ゴール板の前を愛馬と共に駆け抜けた瞬間、意識はホワイトアウトした。
 どうやってウイナーズサークルまで行き、戻ったのか、それさえ覚えていなかった。

 いつからこうなってしまったのか、龍田楓はよく覚えていない。
 いや、忘れたいだけかもしれない。
 龍田は競馬の騎手だ。むしろジョッキーという響きの方が似合う。
 職業柄、ということをのぞいたとしても小柄で、馬に乗ってさえいなければ少年にも見えるほど、細い。
 華奢な体と「競馬界のアイドル」とも言われる愛らしい顔立ちが、原因なのかもしれなかった。

 勝利の余韻もなにもないままで一週間は過ぎていく。
 金曜日。
 調整ルームに入らなければならない。
 調整ルームというのは競馬の公正を保つために出走が決まっている騎手が外部との連絡を絶つために隔離される場所、と思っておけばまず間違いはない。
 体重の調整、トレーニング、騎手同士の雑談。
外に出られない事以外はたいして不便でもない。
 が。
 龍田楓にはおぞましく、だが決して逃げられない場所だった。
「楓」
 呼ばれた声にびくり、身がすくむ。
 こんなに恐ろしく甘く呼ぶ声は一人しかありえない。
「火野さん……」
 振り向いた肩越しに笑う火野広貴の姿。
 楓のような華やかさこそないが充分に美貌である。
 けれどそれを曇らせているのが楓を見るその目の色だった。
「初のGT制覇か、先週は。おめでとうくらい言ってやろうと思ったのに、俺のことさえ目に入ってなかっただろ」
 口元をゆがめ、笑う。嘲うように。
「そんなにヨかったわけだ」
 つかつかと側に寄り身元で囁いたのは、そんな言葉だった。
 声にならない哄笑が響く。

 仲のいい若手ジョッキーが連れ立って歩いているように見えるだろう。
 火野にあてがわれた調整ルームの一室に二人が消えていっても誰も不審に思いはしなかった。
「脱げよ」
 楓は逆らわない。いや逆らえない。
 シャツのボタンに手をかけてのろのろとはずしていく。
「シャツははだけたまま脱ぐな」
 その方がずっとイヤラシイから。火野はそう笑う。
 言葉に一瞬かぁっと顔が熱くなる。抵抗するように少しだけシャツの襟をつかんだものの、結局楓はまた作業をはじめた。
 ベルトをはずし、ファスナーを下ろす。
 金属音が妙に生々しい。
「もったいぶるなよ」
「あ……明かり消してよ」
 ほっそりとした体はすでに羞恥で桜色に染まっている。色白の肌がそれを際立たせていた。
「やだね」
 懇願は一蹴された。
「楓は俺に剥ぎ取って欲しいと、そういうことだね?」
 妙に優しい声と笑顔。
 その優しさのまま火野はデスクの上に放り出してあった鋏を片手に、楓をベットに突き倒していた。
 蛍光灯にステンレスがぎらりと光る。
「おとなしくしてないと体に傷がつくからな」
 恐怖だけではなくなっている楓の素肌に冷たい刃が押し付けられる。
 首、喉、腹。
 つうっと肌の下を粟立たせる感触に楓は自分がおかしくなっていくのがわかる。わかるけれどどうしようもなくまた、どうする気もなかった。
 冷たい刃が戻ってくる。胸の突起の上に。
「んっ」
 傲慢な顔が頭の上で笑った。
「こんなことされてるのに怖いより感じちゃうんだよな。楓は」
 言葉と共に鋏でも嬲られる。
 刃先で固くなったそれをつつき、押し込める。
 ちくりとした痛みより背中に走ったのは、快感だった。
「まったく慣らされて可愛いね、楓。でも従順すぎるのは面白味にかける」
 やっぱり自分で脱げよ、火野は命じる。
「鋏でズタズタに切り裂いてやろうかと思ったのに、抵抗しなきゃつまんないだろ?」
 楓はそれこそ従順な獣のように火野の言葉に従った。
 白いシャツ一枚だけをはおり高ぶりきった器官を隠すものはなにもない。
 恥ずかしさに身をすくめるように膝を抱えては壁際にもたれ座った。
「足。開け」
 今更、と火野は嘲い、耐え切れずに目をそらしながらも従った楓を満足げに見つめ、言う。
「恥ずかしいな、そんな格好させられて。これ、なんだかわかるよな?」
 いつの間に取り出したものか火野の人差し指と親指にはさまれているのは、彼の親指ほどの……玩具。
「そうだ。この前のGTレースでお前の体に入ってたやつさ」

 あのレースをなぜ自分が勝てたのか、楓にはわからない。
 落馬しない方が不思議なくらいだった。
 楓の中をレースの間ずっとあの玩具が支配していた。
 小さいくせにそれは楓の中をこすり、震え、責苛んだ。
 十万を超える観衆がいるその場で、十万を超える人間すべてに犯されている。そんな錯覚が襲う。
 強烈な快感ゆえの震えも、耐え切れずにもれる熱い息も大レースに臨む新人騎手の緊張としか思われない。
 パドックに入る前に火野にされたイタズラは馬に騎乗すると一層酷い。
 乗馬と違って競馬の騎手は馬に座ったまま騎乗しない。
 膝から下で馬の体をはさみつけるようにして前傾姿勢のまま、馬を操っていく。
 自分でその玩具をくわえ込み、追い詰めているようなものだった。
 地下馬道から本馬場に愛馬と共に入場した、その瞬間の歓声。
 十万超の人の目にさらされたその時に恐怖を感じるほどの痺れが背筋に走る。
 が、最後に達する事はできない。
 火野は後ろに玩具を埋め込むと共に、根元にも細工をしていったから。
 食い込んで痛みを感じるほどではなく、かと言ってイケもしない。拷問のようなこの、悦楽。
 1コーナー、2コーナーと耐えた体が、不意に3コーナーで大きくぶれた。
 立て直そうと腰に力を入れれば中のモノを締め付ける事になる。
「は……ぅ」
 玩具が中で暴れ狂う。
 4コーナーを回ったときはもう限界だった。
 張り詰めきった根元に食い込む痛みより、思うのはただ一点。
 出したい、出したい、出したい!
 ゴール板の前を一番で駆け抜けたのさえ気づかず、狂いそうな快楽の中に、楓はいた。

「とんでもない淫乱だよ、お前は」
 先週の、あの途方もない快感の回想に耽っていた楓はようやくそこに火野がいる事を思い出す。
「思い出してたんだろ?」
 言葉に体が震え、器官から透明な液体が滴り落ちる。
 それを笑って火野は触れるか触れないかほどの感触を楓の中心に残していった。
「あぁっ」
 それだけで体中が震える。
 いたぶられたがり、欲しがる。
 わずかに触れられただけの先端にぬめりが広がった。
「こっちが欲しいって、切なそうだね」
 くすり、火野は笑い大きく広げられた楓の足の間、その奥のくぼみをつつく。
 ひくり、物欲しげにそこはうごめいた。
 火野が慣らして慣らして自分なしにはいられない体にしたそこの反応に、満足げに彼は笑みをもらす。
「あ、触っちゃ……」
「挿れろよ、自分で」
「や……やだっ」
「挿れろ、その手で」
 嬲る言葉に理性が剥ぎ取られていく。したくて、欲しくて、たまらない。
 目の前に差し出された玩具をぎらつく目で楓は見つめた。
 けれど。
「恥ずかしい……っやだぁ……っ」
 桜色をはるか通り越し、白いシャツからは赤く上気した肌が見え隠れにうかがえる。
 その足の間でひくつく器官が言葉を裏切って扇情的でさえ、あった。
「ココに挿れられたいくせに」
 手綱を操る硬い指が楓の後ろをそっと触る。そのざらりとした感触に体は忠実に反応を返した。
「舐めて、濡らせ。目で楽しませろよ」
「ん……っ」
 反応に理性を曇らされた楓は、先程からは考えられないほど唯々諾々とその小さな玩具を唇で愛撫する。そして片手は口元に、片手はシャツの間から胸へ、それから……下へ。
 羞恥より、快楽が勝った。
「ゆっくり、ゆっくりだ」
 ぴちゃり、唇は水気を含んだ音をさせ、降りていった片手は指先だけで後ろを嬲った。
 さっき火野が悪戯したように。
「あ」
 指先を飲み込もうと体がひくつく。違う、指ではない、もっと熱いものを欲しがっている。
 その事が楓に恥ずかしさを呼び起こし、それが新たなる悦楽を生んだ。
高ぶった器官は触れてもいないのに今にも弾けそうに震えている。
「おクチがお留守だよ、楓」
 欲情にかすれた声で火野が言う。
「ん……ぁっ」
 火野のその声だけでイキそうだった。
 再び愛撫を繰り返す楓の額は切なげにゆがんでいる。
 我慢できなくなったように放した玩具に唇からつ……糸が引いた。
 快楽に曇った吐息を弾ませながら、入り口を弄う。
 自分の口腔で暖められた玩具が外気にさらされ続けた体に温かい。上のものか下のものかもう分からない体液にぬるり、滑った。
「んんっ」
 入り口に少しだけ飲み込ませ、締め付け、緩める。
 まるで唇で火野を愛撫するように。
 体の奥はもっと、もっとと要求している。
 けれど楓はそれに逆らいそこだけを自らの手で嬲り続けた。
 快感にゆがんだ唇をぴちゃり、舌が舐め上げた。
 不意に。
「あぁっ」
 まだ慣れてはいないそこに火野が強引に玩具を突っ込んだ。
「や、あ、あ……っ」
 それさえも身の内が震えるほど、気持ちイイ。
「いや……っ」
 いやなのはもっとじらし続けたかったからか。
 しかし体は押し込められた玩具を吐き出すどころかしっかりと飲み込んで放さない。
 楓は羞恥もなにも忘れ自分の手で己の中を玩具でかき回す。
 くちゅ……音が突然耳に入り、恥ずかしさが一瞬よみがえっては体の中の玩具を締め付けた。それが新たに悦楽を生んで、またその作業に没頭していく。
 差し出された火野の中心を咥えたのは無意識だった。
 体の上と下で水の音がする。
 体温よりずっと熱い火野のそれをかつて推し得られた通り、ゆっくりと喉の奥に導いた。
 刺激に麻痺した喉は痛みさえ感じない。
 飲み込むよりもなおゆっくりと吐き出し、舌を這わせる。
 周りを舐め上げ、先端のくぼみを舌でつつくように愛撫すれば頭の上で火野が微かにうめいた。
 唇がこすれる快感に下を嬲る一方の手の動きが速くなる。
「んっふ……ぅ」
 片手は下に、片手は自分の腰を抱いてくる楓を火野はいとおしげに見下ろし髪をつかむ。
 そうしておいて腰を押し付け、突き入れる。
 楓の顔が苦しさに、ゆがんだ。
「苦しい?」
 こくりと肯きながらも賢明に動く舌だけは休む事がない。
 火野を離すまいとする唇と腕。
 かすかに細められた目は熱情の涙に濡れていた。
「欲しい?」
 再び、首肯だけで答える。
「それじゃあ、わからないだろう?」
 火野が体を引いたはずみに口から弾かれたものはすでに充分すぎるほど高ぶっていた。
 玩具から引いたよりもなおたっぷりとした糸が火野の中心と楓の唇を、つなぐ。
「言えよ」
 そう言いつつ指先は楓の胸のあたりを彷徨い玩ぶ。
「あっ」
 たったそれだけの刺激で最後の線を越えそうになる。
 強情だね、火野は笑い未だに下を嬲り続けている玩具を引き出し押し倒しては両手をまとめて頭上に押し付けた。
「やっ……」
 なにがいやなのか楓よりもその体が如実に語る。
 欲情しきったそこはすでに玩具の刺激だけでは物足りない。
 それさえ抜き取られては、まして。
「欲しい? 楓」
「や……っ」
 反射的に楓は拒否する。
 まとめてつかまれた腕を振り解こうと体をよじればまだまとわりついたままの白いシャツがはだけ、めくれる。
 みだら過ぎる眺めと答えに火野はにやりと笑う。
 投げ出された足の間に体を入れて、膝を割る。
 いっぱいに開かされた足の間、ふたつの器官が期待にうごめいた。
 楓のどうしようもなく敏感になった場所に火野の中心が触れる。
「あつ……い」
 吐き出された息、欲しがってはゆがむ顔。
 が、火野は触れるだけで進めようとはしない。
 さも楽しげな笑みを浮かべながら火野は楓の胸の突起を口に含んだ。
 舌で転がし押し付け少しだけ、噛む。ねっとりと絡み付け、吸う。
「んっ……」
 のけぞる喉にも愛撫を与え、もう一方の突起をも執拗に火野は弄った。
 耐え難い快楽に楓はきりり、唇を噛んだ。
 鉄の味が、滲む。
「噛んだりしたら、傷がつくだろ」
 わずかに血の滲んだその唇に唇を合わせ火野は問う。
「最後だ。欲しいか? 楓」
 触れるか触れないか程の距離で唇を離して問われた問いに理性が、飛んだ。
「欲しいっ!!」
 突如、噛み付くような、くちづけ。
 陥落させた体に火野が侵入したそれと同時に楓は達していた。
 ぐったりと力を失った楓に火野はにやり、笑い
「一人で楽しんでんじゃねぇよ、淫乱」
 そう、体を推し進めた。
 解き放ったばかりの器官が、それなのにもう回復しつつ反応する。
 火野の言う通りなのかもしれない。ちらり、そんな考えが頭の隅を掠め、消えた。
「楓」
 目をあけた楓の顔が再び悦楽の色に染まっていくのを火野はゆがんだ笑みで見返し、楓の奥の奥まで体を、たたきつけた。
「あぁ……っ」

 精液にまみれ、快楽にどろどろになった楓に
「また可愛がってやるよ。レースでも、ここでも」
 そう、火野が笑う。
「うん」
 肯いたのはどうしてなのか、楓にもよくわからなかった。



モドル