彼は若く、腕のいい医師だった。
 清潔なシャツにきつくネクタイを締め、真っ白い白衣を羽織った、どこか人を拒絶するような風貌。眼鏡の奥の冷たい目がその印象を深める。
 けれど患者を前にするととたんにその表情は和み、不安を抱える患者を安堵させる。
 彼、桜井亨はそういう男だった。



「そろそろかな」
 入院中のベットの上で増田泰司が口元だけで笑う。
 仕事中の不注意で、左ふくらはぎをざっくり切ってしまった。
 思っていたよりひどい怪我で何針も縫ったのだが、その治療を施してくれたのが桜井医師だった。
「回診です」
 ノックの音、返事も待たずに開いたドアの向こうに桜井は立っていた。
 どこかおかしい。
 普段、彼が患者を前にするときのあの笑みがない。
 不機嫌で無愛想。
 けれど頬だけがかすかに紅潮して。
「ちゃんと言うこと聞いてくれたんだね、先生」
 センセイ、そう片仮名で発音したのは揶揄か。
「君の言う通りにした、だから……っ」
「だから、なに?」
 泰司が笑う。
「これ……抜いて、欲しい」
 眼鏡の向こう、屈辱に目が閉ざされる。
「じゃあ脱ぎなよ」
 嘲って泰司はそう、言ったのだった。
「なっ」
「いやならいいよ、そのまま仕事すれば?」
「誰が来るか……」
「だからさっさと脱いだ方が身のためじゃない?」
 形のいい唇をきりっと噛み、桜井は言葉の利を認め。
 白衣の裾を少しはだけてベルトに手をかける。
「嫌がってる割には勃ってるじゃん」
 ちらりのぞいた布越しの昂ぶりを泰司は見逃すことなく嗤った。
 確かに桜井の中心は充分見て取れるほどで。
 言葉に耳を貸すことなく彼は淡々と下半身を晒していく。
 下着までを足から抜いた時、再び唇を噛む。
 そのときかすかに機械音が。
 音の源は白衣に隠れて見えない。けれど確かに桜井の体から発せられている。
「こっちこなきゃどうしようもないじゃん」
 怪我人にそこまで行けって?
 声に桜井はしぶしぶ一歩を踏み出し、ベットに近づく。
「後ろ」
 泰司の短い言葉にほっと小さくため息をつき、背を向けた。
 また無理難題を振りかけられる、そう思い込んでいた、だから。
「あ……っ」
 白衣に手をかけられ、それが背までめくり上げられ。
 どういう姿が泰司に目に映っているのか、想像するだけで体中が火照る。
「ふぅん」
 笑いの滲んだ声で泰司は言い、桜井の双丘を掌で嬲る。
「や……」
 やめろ、言いかけた言葉は喉の奥でつぶれ。
 泰司が機械音の原因を、桜井の後ろに収まったちいさなローターのコードをくいと引いたのだった。
 午前中から挿れられたままの玩具の刺激に桜井のソコは充分すぎる熱さを持ってしまっている。
 コードを軽く引かれただけの刺激でも思わず声をあげてしまいそうだった。
「もっと近づかなくちゃ取れないよ、先生」
 白衣をまくられたままの格好で桜井は後ろ向きににじり寄る。
 いまはただ、この玩具を早く取って欲しいだけだった。
 どうしてこんな事になってしまったのか、泰司に無理を言われるたびに思う。
 けれどどうして、なにがきっかけでこんな事になったのか、今もって桜井にはわからない。
 わかっているのはただ、これを抜かれてもそれだけではすまない、それだけだった。
 それから、決して自分が心底嫌がってはいない、ということも。認めたくはないながら。
「かがんで」
 ぐっと背を押されては膝に手をついて泰司に双丘を突き出すように格好になる。
 泰司の手が太腿にかかり、ハンカチで結わえ付けてあったローターのコントローラーをはずす。
「あー」
 わざとらしい声をあげ泰司はそのまま手を離した。
 コントローラーは彼の手を離れ、ぐい、と桜井のソコに負荷を。
「……ぁっ」
 小さな声を聞き逃したわけもなく、泰司が嗤う。
「感じてるんじゃん、先生」
「そんな……」
 そんな事はない、といいかけた言葉も最後まで言わせてはもらえない。
 泰司の指がそっとソコをなぞっている。
 ざわり、肌が粟立つような感覚。
 認めたくはないけれど快感だった。
「ヒクついてるし」
 玩具を飲んだままのソコを指で弄ばれ、膝が笑いそうだった。
「こっちもつらそうだし」
 くつくつ笑った泰司の指が今度は前にまわって中心に触れ。
「ひぃあっ」
 思わず声が。
 人差し指の柔らかい腹で先端に湧き出たぬめりをゆっくりと中心に塗りつけていく。
 堪えがたく体に力が入れば後ろの玩具がさらに刺激を与えてきた。
 巧みで緩慢な悦楽。背が弓なりになってもっと大きな刺激を求め。
「なぁ、先生。なんとかしてよ」
 指が離れて安心したのも束の間、腕を引いて向き直らされ見たのは。
 熱くなった泰司の中心だった。
「だって……これ、抜いてくれる……て」
「誰がいますぐって?」
 冷たく言ってそれきり黙る。
 桜井は噛み過ぎて噛み破ってしまいそうなほど唇を噛み、いままでにも命じられたことのある行動を取る。
 体をかがめ、それから。
 その前に眼鏡を取ろうと手をあげ。
「眼鏡はそのまんまだよ、先生」
 あげた手を捕らえて泰司が笑う。
 眼鏡の奥で睫毛が恥辱に震える。
 仕方なく体をかがめ、眼鏡をかけたままの邪魔な姿勢で泰司の中心に唇を。
 ふっと、息を飲む音が程なく聞こえ。
 命じられ、仕込まれたとおりに中心に唇を寄せ、舌を這わせる。
 知らず自分の片手が自身の中心に伸びていた。
 髪をかきあげられ、時折熱いものに押し付けられる、苦しいのにそのたびに快感が寄せた。
 玩具の刺激ではすでに物足りなく、だから片手が。
「ん……ふっ」
 ぴちゃぴちゃと音を立てて舐めるのも教えられたこと。
 けれどその音に興奮するのはいつも自分のほうだった。
「は……ぁ」
 苦しげに息をつき、また飲み込む。
 熱い。
 眼鏡の奥の目はもう冷たくも恥辱にゆがんでもなく、目元を欲情に染めているだけだった。
「ん……ん……っ」
 唇の動きにつれ、自身を弄ぶ手の動きも速くなる。
 水音と、荒い呼吸と、かすかな機械音が。
「さぁ先生、こっちに来てもらおうかな」
「ん……ぁっ」
 中心から引き離されたとき思わず不満げな喘ぎがもれ一瞬、正気に返っては体が熱い。
「え」
「怪我人に動けって? 先生が自分でしてくれなきゃ」
 手を引かれ行動を示され。
 けれどためらう。
 勝ったのは快感だった。
 のろのろと動いてはベットの上にあがる。
 泰司の胸に軽く手をつき体を支えてはその腰をまたぐ。
 羞恥にかっと顔が紅潮するのを感じた。
「おもちゃも自分で抜きなよ」
 面白げに泰司は言い、解放を求めて震える中心を掌で包む。
 温かい掌に、それだけで達しそうだった。
「ふ……んっ」
 桜井は腰を浮かし、身をかがめ後ろに手をまわしては玩具のコードに指を絡ませ。
 ずるり。命を持たないものが抜けていく感覚。
「あ……あっ」
 喉がのけぞり、それは抜き出された。
「先生はそんなもんじゃたらないんでしょ。ほら……」
 ぐっと中心を握られ声も出ない。
「自分で挿れなよ」
 言われるまでもなく腰を落としはじめていた。
 泰司の指が白衣のボタンを、シャツのボタンをはずしていく。
 ネクタイもほどかれすべてを晒された。
「ひ……あ……あ……んっ」
 ゆっくりと沈めていく後ろに充足感が広がる。
 途中で一度止め、少し引き抜いて悦楽を伸ばした。
「ん……ぁぁっ」
 すべてを収めたとき我と我が身を抱いてのけぞった。快楽に。
「白衣はなくっちゃね」
 冷静でおかしがるような泰司の声に我に返れば素肌に白衣だけをまとわされた淫靡な格好。
「な……やめ」
「やめない」
 それだけ言って泰司は胸の突起を指でつまむ。
「んっ」
 それだけで声があがった。
「ほら動きなよ、先生」
 桜井は動いた。
 患者の病室で、素肌に白衣だけを着せられた姿で男のモノを体に収めていやらしく動いた。
 熱いモノがさらに熱い内壁をこすりあげ、引き抜くたびに収縮する。
「ひ……ぃっ」
 体重でぴたりと密着するように奥まで挿れれば充足にわなないた。
 泰司の手は休むことなく桜井の中心を嬲っている。
 後ろの快感と前の悦楽とでおかしくなりそうだった。
「も……だめ……っ」
 快楽は堪えがたく、中心も後もヒクついていた。
「も……いかせ……」
 がくがくと震えるように腰をふり、眼鏡の冷たい顔がつらそうにゆがむ。
「あぁ、あ……っ、イク、イク……い……っ」
 どくん、中で泰司のモノが膨らみ、それから感じた熱さ。
 泰司の腰に押し付けすりつけるように最後の瞬間を貪り。
「……イク……っ……」
 患者の手の中、桜井医師は精を吐いて、いた。



 薄れかかる意識の中、泰司に体を支えられ胸の上に抱かれようとするそのとき、病室の窓から中庭をはさんだ向こうの病棟の窓が視界に入る。
 向こうの窓ではナースが一人、驚きに目を見開いたまま立ち尽くしていた。
「あぁ……」
 漏らしたため息は満足だったのか。それとも未来の崩れ行く音だったのか。
 体をよじって泰司のものを引き抜いた後ろからは、とろり、白いものが太腿に伝っていた。




モドル