里から遠く、鎮守の杜のまだ向こう、野原の果てにあるという。妖狐の森があるという。 その森は人の欲望を映し妖狐はそれを叶える、とも言う。 いずれにせよ人の身が行くべき所ではなく、望んだとて行かれる場所でもなかった。 その森に人が迷い込んだ。 いや、呼ばれた。 どちらが? がさりがさり、下草を掻き分け続けた手足にはすでに無数の傷がついている。 年の頃は十五、六。膝丈の粗末な着物は元の色が何色なのか、わからなくなっている。 すっきりと伸びた腕にこんな足場の悪い所でさえなかったらきっと駆け出してしまうだろう、足。 里の子だろうか。よく焼けた肌をしている。 太陽が似合う子だった。 けれどここは。 妖狐の森に陽は射さない。 いつもうっそりと暗く、遠く梢にちらちらと光が遊ぶだけ。 少年……左京はきつい目をして遠くを睨む。けれどそれも一瞬のうちに恐怖にとって変わられる。 がさり。左京の足音。 かさり。誰かがついて来る。 がさり、かさり。がさり、かさり。 左京が進めば誰かも進む。左京が止まればしぃんとする。 ひょう、風が鳴いた。 びくり、左京は立ち止まり注意深くあたりを見回しては、立ち木にすがりついた。 「怖い……兄上」 かさり。 音がした。 今まで左京について歩いていた、音がした。 怖くて、あまり怖くてそちらを見ずにはいられなかった。 「ひっ」 喉で潰れた悲鳴がそのまま、凝った。 「おや、追いかけっこはおわりかい」 嫣然と笑うのは……青年? いや。 「ば……化け物……っ」 凝った悲鳴が恐怖に解けて喉からようやく解放された。 不意に。 なにかが口をふさいだ。 とっさに噛み付けばなにか、青臭い。 あっけに取られた自分の口からもう悲鳴が漏れていないことに、左京はしばらく気づかなかった。 「蔦……?」 「妖狐は植物を操る、そう聞いた事はなかったのか」 「妖狐? あんた……」 「他にどう見えるというんだね?」 妖狐が笑う。おかしげに。楽しげに。 左京がこわばる。ようやくまともに見たソレへの恐怖、未知なる物への恐怖に。 「妖狐……」 それは確かに妖狐の言うとおりにしか見えなかった。 長く背中にまで垂れた髪は銀。つり上がり気味の目は金。しなやかな手足は雪と比べてもなお白いだろう。 けれど左京が知る限りのどんな男よりも引き締まり、力を感じさせる体をしている。その体を包むのは罰当たりな表現かもしれないが仏像の天衣に似ている。 そして。 銀の髪の間から見えるのはぴんと張った、耳。衣の後ろでふぅわりと揺れているのは銀の、尻尾。 「納得していただけたねぇ。ようやく」 一飛びに妖狐が近づいてくる。真正面に位置どってはにぃと笑い、銀の尻尾が左京の頬を撫で上げた。 柔らかいその感触につい目を閉じた次の瞬間、左京の意識はもうなかった。 やわやわと髪を撫ぜている手。都にいたときには 「さすが平家の若様よ」 と羨望の眼差しで見つめられていた兄の手。 その白くほっそりとしていた手はもう、ない。戦い破れ、逃げ惑い、いつのまにかあの手は無骨な男の手になっていた。 けれど左京にとってたった一人の兄の手は、優しい。 「兄上……」 指の間から滑り落ちる髪の感触を楽しむように梳いていく。頬に触れ、顎先を持ち上げ。 くちづけ。 「あ……っ」 「目覚めたか?」 今の今まで兄の所にいたはずなのに、あれは夢だったか、左京は愕然とする。 夢、そのものにではなくなんという夢を見たのか、と。 決してけして兄に対してそんな邪念を持った事などありはしない。 「妖狐め」 「随分と怖い目をする」 妖狐は笑う。ふぁさり、銀の尻尾がからかうように左京の喉をくすぐった。 「動けもしないくせに強がりだけは一人前。人間というのは面白いねぇ」 その言葉にはっと気づいては身じろいだ。 今までただなにかに座らされているだけと思っていた。 粗く蔓で編んだ網のようなもの。それが周りの木々に絡ませて吊ってある。 蔓は生きているかのように生々しかった。 その蔓に。 両の手足を束縛されていた。 気づかなかったのはゆるく柔らかく絡んでいたから。それも今までは。 妖狐の言葉ひとつでそれはどれほど暴れても逃げられない鎖になった。 「兄への邪淫に惑ったか。面白い。楽しませてもらおうねぇ」 妖狐が笑う。木々が揺れる。風が尾の毛を弄って消えた。 「な……っ」 なにをする、とは最後まで言えなかった。 しゅるん、四肢をつないだ蔓は両の腕を高々と吊り上げ、膝を割る。 「やっ」 やめろ、とも言えなかった。 妖狐に仮の命を与えられた蔓が器用に帯を解いていく。蔓が解け、着物を腕から抜かれ、また緊縛される。 蔓はいつのまにかぬめりを伴っていた。 生きた蔓で編まれた網にとらわれた左京の裸体はぞっとするほど艶だ。 「綺麗だねぇ。本当のお前の肌は白いんだねぇ。ここなんぞ、抜けるようじゃないか」 間近で肌を観察される屈辱に、左京の肌が染まる。 「ほら、ここだよ」 そう、妖狐は割られた足の付け根の内側、他人どころか己の目にさえ映した事のない部分をそぅっと尻尾で撫でてみせる。 「やめ……っ」 「て欲しくはない様だよ、左京」 左京のあらがいにかぶせるように妖狐は言い、にやり、笑う。 左京が羞恥に身をよじって足を閉じようとすればするほど、縛り付けた蔓が体に食い込む。 痛みはない。けれど蔓が吐くぬめりが体にしたたっていくたび、抵抗する気力を奪われていく気がする。 「おや、恥ずかしいのかい、左京。こんな所まで桜に染まって」 「はな、して」 「悪い子のする事だよ、嘘は」 お仕置きがいるね、妖狐は言う。白い手がひらめけば蔓に吹き込まれた命が息づく。 ひとつ、ふたつ。みっつ。体を束縛する蔓とは別の蔓が延びてきていた。 「な、に?」 蔓、しかし蔓ではない。それは妖狐の森の蔓だった。 腕を縛り上げた蔓どもよりもなお多い、ぬめり。蔓の先から分泌されるそれはまるでケモノのもの。 蔓は己に意思があるかのごとくそれを左京の体に塗りつけていった。 「さあ」 妖狐が淫楽を促す。 と。 今までおとなしくしていた体を縛る蔓どもが突如左京の体を開きにかかった。 吊り上げられた腕はひとつにまとめられては頭の上に。 膝を割っていた蔓は腹のあたりで無理やり足を曲げ、そのまま大きく。 「ふん……」 妖狐がまた手をひらめかせる。 すると蔓のひとつが左京の腰に巻きついては手前にひいた。妖狐のほうへ、と。 体中を蔓の自由にされている左京の腰は自然、妖狐に向けて突き出された。 「や……っ」 誰も見たことのない部分が銀の妖狐にさらされている。 しかもそこは。 羞恥にうなだれきるはずのふたつの器官はひくり、息づいていた。 「やだぁっ」 どんなに恥ずかしくとも足を閉じる事も顔を隠す事もできずに左京の体は空気にさらされている。 暗い妖狐の森の左京のいるその場所だけが、不意にきらきらとした木漏れ日に照らされる。日に焼けた手足が、抜けるように白い肌が、蔓の作り出す枷にとらわれた姿はまるで、蜘蛛の巣にとらわれた、蝶。 暴れ、身をよじるたびに隠したい部分はより一層あらわにされていく。 緑の蔓が物欲しげにうごめいた。 「さて、遊びはおわりだ」 涼しげな目をした妖狐の前で一人、左京だけが乱れていく。その事実が彼の頭を妙に刺激した。 もう、どうでもいい、と。蔓の粘液に理性を侵されていた。 それを感じ取ったように蔓が口を犯す。胸の突起を愛撫する。内腿、そして、「そこ」も。 「あ……っ」 ぴちゃ……。いやらしい、水の音。蔓は自身のぬめりを左京の唇に塗りつけるかのような動きを繰り返す。奥まで犯し、引き際に甘い舌を弄う。 「ん……」 知らず鼻にかかった声がもれる。 「口で『してあげる』のは気持ちいいだろう?左京」 妖狐の嘲うかの声ももうあまり気にならない。いや、その声にこそ狂わされていく。縛られたままの不自由な体で自身の体温を移したかのような生暖かい蔓に、左京は奉仕する。 舌先でゆっくりと蔓を舐めあげる。頭だけを巡らせて、飲み込む。吐き出しながら唇で締め付ければ左京の体は快感に、よじれる。 とくん。口の中の蔓が震えた。 「けふっ」 震えた蔓がなにかを左京の喉に送り込んでくる。生暖かい、液体。 吐き出そうにも頭はいつのまにか蔓どもに押さえつけられ、よける事さえできない。 「んっ」 ごくり。飲み下した音が妖狐の森の静けさに、響いた。 その音が左京の悦楽をあおっていく。 「なに、今の」 一瞬の解放に左京は妖狐に問うた。白い面に欲情のかけらさえ見せない妖狐を憎憎しげに見ながら。 「左京がもっと私を楽しませてくれる、おまじないさ」 「あ、んっ」 その妖狐の声が聞こえただろうか。 再び蔓は左京の口を犯し始め、今度は。 猛った器官への、愛撫。 蔓が口にある間、もう一方のその蔓はくねり、震え左京の中心を玩ぶだけだった。 それが。 口の蔓が身を引けば下の蔓が大きく左京を飲み込む。そして逆、あるいはともに。 蔓の吐く粘液にまみれた体をその蔓どもがそっと触れていく。たったそれだけのことが例えようもない痺れを生んだ。 緑の蔓につながれ、口を征服され、中心を咥え込まれ左京はケモノになる。 思わず声がもれた。 「んっ……んんっ」 体が火照り始める。 ぬるぬると体液をこすりつける蔓に体中を犯されて、左京の体は熱くなる。 己の指でさえ触れたことのない部分がぽぅ、熱くなった。 「あ……っ」 不意に口から蔓が抜け出す。 つ……。蔓と唇を太い糸がつないだ。 なんとも淫な眺めに妖狐は笑う。 蔓がその先端で左京の唇を弄う。いつのまにか左京は再びその動きに応え始めていた。 ぬるり、蔓が唇を撫でればその先を舌で愛撫する。まるで生きた男にするように。 どろどろの体をくねらせて、誘う。 「もう、いいねぇ」 妖狐の呟きが左京の耳に届いたか。 その妖狐の声に従って蔓はまた新たな動きを左京に与えた。 「あっ……や、やだっ」 左京の唾液と自身の体液で充分な潤いを持った蔓が、誰も触れたことのない部分を探り始める。 ぬるり。 「やめ……っ」 抵抗は許さない、とばかりに左京の口は蔓にふさがれる。 快楽を誘い出そうとするように下の蔓はそこをうかがいゆっくりとなぞり始めた。 「あ……っ」 押し広げ、られた。蔓が入ってくる。左京の体内に。 「あ、あぁ……」 左京の意思に逆らってそこは蔓を欲しがって震え締め付ける。 木漏れ日に照らされ、妖狐の金の目にその動きはあからさまにされていた。 ふっ、妖狐は笑う。楽しげな遊びを見つけた、とでも言うように。 手をひらめかせば蔓の動きが止まった。 左京のそこにほんの少し先端を埋めたまま。 「あ、やだ……っ」 言ってしまってから左京は己の言葉に愕然とし、羞恥に体中が染め上げられる。 ちらちら輝く陽の光に上気した体が、揺れる。 「そう、ここでやめては辛いねぇ」 そして命ある蔓のひとつに命じ左京の根元を締め付けさせた。 「こうするともっと辛い」 邪淫に妖狐が笑う。 「こうすればもっともっと辛いねぇ、左京」 笑みを浮かべたまま妖狐は左京の中心を指で弄り始めた。 「あ、あっああっ」 左京の息が弾み、最後に近づいていく。けれど爆発を止められた熱情に行き場はない。 白い指が左京の先端のしずくを掬い取り、塗りつける。蔓よりももっとあふれた体液に妖狐は嘲い、指の腹で先の敏感な部分を弄う。 「兄の事を想いながら自分でこうしていたのかい?」 おかしげなその問いに左京は必死になって首をふった。 「嘘はいけない、と言っただろう」 くちゅり。妖狐の手が左京の中心を荒く包んだ。 熱い猛りを妖狐の冷たい手が包み、愛撫する。人ならざる身の、言いようのない淫技に左京の体はどくり、脈打った。 「あ、や……ん」 「兄の事を想ってしたね。左京」 快楽に追われ、左京は思わず肯く。 「それじゃあわからないよ。言ってごらん」 「あ、あ……っ」 「左京のおクチはいやらしい事をするだけのおクチかな?」 わざとらしい妖狐の淫語に、左京は敏感に反応を返す。 妖狐が口を開くたび、悦楽を追う体はびくりびくりと身をそらした。 「言ってごらん」 そして妖狐は中心とともに少しだけ蔓の埋まったその部分をつぅと爪で刺激した。 快楽に頭が熱くなる。いや、すぅっと冷めていく。 気が遠く、なる。 「したっ。兄上にして欲しい事、自分でしたっ」 「そう、いいこだ」 妖狐が笑う。淫靡に。 「あっ」 妖狐が左京の体から離れたのだった。 もう興味はないとばかりに手も触れず蔓にも命じない。 左京一人が網に捕らわれたまま、淫楽に身を焦がす。 緑の触手にとらわれた褐色の、体。上気し、快楽を追って身を焦がす体。 唇に、下に、中心に、緑色が絡みつく。どくりどくりと脈打ちながらも動きを止めた蔓が絡み付いている。 「んふっ」 「効いてきたねぇ」 左京の体液に濡れた指を赤い舌が舐めあげる。そのいやらしさに見ているだけで左京は体を震わせた。 与えられる快楽の強さに染め上げられた頬が切なげにゆがむ。 「な、なに」 「さっきの蔓さ」 惚けた頭で記憶をたどる。 蔓が体液を吐いた。随分前の気がする。 「あれは淫情をあおるのさ」 その言葉がきっかけであったのか。 突然。 放置されたままの中心が耐えがたくなり、ほんの少し咥えただけの蔓が狂おしいほど、欲しい。 「素直だね、左京は。ここがこんなに欲しがっている」 言葉にひくり、下が反応する。ひくつけばその分、悦楽が激しくなる。 咥えた刺激のよさに体を緩め、物足りなくなっては締め付ける。 その部分だけが独立した生き物のようにひくり、うごめいた。 「は……ぁ」 薄い胸が上下し、知らず腰はうごめく。 欲情など知らぬげに妖狐はそれを眺め楽しむ。 「欲しい?」 羞恥も何もなかった。今はただ、欲しい。 がくがくと首をふり、それだけでは与えられないと知ったか左京は自ら叫んでいた。 「欲しいっ」 「それじゃあだめだ。『兄上もっと』って言ってごらん」 「や……それだけは、や」 「じゃあ……」 妖狐が手をひらめかす。止まっていた蔓が意思を持ち、左京の体から抜け出ようとする。ゆっくり、ゆっくりと。 「あ……兄上ぇっ」 「もうすこしだねぇ」 もうほら抜けてしまう、妖狐が言う。欲しければ言え、そうあおる。 汚してはいけないただ一人の人の名を叫びいやらしい事をして欲しいと懇願せよと言う。 ぬぷ。 体内から蔓が抜けた。 その瞬間左京は、落ちた。 「兄上が欲しいっ。ここにしてっ挿れてぇっ!!」 妖狐がほくそえめば蔓は命を与えられ左京の体に躍りかかっていく。 口に胸に中心に。 そして。 「あぁ……っ」 左京の中に。 「んっんん……」 自分で大きく足を開き腰を振り、快楽を追っていく。 邪淫に惑った体には無数の蔓が絡みつき、ぬめった蔓は中までもを犯している。 緑に左京が染まっていく。 出入りを繰り返す蔓を締め付けひくつく左京のそこを妖狐は嘲い、見つめていた。 「もう、もう兄上ぇっ」 不意に人ではあり得ぬ奥まで蔓が侵入した。 苦しい、いや。想像もできない、快楽。 「お前にそんな事をしているのは、この私だよ。左京」 「あ……あっ。妖狐、いかせて」 目を開けすがってきた眼差しのその切なさ。 これ以上の悦楽にはもう耐えられないと訴える表情の、艶。 妖狐が笑う。 するり、根元を締め付けていた蔓が外れた。 「あっああ……っ!」 妖狐の森は人の身で行くべき所ではない、と言う。 「左京、どこに行った左京」 あの子はいない。 あれ以来左京の姿を見たものは、いない。 |