ひどく涼しい音がして、演習場の騎士たちが呆気にとられた。リオンは苦笑して二人を見ていた。青い炎の剣を振るうカロルと禍々しいような氷の剣を手にしたフェリクス。 「ちょっと本気ですかねぇ」 のんびり呟くリオンに騎士たちは恐る恐る止めなくていいのか、と視線を飛ばす。声をかけると自分のほうに剣が飛んできかねないと案じているようだった。 「あぁ、平気ですよ。問題ないです。ちょっとカロルが苛々してるかなぁと思いますけど」 「そのちょっとが……」 「平気ですって」 どのあたりがどう平気だというのか。騎士たちはたずねたくともたずねられないでいる。それでようやく思い出す。この温和そのものといった形の神官があの、黒衣の魔導師の恋人なのだということを。ぞっとしたよう青ざめた。 「テメェ、この馬鹿弟子が! なんでもかんでも俺を頼りゃいいってもんじゃねェだろうがよ!」 「なに言ってるの。馬鹿なこと言ってるのカロルのほうじゃない。僕を手伝ってくれるっていったの誰!」 「言ってんだろうが! 手伝いってなァ、テメェができることをやったあとに持ってくるもんだろうが。はき違えてんじゃねェぞクソガキ!」 互いに罵声を飛ばしつつ剣を交えている二人は、騎士ではなく魔術師だ。それを忘れそうになるほど激しい剣だった。 「あのー。カロル?」 フェリクスが言っているのももっとも、と思ったリオンはいい加減に介入してやろうか、と口を挟んだ。 フェリクスはいま、塔の迷宮が暴走した後の荒野を緑野に戻すための研究に励んでいる。自業自得で、それが彼の罪の償いなのだから彼がしなければならないこと。それも自明だ。 が、カロルは師として弟子と共に彼の罪を償う、そう王の前で言った。それをフェリクスは盾にとっているつもりはないだろう。 ただ、甘えたいだけだとリオンは見ている。きっと研究が行き詰っているのだ。しかしそれを言えばフェリクスは荒れるだろう。だからこその暴挙だと、カロルとリオンはわかっていた。 「うるさいな! 黙ってなよボケ坊主!」 「なんだとコラ。あのボケをなじっていいのは俺だけだって言ってんだろうが、クソガキが。もう切れた。頭きた。テメェなんざ知らねェよ。勝手にしな。こい、リオン!」 「え……あの……? えー、その。なんでしょう、カロル?」 ぼんやり言うリオンに、この男の神経はいったいどういう繋がり方をしているのだろうとでも言うよう騎士たちが呆然とした目を向ける。それを気にも留めずリオンはにっこり笑った。 「遊び行くぞ」 「はい?」 「ちょっと、カロル!」 「うっせェぞ、馬鹿弟子。俺は出かけんだ。テメェはテメェで勝手にしな!」 「僕を置いてどこ行くわけ!? 信じらんない!」 「だ、か、ら!」 剣で剣を弾く。打ちかかってきたのなど物ともせずカロルはにやりと笑って見せる。 「師匠は逢引だ。邪魔すんじゃねェぞコラ」 咄嗟にフェリクスがカロルに掴みかかる。が、一瞬遅い。そのときにはカロルはリオンの腕を引き寄せて転移呪文を詠唱していた。否、詠唱を完成させていた。 「馬鹿カロル! あなたなんか大ッ嫌いだ!」 姿を薄れさせていく師に向かってフェリクスは力の限り叫んでいた。それしかできなかった。自分と剣を交わす間にもカロルは転移呪文を詠唱し続けていたこと。それを維持しながら、魔法剣をも維持していたこと。気づかせずに軽々と戦って見せたこと。それらを感じさせもしない力量。 「どれもこれも腹立つじゃない!」 至らない、敵わないと喚き散らすフェリクスを騎士たちが遠巻きにしていた。メロールがフェリクスを探しにきたとき見つけた彼は、そんな有様だった。頭痛をこらえるよう額に手を当てた半エルフは、それでも笑っていた。 一方、転移した二人はと言うと。 「悪ィな」 妙に殊勝げにカロルが謝っていた。それが痛々しいような気がしてリオンは困ってしまう。 「なにがです? 謝ってもらうようなことはなかったと思いますけど」 「……わかってんだろうがよ」 「ま、わからないでもないですけど」 「だろーが」 フェリクスのことを言っていた。転移の瞬間フェリクスが見せたあの目。 「もしかして私、物凄く嫌われてます?」 恐ろしいほど朗らかに言われてしまってカロルは唖然とし、次いで溜息をついた。長く、深く。大地の底まで届けとばかり。 「テメェ、自覚はねェのかよ」 「いやいや、ありますけど。嫌われてるとは思ってますよ。だってほら、あなたを横からかっさらいましたし、私」 悪戯げに言いリオンはにっと笑った。それを目にしたカロルの頬から強張りが解けていく。リオンは口にせず言っていた。それでいい、自分が憎まれ役くらいならばするから、と。 「そんな仲じゃねェって言ってんだろ」 「だって仲良しさんですし、あなたがた。ちょっと妬いてもいいかなって思います、私。ところでカロル」 その話はここまでだ、と言わんばかりにリオンは強引に話を変えた。いっそ出てきてしまったのならば休憩にしたらどうだ、そんなリオンの意図を感じないわけではなかったけれど、カロルはわずかに逡巡する。 「ここ、気持ちがいいですねぇ」 ゆっくりと伸びをし、リオンは胸いっぱいに息を吸う。その有様があまりにものびのびとしていてカロルはほっと息をつく。 休んでも、いいのかもしれない。休憩など、自分が望むものではなかったけれど、口実に使った逢引ならば、いっそそうしてしまうのもいいかもしれない。そう思ったカロルは自分の心の変りようを少し笑った。 「どうしました?」 「ん。ちょっとな」 「言ってください。気になって仕方ないじゃないですか」 胸に手をあて、いかにも可愛らしく言うものだからカロルは吹き出さずにはいられなかった。 「休憩、悪くねェなって思っただけだ」 ぽつりと、耳まで赤くしながらそっぽ向いて言うものだから、リオンはカロルが可愛くて仕方なかった。思わず後ろから抱きしめてしまう。 「離せって」 「やですって」 「なに言ってやがる」 「ここがどこか教えてくれたら離してあげます。たぶんね」 「たぶんってなんだよ! ここ? どこだと思う」 首だけ振り向けカロルは言った。目がきらきらとしている。楽しみを見つけた彼の目の輝きがリオンは好きだった。神官の目で見なくとも、彼の美しい本質が見えるようだった。 「さて、どこでしょうねぇ。なんだかとっても不思議な匂いがしますねぇ。嫌いじゃないなぁ、私」 「テメェ、わかってやってねェか」 「なんのことでしょう? ここ、イーサウだったらいいのになぁって思ってるだけですよ、私の愛しい銀の星」 いまだ赤い耳に唇を寄せて囁き、ついでとばかりくちづける。もっとも、リオンにしてはくちづけのほうが本当にしたいことだった。 「ちぇ。つまんねーの」 「おや、あってましたか。それは嬉しい。じゃあカロル」 「んだよ」 「ご褒美、欲しいなぁ」 わざとやっている。カロルにもわかっている。耳許で低く囁く声。背筋がぞくぞくとする。以前は、とても、心の底から嫌いな感覚だった。いまは、好きだ。 「褒美目当てで働くなって言ってんだろ」 言いながらカロルは振り返る。目が笑っていた。伸び上がるようにしてリオンの腕から抜け出し、頬に片手を添える。素直に目を閉じたリオンにカロルは少しばかり照れくさそうな笑みを向け、それからそっとくちづけた。 「……もっと」 掠めるようなくちづけが物足りなくてねだれば甘い吐息と共に再びくちづけが返ってくる。貪りはしなかった。何度も軽いくちづけを繰り返すだけ。ついばむようなそれが互いの息を弾ませる。 「……ちょっと待て」 「カロル?」 「このまま続けてるとすげーことになっちまう」 とろりと酔った目をしたまま、リオンはカロルを不思議そうに見つめ返した。自分にここまで酔ってくれるのかと思えば、カロルはどことなく嬉しい。それを嬉しく思えるようになった自分が嬉しい、と言い換えてもよかった。 「あのな、ボケ」 「はい」 「俺もテメェもいい大人だろうが」 「はい」 「だからな、こんな真昼間はともかくよ、あのな、俺はお天道様の下でおっぱじめる気はねェぞ」 リオンは目を瞬く。それから言われたことが彼の中に馴染んでいくに従って、目に正気が戻り、体が平静になった。 「な?」 言いながらカロルが体を押し付けてくる。そして悪戯っぽく笑った。自分もまた同じなのだ、と示すように。 「ちょっとカロル! だめですって……」 甘い悲鳴を上げたリオンにカロルは明るい笑い声を上げた。それから軽く頬を叩いて体を離す。 「行こうぜ」 「え? どこです。あてがあったりするんですか」 あまりにもあっさり離されてしまったことがわずかに不満だ。それが口調に出たのだろう、カロルが含み笑いを漏らす。 「せっかくイーサウきたんだしよ。風呂入ってこうぜ」 「風呂ですか?」 「テメェ、イーサウがどんなとこか知ってんだろ。この匂い知ってたんだからよ」 だからこそリオンはここがどこかを言い当てて見せた。香りを操るエイシャの神官。匂いの記憶ならば確かなものらしい。 「知ってますけど」 「借りようぜ」 「え?」 「だから、風呂。なにテメェ、俺が風呂入ってるとこ、人に見られてもいいわけかよ。けっこう薄情なのな」 いかにも茶目っ気たっぷりに言われてしまってリオンは言葉をなくす。カロルの本心ではないだろう。淡い金髪に血の色の透けた唇、細身の肢体。そんな女性的な外見をしていてもカロルは男性そのものだ。入浴を見られて動揺するような性格でもない。リオンもまた裸を見られて恥らうカロルなど、考えるだけで眩暈がする。 「うーん、それはちょっと嫌ですねぇ。私の銀の星は美人さんですから。他の誰かが惑わされでもしたら妬いちゃいます」 それでもリオンはそう言った。カロルが言われたがっていることを察して。二人きりになりたい、と言葉の裏側で言うカロルの意思を汲み取った。 「誰が迷うかよ!」 「だってカロル、黙ってればとっても美人さんですよ?」 「なんだと?」 「私はあなたの罵詈雑言がとっても好きですけど。ほら、さっきの騎士たちもまだやっぱり慣れないじゃないですか、まだ。いい加減に慣れればいいのにねぇ」 「慣れさせたほうがいいか?」 「まさか、とんでもない」 にっと笑ってリオンがカロルの肩を抱く。それを嫌がらないカロルが嬉しいような複雑な気分だ。 この素晴らしい人が、自分を受け入れてくれている。こんな自分を、と時折は思ってしまう。卑下するのは趣味ではなかったし、自分を貶めればそれはすなわちカロルを貶めることになってしまう。それを理解しないほどリオンは子供ではない。 「あなたのよさを理解できるのは私だけって思ってるの、悪くないです」 「テメェのよさをわかってんのが俺だけ、といかねェところが、ちょっとな」 「それはまぁ、神官ですし、私」 「どこがだよ! ……いい、言うな。わかってんだから言うなって!」 悲鳴じみた声にリオンは満足し、ゆっくりと吐息を漏らす。それに気づいた。自分は思っているよりずっと疲れていた、と。カロルのことを笑えはしない、思ってリオンは内心で自分を笑う。 「ゆっくりしよーぜ」 嘘くさいカロルの言葉。ゆっくりしたいなどと思ってもいないくせ、カロルは休憩をするという。望んでもいないこと、ではないはずだ。自分がしたくないことをあえてするような男でもない。それを望むリオンでもない。 だからカロルが休暇にするというのは、本当だ。いまの彼の本心だ。それでもリオンは思う。 「私のためですか、カロル」 自分で気づかないほどの疲労を彼が察してくれた。フェリクスとのいざこざをいい機会と捉えて連れ出してくれた。 「なんのことだかよ。知らねェなァ」 嘯いてカロルが寄り添ってきた。見上げてくる翠の目に愛しげな煌き。それに心が弾みだす。疲れなど、どこかに行ってしまう。あまりにもあっさりと。にっと笑って歩き出した。 イーサウは温泉の湧く町として知られている。古くはシャルマークの四英雄が傷を癒したとも言う。 「逆なんだぜ」 「カロル?」 「シャルマークの英雄が入った温泉、じゃなくって、シャルマークの英雄が作った温泉、だ」 「おや、そんなことが? あぁ、メロール師から聞いたんですね」 「おうよ」 カロルの師、半エルフのメロールはシャルマークの英雄、魔術師リィ・サイファと親しい友人だった。それでリオンはそう言ったのだが、わずかにカロルが機嫌を損ねた気がして黙ってしまう。 「……別にテメェが」 「いやだな、カロル。そりゃ私は最愛のエイシャの神官ですからお話が好きですし、集めるのはある意味義務ですけど。それだけですって」 朗らかに言われてしまってカロルは黙ってしまう。特にメロールとの仲を疑っているとか、そういうわけではないのだ。断じて違う。が、そう言われてしまうとなんだか自分が疑ってでもいたように聞こえてしまってばつが悪い。 「あなたが好きです、私」 「知ってるってーの」 「いいじゃないですか、いくらでも言いたいんですから」 「悪いたァ言ってねェよ」 ぷいと顔をそむける仕種の幼さ。そんな彼を知っているのはきっと自分だけだ、そう思えば優越感で胸が一杯になる。 二人は町へと入っていった。先ほどの静けさが嘘のよう、賑やかだ。わいわいとした呼び売りの声、宿の客引き、湯上りの客たちの赤い頬。 「いいですねぇ。平和だなぁ」 ここはシャルマークのうち。大穴は塞がったとはいえ、いまだ魔族は出没する。それもかなり頻繁に。それでもここは活気のある町だった。 「うちの師匠がよ」 「はい?」 「結界。張んのに手ェ貸したって言ってたぜ」 「あぁ、なるほど。そういうわけですか。それで小物は出てこない、と」 簡単な結界の存在にリオンも気づいている。それを張ったのがメロールだとは思わなかったが、これがあることでイーサウはある程度までは守られていた。 「こいよ」 そう言ってカロルが案内に立つ。あるいは彼はメロールの供でここにきたことがあるのかもしれない。迷うことなくカロルは一軒の宿へと入っていった。 リオンは笑いを噛み殺すのに必死だ。宿の亭主とカロルは実に穏やかにやり取りをしている。彼がラクルーサの黒衣の魔導師、と言っても誰も信じないだろう。 「行くぞ」 ひょい、とカロルが指で手招く。亭主と取引が済んだのだろう。話などまるで聞いていなかったリオンはカロルのなすがままだった。 「泊るんですか」 「帰りてェか」 「とんでもない。ここに泊るのかなって思っただけですって」 「おうよ。泊る。その前に――」 言葉を切ってカロルがにっと笑った。ちょいちょい、と指先だけで茶目っ気たっぷりにカロルが手招いた先。 「おやまぁ。びっくりです、私」 浴室だった。温泉が湧く町なのだから、入浴設備があるのはなんの不思議もない。それが多少豪華なものでもリオンは驚かない。 「いいだろ」 カロルが案内した先は、個室の風呂だった。どうやら個人客向けに小さな風呂を貸し出しているらしい。 「カロル。ちょっと聞いてもいいですか」 「なんだよ?」 「ここ、誰ときたんです、あなた。なんで知ってるのかなぁってちょっと、不思議です。これって焼きもちですかねぇ」 飄々と春風のよう言ってのけたリオンにカロルは吹き出していた。腹を抱えて笑いながら、それでもさっさと服を脱ぎ捨てていく。 「考えろよ、わかんだろ」 「教えて欲しいなぁ」 「師匠だよ、師匠。いくらなんでも半エルフが公共浴場使ったりしたら騒ぎになっちまう。師匠も見られんのすげェいやみたいだしな」 からからと笑いながらあっという間にすべてを脱いでしまったカロルはむっとする浴室に入ってしまった。 「ま。そうじゃないかな、と思いはしたんですけど」 「だったら聞くなって。早くこいよ」 「でもねぇ、カロル」 服を脱ぎながら湯を浴びるカロルを横目で見ていた。白い肌が浴室の湯気に霞んでなんとも言えず美しい。 「焼きもちくらい、妬きたいときもあるんです。それに、あなたに言ってほしいときも」 「別にだめだとは言ってねェだろうが」 「そうでしたっけ?」 カロルのあとを追い、湯を浴びた。腕を組むだけで笑みを浮かべて立っているカロルに真正面から見つめられたリオンは多少の気恥ずかしさを覚える。 「聞きたいことがあれば聞けって。言ってほしいことがあれば言えって。テメェが望むことで、俺が叶えてやれることならなんでもしてやる」 言い放ち、カロルは笑みを深くした。薄暗い浴室の中でもはっきりとわかるその精悍さ。リオンは言葉もなく裸のカロルを抱きしめる。 「好きですよ、カロル」 「おうよ」 リオンの耳許で、少し掠れたカロルの声がした。照れているのだろうと思えばたまらない気持ちになる。 二人してそろそろと湯船に移動する。若くもないのに離れがたいなど、馬鹿なことだと二人見交わした視線の中で語り合う。 背に腕をまわし、あるいは首に絡め、くちづけを交わし。湯に沈んでいく体がくすぐったいような気分にさせる。 「リオン」 照れて掠れたのではない、声。肌に掌を滑らせれば、甘い吐息。自分ばかりがされるのは嫌だとばかりカロルの指がリオンに伸びる。 「――は」 温かい湯の中、彼自身に伸ばされた指に、湯が熱すぎる。火照った頬に血の気が上る。このまま追い詰められてはならじとリオンが逆襲を試みた。 「んんっ」 一応、宿の人目をはばかっているのだろう。押し殺した声にカロルの熱を感じる。見上げてきた翠の目。酔ったような色をしているかと思えば、挑戦的でぞくりとした。 「たまにゃ可愛がってやるよ」 言うなり湯船の底に腰を下ろしたリオンに、カロルがまたがった。膝の上、座ったはずなのに少しも重くない。それが不満でリオンは彼を抱きしめる。 「ほら――」 立ち上がった互い自身を、カロルが擦り付けてきた。思わずリオンは彼の肩にすがりつく。それだけでは飽きたらず肩に噛み付いた。 「だめです、カロル。そんなことしちゃあ……」 「いやか?」 「……愛しい私の銀の星」 緩く首を振ってリオンは呟く。それを承諾ととり、カロルはいっそう腰を摺り寄せた。弾む吐息が嬉しくてたまらない。自分がこの男に快楽を与えている、それを喜ぶ日が来る不思議。カロルの口許に笑みが刷かれ、瞬く間にリオンに染まる。 擦り付けるだけでは物足らなくなって、カロルは手の中に包み込む。いっそう強くなった刺激にリオンがうめいた。 「カロル――」 「出しちまえよ。な?」 このままでは湯にあたりかねないリオンを湯船から上がらせて、縁に腰掛けさせた。再び圧し掛かり、カロルは彼を追い立てる。自身もともに。 互いの弾みきった呼吸が最後を求めに走る正にそのとき。 「なんだ!?」 爆音ではない。が、静かでもない。浴室の湯気が、別のものに一瞬のうちに変化する。さらさらとした冷たい霧へと。 「……見つけた、カロル!」 そこには剣を持ったフェリクスが立ちはだかっていた。転移呪文を追跡してきたのだろう彼は、当然あの勝負の続きをするつもりだった。 が、気づく。絡み合った裸体に。唖然として頭を抱えたカロルと、照れくさそうに天井を仰いだリオンに。 「テメェなんざァ馬に蹴られて死んじまえ!」 フェリクスに何もさせずカロルは己の弟子を魔法で束縛した。不意を打ったはずのフェリクスは手も足も出ずぎりぎりと歯を食いしばる。 「ッたくよ、どーしてくれようかな、この馬鹿弟子をよ」 「……とりあえず、休暇は消えたみたいですね」 「だな」 溜息を付き合う二人は互いを見つめて苦笑を交わし、やれやれといわんばかりに立ち上がる。平静に戻った体に熱はない。が、心の奥に宿る熱。 「とりあえず、一泊はしてくか」 呟いたカロルにリオンは思った。縛り上げたフェリクスを宿の部屋に放り込んだあと、この続きがきっと待っている、と。 「やらしい顔してんじゃねーぞコラ」 力ない罵声が、だからカロルも同じことを考えていることをリオンに知らせていた。 「お邪魔虫さんですけど、許してあげますよ、今回はね」 束縛されて言葉も封じられているのだろう、悔しそうに身悶えするフェリクスにそれ以上の意地悪を言わずカロルの腕に自分のそれを絡める。間違いなく、フェリクスはそのほうをよりいっそう嫌がると知っている。わかっていてやるなよ、と言いたげなカロルの視線ににっこり笑ってリオンは取り合わなかった。 |