山の彼方の道遠く、妖狐が棲むと人の言う。人にあらざるあやかしの住む森ありしと人の言う。
 昔語りにこうも言う。
 妖狐の森に入ってはいけないよ、決して帰って来られないのだから。
 と――。



 道に迷った。
 そう思った時にはすでに帰る道さえ失っていた。
 人気のない森の中、がさりと物音が聞こえ、身を縮めて遥(はるか)は振り向く。
「獣か……」
 ほっとして呟く声の大きさにぎょっとした。
 黒目がちな目をした少年だった。少年、ではないのかもしれない。
 ふとした仕種に幼さが漂うものの、見れば身の丈など一人前の男の背丈をしていた。
 しかし森の中、道を探して逃げ惑うその姿、足の運び、振る舞いにまで何やら幼子めいたものが浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
 遥はそうして道を探していた。
「なんでだよ」
 足を止め、憤懣やるかたない、とでも言った風情で彼は言う。
 再び物音。
 はっと振り返った彼の目の前で道が閉ざされていく。
 木々が蠢き、下草が生い茂り、道が消えていく。
「……ッ」
 思う間もなく遥は木々に分け入るように消えていく道の中、突進していた。
 そんな彼を木々は柔らかく押し留め、抵抗を許さぬ圧力を持って枝が彼を見えている道へと帰した。
 枝の力が止んだのは彼がすっかりもとの場所、今は道の始点となった場所に戻されてからの事だった。
「ここ……なんなんだよ……」
 ぞっとしつつも戻る道とてなく、遥は前に進むより他はない。
 諦めて一歩を踏み出した正にそのとき。
 声が聞こえた――。
「おや、人の子だ……」
 喉を震わせるような笑い声。
「誰!」
 見渡せども辺りに人気はない。
 見たくない、なぜかそう思いつつ振り向いた遥の前に人影が。
「ひっ」
 人影ではなかった。
 そこに立っていたのは人ではなかった。
 緩やかに流れる長い髪は銀。いつの間に昇ったのか月光に反射して青く染められた、銀。
 豊かな背にたくましくもしなやかな肢体。それにまとった薄い白の着物、否、衣と言った方が正しい物。
「な……」
 衣の背後に見えるのは尾。髪同様に美しい銀の、尾。そして頭の上にはぴんと立った銀の耳、狐の耳――。
「うわぁ……ッ」
 人ならぬものの姿を目にした遥は恐怖に駆られ道の奥へと走り出す。
 走り出したはずだった。
「え……」
 景色が変わらない。足だけは動いているのに景色が変わらない、木の一本たりといえども。
「そう怯えるものでもなかろうにねぇ」
 銀の姿が笑う。
 笑い声を耳にした遥は気づいた。
 彼の足は大地を蹴ってはいなかった。いつの間に巻きついてきたのか彼の体には蔓草が巻き、彼を地上から高みへと持ち上げているではないか。
「は……はなせッ。なんなんだよ、なんで俺がこんな目にあわさせれんだよッ、人違いだろ。つーか、あんた誰だよッ」
 蔓に絡まれたまま遥は啖呵を切る。身動きすればするだけ蔓は絡まりを増していく。
「人違いも何もないさ。妖狐の森に入ってきたのが不運……」
 頭上を見上げ妖狐が嗤う。
「妖狐……」
「昔語りのひとつくらいは聞いたことがあるだろうねぇ」
 まだ無駄な足掻きを続けていた遥の足に手を触れた。
「ひっ」
「さぁ、楽しませてもらおうかねぇ」
 妖狐は言い、触れていた手をそっと引いた。
 と。
 蔓草が動き始めた。
 手足と腰だけの最低限を支えるように蔓は動き、妖狐の目の前へと遥を吊り上げた。
「お……降ろせっ」
 身じろいで気づく。
「くぅ」
 手足を支える蔓の締め付けがきつくなったのだった。
「暴れるだけ、辛いよ」
 口ではそう言うものの、妖狐の顔は明らかに抵抗を望んでいた。
 暴れなどしてやるものか、遥はきっと唇を結んで妖狐を見返す。
「おとなにしておいで。これからもっと大変になるんだからねぇ」
「いいからさっさと……ひッ」
 妖狐の言葉が合図だったのだろうか。
 絡んだ蔓が別の動きをはじめた。
 蔓草だったものが目をやれば違うものになっている。
 見る間に太り、脈打ち、ぬらり粘液を滴らせる。
 それは人間の男性のある種の器官を想像させる別の生き物だった。
 おぞましい事にその蔓はまだ草の緑を、木の茶の色合いを残しているのだ。
「さあ、抵抗しておくれ」
 妖狐は傍らの木にもたれかかりゆったりと腕を組んでは楽しげに見ている。
「はな……おろ……」
 放せ、降ろせも言葉にならず、恐怖に歯が鳴る。
 ぬらついたものが顔の間近に寄ってきていた。
「や……ッ」
 背けた先にももうひとつ。
「……うっ」
 慌てて仰け反るその喉に蔦はつるりとその先端を寄せ、粘液をなすりつけ。
 声もなく身を震わせる遥に別の蔦が何本も忍び寄り、次々とあふれる滴りを彼の服にこすりつけ始める。
「や……やだ……」
 震える声で遥は言う。
 蔦にその声は聞こえず、妖狐は聞き届ける気など初めからない。
「ひぁっ」
 冷たさにそこに目をやれば服が溶け破れていた。
「脱がすのは手間だからねぇ、いっそ溶かしてしまうのも楽しいだろう?」
 少しずつあらわになる遥の肌を見て妖狐が嗤っている。
「頼む……やめて……」
 泣き顔になる寸前の顔で遥は言うが、その声に蔦は一層仕事を早めただけだった。
 ずるずると服が溶かされていく。
「つめた……ッ」
 肌に先端が触れるたびに冷たい粘液がなすりつけられ遥は身をすくめ。
 そうして動くごとに蔓は新たな場所を見出してすべてを剥ぎ取るように溶かしつくす。
「全部溶かしてしまうのもつまらない。その辺で、さぁ」
 妖狐の声が蔦に促す。
 遥の身に残っているのは手首足首の先の方に残る布切れと、後はわずかに下着ばかり。
 妖狐の言葉の意味するところを悟って遥はついに悲鳴を上げた。
「そうこなくてはねぇ」
 その悲鳴も妖狐を楽しませるばかり――。
 蔓はさらに変形を見せ、先端がぱくりと割れて覗くは小さな、舌。
「ひぃッ」
 悲鳴を上げれば喜ばせるだけ、などという考えはすでにない。
 この目の前の恐ろしく不気味にものから逃れたい一心、ただそれだけだった。
 蔓が遥の胸元に伸びてきた。ちろり、舌が動く。
「い、いやっ」
 身じろいだ所に別の蔓が這い登り、下着の脇を溶かし始める。
 瞬く間にそこが冷たさを感じる。溶かされた、と思う間もなく不安定な姿勢から下着の後ろは垂れ下がり、今度は別の蔓が反対の脇を溶かす。
 下着はすでに布きれが上に乗っているのを残すのみ。
「やめ……やだ……ぁっ」
 残る布切れを奪われまいと必死で膝を合わせて蔓と格闘するも虚しい。
「いや……まだそのままにしてお置き」
 声が聞こえ、その場に妖狐がいるのを思い出す。
 見られている、こんな姿を見られている。
 突如、羞恥が沸き起こりわずかでも自由にならないかと手足を動かしては体を隠そうとする。
「それより、ほら」
 妖狐の言葉に布を奪う動作を止めた蔓が今度は体にすりつき始める。
 冷たくて不快だった。
 冷たさが不快なはずだった。何時しかそれは温もりを持ち始め。
 どくり脈打ち温もりを持つ蔓。
「やだ……ぁッ」
 それが腕に絡みつき、腋の下を小さな舌が舐める。
 脇腹にそって触れるか触れないか刺激を与える。
「ふ……や……」
 首を横に振るもどこか頼りない。
 そこに蔓が延びてきてはまた別の刺激を。
 胸に這い上がってきた蔓は小さな舌を精一杯伸ばして遥の唇を窺った。
「う……っ」
 仰け反って避ければ縛められた身は弓なりに背をそらせ。
「あぁっ」
 思わず上がった嬌声。
 蔓のその細い舌がちろり、乳首を舐めた。
「や、やめ」
 動いた拍子に下着の残骸が地に落ちた。
「あっ」
「おやまぁ、嫌がってる割には……ねぇ」
「ちが……違うっ」
「何が違うものか、ほおら、そんなに物欲しげにして」
 遥のそこは遥自身の嫌悪とは別個に身をもたげていた。
 妖狐の嘲笑。
 体が熱くなる。
「可愛がっておやり。さぁ」
 嘲りの混じった視線で見られるだけで身の内が熱くなる。
 蔓は妖狐の声に反応し、遥の足を動かし始めた。
「な……何……」
 ゆっくりと、だが抵抗を許さない力で蔓は遥の膝を割らせていく。
 膝に巻きついた蔓が遥の足を充分に広げていく。
 何が起こっているのかわからない間に遥は別の蔓に絡みつかれ、嬌声を上げ始め。
「あぁよく見えるねぇ」
 妖狐の声で事実を知った。
 宙に吊られたまま妖狐の前に両足を広げさせられていた。
 己自身でさえ見たこともない場所をこの視線に晒していた。
「見、見るなぁッ」
 閉じようとした膝はがっちりと蔓に固められている。
 蔓が水音を立てて彼自身の先端からあふれる雫を啜った。
 細い蔓が自身の根元に巻きついてはそのままこすり上げこすり降ろす。
「ふぁ……」
 悲鳴を上げたのも忘れ遥はその快美に没頭した。
「後ろも可愛がっておやり。物欲しそうだ」
「や……何すん……っ」
「何時までごまかすのかねぇ、そんなにヒクついてるじゃないか」
「ちが……っ」
「違うものか」
 蔓が後ろに触れる。びくり、遥は身をすくめる。
 それを狙って自身の雫を吸っていた蔓がぱくり口を開けては先端を咥えた。
「ふ……あ、あっ」
 その時ぬるついた蔓が後ろに吸い付く。
「あ……ん……やぁッ」
 後ろを締め付ければ前を吸われ、緩んだ所に蔓は這入り込む。
「う……ふぅ……っ」
 体の中に異物が蠢く感触。奥まで這入り込み、ずるり引き出され
「んあぁ……ッ」
 達しそうな快感。
 口の中にも蔓は這入り込んできた。
 生身の男のような熱を持ち、脈動する蔓。
 知らず遥はそれに舌を絡ませ唇でしごき奉仕していた。
「そんなものに犯されて腰を振って悦ぶとはねぇ」
 冷たく響く妖狐の声。
「しっかり咥え込んでるじゃないか。いつもはどうやって慰めているんだか」
 声に蔓の動きが止まった。
「や……や……」
 がくがくと首を振って嫌がるのは最前とは逆の意味。
 遥はそれに気づいていない。
 ずるり、後ろから蔓が抜け出た時にはそこを締め付けさえした。
「たいした淫乱だねぇ」
「ちが……そんな……」
「どうやって慰めてるんだか……やって御覧」

 一瞬に過去が浮かんだ。
「兄さん……」
 年の離れた兄。両親はすでになく、二人きりで暮らしていた。
 遥の憧れだった、兄は。
 背も高く、体つきも男らしく誰からも好かれる立派な兄。
 遥の誇り。
 何時からだろうか、兄に弟としてではない愛情を持つようになったのは。
「おかえり、兄さん」
 玄関の音に飛び出して行ったそこにはにかむような兄の姿。
「あ……その。彼女」
 女が一緒だった。
「そ、そうなんだ。あ、その、いらっしゃい」
 その動揺を兄はなんと思っただろう。彼女はどう思っただろう。
 顔さえ青ざめているのが自分でもはっきりわかる、というのに。
「彼女さ、春香って言うんだ」
 お前とおんなじ名前だな、字は違うけどさ。
 そう言って兄が笑うのにただ遥はあわせて
「そうだねー」
 と笑うしかなかった。
 綺麗な人だったのだ、彼女は。
 憎らしくなるくらい綺麗で優しそうで受け答えに頭の回転の早さを感じさせた。
 兄に相応しい、そう思うだけで悔しさに泣けてくる。
「兄さん……ッ」
 泊まって行く、という彼女と兄を残して遥は自室に引き上げひとりで泣いた。
 泣き疲れて何時しか眠っていた遥の耳に呼び声が聞こえる。
「はるか……はるか……っ」
 薄い壁の向こう側――兄の部屋から。
 薄々察していた。けれど遥は足を止めなかった。
 音を立てないようにそっと部屋を抜け出して兄の部屋の前に立つ。
 ドアの隙間、かすかな光が。
 よほど慌てていたのだろうか、兄はドアをきちんと閉めていなかった。
「バカ……」
 まるでそれが覗け、と言ってでもいるようでまた悔しい。
 ほんの少しづつドアの隙間を押し広げていく。
「春香……」
 兄が女を抱いていた。
 自分を呼ぶその声で、自分と同じ名の女を。
 女の息遣い、兄の乱れた吐息。
 たまらなかった。
 意識せずとも遥の手は自分の肌に触れ、兄の愛撫をなぞるよう自らの肌に加えて行く。
「う……」
 思わず立ててしまった声に兄のほうを見やるけれど気づいた風もない。
 それが遥を煽った。
 兄の手が女の下腹に伸びる。
 遥の手もそこに伸びる。
 くちゅり、水音がここにまで聞こえた。遥のそこは水音を立てはしない。
 たっぷりと指を唾液で濡らし後ろを嬲った。
「はるか……ぁっ」
 兄が呼んでいる。自分の名を。
「は……あ……ん」
 女の中に入った兄の熱さを感じたくて指を増やした。
 自身を自らの手で弄った。
「いい、いい……兄さんッ」
 廊下に膝をついて遥は没頭していた。
 兄のセックスを覗き見て兄に抱かれている幻想を持って自慰に耽った。
「ふ……うぁ……っ」
 声が洩れては肩を噛み声を殺す。
「はるか……イく……っ」
 室内の兄の声。
「兄さん……っ」
 思わず声を放っていた。
 驚いたようにこちらを見る兄。けれどもう止まらなかった。
「兄さ……ッ」
 兄を呼びつつ遥は精を吐いていた。手の中に粘つく白いもの。
 見られていると知りつつ達した。見られていることに悦んで達した。
 あの兄が自分を見ている。快楽に溺れる自分を見ている。
 それだけで達するには充分な悦楽だった。
 息を整えていたとき、紛れもなく自分を呼ぶ、兄の声。
「あ……」
 正気づき、愕然とした。見られた。見られつつ達した。兄を呼びつつ。
「お前なにを……あ!」
 駆け出していた。兄にこんな姿を見られてじっとなどしていられなかった。
 どこをどう駆けたのかは――覚えていない。

「なるほどねぇ」
 妖狐の声にふと心づく。
「兄を想って自分でしていたとはねぇ」
 くっと喉で笑う妖狐の言葉に、脳裏をよぎった過去を知られたと遥は知る。
 屈辱と羞恥に全身が染まる。
「その時みたいにして御覧よ」
「……え」
「やって御覧」
 妖狐が嗤う。その嘲笑にぞくり、肌が泡立つ。
「さぁ」
 動こうとしない遥に業を煮やしたか腕に蔓が巻きついた。
 片方は前に、もう一方は、後ろに導く。
「や……やだ、見ないで……っ」
「見られて悦んでいるんだろう?」
 蔓は器用に動き、彼自身に彼の指を絡めさせる。
「あっ」
 ささやかな刺激でさえ反応するほど悦楽は極まっている。
 蔓はそれを見越したようにゆったりと動きをつけていき、気づいたとき遥は自分の意思で自身をこすっていた。
「ん……ん……は……」
 荒い吐息が聞こえる。
 蔓が片手を後ろで動かそうとする。遥は抵抗を止めた。
 ゆっくりと蔓の粘液を指先に取り、周りに塗りこめる。
 指先を少しだけ埋める。
「う……んっ」
 粘液の粘ついた水音が響く。
 つぷり。
 指が奥まで沈む。
「はぁ……っ」
 前をこすり、先端のくぼみにわずかに爪を立てる快楽。
 指で中を押し広げ、コリコリと内部を抉るその快美感。
「ふ……あ、だめ……あうっ」
「よく見せて御覧」
 妖狐の声に遥は従う。
 中に挿れる指を二本に増やしゆっくりかき混ぜる。
 そうしてそこを広げて見せ。
「はぁ……ッ」
 見られている、それがまた別の悦楽を生む。
 片足を抱え上げ、しっかりと彼に見えるように指を動かす。
 自身を弄る指の動きさえはっきり見えるように。見てもらえるように。
「呼んで御覧よ」
 妖狐が言う。
「い、いや……っ」
 首を振る。いやだ、頭はそう感じている。けれど手は止まらない。更なる悦楽を求めている。
「兄さ……」
 手が言わせた。快楽が言わせた。
「聞こえないねぇ」
 嗤う声。そんなものでは足りないと、嘲う声。
「兄さ……兄……兄さん……っ」
 呼んだ、一心に呼んだ。
 遥の中に残っていた何かがぷつり、弾け。
「いい……イイよ……兄さん、気持ち……っ」
 まるでかの人がそこに、妖狐の場所に立ってでもいるように遥は自らの行為を見せ付ける。
 前後を弄う指の動き、のたうつ背、濡れた目を。
「恥ずかしい格好だねぇ」
 嘲弄。
 それさえもが快楽。
「ん……あ……も、だめ……」
 イきたいのにイけない。
 こすりたて、しごき尽くしても達する事が出来ない。
 根元に細い蔓がきつく巻きついていた。
「ふ……あ、も、もう……ッ」
「もう、がどうしたのかねぇ」
「も、だめ……、だめ、だから……ッ」
 必死で更なる快感を得よう激しい刺激を与えるけれどもきつい蔓は緩むことはない。
「それじゃあ解いてやらないよ」
 涼しい顔をして妖狐は小首を傾げ、笑った。
「い……イかせて……ッ」
 視姦と口にするべきではない言葉への屈辱に涙さえ流す。
「ほう、どうやって?」
 あくまでも妖狐は涼しげだった。
 一瞬ためらう。
「言わないならそのままでいるんだねぇ」
「や……やッ」
「じゃあお言い、はっきりとね」
「……て」
「聞こえない」
「……これで……イかせてッ」
 叫んで遥は蔓を口に咥えた。ぴちゃぴちゃと音を立ててしゃぶる。わざと妖狐に見えるように舌を出して舐め上げる。
「いい子だ……」
 前後に導いていた蔓の戒めが解けた。
 再び両腕を高々と上げられ、と思う間もなく蔓が自身に絡みつく。
「はぅ……ッ」
 たっぷりと粘液にまみれていやらしく光る後ろにも蔓は這入り込んだ。
「ん……うっ」
 自身をしごきつつも咥える蔓の動き。ちろちろと細い舌が咥えたまま先端を嬲る。
 内部でも蔓は蠢く。ねじれつつ這入り込み、引きずり出されるその快楽。
「う……あ、あ、あ……ッ」
 唇を弄る蔓を煽るように舌を出せば小さな舌が絡んでくる。
「も、だめ……も……だめッ」
「ちゃんと言わなきゃ、ねぇ」
 不意に妖狐が近付いてきて爪で乳首を弾く。
「ひぁッ……言う、言うからっ」
 今度は持ち上げられた腿の裏側をつ、と柔らかな銀の尾でなぞった。
「も、で……出ちゃうッ……イ……イかせ……てッ」
 言葉を口にしたそのとき、自身の根元に絡んでいた蔓が解け、悪戯のようにこすり上げていった。
「兄さんッ……!」
 どくり、勢いよく白いものが彼自身の腹の上、撒き散らされた。



「あんまり淫乱の度が過ぎても、つまらないねぇ」
 どさり、地の上に落ちた遥を見やって妖狐は言う。
 悦楽に失った意識はまた戻らない。
 どこか遠くから声が聞こえる。
「遥……遥……」
 ここではないどこかの森で兄が弟を探している。
「おや、そういうことか」
 妖狐はほくそえむ。
 兄はまだ裸のままの女を捨てて弟を捜し歩いていた。
「遥……!」
 声が絶望に滲む。
 風が伝えた。妖狐にあの男の想いを。あえて同じ名の女を選ばせた兄の想いを。
「帰ってこい、遥……!」
 悲痛な叫びに妖狐は莞爾とし、
「……帰るところなどありはしないさ」
 彼の哄笑だけがあたりに響く。
 響きが消えた時、妖狐の姿はなかった。あるのは白いものにまみれ、粘液に汚された遥のかすかに微笑った姿のみ。
 何時しか声も、聞こえない――。




モドル