山の彼方の森の奥、妖狐の棲む森がある。 今日もまた、ひとり。 迷い人が。 年の頃は十六・七。まだ少年の面差しを残したままの彼は一心に走っていた。 両手に抱えているのは大きな大きな、プレゼント。 それはクリスマスの贈り物。 「許して、くれるかな」 冷たい大気にひとつ息をつき、彼は呟いた。 喧嘩をしたのはいつだったか。 そもそも理由はなんだったのか、それさえももう定かではない。 定かではないくらいの些細な理由で今日まで、こうして離れてしまった。 仲のよい従弟、いまではそれだけではない、従弟と。 「啓くん」 声に出して呼んでみれば 「孝くん」 呼び返す声が聞こえるようで。 そのおっとりと優しい笑顔を思い浮かべるだけで自然自分の顔もほころんでしまう。 「あれ……」 ふと。 あたりを見回せば、なにか不思議な。 いつのまにか道が違っている。 「そんな、馬鹿な」 子供のころから親しんだ近所の小さな森。 森、というにはおこがましいほどの疎らな木々を抜けていく、この近道。 間違えるはずなどなかった。 仮に間違えたとしても、こんなに深い森であるわけがない。 どこをどう通ってもすぐに大きな国道にでるはずの場所が知らない森になっている。先ほどまできらきらと瞬いていた星さえも今は見えない。 鬱蒼と、茂りのしかかる圧力を持った、森。 「嘘」 声が、震えた。 「嘘なものか」 「ひっ」 答えるものもいないただひとりのこの場所で、答える声のあるその恐ろしさ。 「だ……っ」 誰。 そう問おうとした声は喉で凍った。 いつ降ってきたのか、漆黒だった森のその場所、彼の立つその場だけが煌々とした月の光に照らされている。 きらり。 光ったのは銀の。 耳。 それから尻尾。 隙のない長身の美貌にそれらが付随している恐怖。 「……っ」 「化け物、とは言ってくれるなよ、いささか聞き飽きていてね」 言おうとした言葉を妖狐に先取られ、また喉の奥が引きつった。 「面白いものを持っている……」 するり。 尻尾で頬を撫で上げられても体が言うことを聞かない。 逃げ出したいのに足はただ震えるばかりだった。 「なんだい? それは」 しっとりと冷たい、尻尾の毛が頬から喉へ、触れていく。 「プレゼント」 答えたくなんてないのに勝手に口は動いた。 「ほう、なんの」 「クリス、マス」 答えを聞いて妖狐はふふん、笑う。 あまりに馬鹿馬鹿しい答えを聞いたように、頬で皮肉げに。 「おやおや、震えているねぇ」 足元に目を移した妖狐が彼の震えを見てはまた、笑う。 「震えてなんか……っ」 「辛そうだねぇ、こうしてあげようか」 孝の言うことなど聞く耳持たず、妖狐は白い指先をひらめかせ。 「うわっ」 蔓が。 一斉にわさわさと蔓がのびてくる。 「な、に……」 あまりの情景に判断力が機能しない。 その間に蔓は孝の体を絡めとっていた。 「ひっ」 ただの蔓ではなかった。 ぬらぬらと液体を分泌させている。 あるものはそれを頬にこすりつけ、またあるものは唇に塗りたくる。 「やっ」 顔を背けて悲鳴を上げたとたん、それは唇を割って侵入を果たした。 「……んっ」 よく知った何物かによく似た弾力を持つそれは、ぬくもり、とはいえない熱ささえ、もって。 ぴちゃり。 引き抜かれたそれが音を立てる。 すでに蔓が持っていたぬめりだけではないものをそれは滴らせていた。 「久しぶりに人間がきたかと思えばまたずいぶんな淫乱がきたものだ」 妖狐が嗤う。 「違うっ」 「どこが違うものか。まだなにも命じていない蔓がほら……喜んでお前の体を狙っている」 「しら、ない」 「そんな得体の知れないものに口を犯されてほら……ソコを熱くしてる」 嘲笑に、視線をずらし己の中心に目をやれば。 服の上からでもわかるほどの、昂ぶりが。 「……っ」 「どこも違わないだろう?」 優しげな声。それが滲ませる毒の恐さ。 するり、ねだるように近づいてきた蔓を指先でひと撫ですれば、どくんと脈打つ。 なにを命じられたのかその蔓は孝に近づき 「あっ!」 羞恥にぐったりとしていた孝の手からプレゼントの大きな箱を取り上げていった。 「ふぅん」 物珍しげに妖狐はそれを見やり手元に置くと、それきり忘れてしまったように視線を戻す。 「さぁ、続きだ」 楽しませておくれ。 笑った口元からきれいな牙がのぞいた。 言葉に勢いをよくした蔓が器用に孝の服を剥ぎ取っていく。 「や……っ」 あるいはもどかしげに服の仲にもぐりこみ。 「んっ」 胸にぬめりをこすりつけられ。 自分の上げた声への羞恥に孝は理性を放り投げた。 「夢だ、きっと」 そう呟いて。 「あいにくだが、これもまた現実」 どこか遠くから聞こえるような妖狐の声。 それももうどうでもいい。 器用な蔓はすでに孝の服をすべて剥ぎ取っていたから。 「見た目ほどうぶではないようだねぇ」 嗤う声。 「ほら、よく見えるようにしなければ」 声に反応して蔓が孝の体を操っていく。 対抗する気力もなかった。 思いがけない力で持ち上げられたかと思うと、足を払われどこどうされたのか地面に下ろされた時には、両手を背で組まされ肩を土につけられた屈辱の、姿勢。 「もっと、だ」 妖狐の声にぬるり、蔓が這っては孝の腰を高々と掲げさせた。 「反対が、いいか」 問いではなく、それは命令。 蔓は再び孝の体を持ち上げてこんどは妖狐の目に自分でも見たことのない部分が晒される、形に。 「やぁぁぁっ」 理性ではなく、羞恥の叫びが唇から上がる。 それを遮るように口の中、蔓が這入ってきた。 「んぐっ」 無理やりに飲み込まされたものに口をふさがれ呼吸がくるしい。 それなのに。 「ほら、やっぱり淫乱じゃないか」 嘲りの声が示すとおり。 舌を。 動かしている。 「違う」 言いたいのに口はふさがれたままで、やっぱりその間も舌を使っている自分に 「そうなのかもしれない」 思ったら最後の理性さえもどこかにいった。 「ん……ん」 「孝、気持ちいいんだろう? 唇にそんなものを咥えて」 気持ちいい。 言う代わりに音高くそれを吸った。 「素直はいいことだねぇ」 楽しげな妖狐の声。 またなにかを命じたのか体に蔓が這いまわる。 「あっ」 足の間に。 蔓は中心に絡みつき、細かに律動する。 また他の蔓は後に。 そこに自らの粘液を塗りたくり、じわじわと嬲り始め。 「あ……あぁっ」 耐えがたい、一気に駆け上りたくなる悦楽。 「んんっ」 中心の蔓が割れては、先端を包み込む。 とろり、体の力が抜け。 「ふは……っ」 咥えられる快楽に身を任せた瞬間 「あぁ……っ」 そこに蔓が侵入を果たした。 「いい眺めだねぇ、孝」 「ひっ」 見られている。 「よぉく見えるよ、いやらしいところがね」 見られている。 そこに蔓が這入りこんでいるのを。 「物欲しげにひくひくして。やっぱりいやらしい子だよ」 嗤う。 「いやぁぁぁ」 どくん。 その瞬間に果てた。 「こんな格好させられて、得たいの知れないもの突っ込まれて、その上言葉で辱められてイっちゃう子のどこがいやらしくないって?」 妖狐の哄笑が響いた。 体内で、口の中でまだ蔓はその動きを止めない。 自分でもわかる。 中心がまた、首をもたげている。 「ほら、まだ足りないってさ」 近づいてきた妖狐がぬるぬると這いまわっていた背中の蔓をのけ、するり、尻尾で背を撫でる。 「ひぁっ」 思いもかけない、快楽。 「気持ちいいって、言ってごらん」 妖狐の声に口の中の蔓がいなくなり、思わず不満の声を上げそうになる。 「言えないのかい?」 さわさわと。 触れるか触れないかの距離で尻尾に愛撫されている。 「気持ち……イイ」 よくってよくってたまらなかった。 どこもかしこも欲情にどろどろになっている。 「いいこだ」 妖狐は言い 「ほぅらよく似合う」 そうやって首に結ばれたのはあのプレゼントの。 リボン。 幅の広い真っ赤なリボンを首に結ばれまるで自身が。 「贈り物みたいだねぇ」 耳元で妖狐が言う通りで。 帰り際の駄賃とばかり、妖狐は孝の耳を小さな牙で噛んでいった。 「あぁ……っ!」 快楽が背中に駆け上がった。 「孝くん、こないねぇ」 冷たい窓に額を押し付け、少年は外を見ている。 深々と雪まで降り始めた。 「せっかくホワイトクリスマスになったのに」 仲直りできると思ったのにな。 家族に聞かれないよう彼は胸の中でそう、呟いて。 仲直りのチャンスは二度と訪れなかった。 |