くらり、少年の足がもつれた。
 黒のブレザーに白いシャツ。細い紺のネクタイ。
 それが横浜の紅葉坂高校の制服だと、観察者は知らない。
 くらり、少年が再び揺らめく。
 熱でもあるような足取り、開かれた唇。
 その唇は、赤い。
 なにかを含んだように。
「はぁ……っ」
 吐き出す吐息。熱い。

 白い肌をさらしたまま観察者は喉の奥で笑った。
 しぃんとした湖に少年の姿が映っている。
 水浴びをしていたのだ。
 引き締まった体を冷たい水に思う存分ひたす。無駄な肉のない体が水をかきわける、その感触が好きだった。
 月の光が凝ったかのような銀の長い髪はまだ濡れている。それが裸の背中に張りついて、冷たい。
 そして尻尾も、また。
 髪と同じ色をした銀の尾。ふうわりとしたそれも今は濡れて幾分細い。
 ぴくり、やはり銀の耳が楽しげにうごめいた。
「おもちゃがかかったねぇ」
 観察者……妖狐は再び喉の奥で、笑った。
 水浴びの途中、どれほど前だったか、妙な気配を感じて動きを止めた。
 すぅと指をひらめかせ湖面を水鏡に変える。
 そうして見つけたのがあの少年だった。

 不意に少年、優希は足を取られ転んだ。まるで草が、木がその枝が意思を持って彼を転ばせでもしたように。
「あっ」
 転んだ拍子に去年の羊歯の柔らかい塊が彼の体を圧迫する。
「う……っ、うん」
 唇から漏れ出した声は快楽をこらえる、それ。
「はぁ……っ」
 服の上から無意識につかんだ己の中心はこれ以上ないくらい、高ぶっていた。
 ぺろり、優希は唇を舐める。
 森の中、誰もいやしない。
 木々の葉においた露がきらきらと光る。
 するり、ネクタイを緩める。
「ん……」
 それだけで体は期待に震えた。
 シャツのボタンをはずしていく。その手が羊歯の茂みに触れた。柔らかいそれに優希はひとつ笑みを漏らしまとったすべてを脱いでいく。
 風が吹き抜けた。
 風は優希の体に欲情したかのように彼の体を弄って、抜けた。
 柔らかい羊歯の上、体を据えれば内腿を葉が刺した。
「あ……っ」
 それだけで中心から震えがくるほどの快感が身の上を駆け回る。
 青い羊歯の上、白い肌がくっきり、浮かんだ。
 片手が胸の突起を弄う。
 そっとこね回すだけだった優希の指は次第に熱に浮かされ始め、自分のイイ所を探り出す。
 勃ちあがったそれをつまみ、ゆっくりと押し込める。
「ん。んんっ」
 爪でかりり、こすった。
「はあ……っん」
 声が、もれる。
 イイ。
 中心が切なげに、ゆれた。
「ふ」
 自分自身をじらすよう、そっと触れる。
 人差し指で、先端に。
 快楽に滲んだ液がぬるりとすべる。
「あぁ……」
 舌が唇を舐め上げた。
 羞恥心を忘れ、大きく足を開いてみる。
 慣れた後ろは少し、潤んでいた。
「ん……っ」
 中心に触れたまま、もう一方の手でソコにも触れる。
 ぞくり、悦楽が走る。
「恥ずかしい……」
 口に出せばその思いは一層高まり、それがまた快楽を呼んだ。
 ぎゅっと根元を握り、中指の先だけを自分の中にもぐりこませる。
「あ、ん」
 もっと欲しい。
 もっと奥まで。
もっと強く。
けれど優希はその欲望に逆らってほんの少しだけ指を動かした。
「ん……ふぅっ」
 それだけなのにソコは、いやらしい水の音を立て始める。
「挿れてごらん」
 はじめは内なる声かと思った。
「ほら、優希。挿れてごらん」
「あ……誰、どこ……」
「どこにいてもよく見える。最初から見ていたよ」
 弄る声。妖狐の。けれど優希はそれがこの森の主の声だとは知りもしない。
「あ、ぁ……っ」
 けれどその声に高ぶらされ、一層追い上げられる。
「恥ずかしいね、そんな格好をして」
 声に始めて己の姿を自覚させられ、慌てて優希は足を閉ざす。
 いや閉ざそうとした。
 けれどいつのまにか足は羊歯の葉に捕らえられ、ぴくりとも動かせない。
 むしろ。
 羊歯の葉はゆっくりと優希の足を大きく、大きく開かせはじめていた。
「あ……っ、いやっ」
 中指を埋めたまま優希はあらがう。
「なにがイヤなものか。見ていたのだよ、私は」
 嘲笑する妖狐の声。
 その嘲笑にさえ彼の体は欲情する。
 白い肌はいつのまにかほんのりと桜色に染め上げられていた。
「ほら……悦んでいる」
「あっ」
 見れば優希の手の中で中心は快感に打ち震え、中はさらに貪ろうとうごめいている。
「動かすんだよ、中の指を」
 優希の舌が唇を舐めた。
 妖狐の声に絡め取られた理性は、遠くに消えた。
「う、ふぅ……っ」
 指の先をくすぐるように動かせば先ほどとは比べ物にならない悦楽が体を駆けていく。
 妖狐の声の所為だった。
 無論、優希はそんな事には気づかない。
 ただひたすらにあおられていく。
 見られている、そんな羞恥がよりそれを高めた。
「そこから手を離すんだよ」
 操られるように優希は己の中心から手を離す。
 触って、弄って、玩んで欲しいとそこがゆれた。
「そういい子だ」
 声はまた嘲笑した。
「優希はいい子だから後ろだけでイケるね? 私を楽しませてくれるね?」
「あ、あっあぁ……っ」
 妖狐の声の間にも優希の指は動き続け、中は吸い付くように要求を繰り返していた。
「あえぎ声ではわからないな」
 遠くから楽しげと言えるほどの声が降ってくる。
「んんっ……はい……っ」
 こらえきれずにもらした返事にどこからか声はいい子だ、と応えた。
 理性を無くした優希はゆっくりとソコに指を埋めていく。
奥まで、全部。
「はいった……っ。奥まで……ぇ」
 くちゅ。
 かきまわす、音。
「あ、あ、あっ」
 恍惚と表情がとろけていく。
 快楽に。
「やらしい顔だね」
 妖狐が嘲う。
 声に弄られ優希はまた高められていく。
「ほらもう一本」
 声に促され、ぴくん、優希が反応する。
 そしてのろのろと指をソコから抜いた。
 指は粘つく液体に、ぬらぬらと濡れている。
「ふ……っ」
 それからまた指はソコに埋められた。
 今度は二本。
 中指と人差し指と。
「あぁ……っ」
 くちゃくちゃと一層、水音が響く。
 しぃんとした森の中、優希のたてる淫音だけが響いている。
「いい眺めだねぇ」
「あ、や……見ちゃ、やぁ……っ」
「恥ずかしい格好して、自分でしてる優希は、本当にいやらしい子だねぇ」
「見ないで……見ないで……ぇ」
 出入りを繰り返す指の動きが早まる。
 妖狐のかきたてる羞恥が悦楽をあおる。
「あ……もう、もうだめっ。イク……っイクぅ……っ」
 耐え切れずに触れた中心からどくり、白いものが飛んだ。
「喰え」
 高笑いとともに妖狐は言い、風に乗って声は流れて消えた。
 後には青い小さな実がひとつ、残っているだけ。

 ばさり。
 乾いた銀の髪をかきあげて妖狐は言う。
「つまらん」
 と。
 優希の唇を染めていた赤いもの。
 それは妖狐の森の赤い果実。人間がゆらの実と呼ぶ果実。
 口にすれば耐え切れない、それ。
 優希はそれを口にした。
「言いなりじゃあ、つまらないねぇ」
 せっかくのおもちゃだったのに。そう妖狐は呟くともう一度ばさり、髪をかきあげた。




モドル