の枝。そこまで来て、人の口はふ、と途切れる。そして薄寒くなった背中をかばうよう、後ろを振り返るのだ。 ――そう、語り伝えられていると言う。 |