大陸魔導師会の会議に最初の四導師が出席することは多くない。若手が委縮しかねなかったし、現在の四導師もやりにくかろう、という配慮だった。
 今回、珍しく四人が揃っているのはその四導師に懇願されたせい。いてくれるだけでいい、と拝まんばかりに頭を下げられ、エリナードたちはわざわざアリルカからやってきた。
「結局、たいしたことなかったじゃねぇか」
 文句を垂れるのはファネルを置いてきたエリナード。魔術師の問題であり、かつ面倒事がやってくるとなると忙しくなる。それにファネルが渋い顔をするものだからこんなとき彼はいつもファネルを置いてくる。
「まー、そう言わずにさー」
「我々がいたからこそ、面倒なく終わった、ということなのだろうな」
 イメルとミスティが言えば肩をすくめるオーランド。同感、と言っているらしい。そんな彼らにカレンは茶を淹れてやる。なんのかんのと言って疲れてはいるはずだ。なにしろ四人揃って大の会議嫌いと来ている。元々政治嫌いを掲げている彼らだ、致し方なくもある。
「あぁ、すまんな。――最近また腕を上げたか?」
「多少は。でもミスティ師。茶の腕を褒められてもあんまり嬉しくねぇんですが」
 にやりとすれば口許で笑うミスティ。こんなとき彼はいつも思う、エリナードにカレンを預けたのは正解であったのだ、と。確かにカレンは水系だが、あのまま導いていれば火系としてもそれなりに成功しただろう。それをミスティは疑っていない。けれどここまでには達しなかった。エリナードとカレンの在り方を見ているといつもそう思う。
「茶の腕だけでも褒められとけ」
 むつりとしながら言うエリナードだからこそ。そんなこと言って、と笑いながらたしなめカレンに片目をつぶるイメル。優しい眼差しで彼女を見ているオーランド。カレンはエリナードの弟子ではあったけれど、他の三人からも等しく可愛がられていた。まるで星花宮のように。
「おっと、ごめん。大丈夫だったかな?」
 イメルがエリナードをからかううちにひょい、と手が本にぶつかった。雪崩れた本を直すカレンにイメルは眉を下げる。
「手狭で悪いですね」
「いやいや、俺が粗忽なのが悪いんだよ、ほんと、平気だった?」
「大丈夫ですよ、壊れもんは……手が届かないところに片づけてあります」
「――賢明だ」
 ぼそりとしたミスティにエリナードが大きく笑った。一番に物を壊しかねないのが彼だ、という自覚はどうやらないらしい。
 四人が会議に出席するとき、以前は大陸魔導師会で一番立派な貴賓室が控室に当てられていた。が、それが面倒でならなかったらしい、殊にイメルは。
「お前の部屋でいいだろうが? どうせ俺の着替えはお前が手伝うんだからよ」
 エリナードの一言でいまではカレンの部屋が使われている。なにも正装でアリルカからやってくるわけではない――大仰で面倒で何より動きにくい――彼らだ、着替えの場所も必要だった。オーランドはすでに顕職を退き、魔導師会にも部屋を持っていない。自分がいれば気を使わせる、と感じているのだろう。結果として四人揃ってこの狭い作業室だか執務室だかわからない場所で着替えている。もっともエリナードは着替えを見られるのを嫌ってすぐ隣の物置兼仮眠室でカレンに手伝わせる。
 ――意外と照れ屋だ。いや……こだわりがなさすぎるのか?
「カレン、聞こえたからな?」
「っと、すいません。緩みましたかね?」
「俺が過敏になってるだけだろうよ」
 ふん、と鼻で笑ったエリナード。何を言っていたの、と笑うイメル。オーランドが珍しくくつくつとかすかな声を上げている。どうも彼にも聞こえてしまったらしい。
「お前に着替えを見られてなんの問題があるってんだよ? ぶっちゃけ、ファネルに手伝われる方が俺は恥ずかしいんだっつの」
「ですよね、師匠は。でもね、師匠。思い出してください。私は! これでも! 異性愛者なんですよ!」
「男の裸見て照れるようなタマかよ」
「親父の裸見てときめくのは問題でしょうが! ってそうじゃなくってな! 少しは私に気を使え!」
「えー、お前。彼女いるじゃん」
「エイメは友達だって何度言ったらわかるんですか!?」
 他愛ない言い合いに三人揃って笑い転げられてしまった。カレンとしてもそうなるだろうな、と思ってはいたけれど。
「で、カレン。本題」
 それを見抜かれていたか、とカレンは苦笑する。緊張したとき、師に突っかかってしまうのは少女時代からの悪い癖だった。
「大丈夫、大丈夫。カレン。こいつだってフェリクス師にそうやって甘えてたんだからさー」
 直後、相変わらずの氷水漬けになるイメルだった。カレンはしみじみと眺めてしまう。またいっそう精度が上がった気がして。
「あのね、カレン。そういうところで感嘆するのはやめてくれる? 俺、一応は被害者なんだからね?」
「被害者責任、という言葉がこの世にはありまして」
 にやりとしたカレンにエリナードが大いに笑った。処置なし、と肩をすくめるミスティと、話がずれている、と無言で促してくれたオーランド。慌ててカレンは本題に立ち返る。先ほど崩れたばかりの本の山から一冊、大きな本を抜き出した。書見台を使わねばならないだろう、両手で持つのが精一杯の本だった。
「これなんですけどね」
「ん?」
「あぁ、やっぱわかりますか。魔法具……ですね、一応は」
 エリナードの肩越しにイメルが顔を出す。先ほどまでの冗談を言っていた彼と同一人物とは思えない。真剣な魔術師の眼差し。横目で見やればミスティも、オーランドも。別けてもエリナードこそ。
「詳細は」
 見てわかっただろうに。カレンは言わない。まるで修行時代に、それも星花宮の少女時代に戻ってしまったかのような緊張を覚えた。訥々と、言葉を選びつつ話すカレンなど彼らにとっても珍しい。
 が、話題がそれでは当然か、と彼らも思い直す。カレンが作りあげた魔法具は、いわば記憶を継ぐ物。継承式を簡略化できるように作りあげたものだった。
「せっかく師匠がおいでになったんで、私と師匠の記憶の摺合せをしたいと思いまして」
「どう言うことだよ?」
「ですからね、私は師匠から大師匠の記憶をぼんやりと継いでますけど。大師匠が師匠をどう記憶してるかまでわかりようがないじゃないですか。師匠は大師匠からその思いを継いでたんだとしても、私に至るまでに精度がどんだけ落ちたのかも」
「なるほどねー」
 ふんふん、とイメルがうなずいた。エリナードの目に浮かんだ一瞬の切なさを隠すためのものだった。無論カレンは気づいていたけれど。
「まぁ、言いたいことは理解した。術式は?」
 エリナードにとってフェリクスの思い出が痛みを伴うものなのは理解している。長年、彼の側で師を思い続けるエリナードを見続けてきたカレンだった。けれど、だからこそ、その正確な思い出を残したい。いずれ遠からず自分もまた弟子にこの記憶を繋ぐ。そのとき欠けたものを残したくない。優しく、可愛らしかったフェリクス。エリナードを溺愛していたフェリクス。世の人が言うような「氷帝」ではなかった彼を過不足なく弟子に伝えたい。それはフェリクスを知る一人の魔術師としての義務だとすら思う。
 カレンが説明した術式をエリナードたちはあっさり理解した。原形は魔術師たちが多用する「鳩の魔法」だった。手紙の形の魔力を鳩の形に変換し、相手の元まで届ける、という二重に変容させる魔法だ。あまりに多用されるため、現在でも改良が続けられ更に洗練された形になっている。
 カレンはそれを元に本にした。一見は何も書かれていない白紙の本だった。そこに魔力を通すことで文字と心象が現れる。文字のほうは補足の意味合いが強く、直接心象を術者に送り込む、と言った方が正しい。
 それを飲み込んだエリナードの唇がかすかに笑った気がした。カレンは愕然とする。いま、ここで、この瞬間まで彼はこの魔法具のことは知らなかった。それなのにエリナードの詠唱がカレンには聞こえなかった。
「さすがって言っとくべきかなぁ」
「無駄に高速詠唱……というより、無詠唱化までするとは。嫌味な男もいたものだとつくづく思う」
「そんなこと言って。ほんとは」
 イメルがからかった途端、彼の姿が炎に包まれる。少々熱い程度であって怪我をするようなものではないが、氷水よりよほど過激だ、とカレンは呆れる。
「あのね、カレン。痛かったり熱かったりするのはおんなじだからな!」
「私は痛くも熱くもないですし」
「お前なー。さすがエリナードの娘ってやつだよな」
「……お前の姪でもあるがな」
「それ言ったら全員の姪っ子だろ!」
 ぼそりとしたミスティの呟きに耳を赤らめていたカレンに追い打ちのようなイメルの言葉。オーランドがぽん、と肩に手を乗せてくれたかと思えば耳をつつかれる。慰めではなく、からかわれたらしい。寡黙で落ち着きのある魔術師、と定評があるオーランドだったが、カレンは思う。彼もまた、エリナードたちの同期なのだ、と。むしろ兄弟なのだと。長いカレンの溜息をミスティが笑った。
「ほれ、どうよ?」
 馬鹿話をしているうちにエリナードの作業が終わっていた。はじめて扱う魔法とは思えない。さすがだ、と改めて師に感嘆するカレンをにやにやとイメルが見ている。普段のカレンならば反撃をするけれど、いまは魔法具の確認に忙しい。
「あ――」
 カレンが継いでいるエリナードの記憶にもあることだった。わざわざそれを選んでくれたのだろうか。
「違ぇよ。俺にとっちゃ……師匠の思い出って言うとそれが最初に来るんだ」
 小さな、まだ名もなき子供の彼。フェリクスの膝に抱かれ、星花宮の四阿からしとしとと降る雨を見ている。そして魔法を見せてくれたフェリクス。水の花火の美しさ、飛んでくる枝の鋭さ香りのよさ。エリナードは微塵も忘れていなかった。
 そしてカレンも。継承式で見たエリナードの記憶がいまここにある。本の上、鮮やかに蘇る彼の思い出。まるで読書のように記憶を「読む」。
「どうだ?」
 少しばかり不安そうなエリナードだった。魔法具の術式に問題があったのではないだろう。カレンにはわかる。
「んー、さすがに師匠の記憶っすからね。直接接触して叩き込むのが継承式じゃないですか? だからそこまで変わらないかな」
 ひょい、と本を取り戻し、エリナードが再び魔法を行使する。今度は何か、と思っているうちに戻してきた。
 それはフェリクスの記憶。フェリクスが、生きて魔道を歩んできた彼の記憶。エリナードが継いでいる、フェリクス自身の思い出だった。
「うわ……」
 カレンは言葉もない。確かにフェリクスの思い出はカレンの中にもある。エリナードを介して、少しは伝わっている。それをもっと明確な形として残したいからこそ、作りあげた魔法具。ここまで効果があるとは思ってもいなかった。
「全然……違う……フェリクス師が、生きてる……」
 自分の継いでいるものは、エリナードが見て聞いた記憶。一人、間に挟まるだけで、これほどまでに違うのか。
「こっちはどうよ? 継承式だとぼやっと伝わるだけだろ? 薄布一枚介したくらいまでになってるか?」
「ご冗談。私が継いでるもんは、これに比べたらクソですね。隣の部屋でなんか言ってるのに聞き耳立ててた、程度しか伝わってねぇや」
「じゃねぇかと思ってたんだよ。ミスティ、協力してくれ」
「なんだ?」
 さも嫌そうな顔をして見せたくせに、目が輝いている。彼もまた興味があったのだろう。そして彼はエリナードが何を言うより先、彼が継承しているカロルの記憶を。今度はエリナードがそれを読む。
「……うん、確かに。全然違うな。これは……問題だな……」
「師匠?」
「もうちっとマシに伝わってるかと思ってたんだよ。でも、な」
 エリナードにはフェリクスが見たカロルの記憶がある。それをミスティが持つカロルの記憶と突きあわせてみれば歴然とした差。
「お前に継承式のときに言ったよな?」
「三世代前に研究の切っ掛けがあったらどうするかって話ですよね」
 だからこそ、カレンはこうして魔法具を開発した。あのときの些細な言葉を彼女が気にかけ、研究を続けてきた結果がここにある。エリナードは素知らぬ顔をしていたけれど、代わってイメルが目を瞬かせていた。
「俺はもう少し、師匠が見たカロル師のことを知ってるつもりだった。でもな、全然わかってなかったってのがこれで証明されちまった」
 悔しそうなエリナードだった。もう少しカロルの研究を理解していたならば、自分の魔道は進んでいたかもしれない。彼はそう思うのだろう、否、この場の全員が。眼差しが揃って魔法具に落ちる。そこにひょい、と伸びてきたオーランドの手。
「――まったく」
 ミスティが呆れていた。オーランドの無口は筋金入り、ということだろう。先ほどのエリナードのよう、無詠唱化して見せたのではない。何かは言っている。確かに詠唱している。はず。が、それを彼は聞き取らせない。魔術師としては素晴らしい技術技巧も、なぜか納得しにくいオーランドのそれだった。そしてカレンに向けてつい、と魔法具を押し出す。
「え――。その、私が見てもいいんですか?」
 自分はエリナードの弟子で、フェリクスとも知らない仲ではない。が、オーランドの記憶を見るのははばかりがある。再び気にするな、とでも言うようオーランドが本を押し出した。
 おずおずとカレンはそれを見る。知らなかったリオンの姿、彼が見たカロルの姿。神官として、魔術師として。そこにはフェリクスもいた。オーランド自身の見た、エリナードやミスティたちも。
 カレンは言葉もなくそれを見ていた。星花宮の一日。ただの、よくある日常。魔術師たちの、あり得ない、けれどありふれた毎日の一つ。
「んー、オーランド。カレンに見られて抵抗、ある?」
 イメルの問いに彼は黙って肩をすくめた。ないから見せた、ということだろう。なるほど、呟いてイメルが今度は本を取り上げ詠唱。カレンに見られている間、彼自身もそれを検証していた。
「あぁ、うん。そうだ、ね。全然ないね、抵抗」
「イメル師?」
「やっぱさ、お前に見られるのはちょっと恥ずかしかったり、色々感じるかなって思ったんだけど。この形だったら抵抗ないや」
 精神に接触するわけではないからだろう。それだけ継承式は師にとっての負担が大きい。
「でも継承式ってそういうものだろ?」
「個人的には、接触って言うより、精神の一時的共有って言った方が正しいと思うんですよ」
「だな。完全に全部筒抜けになるからな」
「お前は実感あるだろうなー」
 なにしろかつてフェリクスと五年にも及ぶ共生を経験している彼だ。イメルの言葉が終わる前、氷水漬けになるかと思いきや、炎に塗れて蔦で締め付けられたイメル。悶絶する彼を最後の仕上げ、とばかり氷水が襲った。
「お前はいまに至ってなお粗忽だな」
「いや……その、この場の全員が知ってることだし」
「知っているからと言って安易に口に出すな!」
「――同感」
 オーランドにまでたしなめられて、しゅん、と肩を落とすイメルをエリナードが笑っていた。それでおしまい。いい関係だな、とカレンはほのぼのと――ただし顔に出すとからかわれるので何気ない表情のまま――眺めていた。
「で、カレン。なに言いかけた?」
「あぁ、いや。たいしたこと……ではあるかな。その一時共有状態だと、見ちゃいけないもんを見そうで怖かったんですよ」
「はぁ? 俺の腕を舐めてねぇか、お前」
「舐めちゃいませんけどね! この程度だったら別にいいかとかって漏らしてきそうで、それが怖かったんですよ!」
「つかな! お前が見て怖いってなんだよ、そんなもん、何があるってんだよ!」
「あんたの濡れ場だ!」
 エリナードが頭を抱えた。ミスティが天を仰いだ。オーランドが声を上げて笑う珍しい場面にイメルが絶句。
「あり得そうで、確かにそれは恐ろしい。見たくはないものではあるからな」
「ですよね、ミスティ師」
「師匠の濡れ場は確かに見たくない。私もそれは……正直御免こうむる」
「あー、俺もかも。つかエリナードだってそうだろ?」
「……俺、見てるし。あんま気になってなかったし」
 再び絶句。今度は全員。そして長々とミスティが溜息をついた。
「あぁ、お前ならばそうだろうよ。正に浮気相手ここにあり、だ」
「あの師匠と俺だぞ? 別になに見たって見られたって驚かねぇよ」
「あのー、師匠? それって逆説的に」
「師匠も俺のあられもねぇ姿を見てるぜ。間違いなく」
 カレンも継承式で知っている。あのときのエリナードはそのようなことを気にかけられる状態ではなかった。だからこそ、すべてが筒抜けになった。その結果ではある。
「それにしたって……お互いに気にしてねぇってのがやっぱ、どうかしてんな」
「同感だ。さすがに師といい弟子とはいえ、そこは人として気にするべきところだろう」
 重々しいミスティの口調にイメルがうなずく。多少照れくさそうな顔をしているのはなぜだろうとカレンは首をかしげる。そんなカレンの表情にオーランドが微笑む。エリナードの弟子だ、と思ったのかもしれない。
「うん、カレン。これさ、塔に置かない?」
「はい!? 急になんですか!」
「いやさ、さっきエリナードが言ったじゃん。俺たちが持ってる師匠たちの師匠の記憶だって結構曖昧だ。だったら覚えてる魔術師がいるうちに、記録できるところはやっといた方がいい。だろ?」
「これ、ただ見るだけってことはねぇんだろ、カレン」
「それやってたら夜が明けても読み終わりませんし。検索はできるようになってますよ――って言うか、そもそも検索語が読み手側の術者にないと発動しませんし」
 いまはオーランドやイメルの記憶、それも星花宮時代の思い出、とわかっているからこそ発動している。エリナードに至ってはその魔道の記憶を継いでいるカレンだ、検索語は必要ないだけだ。
「なるほど。読み手側に切っ掛けがねぇとこりゃただの白紙の本ってことか。それはいいな。見栄えがいいし、魔法って感じだしよ」
「そこ、気にするところです?」
「気にするところだろ? 魔法は楽しいもんだからよ」
 それはきっと、フェリクスが最初に見せてくれたあの水の花火。エリナードはその思い出を持ち続け、ここまで来た。カレンの口許がふっと緩んだ。
「うん、だからさ。塔に入れる魔術師だったら、誰でもってわけにもいかないかな。とりあえず師匠がいいよって言った連中だけ。そいつらに研究の切っ掛けを与えるって意味で」
「ついでだ。うちの一門の連中で弟子がいるようなやつは全部記録させろよ。記憶なんて曖昧なもんだ、それでも大勢突き合せりゃ精度は上がる」
「それはいいな。どうだ、オーランド」
 いいとも言うより先、オーランドが本を引き寄せた。楽しそうに煌めく目。
「これ、どれくらい記録できるの、カレン」
「現状では確認できませんね。ありったけやっても大丈夫なように構成してますけど。いずれ限界はくるかもです」
「さすがエリナードの後継者。そつがないねぇ」
「お前だったらこうは行かねぇよな」
「言うなよ!」
「カレン、これは一人ずつじゃないとだめか?」
「え……やったことねぇです。が、混ざることはないと思いますけど」
「だったら実験と行こうか」
「待て、ミスティ! だったら俺が――」
「いやいや、俺が先だって!」
「譲れよ! 俺の弟子が作ったんだぞ!」
「カレンを最初に見たのは私だったな」
「関係あるか!」
「そうだよ! それだったらカレンはみんなの娘で姪っ子じゃん!」
「それ、関係ねぇよ!?」
 イメルとエリナードが言い合う間にミスティが手を出す。オーランドは我関せず、と詠唱を続けている。四人が揃って本に顔を寄せ、ああでもないこうでもないと言い合う姿。
 カレンは静かに席を立ち、部屋を後にする。机の上、頭を寄せ合うはじめの四導師。子供が悪戯を企んででもいるかのよう。そっと扉を閉める前、カレンはもう一度彼らを見やっては微笑む。
 継承式を簡略化しようとして制作したはずの魔法具は、この後リィ・サイファの塔に本当に収められた。アイフェイオン一門の魔術師たちの記憶を納めた魔法具は「門の書」と呼ばれる。一門の記憶であり、研究の門である本、と言う意味で。




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