森の彼方の空遠く、今日も人が迷い込む。 「ユキ……どこだ、ユキ……」 がさりがさりと落ち葉踏み分け歩くのは一人の青年。 すらりとした背丈、ほっそりとした指。神経質そうに指で押し上げる眼鏡。 どこから見ても森を歩くようには見えず、机の前で数式と睨みあっている方がよほど様になる。 その青年――内藤孝輔が誰かを捜し歩いていた。 そこが妖狐の森だとは露ほども知らずに。 「ユキ……」 どこに行った。 心配そうに視線が翳る。 垂れ下がった蔓を持ち上げ、下草を覗き。 とすれば探しているのは人にあらず、か。 と。 「やん……あ」 木々に木霊する嬌声。 孝輔の頬がさっと赤らみ、普段ならば決して取る事のない行動を彼は取った。 嬌声の主を探した。 潅木の茂みをそっとかきわけて覗いた向こうには 「あ――」 白銀の髪をした秀麗な男。その腕の中にいるのは少女とも見まごう美貌の少年。 少年、と知れたのはその目の、眉の、きつさ。 けれどもそう見えたのは一瞬で。 「ユキ……!」 男の腕にいるのは一匹の猫。 しなやかな体をしたまだ若い三毛猫だった。 「お前の猫か?」 男の腕から奪い取るように抱き上げて頬擦りをした孝輔の耳に声が響く。 「えぇ、えぇ! 幸せ、と言う字を書いてユキと言うんです」 ようやく見つけた愛猫。孝輔は異変に気づかない。そもそもおかしい、とすら思っていない。 白銀の髪をしていなかったか。 人ならざる姿をしていなかったか。 ようやくふと、側に立つ彼を見上げ孝輔は声を詰まらせた。 「ひ……」 そばにはにんまり笑う妖狐が立っていた。 「私は……夢でも見てるのか」 呆然と呟く孝輔に 「それもユキ、とは言うけれど」 そう、腕の中の猫を指差す。 ふぁさり、豊かな尾を振ったのはなぜか。理由はなく楽しげに見え。怖い。 「お前の猫かねぇ、本当に?」 く、と笑った。 「わ、私の猫です」 「猫だって、さ」 突然、第三者の声。 なのにそれは間近で聞こえ、否。孝輔の腕の中で聞こえ。 「……は?」 理解できない現象に自らの腕にいるはずの猫を見れば。 「猫に見える?」 くすくす笑う少年がそこに。 「な、なに。君は……誰だ」 動揺する孝輔にまたも少年は笑い、腰の砕けた彼をそのまま押し倒す。 「やめ……なにをっ」 「あんたの猫、ユキだっけ。本当にただの猫?」 「当たり前だッ」 「違うよ、あんたが、ただの猫だと思ってたか聞いてるわけ」 両手を後ろについてずり摺りと逃げようとする孝輔の膝の上に座った少年が、つい、と指を彼のあごにかけ訊く。 「あんたはユキが人間だったらいい――そう思いはしなかった?」 指はそのまま首筋を辿り。 ぞくり。 それがもたらしたものに孝輔は身をすくませた。 「人間だったら――」 「そう、人間だったら」 愛しい猫。孤独な仕事の毎日に、一度もそう思わなかったと言ったら、嘘になる。 「僕も、ユキっていうんだけどね」 笑ってユキは怯え戸惑う彼の唇に己のそれを押しつけた。 「やめろッ、なにを……」 抵抗しようにも彼の両手はすでに自分の体重とユキの体重を支えるのに手一杯で。 「妖狐」 「呼んだかね」 「そこで見てるつもりだったら見物料、欲しいんだけど」 孝輔に圧し掛かったまま、ユキが笑う。 悪戯の計画を申し出たような、そんな目だ。 妖狐は珍しい事に苦笑をひとつ浮かべると片手を軽くひらめかせた。 「ひ……ッ」 孝輔の、今度こそこれは悲鳴だった。 周りから突如、草が襲い掛かってくる。 草、いや、つる性の植物。細い繊細な蔓を伸ばし、孝輔をそのままの姿勢で絡め取る。 「な、な……」 言葉にならない声をあげ硬直する孝輔の周りで、香りが。 蔓が一斉に花をつけた。 淡い黄色、透き通る白。揺れるおしべ。すいかずら。甘い香りが立ち込めた。 「ついでにもうちょっと色つけてよ」 異常な景色の中、妖狐とユキだけが平静に会話する。 それが異常を際立たせていた。 「色、ねぇ」 楽しげに妖狐が呟き、再び手を一閃。 香りが変質した。 ごく当たり前のすいかずらの香りから、この世に存在が許されるのか、と疑うほど淫猥な香りに。 とろり、空気が粘度を持ったようだった。 「は……」 思わず孝輔がため息を。 呼吸のたびに頬が上気する。香りを吸い込まぬよう、という思考すらすでに働いてはいない。 「ねぇ」 ユキの呼びかけに応え、わずかに顔を上げた彼にくちづけ。 「ん……」 ぴちゃり、水気を含んだ音はすぐにした。 拘束されたままの不自由な体で彼はユキの唇を貪る。 ユキの手が彼の喉元にかかり、器用にネクタイを解いていく。 タイはそのまま抜き取らず、指がシャツのボタンにかかった。 「あ……っ」 ユキの舌が首筋を舐めあげ。女のような声をあげたことにわずか、孝輔は戸惑い、それも消えた。 指はさらにボタンをはずし続け、ほどなく肌があらわになる。 「ねぇ孝輔。ここ、どうして欲しいの」 指先で胸の先端をはじいた。思わず声があがる。 「……舐めて」 ちらり。自分はこの少年に名乗りはしなかった、そう思いはしけれど思っただけで。 「ん……ふぁ」 ユキの舌がもたらす快楽に疑問は解け崩れ。 孝輔は自分の手でベルトをはずしはじめていた。 「ヤだなぁ、孝輔って……」 インラン。 耳元でわざと囁かれた言葉。 煽られた。 もどかしげに裾から足を抜くのにそのときだけ蔓が解けたのにも気づかない。再び蔓は彼の足を縛めた。 「こっちも、こっちも……舐め……ひぃっ」 獣欲に昂ぶる孝輔の視界にようやく「見物人」の姿が入る。 「やめ、見るな……ぁッ」 シャツだけを羽織ったあられもない姿で少年に圧し掛かられている。 知覚した途端、体が熱を増す。 「見る、な」 自らの肩口に頬を埋めれば眼鏡がずれる。 「ひ……ぁ」 見られていることにではない、悲鳴。 ユキが足元にうずくまっていた。中心の、その先端をちろり、舌が舐めあげ。 仰け反ったならば妖狐の姿が目に入る。 「や……やめ」 目をそらした頬に上った血は羞恥か、快楽か。 くちゅり、いやらしい音がする。 手足を拘束されて、顔を隠すこともできない孝輔にユキは容赦ない悦楽を与え続け、妖狐はわざと彼の視界に常に入り続ける位置へと動いた。 「は……あ……っ、く」 「どうして欲しいわけ?」 足の間でユキが笑う。舌なめずりをしながら。淫蕩な、仕種だった。 「見られるのは……いやだ」 視線を落とし、けれど腰は蠢く。 唇を先端に当てたままのユキの、その柔らかい肉にこすりつけようと。 「だってさ」 舌を伸ばしてそこを舐め、嬌声をあげさせてから、妖狐をちらり、見上げた。 妖狐のわずかばかりの指先の動き。そろそろとすいかずらが伸びては――眼鏡を弾き飛ばした。 すいかずらの花の上、眼鏡が落ちる。 「見えなければ、構わないねぇ」 喉の奥で妖狐が笑い、ユキもまた。 「やめ……そうじゃ、ん……あぁっ」 舌が中心を舐める。唇で包み込み、根元を締め付け。 「は……ぁっ」 ため息混じりの喘ぎ声。 ユキの手が伸び、中心を咥えたまま胸の先端をこねくった。 声にもならない、嬌声。 背を弓なりにし、仰け反っては頭を振った。羽織ったままのシャツが揺れる。 「欲しい?」 笑みを含んだ声が問う。 「欲しい……ッ」 涙目の彼が答える。 ユキが笑う。見せつけるように一枚ずつ、脱いでいく。昂ぶりさえも隠すことなく、立ち上がり、睥睨し、満足げに。 「孝輔……」 そっと彼の胸に触れ、跨ってはそれにくちづけ。 かすかな喘ぎ。 「あ」 ユキが声を漏らした。後ろに触れた彼の中心の熱さに。 「ふ……」 自分の手で双丘を広げ、体の中に孝輔のそれを導く。淫靡な姿だった。わずかに仰け反った喉も、少しばかりひそめられた眉も。 「ん……あ……ぅ」 熱いユキの中に侵入していく。己の手で広げて挿れるその姿を見ているだけで達してしまいそうな、イヤラシさ。 「あぁ……!」 ユキが悲鳴めいた喘ぎ声をあげ。 半ば這入ったところで孝輔は腰を突き上げていた。もどかしい快感に耐え切れずに。 「締まる……っ」 「ん……ん、ん」 孝輔の首に腕を投げかけ、ユキは彼の胸にすがるようにして腰を使い。 「は……ぁ」 孝輔の腹に昂ぶりがあたる。 腰を動かせばこすれ、そのたびにユキの中が締まった。 「キツ……」 耐え切れぬげにユキの髪に頬をすりつけ。その頬に何かがあたる。 「何」 ピンと立った薄い耳、獣の、猫の。視線を移せば男のモノを収めた場所から覗くのは、長い尾。見覚えのある、三毛模様。 「……ユキ」 「だからユキだって、言ったじゃん」 自分の上で腰を振る、少年、いや、愛しい――猫。甘えるように尻尾が足に絡みつく。 「ふ……あっ」 締め付け、緩み、蠢くユキの中。人獣が仰け反った。 「あ、あ、あ……っ」 今にも達しそうな表情に、孝輔もまた。 「ユキ……ユキ……」 人獣を呼ぶ。愛しい猫であっても構わなかった。それこそが望みだったのかもしれない。 ちらり、ユキは彼へ視線を投げ、それから別のところへと彷徨わせ。 捉えた。妖狐の目。 「ねぇ」 応えるように妖狐が足を踏み出し、ユキの顎先を指で支え。 「やめろ……っ!」 くちづけた。 「ユキ、ユキ……っ」 がむしゃらに腰を突き上げるのにユキは眉根を寄せて悦楽を貪る。 くちゅくちゅとくちづけの音がする。 「ふ……」 孝輔に投げかけていた手をユキははずし、片手を妖狐の首に片手を――自分の昂ぶりに。 「ユキ……っ」 「ん……あ、あ……ふ……ッ」 唇は妖狐に、後ろは孝輔に与え、昂ぶりは自らの手で嬲る。 淫猥な、妖狐のすいかずらの香りさえ霞むようなその光景。 「手ほどけ……私が、私が……ッ」 縛められたままの孝輔が身悶えするのに妖狐が薄く、笑う。ユキの細い尻尾を指に絡みつかせ愛撫すればユキの体が細かく震えた。 「あ……イく、ん……イク……ぅッ」 昂ぶりをこすり、指で締め付け。頬を妖狐の頬に擦りつけ、自分の手の中にユキは精を吐いていた。 「は……ぁっ、ユキ……ッ!」 きつい締め付けと蠢きに、孝輔も、また。 虚脱したユキを抱き上げた妖狐に 「還せ」 とは言えなかった。 ちらり、視線を寄越したユキが密やかに笑ったせいかもしれない。 足の間にとろり、白濁が伝っていた。 のろのろと散らばった服を集め、孝輔は悄然と歩き出し、後ろも見ずに去った。 しばらくして不意に妖狐が言う。 「あの男、森を抜けたねぇ」 妖狐の胸の上で半ばまどろんでいたユキがぴくり、耳を動かし、こればかりは忘れて行ったのか孝輔の眼鏡を手に取っては、 「僕は福猫だし?」 そう、笑った。 |