「桜丸……どこだ、桜丸」
 秀麗な面差しに、一片の狂気を滲ませた男がふらふらと森を彷徨う。
「どこだ……」
 森の奥へ、奥へと。
 男はいつのまにか景色が変わっていることにすら気付かない。
 夜の森がざわめいた。

 森の彼方の向こう側。
 妖狐が棲むと人は言う。
 人ならざる身の物の怪が、人を惑わし繋ぎ止め、二度とうつしよに帰さない。
 森の主は美しい白銀の――妖狐。

 男は彷徨った。
 ある日、突然現れた美童の姿を追い求め。
 美童の名は桜丸。
「お館様はお脳を病まれた」
 囁く声がそこかしこ。
 男――大羽晴信は気にも留めなかった。
 なよやかで麗しく、かつ少年期の張り詰めた芯の美。
 綻び、爛熟する一瞬前の桜を思わせる、桜丸の名にふさわしい者。
「桜丸……っ」
 頭上には恐ろしいほどに冴え渡った銀の月。
 木々の梢が影を落とす。
 不意に、人影。
「……ッ」
 晴信は息を飲んだ。
「ふぅん、悲鳴をあげないのは流石だねぇ」
 ふぁさり、銀の月よりなお煌々と輝く尾を振って妖狐は微笑った。
「おのれ妖怪っ」
 腰の物を抜き放ち、ぎらり刃を閃かせ晴信は打ちかかる。
「おかしいねぇ」
 動くとも見せず妖狐は晴信の背後に現れ、豊かな尻尾で彼の頬を撫でた。
「小癪な」
 再び切りかかろうとするその手が突然、動きを止めた。
「な……」
 手に蔦が絡まっていた。
 己の意思を持つかのようにその蔦は絡みつき、拘束し、袖の中に入り込んでは柔らかい腕の内側の皮膚に吸い付いた。
「は……」
 人外の者に与えられる初めての感覚に晴信はうめく。
「およし……桜丸に恨まれる」
 くくっと楽しげに喉の奥で妖狐は笑う。
 その言葉にしたがって蔦は動きを止め、拘束するに留まった。
「貴様、桜丸を存知おるかッ」
 名を聞いた瞬間に、晴信が激した。
 動けないはずの腕を振り立てようと必死でもがく。
「知るもなにもほら――そこに」
 婉然と笑う妖狐の指し示す先、桜丸がいた。
「桜丸っ」
 走り去る晴信の腕から蔦の束縛は知らず、解けていた。
 ぎらり、落ちた刃が光った。

 桜丸はそこにいた。
 濃密な夜の大気の下、一本の桜の若木の下に立っていた。
 春がそこまで来ている。
 桜の蕾が夜目にも白い。
 今にも綻びそうな蕾は桜丸の唇を思わせ。
「お館様……」
 振袖が風にはためく。薄紅の裾濃染め。散った模様はやはり――桜。
「桜丸……ッ」
 抱きしめたならばあまりのたおやかさに骨などないかのよう。
 良い匂いがする。
 桜丸の体からだった。
 獣欲をかき立てる、そんな匂い。
 くちづければ易々と唇を開いて迎え入れた。
 ぴちゃり。くちゅり。
 息遣いの音が響く。
「ん、ふ……」
 息苦しくなったのか桜丸は仰け反り、晴信の唇から逃れ。
「あ……」
 その喉を彼の唇が捉えた。
 喉、首筋、耳。
 唇が辿るたび、桜丸は嬌声をあげ。
「あぁ……っ、お館さ、ま……」
 仰け反らせた顔もそのままに、桜丸は妖艶としか言いようのない目で彼を見る。
 そして晴信の箍が外れた。まるでその目に触発されたように。
「……んぁッ」
 振袖の、襟を引きちぎりかねない勢いで彼は衣装を剥ぎ取った。
 桜の蕾よりなお白い肌が夜気に曝され。
 胸のあたりに舌を這わせば喘ぎが高まる。
「ふ……あ……」
 いつのまにか二人は草の上に倒れ込み。
「桜丸、どうした……いいのだろう、さぁ……言え。そのくちで、言え」
 彼は親指を桜丸の唇に差し入れる。
 目には狂気の色があった。
「言わねば……くっ」
 桜丸の舌が指を舐め。
 差し入れられた親指を、ねめ、なぶりあげる。
 ちゅく。
 水気の音が欲情を煽った。
「お館様……ここも可愛がってくださいませ」
 たっぷりと濡らした指を唇で絞り上げるように清めては放し、桜丸は言った。
 一糸まとわぬ肌を曝しつつ、己が中心を片手で隠し。
 否。
 ぬぷりと先端を潤わせたそれを自分の手で擦りあげていた。
「切のうございます……」
 声を震わせ、前髪立ちの頭を振った。
「お館様……」
 つられるようにくちにした。
 桜丸の中心は熱く戦慄いている。
「ひ……っ」
 与えられた快楽に、声をあげ。
「ここが好きか」
 先端のくぼみに軽く前歯を当てられて、痛み寸前の悦楽を味わわされた桜丸は身をよじって逃れようと。
「逃さぬ」
 ずり上がった体を幸いに木の根元に桜丸の頭を預けさせ、高々と足を抱えた。
「あ……っ」
 もがいた時にはすでに遅い。
 再び中心を唇に飲み込まれ、足掻く力も奪われた。
「ん……ふぁ……」
 晴信の肩に抱えられた足が快楽に跳ね上がる。
 中心の段差に歯を当てられ、痛みに飛び上がる。と、間もなく暖かい舌に包みこまれ。
 吐き出した唇がゆっくりとそれに押し当てられ。
「いや……や……」
 もどかしい快感に桜丸は首を振り。
「どうして欲しい、桜丸」
 欲情に眩んだ目をして晴信が言う。
 内腿に頬摺りし、手は桜丸の胸のあたりを嬲り。
「ほら、どうして欲しい……」
 抱えた足をさらに高く抱えあげ。
 桜丸の手が伸びた。
「ここも……」
 己が指でそっと後ろに触れ。
「わからぬ」
 にべもなく言った唇に桜丸の指が忍び込む。
 先ほどの返礼、とばかりにたっぷり濡らせば桜丸が笑った。
「ここをどうして……」
 どうして欲しい、言いかけた言葉が止まる。
 桜丸の指が、充分に濡れた指が後ろに当てられた。
 抱えられた足をもう片手で体に引き寄せ桜丸は自分の手でソコをほぐしている。
「ん……くふ……あ……」
 晴信の目の前で桜丸のソコが指を飲み込んでいる。食いついて、咥え込んでいる。
 指を引き抜くたびに絡みつき、締め上げる。
「ひ……ぃ、あっ」
 ほんのりと上気させた肌、身じろぐ体。
 己が指で乱れる、桜丸。
「桜……ま、る……ッ」
 吸い寄せられるように唇がソコに触れた。
「ふぁ……っ、いや……ッ」
 言葉とは裏腹に桜丸の指は快楽を貪るようにソコから引き抜かれ。
 晴信の手が桜丸の中心に伸びる。
 唇でソコを嬲り、手が中心を弄う。
 中心はしとどに濡れていた。
 ぬらぬらと透明な粘液を吐き続けている、悦楽に。
「いや……もっと……もっと、してくださりませ……ッ」
 生ぬるい快感に身をよじる。
 桜丸が発する匂いが強まった。
「桜丸……ッ」
 言葉に。
 乱暴に彼は指を引き抜かせ、その快楽にすら桜丸は嬌声を上げた。
「あぁ、いや……いや……」
 首を振って目を伏せて。嘆願。
 薄目を開けて見上げる。嬌態。
「ん……」
 堪え切れないように伸びる手を晴信は軽々と捉え。
「ひ……っ、く……ふぁ……ッ」
 桜丸の中に押し入った。
 熱い内壁が絡みつく。
「お館様……ぁっ」
 自ら腰を使って悦楽を貪る桜丸。
「ん、ふ、あ……ッ」
 晴信の首に腕を投げかけ、その手で足首をつかんでは奥深くで快感を得ようと蠢いた。
「さく……さくら……桜丸っ」
 腰を振り、最奥で快楽を得ようとし、同時に中心を晴信の腹に擦りつける貪欲さ。
 内壁が晴信を締め付ける。
「もう……もう……ッ、お館、さま……ぁ」
 しっかりと晴信を飲み込んだソコが小刻みに動く。
「あぁ……く……ッ」
 晴信もまたうめき。
「いかせてくださいませ……ッ、桜丸はもう、もう……ッ」
「ならぬ、ならぬ……ッ」
「いや……ぁ、もう、もう……」
 腰を擦り付け、ソコがきつく締め上げ。
 晴信が腰を叩きつけるたび体の下で仰け反った。
 ふっくり開いた唇が、堪え切れぬげな嬌声をあげ。
 と、視界が明るくなった。
「あぁ……っ、やめないでくださりませ……いかせてくださりませ……」
 見つめる桜丸の目に吸い込まれるように晴信は動き続けた。
「ひ……、あッあッ……あぁ……ッ!」
 びくびくと桜丸のソコが痙攣する。
 晴信に絡みつき締め上げ最後を促す。
「くぅ……ッ」
 熱いモノを桜丸の中に叩きつけ。
「熱い……あつ……はぁ……ッ」
 欲情を吐き出した晴信の腹に桜丸もまた吐精し。
 二人の体の上に白いものがちらちら、と。



「おいたが過ぎるねぇ、桜丸」
 二人が倒れこんだはずの木の根元には晴信だけが。
 ふうわり笑った妖狐がその尻尾で木の肌を撫ぜれば、梢が揺れた。
 まるで快楽を得ているかのように。
「なにもわざわざ人の姿になってまで玩具を連れて来なくともよかろうに」
 人の悪げな笑み浮かべ、妖狐が言う。
 答えるように木が――桜の若木が枝を鳴らした。
「そんなに我慢ができなかったのなら、私が相手をしてやろうほどに」
 妖狐が桜の、いまはすでに咲き誇った白い花に唇を寄せれば。
 桜はその身を震わせ花を散らせた。はらり、はらり、と。




モドル