「ここは……」 見慣れた田舎の木陰にいたはずだった。 それが突然色を変え。 空気が濃密になり、ざわざわ騒ぎ立てている。 「なんで」 正月の、ただの帰省だった。 ただの、とは言えここ何年も帰ってこなかった田舎は、和則が思っていたよりずっと温かく迎えてくれ。 当たり前のように都会にでて、当たり前のように挫折して、戻るもならず留まるもならず。 結局 「ただの帰省」 をするまでにどれだけの時間がかかった事か。 少なくとも野山を駆け回ったあの頃の少年はもうどこにもいない。 ここにいるのは年齢以上にくたびれた、疲れきった男だった。 「なにやってんだかな」 声に出して自嘲する。 もうすぐ三十に手が届こうというのに、こんな近所で迷子だなんて笑うに笑えない。 その時はまだただの迷子、そう思っていた。 ひやり、滴が頬に滴って和則は目を開けた。 「あ……」 どこでどうなったのだろう。 いつもの神経質な自分に似合わず、木にもたれたまま眠っていたらしい。 ごつごつとした松の木の感触が頬にざらついていた。 ひとつ頭を振ってはっきりとした覚醒を促せば、そこに。 「ようやく気づいてもらえたらしい」 笑いを含んだものが。 「な……」 この寒さに薄物一枚まとった姿。凍りついてしまったような銀の髪。同じ色の、尻尾。 「うわぁぁぁ」 ぴくり、狐の形の耳が動いた。 そう、狐だった。 同時に男だった。 人の姿をした、狐。 「妖狐、と呼ぶ人間が多いな」 くっと妖狐は喉の奥で、笑った。 「く、食うのか?! 俺を、食うのかっ」 妖狐と同じように喉の奥から出た声は無様に引きつり。 それにわざとらしく妖狐は大げさなため息をついて見せた。 仕種の妙な人間くささが余計に恐怖をあおる。 「どうしてお前なんぞを食うなど思ったものか、不思議でならないねぇ」 「じゃあ……」 「まぁ美味しくいただく事には変わりはないがね」 一瞬の安堵、それから転落。 いまや隠すことなくにやりと笑った妖狐の唇の間から、きれいな牙が見えている。 「ひっ」 和則はこんな場合に人間がとりうる最上の手段をとった。 逃げた。 いや、逃げようとした。 「……馬鹿」 いい加減に慣れてしまった人間の反応に面白くもなくまたも妖狐はため息を。 ひらり一閃した手の動きで和則の体はとうに松の木に縛り付けられていた。 「な、に」 「相変わらずでこちらも飽きてはいるんだがねぇ」 「なにがだっ」 「こちらの事情さ」 あっさり受け流し、相変わらずといった蔦で彼の体を拘束し。 「逃げようとするからこんなものを使わなければならない」 「逃げないでか!」 「ほぅ……」 珍しい、目の強さ。 ふふん、細め笑った金の目がなにを考えたか和則にはわからない。 わかったのはただ、その中の感情をひとつ、刺激してしまったことだけだった。 「ひっ」 ぬらり、体をなにかが這いまわっている。 シャツを超え、素肌に汁気を持ったものが這う嫌な、感触。 「待て待て、お前はおあずけだよ」 暮れにたっぷり楽しんだだろう? 妖狐の言った言葉の意味を和則は図りがたかったけれど動くそれにはわかったらしい。 不満げにひとつ 「ひぁっ」 胸のあたりを愛撫してそれは去った。 依然縛められていたとはいえ。 「お前は松の木を選んだねぇ」 笑う。 嗤う、妖狐が嗤う。 「松の、木……」 もたれているのは、松。むかし遊んだのも、松。はじめてあの人と唇を重ねたのも、松の木の元。 いきなり背中を木に押し付けられて驚く間もなく奪われた唇。抵抗するわけなんてなかったのにあの人はいつまでも体を松の木に押し付けていたっけ。耳元で轟々鳴っていたのはなんだったのだろう。風の音だったのか罪悪感だったのか。あの唇の甘さ荒々しさ。切った唇の端から流れ込んだ血の味さえまざまざと覚えている。 「兄さ……ん」 轟々と。 鳴っているのは罪悪感。 「ふぅん、兄さんねぇ」 小馬鹿にした妖狐にかっとなり、手に触れた小石を投げたけれどあまりにもあっさりそれはかわされ。 「兄さんを悪く言うな」 なぜってあの人は死んでしまった。実の弟に手を触れた罪に意識に耐え切れず、自分ひとり遠くにいってしまった。だから和則はこの地を離れたというのに。 「ほぅ、死んだか」 「な……」 口に出してはいないはずの思いを読み取られ、心底はじめてぞっとした。 「ならばそこにいるのは誰だ? お前が寄りかかっているそれは、誰だ?」 「え……」 どくん。 松の木が突如ぬくもりを、持ち。 その枝が、動く。 「兄、さん?」 言葉に応えるようにざわり、梢が鳴った。 縛められた体のまま、首だけをひねって松の木を見上げる。 ちくり、葉が頬を刺した。 「さぁ……」 どこから聞こえてくるのだろう、妖狐の声なのにかすみがかかったようにわからない。 「どうしたいんだろうねぇ和則は」 どうしたい、どうしたい。 言葉に突き動かされるように和則は。 松の葉を口に含み。 「ほぅら」 一層きつくなった縛めは、けれどあの兄の腕。 「ん……っ」 荒い木肌に頬を擦り付ければいつの間に体勢を入れ替えられたのか、まるで木と抱き合うように。 いや、木ではない「兄」と。 風が肌に当たって、冷たい。 裸にされたのか、そう思ってももう気にならなかった。 「どうして欲しい? 和則」 また、問われ。 「触って」 ためらいなく答えた。 「どこを?」 嗤い声、兄ではない嗤い声。 「……ココ」 もうどうでもよかった。 もう勃ちあがりきっている中心を自分の意思で木にこすりつけ。 「は……ぁ」 ざらついたはずの木肌はありえないぬめりで和則のそこを刺激する。 「んっ」 もう一度、こすりつける。悦楽だけが支配していた。 「ひとりで楽しんでちゃあ、だめだろう?」 声とともにするり、束縛がほどけた。 「あぁ……」 経験した事のない快楽に膝が笑う。 ずるり、そのまま草に倒れた。 「こんなになってるお前のココを見せてあげなきゃねぇ」 いつの間に後ろに回ったのか、伸びてきた妖狐の手が兄以外に触らせたことのない場所に、触れ。 「ひぁっ」 冷たい指がなにかを塗りつけた。 「な、なに……」 「ココをお前の兄さんにたっぷり見てもらえるようにね……」 くちゅり、指先で潰した果実はいやらしいぬめりを持ってそこに広げられていく。 「ふ、ぅん」 「ほら、できた。お前の指で兄さんに見ておもらい」 「でき、ない」 「なにができないものか」 「だって……」 「だって、なに?」 恥ずかしい、言う前に妖狐の手が和則の指に添えられ自分の中に、もぐりこんでいた。 「あぁぁぁっ」 「ほら、イイんだろう?」 声に促されたわけではなく、自分の意思でもなく。 指が中で蠢く。 「んっ……ぁ」 自分のイイところを知り尽くした、指。 「そうやっていつもひとりで慰めていたくせに」 嗤い。 砕けた腰を妖狐に支えられ、もたれてそこを嬲っている、自分の指で。 松の木の、兄の前で。 ざわり、松が騒いではその葉で和則の肌を弄った。 「ひぃっ」 痛みを感じるはずの肌は快楽だけを拾った。 傷ひとつついていない、自分の肌にちらり目をやり悶えるように葉に胸をこすりつけ。 「はぁ……っ」 耐えきれず己の手で中心を握り締め。 と、その手を押さえられた。 「や……め」 「まだだ」 そう妖狐は言ったかと思うと足で和則の足を閉じられないよう、大きく割った。 「兄さんによぉく見てもらうんだよ。自分の指を咥えこんでひくひくしてるココをね」 「や……」 「なにが嫌なものか」 いいざま腰をずらしては松の木に突き出させ。 「ほら、兄さんに見られてる」 「はず、かしい、はな……して」 「恥ずかしい方が感じるんだろう」 嘲り笑いが耳元でささやく。 「ほぅら、余計にひくひくしはじめた」 どくん。 手の中で中心が跳ね上がる。 後は確かに物足りなげにひくついていた。 「だ、だめッ」 なにがだめ、だったのか。 自分の意思ではないように、指が、増える。 「ほぅらもう一本」 「いやぁぁぁ」 くちゅり。 塗りつけられた果実の汁がいやらしい音を立て。 そこからじんじん熱が広がる。 「はぁ……はぁん」 松の葉がまた胸を嬲り始め。 「イク時はイクって言うんだよ」 耳元で言ったついでに妖狐の牙が小さく耳を噛んでいった。 「あっ」 「ふん……妬いてやがる」 嗤った妖狐の言葉に違和を感じて足の間を見れば、そこに。 木の根が。 確かに木の根、松の木の根。 けれどそれは滑らかな肌を持ち、ぬめぬめとそして脈打っていた。 「な……やぁッ」 逃げようとした体はがっちりと妖狐に押さえられ。 「兄さんから逃げたりしたらだめだろう?」 言われる間も根は内腿に自分の持つぬめりを移している。 「あっ」 根に気を取られていたら松の葉の束が中心を、包み。 想像の痛みにびくり体をすくませればそれは。 今までの悦楽が冗談のような、いっそつらいまでの快感。 「あぁっだめ、だめ……でちゃ、うっ」 ぎゅっと膝を腹にひきつけようとすれば一層あらわになった後ろを根が嬲る。 ぬちゃり。入り口を根の先端が弄っている。 「なんて言うんだい? 和則?」 どこかで聞こえる声が。 「あんぁっ、挿れて……兄さぁん……っ」 根はまだ入り口を。 「もっと言うことがあるだろう……?」 一瞬のためらいのあと和則は。 「ココに、兄さんのっ、挿れてェッ」 我とわが指でそこを、広げ。 「いいこだねぇ」 妖狐の声が聞こえたかどうか。 「あぁぁ、だめっイっちゃうぅっ」 いまや侵入を果たした松の根に、思う存分嬲られていた。 どくり、白いぬめりで腹を汚した時、そこも松の白い樹液でけがされて。 和則は、堕ちた。 |