遅ればせながらだが、あけましておめでとう。 年末のどたばたから琥珀が解放されたのは随分年も押し迫った頃の事で、新年もいつの間にやらあけてしまった、という印象なのだが。 さすがに甥も正月は実家に帰っているので久しぶりに家の中がしん、としていた。 それが物足りない、琥珀は笑う。 「宿題がおわらなぁいっ」 と、甥が大騒ぎしながら戻ってきた時こそ琥珀は怒ったのだが、それからはにこにこと一緒になって宿題をやっていた始末だ。 男所帯のわりに妙に一般家庭な日々では、ある。 私も琥珀も古い人間の所為か慣習、ということが気になる質である。 一月十五日。 だから今日は近所の神社へ。 どんど焼き、だ。 他の地方ではなんと言うのだろうか。 そもそも同じような行事があるのだろか。 寡聞にしてよくわからないのだが我々の故郷、横浜ではどんど焼き、と言う。 正月飾りや古い達磨を神社に集めて焼くのだ。 それらが普段見慣れた神社の掃き清められた神域に積み上げられていく。 夕方の吹きすさぶ冷たい風に、大人も子供も配られた甘酒なぞをすすっては皆、ほこほこの笑み。 あちらではもっと幼い子らがみかんを振りながら走り回っている。 こちらの片隅では年寄りが集まってああでもないこうでもないと積み上げていく山に注文をつける。 皆、笑っている。 ひょう。 風が吹き抜ければ一段と声は高まり。 それは優しい田舎の風景だ。 私たちも熱い甘酒を頂いて冷たい両手を温めた。 ひとくち飲めば懐かしい、生姜のきいた味がする。 甘酒の作り方も色々あるが私はこの酒粕と砂糖で作る簡単なものが好きだ。 酒粕次第で味の良し悪しが左右されはするが。 甘さは程ほど生姜はたっぷり。 いつか子供の頃に風邪でも引いて、寝込んだときに懐かしい人が作ってくれた味、かもしれない。 「飲みなさい。体が温まるから」 そう言って渡された大振りの湯飲みの熱さがなぜか、忘れられない。 ふと見れば琥珀はまだ両手に持ったまま。 彼も甘酒は嫌いではなかったはずなのだがと、問えば。 「熱い」 一言返ってきた。 「猫舌なんだよ」 どうやらこれほどの寒さの中でも熱い物は熱いらしい。 思わず笑えば目の端でにらまれてしまった。 そして。 大きな山になったお飾りに火がつけられる。 ふわり。 あっという間に燃え上がっていく、炎。 そこで我先に団子を焼くのだ。 木の枝やら竹の先やらにつけられた紅白緑の団子。 ちょうど正月飾りの繭玉のようだ。 それがお飾りを焼く炎にあぶられていい香りがする。 ゆらり、ゆれる度。 ぱちり、火がはぜる。 琥珀も子供に混じっては火の側へ。 こげちゃった。 もうちょっと焼かないと。 そんな、歓声。 「ほらひっくり返さなきゃ」 「真っ黒んなっちゃうよぅ」 わらわら集まってきた子供にとり囲まれて焼き方を教えられている。 これではどちらが大人かわからない。 琥珀は笑いながら子供の教授を受けている。 寒さに赤くなった頬が炎に照り映え、なんとものどかでそして、幸せそうな。 子供らはまだ熱い団子をさっそく頬張って。 「あぁあ、火傷して」 琥珀は笑い指を指す。 さっき一人前の顔をして焼き方を教えてくれた子も、熱い団子にかかってはただの子供で。 焼けたての団子に舌を火傷しては母親の胸に甘えて泣いている。 めらめら。 山が崩れ湧き上がる、火の粉。 そしてゆったり日が暮れていく。 そうして人は皆家路をたどるのだ。 「正月が終わったね」 琥珀が言う。 そう、これで横浜の正月は終わるのだ。 まだ熱いかな、琥珀は呟き 「はい、篠原さん」 そう団子を差し出した。 指先からじわり、まだ熱が伝わってくる。 「熱い?」 問うのに大丈夫だと首を振っては団子をかじった。 ふぅわり、湯気が立つ。 どんど焼きの炎であぶった団子を食べれば今年一年、無病息災で過ごせるという。 「今年もよろしく。篠原さん」 紅い団子をかじりながら琥珀が笑った。 昭和四十四年一月十五日 篠原忍記す |