けれど騎士も知らないではない。彼らの前歴を。それを口に出さないだけのたしなみにリオンはうなずいて微笑んだ。
「元が元ですし、幻影をかぶれば立派な美少女の出来上がりです。実に目に嬉しいちょっとぞくっとするくらいの美少女でしたからねぇ」
「テメェな……」
「いやいや、素顔のあなたのほうが好きですよ、私。でも可愛かったですから」
 にっこり笑うリオンにカロルは溜息をつき、けれどその言葉に他意がないのを感じていた。それがどんなにありがたいことかリオンは気づいているのだろうか。
「そんな美少女が二人ですよ? 人身売買するほうとしてはこんなにありがたい獲物もない。まして旅芸人の一座ですからねぇ。訴えも起こさない。ありがたすぎて涙が出るような獲物でしょう?」
 どことなく言葉の意味が違うような気がするが賢明にも隊長は取り合わなかった。
「手順としては簡単なんですよ。フェリクスが中央で人目を集める。彼もとっても美人さんに出来上がってましたからね、警戒心だの集中力だのはきれいさっぱり明後日の彼方です。そこでカロルの登場です」
 警戒する気をなくした騎士たちの手を踊りにかこつけてとる。すべての手に触れることになる。公爵もまた。
「その本質の揺らぎを見るんですよ」
「本質?」
「エイシャの神官ですから、私。あんまり見たいものではないんですけどねぇ。密輸に関わってた人たちはフェリクスを目にして獲物だと思うわけです。それだけでも充分ですが、カロルの手に触れれば完全に売り飛ばすことしか考えなくなる。それが私の目に映るわけです。納得していただけました?」
 実際はリオンが視て取った相手の本質から捕縛するべきものを割り出し、リオンの精神に接触しているカロルがフェリクスに指示を出して捕らえている。それを説明するのが面倒だったのかリオンはそこまでは語らなかった。
「えぇ……まぁ」
「感覚として理解していただくのは難しいと思いますけど、そういうわけでした」
 まだ難しい顔をしている騎士にリオンは微笑んだままだった。理解できるとは思っていない。魔術師であり、神官である。魔力を持たない人たちにはいずれにせよ理解できることではない。
「ねぇ。単に僕たちに欲情した馬鹿がいる可能性も否定はできないからね。その辺は頭に入れておいてよ」
 隊長に向かってだった。なんという暴言、と思うがそこはフェリクスだ。彼もまた昔から時折演習場に顔を出していたからその性格はよくよく知っている。諦めたよう騎士がうなずいた。
「おやおや、舐められたものですねぇ。あなたをただ抱きたいと思ったお馬鹿さんと売り飛ばそうとした鬼畜との差がわからないとでも思ってるんでしょうかねぇ、この人は」
 笑顔でリオンが皮肉を言う。あまりにもいつもの二人だった。彼らしくもなく鼻で笑ってフェリクスを挑発するリオンをカロルは眺めて小さく笑う。怯えて震えている馬の元に進み、その背に手を置いた。
「こんなこたァ言いたかねェがな。……テメェも苦労するな」
 誰に言うともなしにカロルは言い、騎士を間に挟んで口論する二人を見ている。いかに慣れている騎士とはいえ、とっくに顔色を失くしていた。
「ちょっと! カロル。触らないで」
 憤然とリオンを置き捨ててフェリクスは言い放つ。馬の背に置いたカロルの手を思い切りよく払い落とした。
「それが師匠にする態度か、え?」
「うるさいな。あなたが悪いんじゃない」
 むっとして言い返し、けれどカロルが笑っているのを見るや唇を噛みしめた。
「あなたもあなただ。いつまで馬なの。さっさと戻れ、馬鹿!」
 カロルの手を払ったのとは比べ物にならない強さで馬の横面を叩く。あれではさぞかし痛かろう、とリオンが顔を顰めたほどに。
「あの――」
 何を言っているのか、と騎士が尋ねる間もなかった。ぎょっとして息を飲む。そこに馬はいなかった。いるのは華やかな色彩を生まれながらに持った吟遊詩人。
「君な! 思いっきりひっぱたいただろ!」
「だから?」
「叩かれたら痛いってことを学べ!」
「ふうん? 僕はあなたよりよっぽど知ってるけど?」
 仄めかされた言葉の意味に吟遊詩人、タイラントが顔を青ざめさせる。一瞬にして騎士などよりよほど青くなったタイラントの頬を撫でるよう軽く、フェリクスは叩いた。
「あなたもさっさと働いて。人手が足りないのはわかってるでしょ」
 騎士たちが確かにいる。人手はあるはずだ。だがしかし、使い物にならなかった、騎士は。あまりにも傍若無人な魔術師にあてられてしまっている。
「あなたは――!」
「えっと、先に言っておけなくってごめんなさい。馬は俺でした」
「あなたが! なぜ、その!」
「簡単なことだよ。この馬鹿には演技をするなんていう高等技能は見込めないから。あなたたちへの連絡役くらいがせいぜいでしょ」
 騎士は言葉もない。確かに突入の機会を知らせるのは馬だ、と言われていた。実際、馬が知らせにきた、と言うよりは無言で――馬なのだから当たり前だが――誘導にきたときには目をむいた。だが、しかし。
「君なぁ。一応、吟遊詩人なんですけど、俺」
「だから? 演技は下手。場を持つのも下手。ねぇ、聞くけど。あなた、僕が女装して裸同然で踊ってて、平気な顔して周りを煽れた?」
「無茶言うなよ! 君、そんなこと――」
「必要だったからね。ほらね、騎士殿。こいつがあの場にいたら作戦が滅茶苦茶になるの。だから置いていったんだよ。たとえこいつが世界の歌い手でもね」
 さらりと言ってフェリクスはカロルを手伝いに行ってしまった。呆然とその背を見送るタイラントにリオンが近づいてくる。
「わかってます、あなた?」
「……はい」
「本当に?」
「見せたく、なかったんですよね、シェイティ」
 男娼だった自分をタイラントは知らない。けれど思い起こさせるだろう姿。それをどうしてもフェリクスは見せたくなかった。
「まだまだですね」
「え? リオン様?」
「まだですよ、タイラント。見られたくなかったのも事実でしょうけどね。あなたの目が怖かったと言うのもあるはずですよ」
「……カロル様は」
「そんなところはとっくに乗り越えちゃってますから、私たち」
 にっこりとリオンが言う。まだまだだと笑顔の裏側で怒られた気がした。
「ちょっと! 無駄話してないで手伝ってよ!」
「はいはい。兄弟子様。ほら、あなたもですよ、タイラント」
 息を飲み、次いでタイラントは走り出す。彼のシェイティの元に。飛びつく勢いで走り寄ってきたタイラントをフェリクスは無造作に叩き落し、痛みに喚くタイラントを蹴りつけている。
「……可哀想に」
 含み笑いをするリオンの本心など知れている。小さく吹き出したカロルがそれを裏付けていた。
「ところでカロル」
 実に面倒くさそうに氷を砕くまでもなく首筋に手刀を落としてリオンは言う。その氷を炎で一息に溶かしてカロルは縄をかけていく。騎士たちの呻きが聞こえた。敵の、ではない。近衛騎士の、だ。
「なんだよ?」
「聞きたかったんですけどね。とっても可愛かったですから、ローズとリリーはいいです。偽名としてもありきたりですから」
 薔薇のように華麗だったカロル。百合のように清楚だったフェリクス。中身がこれとは誰も思わなかったに違いない。
「ですが、なぜ私がラディッシュだったんです?」
 もっともな疑問だった。旅芸人と言う体裁だったからいいものの、とても人名には聞こえない。
「そりゃ簡単だ。ラデッシュって野菜はな、知ってるか。フェリクスが料理してもそこそこ食えるんだ」
「……つまり、食あたりを起こさない、と?」
「おうよ。あたらねェんだ、ちょうどいいだろ」
「それってつまり、私の演技も下手だって言ってます?」
「上手いと思ってんのか?」
 不思議そうに言われてリオンは溜息をつく。その表情にカロルが目許を和ませてくすりと笑った。
「そこ二人! 雰囲気作ってないで働いて!」
 鋭い目でそれを見つけたフェリクスが師匠と弟弟子を怒鳴りつける。星花宮ではあたりまえの光景ながら、騎士たちはもう何を言う気力も失くしていた。黙々と捕縛を続けていく。最後まで喚き散らす公爵だったが、さすがに手荒な真似はしにくいらしい。
「公爵閣下。死なない程度に傷つけるくらい、その傷を残さないくらい僕には簡単なことなんだけど? いい加減におとなしくしたら」
 冷たいフェリクスの声に公爵がぴたりと黙った。彼の声に含まれるものに気づかないほど暗愚ではない。
「シェイティ、言い過ぎだって。公爵さまなんだろ」
「犯罪者だけどね。ほっといたらどれだけの娘がこれからも売られ続けたことか。あなた、わかってる?」
 売られた娘がまともな職についているはずもない。いったい何をさせられているのかなど問うまでもない。フェリクスの心の内をタイラントは思う。
「君は、優しいな」
 自分と同じ境遇に落とされる人間が一人でも少なくなるように。だからこそ、不本意な囮まで務めたフェリクス。決して人間からは同族とは見做されず、感謝されることすら少ないだろうに。
「あなたってその辺がどうかしてるよね。僕が優しい? 頭、大丈夫?」
 真剣に言って見せるフェリクスの心の内側がわからないタイラントではなかった。にっこり笑って疲れているだろうその黒髪を撫でる。うつむいたフェリクスから、ほっとした気配が伝わってきた。
「テメェら! 師匠に働かせて雰囲気作ってんじゃねェぞコラ」
 ここぞとばかりにカロルが言った。騎士は聞こえなかったふりをして縄に繋いだ犯罪者たちを連れて行く。
「実にどっちもどっちな師弟ですよねぇ。仲がよくって何よりです」
 ぼそりと言ったリオンの声は言い争いあう師弟には聞こえない。間に挟まれておろおろするタイラントはどちらに先に怒鳴られるのだろうか。
 リオンは止めなかった。下手に止めては煽るだけだと知っていたし、何よりカロルが楽しそうだった。だから、止めないで笑ってそれを見ていた。




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